愛恋の呪縛

サラ

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第198話

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 死にたがっていた。

 自然と、何も考えずに出てきた言葉だった。
 なんの躊躇いもなく、まるで当たり前のように。
 そう口にした龍牙の脳裏に、直後ある記憶が呼び起こされる。
 あまりいい思い出ではないのに、やけに焼き付いていた記憶の1部。
 忘れたいと、切に願った記憶。
 それは、今から1000年前のこと……。




 黄泉の城に、龍牙・虎珀・忌蛇たちが住むようになってから数十年。
 曖昧ながらも、魁蓮たちは家族のように生きてきた。
 家族のようにだなんて、まるで人間の真似っ子のようだったが、城での日々に不満を感じたことは無い。
 歪だったが、きっと上手くやれていた。

 そして肆魔をはじめ、黄泉に生きる妖魔たちも皆、魁蓮を敬愛していた。
 妖魔には必要のない幸せや平和な日々も、いつしか当たり前のように感じるようになって。
 それこそ人間たちのような生き方だったが、黄泉の妖魔たちは、満足気に生きていた。
 だからこそ、皆はそんな毎日を与えてくれた魁蓮を心から慕っていたのだ。
 何一つ不自由のない、長い年月。
 そう、不満も退屈も無い、まさに理想の日々。
 皆は幸せだと、いつも同じことを思っていた。

 たった1人を、除いて…………。














「魁蓮~、魁蓮~?」



 1000年前の龍牙は、とにかく魁蓮のことが大好きだった。
 まるで本物の父親か兄のように見ていて、何かあれば必ず魁蓮を探していた。
 その姿は、まるで親ガモを探す子ガモだ。
 そしてこの日も、龍牙は腹から出す大声を轟かせながら、魁蓮の姿を探していた。

 長い長い廊下を歩き続けること数分、ふと龍牙はある姿が目に入る。



 (あっ、いた!)



 龍牙は、城の庭から黄泉の世界を見守る魁蓮の後ろ姿を見つけた。
 後ろ姿からでも分かる、魁蓮の神々しさ。
 まさに、王の風格とでも言えよう。
 そんな魁蓮を見つけた途端、龍牙は廊下の塀を飛び越えて、颯爽と庭にいる魁蓮の元へと向かった。
 大好きな魁蓮、目標にしている魁蓮、早く早くと足を動かして、いつものように声をかける。



「ねぇねぇ!魁っ……」



 だが、そんな龍牙の声はピタッと止まった。
 同時に軽かったはずの足も、おもりにでも引っかかったかのように止まる。
 先程龍牙が魁蓮を見つけた時は、後ろ姿だけだったため、魁蓮の姿はハッキリとは見えていなかった。
 しかし、今こうして近づいて、龍牙はやっと気づいた。

 庭に立つ魁蓮が、驚くほど血だらけの姿だということを。



 (なに、これ……)



 妖魔は、良くも悪くも血に見慣れている。
 それでも、魁蓮の出血は異常だった。



 (待って、これで生きてんの……?)



 この時、絶賛修行の身だった龍牙は、出血の量や傷の大きさだけで、相手の生命の危険度が瞬時に理解出来るほどの戦闘脳を持っていた。
 そんな龍牙が、血の気が引くほどの出血を、目の前にいる魁蓮は流していたのだ。
 体にある全ての血が流れ出ているのではないかと思うほど、魁蓮の体は真っ赤に染まり、綺麗な着物も血が滴り落ちていた。
 その姿は、まさに背筋が凍るものだった。



 (っ……あれって……)



 その時、龍牙はあるものが目に入る。
 血だらけで立ち尽くす魁蓮の手には、何故かぐしゃぐしゃになったが握りしめられていた。
 そしてその蓮も、血で赤く染まっていた。
 大事に握っていたわけでは無いのか。



「か、魁蓮っ!!!!!」



 だがそんなこと、今はどうでもいい。
 こんな姿の魁蓮を放っておける訳もなく、龍牙は慌てて魁蓮に声をかける。
 すると、龍牙の声に気づいた魁蓮が、ゆっくりと龍牙へと顔を向けた。



「っ…………!」



 龍牙に向けられた魁蓮の瞳は……
 まるで闇のどん底にいるかのように、暗い影が落とされていた。
 綺麗でもあり、禍々しくもある赤い瞳が、どこか黒くくすんで見えるほど、魁蓮の瞳には光がない。
 その瞳が、あまりにも絶望に満ちていて、龍牙は息を飲む。



