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第156話
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「魁蓮、聞いてくれ」
日向は戦えない、既に役立たずな自覚はある。
日向が持つ力も、戦闘向きではないことも理解している。
だからとはいえ、何もしないまま判断されてしまうのは、受け入れられない。
何も言わずに避けようとする魁蓮に、日向は今度は自分の気持ちを言葉にした。
「僕だって皆の役にたちたい。怪我して帰ってくる皆を、ただこの城で待つのは耐えられないんだ。出来ることをしたい」
「……………………」
「僕のやり方で、皆を守りたいんだ。これ以上悲惨なことにならないように。魁蓮、お願い。ちゃんと役に立ってみせるから。だからっ」
「そうではない」
「……えっ?」
日向の言葉を遮った魁蓮の声は、掠れていた。
とても小さくて、何か言いづらい様子が伺える。
日向はゆっくりと、魁蓮の前へと回り込んで、そっと顔を覗き込んだ。
「そうではないって……どういうこと?」
すると魁蓮は、また複雑な表情を浮かべた。
どうして今日は、そんな顔ばかりなのか。
何かあったとしか言いようがない、魁蓮の珍しい様子。
この時、魁蓮のことをずっと見てきた司雀なら、どうするのだろうか。
寄り添うのか、そっとしておくのか。
そんなことを考えていると、魁蓮が重たい口を開く。
「城に戻れ、後は楊に任せる」
「えっ」
また、何も言ってくれなかった。
日向は、楊を出そうとしている魁蓮の姿に、再び焦りが募る。
「ま、待って!」
焦りが先走ってしまい、思わず魁蓮の手を掴んだ。
自分で掴んだというのに、日向は彼に触れてしまったことで、ドクンッと心臓が高鳴る。
訴えるのに必死で忘れていたが、今の日向は今までとは違う。
魁蓮に、確かな感情を持っているのだ。
1歩間違えれば、自爆の結果にもなりかねない。
でも……
(落ち着け……大丈夫)
今は、自分のことなんかより、魁蓮の心情を知ることの方が大事だ。
自分のことばかりに、気が散ってはいけない。
震えそうになる手を必死に抑えて、日向はゆっくりと魁蓮に歩み寄る。
「魁蓮、1人で抱え込まないでくれ。何があったのか分からないけど、たまには吐き出して欲しい」
事情を問い詰めても、意味が無い。
それで吐き出してくれるのならば、魁蓮は既に本音で語ってくれているはずだから。
だから、違う方面から攻める。
いや……手を差し伸べるのだ。
決して妖魔の世界では無い、人間のやり方で。
他の者では出来ない、日向のやり方で……。
「魁蓮、お前はひとりじゃねえよ。
今は僕がいるんだからさ」
「っ…………」
全てをかけて、彼に寄り添う。
彼がこうなってしまったきっかけは分からない。
どうして、見えない壁を築くのか。
どうして、誰にも頼らないのか。
出会ってからずっと、魁蓮は孤独の中にいる。
会話を交わしても、一向に壁は崩れなかった。
それだけでなく、肆魔、黄泉の妖魔、要をはじめとした遊郭邸の妖魔たち、そして巴。
多くの妖魔たちに囲まれても、魁蓮は孤独のまま。
ずっと、ずっと、壁の中にいる。
薄暗く、狭い殻の中のような場所に。
(魁蓮……)
だから、触れるべきは彼の心。
硬い壁に覆われている、その寂しい心に手を伸ばす。
司雀が、家族と今の時間を大切に思うように。
龍牙が、尊敬する人に追いつきたいと思うように。
虎珀が、大切な人を守りたいと思うように。
忌蛇が、愛する人を誰よりも思うように。
きっと魁蓮にも、何かを思う心が存在するはずだ。
それに気づかせたい。
そして……独りにならなくていいんだと、気づいて欲しい。
「っ……!」
その時、ふと魁蓮の手に力が入った。
自分の手を掴む日向の手を、まるで握り返そうとしているかのように。
その反応に気づいた日向は、優しい笑みを浮かべる。
微かだとしても、ちゃんと日向の言葉が届いている。
少しずつ、彼の心に触れている。
日向はそのまま、じっと待った。
「……はぁ……」
魁蓮が何かをするのを待っていると、魁蓮は脱力したようにため息を吐いた。
入りすぎてしまった肩の力を抜いて、いつもの冷静な魁蓮の様子に戻る。
あと一歩、あと一歩だ。
すると、魁蓮は口を開いた。
「全く……お前がいると、何故か調子が狂う。
何なんだこれは、忌々しいことこの上ない」
「え゛」
魁蓮の言葉が、日向の胸にグサッと刺さる。
心に少しずつ触れていると思っていたのだが、むしろ閉ざされてしまったのか?
