愛恋の呪縛

サラ

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第155話

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「修行を再開?……あぁ!志柳の!」



 日向は、魁蓮が言った言葉に納得した。
 
 魁蓮が言う修行。
 それは以前、日向が志柳に行くために始めた修行のことを指している。
 修行を始めた直後、目まぐるしい出来事が次々と起きていたため、一旦保留になっていたものだ。
 当然その修行にやる気を持っていた日向は、説明を受けなくとも、魁蓮が何を言っているのかは理解出来る。
 そして、今日それを伝えてきた理由も。



「やっぱり、昨日の異型妖魔が関係してる?」

「多少はな」



 ここ最近、異型妖魔はぱったりと姿を現さなかった。
 被害が広がるわけではないため、現れないのは喜ばしいことではある。
 だが同時に、異型妖魔に関する情報がひとつも掴めないという、八方塞がりをくらっていたのも事実。
 結局、彼らが何か騒動を起こさない限り、魁蓮も手出しが出来ない状態が続いていたのだ。
 初めから、状況は対して変化していない。
 1番の問題だった。



「もちろん、得た情報も少なからずはある。だが、奴らに対抗するには乏しい。
 そも、異型の存在に何の意味があるのか。根本的な点が明かされていない現状。正直好ましくは無い」

「確かに……こんなにたくさん見てるのに、分かっていることはほんの少しだけだもんな」



 今や、現世でも黄泉でも目をつけられている、異型妖魔という謎の存在。
 彼らの全てを知るには、彼らを追うしか無い。
 つまり、戦う覚悟を持たなければいけない。
 どんな相手であろうと、全てを解き明かすために。



「僅かな情報ではあるが、要が寄越してくれた手がかりである志柳。今はその場を探る他ないだろう」

「志柳……今は瑞杜って名前で、人間しかいない場所。手がかりを探るには、人間である僕の力が必要……」



 魁蓮の意向が、全て伝わった。
 修行を再開するのは、1度異型妖魔が出現したという情報がある志柳を探るため。
 だが今の志柳は、名を変えて復興し、妖魔なんて一体もいない人間の地となっている。
 最強である魁蓮でも、無闇に手が出せない。
 だから代わりに、人間である日向が行くのだ。
 そのための準備、手がかりを掴むための準備。
 それが再び、始まる。

 覚悟はとうの昔に出来ているのだ。
 調べるべき案件が、少し遅れてやってきただけ。
 日向にとっては、何ら問題は無い。



「任せてよ、魁蓮。もう何度も異型妖魔に傷つけられてきた肆魔の皆を見てきた。それに、このまま野放しにしていたら、現世にいる皆も危ない。
 これ以上、黙ってなんかいられねぇよ」



 人間である日向を、家族のように接してくれた。
 危険な目にあっても、何度も助けてくれた。
 辛い時は、寄り添ってくれた。
 数え切れないほど救ってくれた肆魔に、日向が今できること……。
 それは、今起きている騒動を、悲劇を、少しでも早く止めることだ。
 人間の日向でも、できることはある。
 今こそ、強くなるべき時。



「よし!そうと決まれば、早速始めようぜ!
 それで、最初に何すんの?今の僕の力がどれくらいか、確認してみる?」

「……………………」

「僕的には、体力を付けるべきかなぁって思ってるんだよ。持久力っつーか」

「……………………」

「あ!攻撃とかは無理でも、防御とかは出来るんじゃない?僕のこの力で。守りって言ったら、司雀に聞くのがいいのかな?いやでも、魁蓮だって結界術は使えるし……なぁ、魁蓮はどう思っ……」



 そこまで言って、日向はようやく気づく。



 (……あれ?)



 何やら、魁蓮の様子がおかしい。
 修行再開の提案をしてきた割には、どこか複雑な表情を浮かべている。
 前向きになっている日向とは違い、何故か気持ちが後ろめいているような。



「魁蓮……?」



 日向は、思わず声をかける。
 修行再開の提案に対する日向の答えなんて、分かりきっているはずなのに。
 何故こんなにも、表情を浮かべるのか。
 日向が首を傾げて様子を伺っていると、魁蓮はため息を吐いて、目を伏せた。



「お前ならば、そう言うと分かっていた……」

「何が?」

「修行再開を、承諾すると」

「えっ?そ、そんなの当たり前だろ。それに、修行自体は前にしてるんだから、それをもう一度するってだけ。目的は変わってない。断る理由なんて無いだろ」

「…………………」



 一体、どうしたというのだろうか。
 僅かな変化だが、何かがおかしい。
 承諾することは分かっていても、魁蓮が望んでいた答えではなかったのだろうか。
 ずっと黙り続ける魁蓮に、日向は不安になる。
 ただじっと、魁蓮を見つめた。
 その時……。



