愛恋の呪縛

サラ

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第154話

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 翌日



「うんっまぁ!」



 食堂では、日向と忌蛇が揃って朝餉を食べていた。
 毎日毎日食べているものなのだが、司雀の作る料理は、格別に美味い。
 美味しい、と一言では言い表せないほどに絶品だ。
 言葉にはしないものの、忌蛇も朝餉の美味しさに笑みを零している。
 日向はあまりの美味しさに、台所で食器を洗っている司雀に声をかける。



「なあ司雀、どうやったらこんなに料理上手くなるわけ?元から天才だったの?」

「あははっ、まさか。そんなことありませんよ。実は昔、色々なことについて研究していた時期がありまして、その時に料理も勉強したんです」

「努力の賜物すぎる。すっげぇ」

「ふふっ、ありがとうございます」



 日向はいつも美味しいと褒めてくれるので、司雀も満足気な表情を浮かべていた。
 魁蓮はあまり感想を口にしないため、好みにあっているかどうかの確認のしようがない。
 日向のように、魁蓮も何か言ってくれればいいのだが。

 そんなことを考えていると、司雀はあることを思い出す。



「そうです日向様。虎珀から伝言が」

「ん?虎珀?」

「はい。龍牙の状態がだいぶ落ち着いたそうなので、もう力は使わなくて大丈夫、だそうです。あとは、虎珀が1人で面倒を見るそうですよ」

「あっ、そうなんだ。でも、任せていいんかな」

「ご心配なく。虎珀は龍牙の看病や手当に関しては、私より上手ですので」

「そっか。なら、任せよっか」



 昨日、日向が龍牙に施した力は膨大なものだった。
 怪我が治ってきている手応えはあったため、あれ以上に酷くなることは無いだろう。
 それに、虎珀が傍にいてくれると言うならば、日向も安心だ。

 だが、一つだけ不安はある。
 次に龍牙が目を覚ました時、2人が仲直り出来ていればいいのだが。
 原因もハッキリと分からないままなので、日向は別の意味で余計に不安になる。



 (仲直り、出来るよな……)



 日向は、手に持っていた吸い物に視線を落とす。
 映っているのは、不安そうな表情を浮かべる自分。
 龍牙と虎珀の関係については、何一つ手を出すことは出来ない。
 こうして不穏な空気が流れている間も、何も出来ない自分が情けなく感じた。



 (まあとにかく、今は待っていよう……)



 ふぅっと一息ついて、心を落ち着かせる。
 今は、龍牙が無事に回復して、眠りから目覚めるのを待つしかない。
 他にも気にしなければいけないことは、数えきれないほどあるのだ。
 一つ一つに落ち込んでいる暇は無い。
 日向は、不安な表情が映った自分を消し去るように、吸い物をゴクッと一気に飲み込んだ。

 その時……。



「ピィッ!」



 廊下から、鳥の声がした。
 かなり近くで聞こえてきたその声に、食堂にいた全員が顔を上げる。



「おや、もしかして……」



 司雀は、食器を洗っていた手を止めて、閉まっている食堂の扉へと向かう。
 そして、扉に手をかけてゆっくりと開けると……



「ピィ~!」

「あらあら、ふふっ。やはり楊様でしたか」



 中に入ってきたのは、楊だ。
 楊は元気よく入ってきて、ぐるっと食堂の中を一周する。



「楊?」



 日向が首を傾げると、一周飛び終えた楊が、日向の肩へと降りてきた。
 日向が少し驚いていると、あることに気づく。



「楊……それ、何?」



 日向は、楊の口元を指さした。
 楊が何やら、口に紙のようなものを咥えていたのだ。
 手紙?伝言?それとも、どこかで拾ってきたのか。
 そんなことを考えていると、楊が突然、その紙を日向に押し付けてくる。
 どうやら、日向に渡すものだったらしい。
 日向がその紙を楊から受け取ると、何やら文字のようなものが書かれていた。
 見えやすいように、紙を机に広げる。
 すると書かれていたのは……





『話がある。裏山に来い』





 の、一言が書かれていた。
 この文面と楊が持ってきたことから考えるに、この文字を書いたのは、間違いなく魁蓮だ。
 そして、楊は日向の元へと降りてきて、この紙を渡してきた。
 楊は、魁蓮の伝言を届けてきてくれたのだ。
 そう理解した途端、日向は胸がザワつく。

 というのも、昨日魁蓮のことが好きだと自覚したばかりなのだ。
 今朝だって、朝餉の場に魁蓮がいるのでは無いかと、内心緊張しながら食堂に来た。
 もう既に、今まで通りの対応が出来ていない。
 ドクドクと、心臓の鼓動が早くなる。



 (お、落ち着け僕……)



 日向は、ゆっくりと深呼吸をした。
 無理に緊張していると、魁蓮に勘づかれる。
 何だ、どうした、などと問い詰められてしまっては、正直逃げ場なんてない。
 今まで通りの態度で居ようと、今から自分に言い聞かせていた。



