愛恋の呪縛

サラ

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第70話

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「「「えええええええ!?!?!?!?」」」



 夜。
 修練場での魁蓮との会話を終えた日向は、食堂で待機していた肆魔に事の流れを説明していた。
 当然、龍牙・虎珀・忌蛇は驚いていた。
 司雀は全員分のお茶を並べながら、その話に耳を傾けていた。



「魁蓮様が自分からっ」

「日向に稽古をつけるって」

「申し出ただってぇ!?!?」

「あぁ、うん。そう」



 あまりにも信じられない話だ。
 当人である魁蓮は、急用だと言ってどこかへ行ってしまったため、確認のしようがない。
 3人は目を見開き、前のめりになりながら日向の話を聞いている。



「ちょっ、待って。ヤバい俺、頭パンクしそう」

「お、落ち着けバカ龍。誰もこの状況についていけてないんだ。魁蓮様がそのようなことを言うなんてっ」

「ねぇ司雀さん。どういうこと?魁蓮さん、そんなこと言う人じゃないよね?」



 慌てふためく龍牙と虎珀とは違い、忌蛇は少し冷静になりながら、傍で話を聞いていた司雀に話を振る。
 司雀は顎に手を当て考えると、日向へと向き直った。



「私は確かに、ありのままを話してください、と日向様に忠告はしましたが……
 一体、何を言ったのです?」

「え?いや、別にそんな特別なこと言ってないけどなぁ?皆を守るーっていつも通りのことくらいしか」

「そうですか……」



 (あの魁蓮が申し出るとは、滅多にありません。余程、気に入られるようなことを言ったのでしょうか。無意識のうちに……)



 魁蓮がこの世に誕生した当時から、司雀は魁蓮の傍に仕えている。
 そんな司雀でも戸惑う、今回の出来事。
 考えられるとしたら、魁蓮が喜びそうなことを、日向がしたということ。
 むしろ、それしか思いつかない。



「他には、何か?」

「んー、いやぁ……他は特に何も言ってなかったな」

「……事情は分かりました。まあ、魁蓮の事です。何か考えでもあるんでしょう。
 ひとまず、ご無事で何よりです」

「……え?どゆこと?」



 日向が首を傾げると、龍牙はバタバタと日向の元へ走ってきて、いつものようにギュッと抱きついた。



「だって魁蓮、ちょー不機嫌だったから!」

「……え?」

「日向、殺されるんじゃないかって心配だったの!俺、助けに行こうとしたんだけど、クソ虎が止めに入ってくるし!」

「当たり前だろ!出ていけと言われたのに、戻るバカがどこにいる!」

「ま、待って待って!え、アイツそんな不機嫌だったの?え、マジ?ほんとに?」



 日向の質問に、その場にいた全員が頷く。
 やはり、日向はまだ魁蓮のことについて、理解出来ていないことが多すぎる。
 そんな不機嫌な状態の魁蓮に殴りかかったなど、とんでもない命知らずなことをしたものだ。
 今になって、日向は肝が冷えてくる。

 すると、司雀はあることが気になった。



「ところで日向様、魁蓮はどちらへ?」

「ん?あぁ、なんか急用って。すぐ戻るって言ってたけど、どこに行ったかは知らねぇな」

「またですか……全く、困った方です。夕餉の時間に戻らない場合は、一言伝えて欲しいと言っているんですがねぇ……
 仕方ありません。魁蓮は恐らく深夜にしか帰って来ないので、先に夕餉を済ませておきましょうか」

「あ、司雀!僕も手伝う!」

「おや、ありがとうございます」



 日向は司雀と共に台所へ行き、夕餉の支度を始めた。
 龍牙たちは、机を拭いたり食器を用意したりと、すぐに夕餉を食べられるように準備している。



「毎日ご飯作ってんの、凄いね?大変じゃない?」

「いいえ、私からすれば趣味の1つですので。どちらかと言えば、楽しい時間ですよ」

「そーなん?僕は料理とか基本的なことしか出来ないから、あんな美味いもん作れる司雀がすげぇや」



 現世にいた頃、日向は仙人のように戦うことが出来なかったため、基本的には拠点でお留守番。
 そのため、日向はよく任務帰りの仙人たち用のご飯を作ってあげていた。
 とはいえ、料理人のお手伝い程度のため、司雀のような豪華な料理は作れない。



