愛恋の呪縛

サラ

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第153話

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「いつになったら……あとどれほど待てば……
 魁蓮は苦しみから解放されるの……?」

「っ…………」



 弱々しい巴の声は、驚くほどに震えていた。
 目にはうっすら涙が浮かんでいて、心の底から湧き上がる苦痛を感じているようだった。
 あまりにも弱りきっている巴の姿、要は頭が困惑する。
 思ったより、今の彼女の状態は深刻かもしれない。



「魁蓮っ、魁蓮っ……」



 巴は、魁蓮の名を囁きながら、少しずつ体を縮こませる。
 少しでも体勢を崩せば、椅子から転げ落ちそうだ。



「ちょっ、巴っ……」



 要は立ち上がると、巴の元へと駆け寄った。
 そして、椅子から倒れそうになっていた巴の肩を支える。

 巴の苦痛と悩みの根本は、間違いなく魁蓮だ。
 今こうして、らしくない状態になっているのも。
 彼女が打ちひしがれるほど、今の魁蓮に悲惨な状況が襲いかかっているのだろうか。
 しばらく連絡を取れていなかった要は、自分の知らない間に何か起きているのではと思い、内心不安になる。
 でも、今1番心配なのは、巴だった。



「アタシ……これでも女の子の涙には弱いのよ。一応、元は男でしたからね。だから、放っておけない。
 それに、今のアンタを見たら、流石の魁蓮ちゃんも気にするわよ」



 普段は言わないことを、そっと呟く。
 別に、無理に答えて欲しい訳では無い。
 でも、ずっと苦しい思いをしている巴を見ていられなくて、どうにか手を差し伸べたかった。
 すると、要の思いが届いたのか、巴はずっと我慢していた涙をボロボロと流す。
 そして、震えながら言葉を零す。



「魁蓮を助けたいっ……彼を苦しみから、解放してあげたいっ……彼はもう、十分すぎるくらい味わったわ」



 震える声には、魁蓮への溢れんばかりの想いが込められていた。
 彼に対する、止められない恋心。
 いつだって巴が見据える先には、魁蓮がいた。
 黄泉を守る彼が、かっこいい彼が、何でも出来る彼が、優しい彼が……巴は心から大好きで。
 少しでも役に立ちたいと、何度も努力した。
 たとえ、嫌われようとも、ずっと……。



「魁蓮っ……」

「そんなに辛いなら溜め込まないの。いらっしゃい」



 要は巴の前に立つと、そっと巴を抱きしめた。
 泣いているせいで力が入らないのか、巴は一切の抵抗もなく、すっぽりと要の腕の中に包まれる。
 心は女でも、要の体は頑丈な男の体だ。
 辛い気持ちを抱え続けた貧弱な体を支えるには、むしろ頼りがいがありすぎる安心感がある。
 普段は着物で見えない逞しい腕も、この時は巴の苦しみを和らげようと、優しく包み込むために使う。
 今はただ、吐き出す場所を与えなければいけない。



「せめて泣くのは、アタシの前だけにしなさいよね。好きな人に、そんな涙でぐちゃぐちゃな汚ったない顔見せたくないでしょ。
 安心しなさい、ここに魁蓮ちゃんはいないから」

「うるっさい……そんなの、分かってるわよぉぉ!!」



 要がそう言うと、巴はその言葉をちゃんと受け止めたのか、大粒の涙を流し始めた。
 そして、今まで溜め込んでいた全てを吐き出すように、大声で泣き始める。
 ここが、誰もいない静かな場所でよかった。
 こんな弱い一面、きっと見られたくないだろう。
 要はそれを理解していたため、巴が落ち着くまでは傍にいようと決めていた。
 この一面を知るのは、一人で十分だ。



「また、会えたのよっ……」



 ふと、震えた巴の声が聞こえてきた。
 要が視線を軽く下げると、巴は要の着物をぎゅっと強く握りながら、上手く回らない口を懸命に動かす。



「魁蓮はっ……もう二度と、会えないって思ってた人にっ……死ぬほど愛していた人にっ、また会えたのっ!何でいるのって、どうして蘇ってるのって、動揺しちゃったけど……本当は妾っ、嬉しかったの…………!」

「…………えっ?」

「なのにっ、また2人は会えたのにっ…………。
 どうして2人とも、何も覚えてないのっ!?どうして過去の記憶が無いのっ……!?これでやっと、魁蓮の地獄が、終わるはずだったのにっ………………どうしてあの子も忘れてるのよ!!!!!」



