愛恋の呪縛

サラ

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第136話

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 耳元から聞こえた声に、日向の心臓の鼓動が、有り得ないほどに早く脈を打つ。
 自分の脳内に響いてくるくらいには、鼓動の音もうるさくて。
 冷まそうとしていた頬の熱も、その声のせいで、更に熱を帯びてしまった。

 ドクン、ドクン……自分の鼓動が、うるさい。



 (ま、待って……この手っ……)



 そこで日向は、ようやく理解する。
 突然自分を掴んできた手と共に聞こえてきた声は、きっと同一人物。
 今、自分の手首を掴んでいるのは、自分の腰に手を回しているのは、一体何なのか。
 そんなの、考えるまでもない。
 長く細い綺麗な手は、逃がすまいと日向を掴んでいて、抗うことすら許されてないような気分だ。
 ただ、背後から感じる気配は、日向の緊張を募らせていくばかり。
 日向はそのまま、その声の方へと顔を上げる。
 そして、瞳に映った。



「か、魁蓮っ……」



 視界に入り込む、1人の姿。
 そこに居たのは、片眉をあげる魁蓮だった。
 どうやら、先程よろめいた日向の体を支えたのは、魁蓮の頑丈な体だった。
 声だけでも緊張していたというのに、いざ魁蓮の姿を見た途端、日向は思考がおかしくなりそうだ。
 無駄に整った顔に見つめられ、日向は顔を真っ赤に染める。
 何故こんなにも緊張しているのか分からず、どうかしてしまったのだろうか、と自分が心配にもなった。
 しかし、このままでは緊張しているのがバレる。
 バレたら、馬鹿にされるに違いない。
 日向はゴクリと唾を飲み込むと、いつも通りの笑顔を浮かべる。



「……よ、よう!ぐ、偶然だな!」



 偶然、とは言えない場所だが、この場を乗り切るにはこの言葉しかない。
 日向は冷や汗をかきながらも、その笑顔は一切崩さずに、魁蓮を見つめる。

 が、そんな浅はかな考え、通用する相手では無い。



「はぁ……何を言っている。
 お前がずっと尾行していたのは知っていたぞ」



 最悪な返事だった。
 日向は体が固まり、恐る恐る尋ねる。



「ははっ……あのぉ、ちなみに……いつから……?」

「書物庫からだ」  

「……………………は?」



 (え、最初からじゃんっっっ!!!!!!!!!)



 たまたま、今気づいたのだと思っていたのに、まさかの初めから気づかれていたとは。
 日向からすれば、完璧に隠れていたつもりだった。
 書物庫も、大広間も、城下町も、全て。
 この情報収集も、いずれかはバレると覚悟していたが、1日目からバレるなど誰が思うだろう。
 いよいよ言い逃れできなくなってしまい、日向はバレてしまったことに青ざめ、同時に必死に誤魔化していた自分が恥ずかしくなってくる。
 1日目は絶対にバレない、あの自信はどこへ。



「答えよ。何をしていた」

「いやっ、あの、そのぉ……」



 これはもう、誤魔化すことさえ無理だ。
 ここで嘘を言う方がキツい。
 日向は怒られるのを覚悟して、腹を括って本音を話した。



「お、お前について、知りたいなって思って……」

「……あ?我について?」

「う、うん……僕さ、お前のこと全然知らないから、情報収集しようと思ってさ。でも、お前自分のこと話さないだろ?聞いたら、避けられるかなぁって……」



 恋愛の愛を教えるために、まずは魁蓮自身のことを調べるため、とは言えなかった。
 魁蓮のことを知りたいのは本当だが、愛が関係していることは、口が裂けても言えない。
 でも、日向は自分で説明して思った。

 これでは、ほぼストーカーと変わらないのでは?
 そう考えた瞬間、今言ったことを弁解しなければいけないと思い、日向は別の意味で青ざめる。



「ああいや!なんつーか!し、四六時中調べようとは思ってねぇよ!ただ、普段どんなことしてんのかなぁ?とか!そ、そういうっ」

「はぁ……………………」



 日向が必死に弁解する中、魁蓮はそれすらも遮るような、長く深いため息を吐く。
 これは、マズイかもしれない。
 嫌な予感がして、日向は納得する言葉や説明を探すが、どれも彼の機嫌を損ねそうで、声が出せない。
 日向が顔を引きつらせていると、魁蓮は日向を掴んでいた手をパッと離し、呆れ気味に腕を組む。