あまり良い反応では無かったことに、日向は顔が青ざめる。
(い、忌々しいって……ウザイってこと……?
あれ……逆効果だった……!?)
日向は予想外の魁蓮の反応に、半泣きになりそうだった。
まあ考えてみれば、この鉄壁で出来ているような魁蓮の心を動かすなど、簡単では無い。
可能であれば、司雀が既にやっているはずだ。
日向が勝手に納得していると、魁蓮は呆れたように後頭部を搔く。
「はぁ……仕方ない、話してやる」
「……えっ?」
「聞きたいのだろう?我の話を」
どうやら、ほんの少し効果はあったようだ。
「は、話してくれるの……?ほんとに!?」
「これ以上詰められては、心底面倒だ」
「あ、そうですよね。すみません」
確かに、これ以上は本当にしつこいだろう。
日向はそっと魁蓮の手を離すと、コホンと咳払いをして、魁蓮の言葉を待った。
魁蓮は、まだ複雑な心情を抱えているようだったが、話すと言ったからには話さなければいけない。
深呼吸を1度して、真面目な表情へと変わる。
「まだ、証拠が不十分のため断言出来ぬが……。
異型共及び、奴らの狙いは……小僧、お前だ」
「………………へ?」
魁蓮の言葉に、日向は固まる。
異型妖魔の存在の意味、目的、源、その全てが明らかとなっていない中で、唯一確信に近い情報。
それが、彼らが求めているものだ。
「昨日の女妖魔は、お前を求め黄泉へ来た。お前に会わなければいけないと」
「な、何で僕……」
「分からん。だが、今まで遭遇した異型共の動き、発言、我と我に近しい者が狙われたことから推測するに……お前が狙いなのは間違いないだろう」
魁蓮の言葉に、日向は困惑した。
今まで、日向が妖魔と関わったことは無い。
いつも瀧と凪に守られていて、危険な場所へ行ったことも無かった。
そもそも、妖魔を見たことだって無い。
なのに、何故。
(僕が……狙い……)
だが日向は、別の視点で考えていた。
「異型妖魔の狙いが、僕ってことは……。
あっ、魁蓮!絶好の機会だよ!」
「あ?」
日向は、パッと笑顔になる。
異型妖魔の狙いが、本当に日向だとしたら。
彼らの情報を得るためには、彼らと接触する必要がある。
戦うか、何か聞き出す方法を考えるか。
今までは現実味が無かったが、今まさに、その挽回が来た。
そう、日向が導き出した考えは…………。
「僕が囮になって、奴らを引きつければいいんだ!」
「っ!?」
自分自身を、囮に使うこと。
日向としては、自信満々の考えだった。
だが、
「おい待て……何故そうなる」
魁蓮は、理解が出来なかった。
その作戦の利点は、一体何なのか。
頭の回転が早い魁蓮でも、この日向の提案には困惑していた。
しかし、日向は自信に満ち溢れた顔を浮かべている。
「異型妖魔の情報を探るには、実際に奴らに会わなきゃ意味が無い。接触する必要があるんだ。そして、謎だらけのアイツらの狙いは、僕の可能性がある。
だったら僕が囮になって、奴らを誘き出す。或いは、僕が奴らに接触して探る。名案だろ!」
「名案だと……?馬鹿なことぬかすな小僧」
「本気だって!狙いも立派な手がかりの一つだろ?それに本当に僕が狙いなのか。まだ確信が持てないなら、同時に確かめればいい」
この上ない、最高の作戦。
憶測だとしても、自分自身が手がかりに関わっているとなれば、話は早い。
日向も、これ以上の案は無いと、自信を持っていた。
しかし……。
「小僧、その案は却下だ」
またも魁蓮は、認めなかった。
こればかりは、日向も疑問が生じる。
「えっ、何でよ!超いい作戦だろ!」
「否だ」
「どうして!?目の前に、囮にするには丁度いい奴がいるってのにさ。お前が躊躇う理由なんてないだろ?」
「とにかく、何を言おうと却下だ」
またこれだ。
魁蓮は自分の考えも言わず、否定ばかり。
でも日向としては、この考え以上の作戦なんてないと、自信を持って言える。
だから、諦めない。
「いや魁蓮。もっと考えてみろって!調査も修行も無しなら、僕にできるのはもうこれしかないって!」
「…………」
「それに、奴らだって僕が戦えない役立たずって分かったら、なめてかかってくるだろ?そこを、お前がギャフンと言わせりゃいい!