 魁蓮が、もう二度と会えないと思っていた人。
 魁蓮が、死ぬほど愛していた人。
 魁蓮が…………。

 要は、頭が大混乱だった。
 巴は一体、何を言っているのだろうかと。
 でも、今の巴に聞き返す勇気はなくて、要は困惑しながらも耳を傾ける。



「妾はただっ、魁蓮に幸せになって欲しいだけ。でも、妾は幸せにすることが出来ないからっ、あの子にしか出来ないことだから、だから見守ってたのに……。
 もうっ、どうすればいいか分からないっ…………」

「ちょっと……どういうこと巴っ……今の話っ」

「1300年経った……もう、十分よっ…………!!」



 巴はその言葉を最後に、口を閉じてしまった。
 要の胸に顔を埋めて、止まらない涙を流している。
 でも、要は理解が追いついていなかった。
 頭の整理も出来ず、ただ泣き続ける巴を抱きしめることしか出来なかった。



 (あの子って……誰……)



 巴が何度も口にした、「あの子」
 誰か、特別な子でもいただろうか。
 魁蓮と付き合いが長い要は、彼の友好関係もそれなりに知っている。
 だが、知っている限りでは、それに該当する者は一切居ない。
 全員、ほぼ同じ接し方で…………………。





【説教だけでは済まない行いだぞ?要……】





 ふと、要の脳裏に蘇る、魁蓮の言葉。
 あれは確か、志柳の情報を渡そうと、黄泉の城に訪れた日のこと。
 あまりにも可愛い白髪の男の子を愛でていたところを、魁蓮によって遮られた際に言われた言葉だ。
 あの時、要は魁蓮からの空気を感じた。
 他の者は気づかない程度の、ほんの少しの空気の変化。
 いつもの薄ら笑みに滲み込む、負の気配。
 魁蓮にしては珍しい気持ちの変化だった。
 だから、それほど大事にしているなのかと。



 (まさかっ……あの子って…………)



 導かれるのは、白髪の青い瞳の少年。
 壊れ物のように大事に扱われていた。
 魁蓮だけでは無い、あの時は龍牙たちも彼を守ろうと必死だった。
 ただの客では無い、玩具でも無い。
 あれは…………。



 (日向ちゃんが魁蓮ちゃんの、好きな人なの……?)





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 同時刻



「虎珀、ちゃんと休憩取っていますか?」



 黄泉の城では、龍牙の看病をしていた虎珀に、司雀が切り分けたスイカとちょっとした夜食を運んできた。



「夜食……!?し、司雀様!そんなっ、貴方様の手を煩わせてしまうなんてっ」

「いいんですよ。私がしたかったことなので」



 オロオロと慌てている虎珀を押しのけて、司雀はスイカと夜食を机の上に置く。
 虎珀は申し訳なさを感じながらも、ペコッと一礼した。



「それで、どうですか?龍牙は」



 司雀は、寝台の上で眠る龍牙の顔色を伺う。
 日向の応急処置のおかげで、出血は止まった。
 大きな傷も、あらかたは塞がっているようだ。
 顔色も良くなってきて、呼吸も安定している。
 特別心配になるようなことは、今のところは無いらしい。
 耳を澄ませれば、呼吸も安定している。



「かなり落ち着いています。でも、膨大な妖力を消費しているみたいで……まだ、目覚めることはないと思います」

「そうですか……今は、妖力の回復中なんですね」



 魁蓮と違って、まだ妖力のコントロールが上手く出来ない龍牙は、1度の戦闘で使う妖力量が多いため、こうして余分な力を消費することが多い。
 それは戦う相手によって変化するのだが、今回は久々に現れた異型妖魔ということもあって、ギリギリまで使ったのだろう。
 だが龍牙は、魁蓮が認める実力者。
 そんな龍牙でも、妖力を限界まで消費するほどの相手だったのだろうか。



「怪我に関しては俺が手当出来る範囲なので、人間にはもう、頼まないつもりです。それに、自分の怪我の治療をしたせいで人間が疲れ果てていると知ったら、龍牙が気にすると思いますから」

「そうですね。では明日、朝餉前に日向様にお伝えします。力による治癒は、もう大丈夫だと」

「ありがとうございます」



 虎珀はそっと、龍牙の頬に触れる。
 正直、いつ目覚めるのか分からない。
 体の怪我や傷は、ほぼ回復出来ているものの、妖力に関しては貧弱だ。



 (何があった……龍牙……)



 虎珀はただ、龍牙がしっかり回復することを、傍で祈ることしか出来なかった。
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