「何かと思えば、それが我を尾行した理由か?
 なんとくだらん理由だ」

「っ!?」



 魁蓮の返事に、日向はカッと目が開く。



「く、くだらん!?何でだよ!」

「くだらんだろうが」

「いやどこがだよ!」

「全てだ、たわけ。何故隠れるようなマネをする。
 直接聞けば良いだろう、我に」

「いやだから直接はっ………………えっ?」



 流れるような魁蓮の言葉に、日向は唖然とした。
 聞き間違いだろうか?
 魁蓮が今言ったことは、本来有り得ないこと。
 既に諦めていた、方法の一つだ。



「直接、聞く……?え、お前に?」

「我について調べているのだろう?他に誰がいる」

「え、待って……聞いたら、答えてくれるの?何で?」

「……小僧、お前は本当に分かっていないなぁ」

「?」



 日向が首を傾げると、魁蓮はゆっくりと日向に近づいて、ガシッと日向の頬を片手で掴んだ。
 そして、強引に自分の方へと引き寄せると、真っ直ぐに日向を見つめる。



、答えてやるのだ。馬鹿者」

「っ……………………」



 そう言うと、魁蓮はすぐに手を離した。
 そして、面倒くさいとでも言うように、再びため息を吐く。
 でも、日向にはそのため息すら、今は聞こえていなかった。
 ただ、魁蓮の言葉が、視線が、頭を埋め尽くす。
 意図が見えない、彼が何を考えてそう言ったのか。



「僕、だからって……どういうこと……」



 誰が聞いても、同じことを思うだろう。
 その言葉が示すのは、特別感以外の何物でもない。
 他の誰かと同じだから、他にも教えているから。
 そんなものでは無い、ただ1人、日向だけに向けられた言葉。
 そんなの、なんでそんな事言うのか、理由が気になるものだろう。
 日向は掴まれた頬を手で擦りながら、恐る恐る魁蓮へと聞く。
 すると魁蓮は、何故分からない?とでも言うように、片眉を上げて首を傾げる。



「分からんのか?
 お前は、他の者とは違う。お前は、我だけのもの。これ以上の理由など無い」

「っ………………」

「故に、我が答えん理由もない。それだけだ」



 聞くんじゃなかった。
 そう思うほどには、鼓動の音がうるさくなった。
 なんで、そんなこと言うの?
 どうして、そんなふうに言うの?
 色んな疑問が飛び交って、日向の冷静さを奪っていく。
 だが魁蓮は、更に追い討ちをかけるように、続けて言葉を放った。



「それから小僧。理由はどうであれ、1人で外を出歩くな。用があるならば、我か肆魔の誰かを連れて行け」

「……えっ?なんで」

「はぁぁぁ……全て言わねば分からぬか、間抜け。
 チッ……1度しか言わん、よく聞け」



 そう言うと魁蓮は、再び日向に近づいて、日向の視線に合うように腰を曲げた。
 そして、真剣な表情で口を開いた。



「我の目の届かぬ場でお前に何か起きるなど、我が許す訳ないだろう。お前はもう少し、我のものだという自覚を持たぬか。以前にも忠告したはずだぞ?
 我以外の者に手を出させるな。何かあってからでは遅い。最悪の場合、お前を守れなくなる」

「っ…………!」

「それだけでは無い。お前を見失わぬために、今日はわざわざ大通りを歩いたのだぞ。手間をかけさせるな小僧。我から離れるな、絶対だ…………分かったか?」



 魁蓮は、じっと日向を睨みつける。
 それは不愉快などというものではない、日向のことを考えての、怒りの眼差しのような……。

 駄目だ、勘違いしては駄目だ。
 今の言葉に、特別な意味なんてない。
 日向は、魁蓮に攫われた人間で、交換条件で彼の傍にいるだけの、ただの玩具のようなもの。
 魁蓮がこう言ってくるのは、全て日向ののため、以前約束したことを果たすためなのだ。
 だから、魁蓮の言葉には、日向が喜ぶような特別な意味は無い。
 そう、何度も言い聞かせる、当然のことだ。
 それなのに……

 どうしてこんなにも、胸が高鳴るのか。



「二度は無い、今言ったことは忘れるな」



 魁蓮は曲げていた腰を戻すと、日向に背中を向けて歩き出す。
 日向は、どう反応すればいいか、分からなかった。
 ただ、今の言葉を言われた瞬間、どうしてかなんて、馬鹿なことを考えてしまった。
 こんなの、喜ぶ部分なんてない。
 だって、日向に自由なんてものは無い、監禁と何ら変わらないというのに。

 少し喜んでしまう自分は、イカレている。



「何をしている」

「……えっ」

「城に戻るぞ、離れるな」



 ついてこない日向に気づいたのか、魁蓮はわざわざ立ち止まってくれた。
 横目で日向に振り返り、日向が来るのを待っている。
 少し、不機嫌そうに見える表情でも、置いていくことは決してせず、ただ日向のことを考えて。

 その度に、日向の胸が、また締め付けられる。



「……今行く」



 この胸の高鳴り、日向は知らない。
 苦しいのに、痛くない。
 変な感覚のこの高鳴りは、一体何なのか。
 何も分からないまま、日向は立ち止まって待っている魁蓮の元へと走り出した。
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