「前までは、お菓子作りとか楽しくてやってたけど、案外難しいんだよなぁ」

「もし何か気になるものがございましたら、私でよければ教えますよ?」

「え、ほんと!ありがとう!」

「ふふっ」



 隣に並んで作業を進めていく。
 日向は司雀の動きを見ながら、どんな風に料理を作っているのかを観察していた。
 そして、司雀が菜箸を掴んだ時。
 



「おっと」



 菜箸が、カランっと床に落ちてしまった。
 司雀は落ちた菜箸を拾おうと、前かがみになる。
 その時だった。



 シャラッ。



「…………?」



 前かがみになった司雀の首から、何かが垂れた。
 キラッと光ったのに気づいた日向は、視線を向ける。



「うわあっ、何それ!すっげぇ綺麗!」

「えっ?」



 
 日向の声に司雀は顔を上げると、日向は司雀の胸元に視線を向けていた。
 司雀も流れるように視線を下げると、



「あっ……」



 司雀は、自分の首から垂れていたに気づく。
 司雀が身につけていた首飾りは、小さな水晶玉がついているものだった。
 湖のような青い色をした小さな水晶の中には、何やら花びらが1枚入っていて、淡い光を帯びている。
 普通の首飾りでは作れない、何とも神秘的な首飾りだ。



「小さな花びらが入ってる!これ、何の花びら?
 こんな綺麗なの、どうしたの!?」

「っ……」



 日向が首飾りに興味を持っていると、司雀はそっと水晶を手に取った。
 優しく手に乗せると、優しい笑みを浮かべる。



「昔、私が心から尊敬していた方に頂いたものです」

「昔って、アイツと出会う前?」

「はい。魁蓮と出会う、その前に」

「へぇ。てことは、1000年以上は持ってるってこと?すっげぇ大事なものなんだね?」

「もちろんです。でもありますから」

「えっ、形見って……」



 司雀の言葉に、日向は何も言えなくなってしまった。
 形見となると、司雀に首飾りを贈った人物は……



「形見ですが、生きてはいます」

「っ!」



 日向の考えを読んだかのように、司雀は優しい声音で答えた。
 日向が顔を上げると、司雀はどこか名残惜しそうに水晶を見つめた。
 その瞳が、あまりにも切なくて。



「ですが、もう二度と会うことは出来ません。お会いしていた頃には、決して戻れないので。
 でも、私はこのままで構わないと思っています」

「どうして?会えないんでしょ?悲しくないの?」

「悲しくはありませんよ……だって……」



 すると、司雀は日向へと視線を移すと、日向の頬に手を添えた。
 突然触れられたことに驚いていると、司雀は目を細めて穏やかに笑った。



「生きているんですから……」

「……えっ?」



 司雀はそう言うと、それ以上は何も言わなかった。
 ただ優しい眼差しを、日向に向けるだけ。

 思えば、司雀も魁蓮と同じように謎が多い男だ。
 初めから日向を軽蔑しなかったのは、司雀だけ。
 今もこうして、日向のことを気にかけ、優しく接してくれる。
 だが、それは何故か。



「……司雀、ひとつ聞いていい?」

「何ですか?」

「司雀……君、何年この世を生きているの……?」

「……!」



 深い意味は無い。
 だが、どうしてか気になってしまった。
 何故、この妖魔は鬼の王に認められたのか。
 何故、この妖魔は人間を嫌っていないのか。
 何故、この妖魔は優しくしてくれるのか。

 その全ての原因が、彼の生い立ちにあると思った。



「魁蓮と出会う前から、この世を生きているんだよね?じゃあ司雀は……今まで、何を見てきたの?」

「……………………」



 日向に問われた時、司雀の脳裏に蘇る儚い記憶。





 【時が来たら、力を使え。お前を信じている】





「……ふふっ、聞いても面白くはありませんよ」

「あっ……」



 日向の質問に、司雀は笑って誤魔化した。
 はぐらかされたことに気づき、日向はどこか悲しく思ってしまう。
 なぜ魁蓮と司雀は、自分のことを話したがらないのだろうか。
 そんな日向の考えには気づかず、司雀は首飾りを衣の下に隠した。
 まるで、誰にも見えないように。



 (触れちゃ、駄目なやつだったかな……)



「おーい!2人ともー!」

「「っ……!」」



 日向たちの沈黙が続いていると、ふと龍牙の声が聞こえた。
 日向が龍牙に視線を送ると、龍牙は腰に手を当てている。



「準備できたー!早く食おうぜ!」

「……ははっ、そうだな!司雀、ちゃちゃっと終わらせようぜ!」

「ふふっ、そうですね」



 龍牙に促され、日向たちは笑顔を取り戻すと、パパっと夕餉の支度を急いだ。
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