想像できるか~?戦えない人間の背後には、最強の鬼の王がいるなんて!ははっ!怖いだろ?」
「小僧……」
「考えてみれば、僕って狙われる方が慣れっこだしな?戦ってヘマするよりは、捨て駒みたいにした方が手っ取り早い。これが成功すれば、黄泉だけじゃなくて現世の助けにもなる!僕もお前も、一石二鳥だろ?」
「小僧」
「分かってるって魁蓮!失敗しないように頑張るからさ。あ、でも……尋問みたいなのは苦手だから、そこだけはお前に任せるかも。あと、囮になって死んじまったら、その時はっ……んっ!?」
日向がそのまま言葉を続けようとしていた瞬間、それを無理やり止めるように、魁蓮は日向の口に手を当てた。
いきなり口を塞がれて、日向は目を見開く。
慌てて魁蓮の手を外すと、日向は片眉を上げた。
「ちょっ、いきなり何だよ」
「いい加減黙れ……無駄だ。その案は受けぬ」
「は、はっ!?何で!」
「……何でも、だ」
「いやだって、異型妖魔の正体を探りたいんだろ?少しでも解き明かすために、僕を使ってっ」
「あああ……もう良い!黙れ!!」
「えぇっ……?」
止まらない日向の発言に、いよいよ魁蓮は我慢が出来なくなってしまった。
ある意味、鬼の王をこんなふうにしてしまうのは、むしろ凄いこと。
珍しい反応をする魁蓮に、日向もキュッと口を結ぶ。
すると魁蓮は、何やらもどかしさを含めたような態度を取り始める。
「聞け小僧!何を言おうと、その案は却下だ!」
「い、いや、だから!なんでって!」
「ここまで言って、何故分からない!?」
「いや分かるか!!!説明しろって!!!」
「だからっ……。
とにかくだ!お前を囮などには使わん!」
「だーかーらー!それが何でかって聞いてんだよ!
お前、僕を自由に扱う権力持ってんだから、煮るなり焼くなり出来んだろ!?囮なんて、もってこいじゃねえか!何が駄目なんだよ!つーか、
僕は!お前の!所有物なんだろ!?」
ピキッ……。
少し熱が入った、日向の発言。
これが、とんでもない引き金となった。
魁蓮の奥深くにある、彼自身も知らない心。
その部分が、火山の噴火のように上り詰めてきて、遂には溢れ出してしまう。
今まで、自分を抑えられなかったことなんて、1度も無かった。
全てが思い通りで、熱が入ることもない。
だから……魁蓮だって、自分に何が起きているのかなんて、分からなかった。
「おわっ!」
日向が魁蓮を睨んでいると、突然魁蓮は、日向の肩に手を置いて、グイッと自分の方へと引き寄せる。
そして、鼻が触れ合いそうになる距離まで、顔を近づけた。
当然、日向は何が起きているのか理解できない。
だが、魁蓮は……珍しく必死だった。
「ちょっ、近っ……!な、何!?」
至近距離にある魁蓮の顔に、日向は顔を真っ赤に染め上げる。
そんな日向を、魁蓮は歯を食いしばって見つめた。
もうこれ以上、日向の言葉なんて聞いてられない。
言わせれば、頭がおかしくなりそうだった。
だから……もう割り切る。
自尊心も、王としての風格も、最強の姿も。
全部、捨てて……。
「小僧!我がその案を受けると思ったのか!?
お前は、どこまで行っても莫迦か!!」
「バカ!?じゃあ、何だって言うんだよ!僕を囮にしたくない理由があるってのか!?」
「決まっているだろ!!