「よしっ。楊、ちょっと待ってて。すぐ食べる」

「ピィ!」



 少し覚悟が出来ると、日向は残りの朝餉を急いで胃に放り込む。
 ところで、話とは何なのだろう…………。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 朝餉を食べ終わった日向は、楊に乗って裏山に向かっていた。
 乗っていて分かったのは、どうやら裏山というのは、以前夏市で楊に連れてきて貰った山のことらしい。
 魁蓮が居眠りをしていた、あの場所だ。
 あの時と同じように、今回も楊に連れられて。



 (大丈夫大丈夫……)



 日向は空を飛んでいる間も、平常心を保とうと心を落ち着かせていた。
 こんなに落ち着かないのは、生まれて初めてだ。
 裏山に近づくにつれて、魁蓮がいるのだと意識してしまい、頬が熱くなる。
 いつも通りを心がけようと、日向はパンっと両頬を叩いた。
 そして遂に、裏山にたどり着くと、楊がゆっくりと地面に降りる。
 日向も、そっと楊から飛び降りた。



 (ここも綺麗な場所だよな)



 来たのは2度目だが、妖魔の世界とは思えないほど、黄泉の自然は美しかった。
 花が好きな日向は、何度も目を輝かせる。
 何か、特別な力でもかけられているのだろうか。
 そんなことを思いながら、日向はふうっと一息つくと、魁蓮を呼ぼうと息を吸う。
 そして……



「おーい!魁れ゛っ……!!!!!」



 と、魁蓮の名前を呼ぼうとした瞬間。
 ドカッと、日向の頭に何かが強く当たる。
 後ろからの衝撃に、日向はグラッと脳内が揺れた。



「いってぇぇぇ!!!!!!!」



 何という痛さだ、尋常ではない。
 一体、何をどうしたらこんな痛みが来るのだ。
 日向が悶えながら頭を押さえていると、背後から「はぁ」と、深いため息が聞こえてきた。



「小僧」

「っ……」



 その声に、日向はハッと我に返る。
 低い、どこか落ち着く声。
 何度も何度も聞いてきて、今となっては耳がくすぐったくなる声だ。
 そして挙句の果てには、もうその声さえも愛しく感じてしまうような、どうしようも無い状態。
 日向がゴクリと唾を飲み込んで、恐る恐る振り返る。
 あの無駄に美しい顔面、逞しい姿。
 その人物が、今、後ろにっ。





「遅いぞクソガキ……文を届けてどれほど我を待たせるつもりだ。あぁ?」

「アッ………………」





 火照った日向の頬は、まるで冬でも来たのかと言うほどに、血の気が引いて青ざめる。
 背後に立っている好きな人……魁蓮は、驚く程に不機嫌だった。
 こめかみには、怒りの昇り龍。
 彼の背後には、地面に広がる影からジアの鎖が、ジャラジャラと音を立てながら揺れていた。
 先程、日向の頭にきた衝撃は恐らく鎖。
 後ろからあの鎖で、勢いよく叩いたのだろう。
 いつもなら「何すんだよ!」と怒っているところなのだが…………



「あ、あははっ……おはよう、か、魁蓮……」



 今回ばかりは、何も言い返せなかった。
 というのも、日向は朝餉を食べた後に着替えたり、緊張しすぎて心の準備が出来ずに、楊を待たせていたりと……。
 ここまで来るのに、それなりの時間をかけてしまったのだ。
 遅くなってしまった自覚は、十分ある。
 何も言えない日向は肩がすくみ、まるで小さくなったような気分だ。
 目の前から感じる重圧、一歩間違えたらあの世行きかもしれない。



「えっと……あ、あのさ魁蓮!」

「小僧……」

「はいっ……」

「一応聞く。弁明の余地はあるか?」

「あー、あのぉ……」

「あ・る・か????????」

「ナイデス、ゴメンナサイッ…………………………」



 日向は謝りながら、綺麗に土下座をした。
 いや無理だ、何を言っても火に油を注ぐ。
 待たせてしまったのは事実のため、日向は額を地面につけるほど、態度からも全力の謝罪をした。
 ここで殺されたくは無い。
 先程とは違う緊張が走っていると、頭上から呆れたようなため息が聞こえてくる。



「もう良い、顔を上げろ。ったく……」



 意外にも、魁蓮はあっさりと終わらせた。
 いつもならば、更に問いつめて怒るはずなのに、随分と諦めが早くなったものだ。
 日向が恐る恐る顔を上げると、魁蓮は腕を組んで、呆れた表情を浮かべていた。
 まあ説教を終わらせたからといって、魁蓮の不機嫌がすぐに治るわけでもない。
 日向はこれ以上刺激しないために、ササッと素早い動きで立ち上がる。



「あ、あのぉ、王様……?ところで、僕に何の用でしょうか?話がある、とは?」



 かしこまって尋ねると、魁蓮はふぅっと深いため息を吐いた後、気を取り直して向き直る。



「お前の修行のことだが……。
 今日から本格的に再開する」
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