「……龍牙か、どうした……」



 魁蓮は、遅れて返事をしてきた。
 いつもの声音のはずなのに、何かが違う。
 覇気も感じない、力が入っていない、魁蓮にしては珍しいほど弱々しい声で。



 (どうしたって…………)



 ボタボタこぼれ落ちる血、なのに体はしっかり立っていて。
 何故この状態で死んでいないのか、龍牙は不思議でたまらなかった。



「魁蓮っ……ちょっ、血がヤバいって……」

「……血?」

「ほ、ほらっ……自分の体、出血がっ……」

「……あぁ、忘れていた」

「えっ!?忘れていた!?意味わかんねぇよ!!」



 こんなの、無視する方がしんどいだろう。
 忘れていたなんて、そんな馬鹿なことがあるものか。
 龍牙は驚きを通り越して、疑問が生まれる。
 だが、今は何があったのかと問いただすのは最善では無い。



「とりあえず、司雀呼んでくるから!!!!!」



 魁蓮を探していた理由なんて忘れて、龍牙は司雀を呼びに行こうと振り返る。

 しかし…………



「必要ない」

「っ……えっ?」



 ボソッと呟いた魁蓮の声に、龍牙は反射的に魁蓮へと振り返る。
 すると魁蓮は、光のない瞳で黄泉の町を見つめていた。



「どうせ変わらぬ。放っておいても構わん」

「っ!?な、何言ってんだよ!そんな怪我放置したら、魁蓮でも死んじまうって!!!!!」

「……………………」

「とにかく、司雀呼んでくるから、激しい動きとかしないでくれよ!!!!!」



 龍牙は強めに言い放つと、魁蓮の返事を待つことなく司雀を呼びに行った。

 
 それから龍牙の知らせを聞いた司雀が、魁蓮を大広間へと連れて行って、応急手当をした。
 あまりにも酷い姿で立っていた魁蓮に、流石の司雀も顔が真っ青になり、今まで見たことないくらいの速さで治療を進めていた。
 その間、魁蓮が心配だった龍牙は、2人には内緒で大広間の扉の前で待っていた。
 小さく蹲り、膝を抱えて魁蓮の無事を祈るばかり。



 (魁蓮……死んだりしないよねっ……)



 想像するだけで、苦しくなった。
 この時の龍牙は、まだ不安や悲しいという感情を知らず、何も理解していなかった時期だ。
 そのため、感情の名前も分からない当時の龍牙は、今自分が抱えている気持ち悪い感覚を不快に思いながらも、魁蓮に死んで欲しくないと願い続けていた。
 魁蓮と言えど、鬼の王と言えど、1歩間違えれば命の危険だってある。
 強者であっても、無敵という訳では無い。
 それは龍牙が1番わかっていた。
 それくらい、龍牙は魁蓮を見てきたから。

 その時……。




「何故だ、司雀」




 ふと、大広間の中から魁蓮の声がした。
 龍牙はその声に顔を上げると、扉に耳を近づけて、中の会話を聞こうと集中する。



「何故って、治療する理由ですか?」

「違う……いや、それもあるが」

「そんなの、怪我をしていたら治すのは当然です」

「我には必要ない」

「ありますから!今、ご自分の体がどれほど異常なことになっているのか自覚しています?先程も、あんな真っ青な顔して助けを呼びに来た龍牙、初めて見ましたよ。一体どれほど危険な状態なのかと肝が冷えました」



 相変わらずの魁蓮の身勝手さに、司雀は今日も今日とてお叱りだ。
 でも、いつもと違ったのは、魁蓮の方だった。
 魁蓮は司雀のお叱りに反抗することなく、口を閉ざしている。




「魁蓮。妖魔の体は結構しぶといですが、念には念を。ちゃんとご自分の体くらい労わってください」

「どうでもいい」

「どうでもいいって……貴方、仮にもこの黄泉の世界に君臨する王なのですよ?貴方がちゃんとしなければ、皆が心配してっ」

「そんなもの、何の意味も持たぬわ」

「っ……何故そのようなことを」

「知っているだろう、司雀。心配せずとも、どうせ我は何をしても……

 



 魁蓮の、か細い声。
 龍牙は魁蓮の言葉に、くるっと振り返る。
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