お前をっ、傷つけられたくないんだ!!!!!!」
「あっ…………えっ?」
魁蓮の声が、響き渡る。
それは……魁蓮が初めて口にした、
嘘偽りない、心からの本音だった。
日向は戦えない、既に役立たずな自覚はある。
日向が持つ力も、戦闘向きではないことも理解している。
だからとはいえ、何もしないまま判断されてしまうのは、受け入れられない。
何も言わずに避けようとする魁蓮に、日向は今度は自分の気持ちを言葉にした。
「僕だって皆の役にたちたい。怪我して帰ってくる皆を、ただこの城で待つのは耐えられないんだ。出来ることをしたい」
「……………………」
「僕のやり方で、皆を守りたいんだ。これ以上悲惨なことにならないように。魁蓮、お願い。ちゃんと役に立ってみせるから。だからっ」
「そうではない」
「……えっ?」
日向の言葉を遮った魁蓮の声は、掠れていた。
とても小さくて、何か言いづらい様子が伺える。
日向はゆっくりと、魁蓮の前へと回り込んで、そっと顔を覗き込んだ。
「そうではないって……どういうこと?」
すると魁蓮は、また複雑な表情を浮かべた。
どうして今日は、そんな顔ばかりなのか。
何かあったとしか言いようがない、魁蓮の珍しい様子。
この時、魁蓮のことをずっと見てきた司雀なら、どうするのだろうか。
寄り添うのか、そっとしておくのか。
そんなことを考えていると、魁蓮が重たい口を開く。
「城に戻れ、後は楊に任せる」
「えっ」
また、何も言ってくれなかった。
日向は、楊を出そうとしている魁蓮の姿に、再び焦りが募る。
「ま、待って!」
焦りが先走ってしまい、思わず魁蓮の手を掴んだ。
自分で掴んだというのに、日向は彼に触れてしまったことで、ドクンッと心臓が高鳴る。
訴えるのに必死で忘れていたが、今の日向は今までとは違う。
魁蓮に、確かな感情を持っているのだ。
1歩間違えれば、自爆の結果にもなりかねない。
でも……
(落ち着け……大丈夫)
今は、自分のことなんかより、魁蓮の心情を知ることの方が大事だ。
自分のことばかりに、気が散ってはいけない。
震えそうになる手を必死に抑えて、日向はゆっくりと魁蓮に歩み寄る。
「魁蓮、1人で抱え込まないでくれ。何があったのか分からないけど、たまには吐き出して欲しい」
事情を問い詰めても、意味が無い。
それで吐き出してくれるのならば、魁蓮は既に本音で語ってくれているはずだから。
だから、違う方面から攻める。
いや……手を差し伸べるのだ。
決して妖魔の世界では無い、人間のやり方で。
他の者では出来ない、日向のやり方で……。
「魁蓮、お前はひとりじゃねえよ。
今は僕がいるんだからさ」
「っ…………」
全てをかけて、彼に寄り添う。
彼がこうなってしまったきっかけは分からない。
どうして、見えない壁を築くのか。
どうして、誰にも頼らないのか。
出会ってからずっと、魁蓮は孤独の中にいる。
会話を交わしても、一向に壁は崩れなかった。
それだけでなく、肆魔、黄泉の妖魔、要をはじめとした遊郭邸の妖魔たち、そして巴。
多くの妖魔たちに囲まれても、魁蓮は孤独のまま。
ずっと、ずっと、壁の中にいる。
薄暗く、狭い殻の中のような場所に。
(魁蓮……)
だから、触れるべきは彼の心。
硬い壁に覆われている、その寂しい心に手を伸ばす。
司雀が、家族と今の時間を大切に思うように。
龍牙が、尊敬する人に追いつきたいと思うように。
虎珀が、大切な人を守りたいと思うように。
忌蛇が、愛する人を誰よりも思うように。
きっと魁蓮にも、何かを思う心が存在するはずだ。
それに気づかせたい。
そして……独りにならなくていいんだと、気づいて欲しい。
「っ……!」
その時、ふと魁蓮の手に力が入った。
自分の手を掴む日向の手を、まるで握り返そうとしているかのように。
その反応に気づいた日向は、優しい笑みを浮かべる。
微かだとしても、ちゃんと日向の言葉が届いている。
少しずつ、彼の心に触れている。
日向はそのまま、じっと待った。
「……はぁ……」
魁蓮が何かをするのを待っていると、魁蓮は脱力したようにため息を吐いた。
入りすぎてしまった肩の力を抜いて、いつもの冷静な魁蓮の様子に戻る。
あと一歩、あと一歩だ。
すると、魁蓮は口を開いた。
「全く……お前がいると、何故か調子が狂う。
何なんだこれは、忌々しいことこの上ない」
「え゛」
魁蓮の言葉が、日向の胸にグサッと刺さる。
心に少しずつ触れていると思っていたのだが、むしろ閉ざされてしまったのか?
