愛恋の呪縛

サラ

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第69話

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「離、せっ……このっ……ん゛っ……!!!」



 日向は必死に抵抗するが、魁蓮はピクリとも動かない。
 体は魁蓮に跨がって押さえつけられ、首は魁蓮に掴まれて身動きが取れない。
 日向は自分の首を掴む魁蓮の腕を、ガシッと掴んで引き剥がそうとするが、全く歯が立たなかった。



「離せっ……離せやっ!!!!!」

「何とも、無様だなぁ」

「はぁっ……!?」

「小僧、教えてやる。
 お前は、今のままでは誰も救えない」

「っ!」



 冷たく言い放つ、魁蓮の言葉。
 日向は抵抗していた手が止まり、ただ魁蓮を見つめた。



「お前にできることは、せいぜい地を這うことくらいだ。戦えぬのならば尚更」

「そ、そんなの分かってる!だからこうして稽古をっ」

「はぁ……これだけ言っても分からんとは。
 これだから頭の硬い猿は……」

「お゛お゛ん゛! ? ! ? ! ?」



 すると、魁蓮はグイッと日向に顔を近づけた。
 首を掴まれたまま至近距離に来た魁蓮に、日向は思わず口を閉じる。



「聞け小僧、我はお前を貶している訳では無い。
 まずは世の中を見てみろ。皆を救えるほど世は優しくは無い。何もかも救いたいと欲深くなるならば、何も成せずに道半ばで崩れることになる」

「っ…………」

「我にはという意識がどういうものかは理解出来んが、異型妖魔を滅するという目的は同じ。
 だが、今のお前は目の前のことに固執しすぎるが故に、本来成さなければならない事柄を忘れている」

「………………」

「小僧。何を求める、何を見据えている。
 言え。お前の真の目的は、なんだ」



 魁蓮は、真っ直ぐに見つめた。



「真の、目的…………」



 日向は、魁蓮の言葉に頭の中を回す。
 日向はいつだって、現世にいる皆のことを最優先に考えていた。
 救えるものは救えるように、ただ自分が出来る最大限のことを全うしようと。
 戦えないならば、別の面で助けたい。

 でも、どうすればいいのか、明確にはなっていなかった。



「……………………」



 異型妖魔の被害を無くしたい。
 人々に危害を加える妖魔を減らしたい。
 誰も怪我をしない、平和な日々になって欲しい。
 皆を、笑顔にしたい。
 争いのない、穏やかな世の中を……

 願うことは、いくつもあった。
 だが、それが突如として儚い夢と化したのは……



 (コイツが、復活したあの日からだった……)



 魁蓮という妖魔が誕生・復活してから、世の中は大きく揺れ動いた。
 大勢の人が死に、数多の妖魔が殺気立つようになった。
 復活とともに、異型妖魔が現れるようになった。
 都も大半を壊された。
 そう、全ての諸悪の根源は、魁蓮という存在。

 そして、その魁蓮の復活の鍵となったのは……
 紛れもない、日向だ。



「ぷっ……」



 頭の中で考えていると、日向は口に溜まった血を、魁蓮の頬に目掛けて吹き飛ばす。
 ピチャッと日向の吐いた血が頬に付き、魁蓮はギロリと日向を睨みつけた。
 だが、日向は怖気付くことなく、口角を上げている。



「ハハッ、決まった。僕の真の目的……
 異型妖魔とか、戦いとかより、僕が1番しなきゃいけないことがあったわ……」



 すると、日向は魁蓮の胸元を掴むと、さらにグイッと自分の方へと引き寄せた。
 鼻先が触れそうな程に近づいた日向と魁蓮。
 魁蓮は突然引っ張られたことに、少し驚いていると、日向は眉間に皺を寄せながら笑い口を開いた。



「よーく聞けよ。僕の真の目的はなぁ……
 テメェと一緒に、地獄に落ちることだ!」

「っ……!」

「テメェは、数え切れないほど人を殺した極悪人。僕は、そんな極悪人をこの世に復活させてしまった大罪人。地獄に落ちる理由としては、十分だろう?」

「……………………」

「初めはお前を倒すことばかり考えてたけど、考えが変わった。絶対一人で死なせねぇよ。かの有名な鬼の王が、大嫌いな人間と心中して、地獄まで一緒にいるとか屈辱だろ!だから、僕も一緒にテメェと死ぬ!大罪人同士、仲良くなぁ!
 最後まで嫌がらせしてやっから、指でも咥えて悔しがってろよ!」



 思えば、なぜ生きていけると思っていたのだろうか。
 心のどこかで期待していた、いつかは現世に帰れるのだと。
 だが現世に帰れたとして、日向は現世で生きる資格は無いはずだ。
 魁蓮を復活させたという、裏切りをした。
 もう、これから辿る道も決まってる。



「でも、このまま何もしないで死ぬつもりは無いから、死ぬその日まで、皆を守る!そのためには、まずは異型妖魔をどうにかしないといけない。
 そして、全部終わったら……一緒に逝こうぜ、地獄」



 互いに、1番嫌がる結末だ。
 日向もそれを分かっているから、引き下がることなく魁蓮に挑み続ける。
 でも、もうそれを受けるくらいの罪を犯したのだ。
 十分だ、いい人生と言えるだろう。
 これ以上、現世で生きるということに固執するのは辞めだ。
 辿るのは、互いにとって最悪な結末になる道だけ。