「……やはり駄目だ」

「……えっ?」



 小さな魁蓮の声。
 何かの葛藤から解放されたかの様に、全てを納得した表情で。
 魁蓮はいつもの調子に戻ると、真剣な眼差しで日向へと視線を移す。
 だが、次の魁蓮の言葉は、予想外のものだった。





「小僧。お前を志柳には行かせられん。
 すまんが、修行も無しだ」

「…………えっ!?」





 告げられた言葉は、あまりにも唐突だった。
 聞き間違い?いやそんなことは無い、ハッキリと言われた。
 順調に進んでいたはずの話は、まるで嘘だったかのように消え去って。
 全て白紙に戻るかのように、作戦が取り消された。
 どうしてそんな考えに至ったのか。
 日向の頭が、疑問で埋め尽くされていく。



「駄目って……ちょっ、なんで!?僕が内側、虎珀が外側から攻めるって作戦だったじゃん!僕が行かないと、手がかりだって掴めないだろ!?」

「もう黙れ小僧。この話は終いだ」



 そう言うと魁蓮は、背中を向けた。
 そして何も言うことなく、日向を置いて歩き出す。



「えっ、はっ!?待てよ!!
 話は終い!?馬鹿言うなって!こっちは納得出来てないっての!!」



 日向は、魁蓮を追いかけた。
 こればかりは、日向も納得なんて出来ない。
 せっかく皆の力になれる機会を貰ったと思ったのに、今更無しにされるなんてごめんだ。



「なあ魁蓮!何でだよ!何か、悪いことでも起きたわけ?」

「もうよせ」

「よせって……ちょっ、魁蓮聞けって!」



 全然止まってくれない魁蓮に、日向は何度も止まるように言うが、魁蓮は聞く耳を持たない。
 眉間に皺を寄せて、ただゆっくりと歩き続ける。
 そんな魁蓮の後ろを、日向は追いかけながら訴えかけていた。
 その度に、焦りと不満が込み上がっていく。



「まさか……今になって役立たずとか言うんじゃねえだろうな?これは、僕でも戦えるようにするための修行だろ!?お前が僕に教えて、少しでも手がかりを掴んで役に立てるようにするための!」

「……………………」

「こんなにも異型妖魔の被害を見てきても、やっぱりお前はじっとしてろって言いたいのか!?皆が受けた被害の中には、僕を守ったせいで怪我した件だってある!そう、僕のせいで、だ!」

「……………………」

「なのに調査も修行も無しって……いきなり勝手なこと言うなよ!やっと皆の力になれるんだ!僕だって、これ以上お荷物になるのは嫌だ!」

「……もう辞めろ、何も言うな」

「何だって?僕の意見なんて聞き入れないってか?
 じゃあ何で急にそんなこと言ったんだよ!お前は何を考えてるの?」

「辞めろ小僧っ……」

「訳わかんねぇよお前!いつもそうだ!お前は何も言ってくれない!何かあっても、1人で抱えてどっか行ってしまう!何でお前は自分が考えていることを、教えてくれないんだよ!
 何をそんなに、1人で追い詰めてんだよ!!!!!」

「辞めろと言っただろ!!!!!!!!」

「っ!!!」



 魁蓮の怒声。
 その声が響き渡ると同時に、魁蓮の足元から影が現れ、辺り一面の裏山を全て飲み込んだ。
 そして、影に飲み込まれた木々や植物は、まるで命でも吸い取られたかのように枯れていく。
 美しい自然は、一瞬で消えた。
 塵となった植物が、日向たちの周りを静かに舞う。



「はぁ……はぁ……」



 ほんの少しの怒りと共に、大量の妖力を放出したのか、魁蓮は息を荒らげていた。
 そしてゆっくりと、横目で日向に視線を送る。
 衝撃的な魁蓮の反応に、頭に血が上っていた日向は冷静さを取り戻した。



「ご、ごめん……流石に、しつこすぎた……。
 でも、どうしても納得できなくて……」



 確かに、一方的に言いすぎたかもしれない。
 冷静さが欠けていたとはいえ、ちゃんと聞く耳を持たなかったのは日向も同じ。
 一瞬で膨れ上がった不満に、心が押しつぶされていた。
 でも、まさか魁蓮がこんなに怒鳴ってくるとは思わなかった。
 癪に障りすぎたか、単純に煩かったのか。
 でも…………



「でも魁蓮、理由を教えて欲しい。何で急に、調査も修行も無しって言ったのか」



 彼の、考えだけは知りたかった。
 引き下がることは出来ない、ただ知りたい。
 高鳴る鼓動を抑えて、日向は再度歩み寄る。
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