あまり良い反応では無かったことに、日向は顔が青ざめる。
(い、忌々しいって……ウザイってこと……?
あれ……逆効果だった……!?)
日向は予想外の魁蓮の反応に、半泣きになりそうだった。
まあ考えてみれば、この鉄壁で出来ているような魁蓮の心を動かすなど、簡単では無い。
可能であれば、司雀が既にやっているはずだ。
日向が勝手に納得していると、魁蓮は呆れたように後頭部を搔く。
「はぁ……仕方ない、話してやる」
「……えっ?」
「聞きたいのだろう?我の話を」
どうやら、ほんの少し効果はあったようだ。
「は、話してくれるの……?ほんとに!?」
「これ以上詰められては、心底面倒だ」
「あ、そうですよね。すみません」
確かに、これ以上は本当にしつこいだろう。
日向はそっと魁蓮の手を離すと、コホンと咳払いをして、魁蓮の言葉を待った。
魁蓮は、まだ複雑な心情を抱えているようだったが、話すと言ったからには話さなければいけない。
深呼吸を1度して、真面目な表情へと変わる。
「まだ、証拠が不十分のため断言出来ぬが……。
異型共及び、奴らの狙いは……小僧、お前だ」
「………………へ?」
魁蓮の言葉に、日向は固まる。
異型妖魔の存在の意味、目的、源、その全てが明らかとなっていない中で、唯一確信に近い情報。
それが、彼らが求めているものだ。
「昨日の女妖魔は、お前を求め黄泉へ来た。お前に会わなければいけないと」
「な、何で僕……」
「分からん。だが、今まで遭遇した異型共の動き、発言、我と我に近しい者が狙われたことから推測するに……お前が狙いなのは間違いないだろう」
魁蓮の言葉に、日向は困惑した。
今まで、日向が妖魔と関わったことは無い。
いつも瀧と凪に守られていて、危険な場所へ行ったことも無かった。
そもそも、妖魔を見たことだって無い。
なのに、何故。
(僕が……狙い……)
だが日向は、別の視点で考えていた。
「異型妖魔の狙いが、僕ってことは……。
あっ、魁蓮!絶好の機会だよ!」
「あ?」
日向は、パッと笑顔になる。
異型妖魔の狙いが、本当に日向だとしたら。
彼らの情報を得るためには、彼らと接触する必要がある。
戦うか、何か聞き出す方法を考えるか。
今までは現実味が無かったが、今まさに、その挽回が来た。
そう、日向が導き出した考えは…………。
「僕が囮になって、奴らを引きつければいいんだ!」
「っ!?」
自分自身を、囮に使うこと。
日向としては、自信満々の考えだった。
だが、
「おい待て……何故そうなる」
魁蓮は、理解が出来なかった。
その作戦の利点は、一体何なのか。
頭の回転が早い魁蓮でも、この日向の提案には困惑していた。
しかし、日向は自信に満ち溢れた顔を浮かべている。
「異型妖魔の情報を探るには、実際に奴らに会わなきゃ意味が無い。接触する必要があるんだ。そして、謎だらけのアイツらの狙いは、僕の可能性がある。
だったら僕が囮になって、奴らを誘き出す。或いは、僕が奴らに接触して探る。名案だろ!」
「名案だと……?馬鹿なことぬかすな小僧」
「本気だって!狙いも立派な手がかりの一つだろ?それに本当に僕が狙いなのか。まだ確信が持てないなら、同時に確かめればいい」
この上ない、最高の作戦。
憶測だとしても、自分自身が手がかりに関わっているとなれば、話は早い。
日向も、これ以上の案は無いと、自信を持っていた。
しかし……。
「小僧、その案は却下だ」
またも魁蓮は、認めなかった。
こればかりは、日向も疑問が生じる。
「えっ、何でよ!超いい作戦だろ!」
「否だ」
「どうして!?目の前に、囮にするには丁度いい奴がいるってのにさ。お前が躊躇う理由なんてないだろ?」
「とにかく、何を言おうと却下だ」
またこれだ。
魁蓮は自分の考えも言わず、否定ばかり。
でも日向としては、この考え以上の作戦なんてないと、自信を持って言える。
だから、諦めない。
「いや魁蓮。もっと考えてみろって!調査も修行も無しなら、僕にできるのはもうこれしかないって!」
「…………」
「それに、奴らだって僕が戦えない役立たずって分かったら、なめてかかってくるだろ?そこを、お前がギャフンと言わせりゃいい!