「……………………」



 笑って語る日向の顔を、魁蓮はじっと見つめた。
 目の前にいる人間は、今まで見てきた人間とは何かが違う。
 力の有無ではなく、根本から何かが……

 その時、魁蓮の中で、何かが揺れ動いた。
 湧き上がってくる、名も知らない何か。



「……ククッ、クククッ…………
 ハハッ、アッハハハハハハ!!!!!!!!」

「うおっ……」



 魁蓮は胸ぐらを掴んでいた日向の手を離すと、高々と笑い始めた。
 突然笑い声をあげた魁蓮に、日向はビクッと肩を跳ね上がらせる。



「なんと、なんとっ……ククッ……
 ここまでお前は、面白いやつだったとはっ……」

「えっ?」



 その時、魁蓮はグイッと日向を引っ張る。
 日向を無理やり起こすと、魁蓮は軽々と片手で日向を抱えあげた。
 魁蓮より高い視界になり、日向はギョッとする。



「ちょっ!何してっ」

「我を倒すと意気込んでいた小僧が、我と地獄に落ちる最期を望むとはっ……ククッ、ここまで狂った人間を見るのは初めてだぞ?」

「は?」

「お前を、心の底から気に入った。
 小僧を守るなど、以ての外。それでは生温い」

「……え?」



 (共に地獄に落ちるか……イカれた小僧だなぁ
  だが……悪くない……)



 魁蓮は、ニヤリと口角を上げた。
 ポカンとする日向の表情、抱えあげて分かる華奢で軽い体。
 加えて、神秘的な美しい姿。
 よく見れば、興味をそそられる見た目だった。
 今まで力にしか焦点を当ててなかったため、七瀬日向という人物がどんなものか、見ようともしなかった。





 (小僧の全ては、今や我のもの。だがそれ以前に、これほど面白い人間だったとは……
  誰かの手に渡るなど、そのような惜しいことは許されないなぁ?)





「せいぜい悔いの無いよう、生きてみろ。小僧」

「はぁ?言われなくてもやるっての!
 てか、降ろしてくんね?抱っことか恥ずいから」

「あぁ、すまんなぁ?」



 魁蓮はニヤニヤしながら、日向を降ろす。
 初めての感覚、初めての興味。
 言葉では表せない刺激に、魁蓮は笑いが止まらない。
 パッパと衣についたゴミを払う日向を、魁蓮はじっと見つめた。



 (お前は、誰の手にも渡さぬ……生かすも殺すも、全て我のもの。小僧をものにしようとする愚者は……
  
 



 この世に誕生して以来、鬼の王に初めて地雷が生まれた瞬間だった。
 そして、魁蓮は興味を持った。
 忌々しい日向にんげんの、生き様に。





「いつまで笑ってんだよ、気味悪ぃな」

「ん?いやなに、気にするな。ククッ……」

「あっそ。てか、さっき司雀に治してもらったのに、また傷増えたんですけど!?手加減って知ってる!?」



 日向は魁蓮に殴られた頬をさすった。
 はっきり言って、龍牙の何百倍も痛かった。
 骨が折れていないのが不思議なくらいだ。



「死なずに済んでいる時点で、手加減はしていると分かるだろう。避けないお前が悪い」

「僕、稽古初日!避けられるかっての!!!
 せっかく龍牙が教えてくれるんだから、もうちょっと成長してから相手してくれよ!初っ端お前と戦うとか死ぬの確定だろうが!!」

「ん?なんだ、小僧は強くなりたいのか?」

「え?あぁ、まあ。志柳に行くから、せめて基本的なことは出来るようにならないとっしょ?」



 提案したのは虎珀だが、戦う術を身につけて損なことは無い。
 志柳がどういう場所かも分からない日向にとって、出来る備えはこれぐらいだ。




「……ならば、我が教えてやろう」

「………………は?」



 日向は驚いて顔を上げると、魁蓮は機嫌よく笑っている。
 なにやら、情緒がおかしい。



「え、なんで。なんでお前?」

「龍牙から学ぶのも良いが、あれは力の加減が上手く出来ていない。手合わせする中で殺される可能性は大いにあるぞ?」

「うっそ……そんなダサい死に方、嫌なんだけど」

「だからだ、我が手ずから教えてやる」

「……ま、まさか……供物とか対価とか、変なもの要求すんじゃねえだろうな?」

「たわけ、そんなもの必要ない。ただの興味だ。
 莫迦猿が、ただの猿になる過程は見物だ」

「ああ今すぐテメェぶっ殺したい気分だわーー」



 だが、日向は断ることはしなかった。
 魁蓮という男は、この世で1番恐れられている存在。
 そんな男に鍛え上げられるとなると、成長の見込みは十分すぎるほどある。
 日向はうーんと考えた後、魁蓮に向き直った。



「分かった、お前から言ってくれるなんて滅多に無いだろうし。その話乗ったわ。
 だけどその代わり、僕の要望には答えてくれよ!マジで戦えるようになりたいから!」

「良いだろう。今日の我は、気分がいいからな」

「……気分悪くなった時のこと、考えたくねぇな」



 そしてこの日から、日向の稽古は龍牙たちではなく、魁蓮が受け持つことになったのだ。
 新たな日々の始まりに、日向はグッと覚悟を決める。



「あれ?そういや、すぐに行かなくていいの?志柳の調査」

「あぁ。必要ない」

「なんで?また異型妖魔出てきたら、どうすんの?」

「案ずるな、手は打っておる」

「?」





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 その頃、遊郭邸では。
 黄泉から帰ってきたばかりの要のもとに、先程会った魁蓮から文が届いていた。



「あらぁ?さっき会ったばかりなのに、なんで文なんてあるのかしら」



 要は届いた文を開いて読むと、目を見開く。



「気分が乗らないから、調査は2週間後まで延ばす……それまでは、アタシが志柳の様子を見ておけ!?
 え、なんでぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」



 魁蓮お得意の、面倒だから全任せ、というやつだ。
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