想像できるか~?戦えない人間の背後には、最強の鬼の王がいるなんて!ははっ!怖いだろ?」
「小僧……」
「考えてみれば、僕って狙われる方が慣れっこだしな?戦ってヘマするよりは、捨て駒みたいにした方が手っ取り早い。これが成功すれば、黄泉だけじゃなくて現世の助けにもなる!僕もお前も、一石二鳥だろ?」
「小僧」
「分かってるって魁蓮!失敗しないように頑張るからさ。あ、でも……尋問みたいなのは苦手だから、そこだけはお前に任せるかも。あと、囮になって死んじまったら、その時はっ……んっ!?」
日向がそのまま言葉を続けようとしていた瞬間、それを無理やり止めるように、魁蓮は日向の口に手を当てた。
いきなり口を塞がれて、日向は目を見開く。
慌てて魁蓮の手を外すと、日向は片眉を上げた。
「ちょっ、いきなり何だよ」
「いい加減黙れ……無駄だ。その案は受けぬ」
「は、はっ!?何で!」
「……何でも、だ」
「いやだって、異型妖魔の正体を探りたいんだろ?少しでも解き明かすために、僕を使ってっ」
「あああ……もう良い!黙れ!!」
「えぇっ……?」
止まらない日向の発言に、いよいよ魁蓮は我慢が出来なくなってしまった。
ある意味、鬼の王をこんなふうにしてしまうのは、むしろ凄いこと。
珍しい反応をする魁蓮に、日向もキュッと口を結ぶ。
すると魁蓮は、何やらもどかしさを含めたような態度を取り始める。
「聞け小僧!何を言おうと、その案は却下だ!」
「い、いや、だから!なんでって!」
「ここまで言って、何故分からない!?」
「いや分かるか!!!説明しろって!!!」
「だからっ……。
とにかくだ!お前を囮などには使わん!」
「だーかーらー!それが何でかって聞いてんだよ!
お前、僕を自由に扱う権力持ってんだから、煮るなり焼くなり出来んだろ!?囮なんて、もってこいじゃねえか!何が駄目なんだよ!つーか、
僕は!お前の!所有物なんだろ!?」
ピキッ……。
少し熱が入った、日向の発言。
これが、とんでもない引き金となった。
魁蓮の奥深くにある、彼自身も知らない心。
その部分が、火山の噴火のように上り詰めてきて、遂には溢れ出してしまう。
今まで、自分を抑えられなかったことなんて、1度も無かった。
全てが思い通りで、熱が入ることもない。
だから……魁蓮だって、自分に何が起きているのかなんて、分からなかった。
「おわっ!」
日向が魁蓮を睨んでいると、突然魁蓮は、日向の肩に手を置いて、グイッと自分の方へと引き寄せる。
そして、鼻が触れ合いそうになる距離まで、顔を近づけた。
当然、日向は何が起きているのか理解できない。
だが、魁蓮は……珍しく必死だった。
「ちょっ、近っ……!な、何!?」
至近距離にある魁蓮の顔に、日向は顔を真っ赤に染め上げる。
そんな日向を、魁蓮は歯を食いしばって見つめた。
もうこれ以上、日向の言葉なんて聞いてられない。
言わせれば、頭がおかしくなりそうだった。
だから……もう割り切る。
自尊心も、王としての風格も、最強の姿も。
全部、捨てて……。
「小僧!我がその案を受けると思ったのか!?
お前は、どこまで行っても莫迦か!!」
「バカ!?じゃあ、何だって言うんだよ!僕を囮にしたくない理由があるってのか!?」
「決まっているだろ!!
お前をっ、傷つけられたくないんだ!!!!!!」
「あっ…………えっ?」
魁蓮の声が、響き渡る。
それは……魁蓮が初めて口にした、
嘘偽りない、心からの本音だった。
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