愛恋の呪縛

サラ

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第199話

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 (死ぬことは、無い…………?)



 魁蓮の発言に、龍牙は片眉を上げた。
 話の内容が思ったより暗いものになっている気がして、龍牙は2人の会話に集中し続けた。

 魁蓮の言う''死ぬことは無い''とは、いわゆる不死身ということなのか。
 だが、そんなのは普通なら有り得ない事だった。
 いくら強い力を持っている者でも、死というものには抗えない。
 それは魁蓮も然り。
 それに、今まで不死身だった者など居ない。

 しかし、そんな龍牙の疑問を無視して、魁蓮と司雀は意味深な会話を続ける。



「魁蓮。どうか、今までの感覚を忘れないでください。今はそうであったとしても、いずれ終わりが来ます。貴方だけが違うわけではっ」

「そのいずれは、いつだ。
 我は、今この時でさえも待っている」

「それはっ……
 とにかく今は、生きることを視野に入れてください。前向きにならずとも、今あるこの時間を噛み締めて頂けませんか」

「……………………」

「1人で抱え込まなくていいんですよ、魁蓮。それに、今は私だけでなく、肆魔がいるんです。そしてこの黄泉に住まう妖魔たちも」



 2人にしては、何とも珍しい会話だった。
 まるで、悲しみに暮れている子どもを慰める親のような会話だった。
 そんな、ほんわかしたような会話内容では無いものの、少し後ろめたさを感じるような会話は、普段の2人からは考えられない。
 あまり聞いた事のない会話に、龍牙は不思議と話を聞く力が入ってしまう。

 だが、そんな昂りだしてきた龍牙の好奇心は……
 魁蓮の言葉で、簡単にへし折られてしまう。





「……なぁ、司雀」

「なんです?」

「お前の今の言葉は、何も間違っていない。だが……
 
 どうせなら、我は……このまま命朽ち果てたい……」

「っ…………!!!!!」



 (…………えっ?)



 魁蓮の言葉に、龍牙は頭が真っ白になった。
 それは、今まで龍牙が見てきた魁蓮の姿からは、想像が出来ない切なる願い。
 ずっと心の奥底にでもしまっていたような、誰にも打ち明けることの無い何よりも強い思いのようだった。
 でもそれが、まさかこととは。
 一体、誰が想像するだろう。

 あまりの衝撃に龍牙が呆然とする中、魁蓮たちの会話は休むことなく続いていく。



「龍牙に言われるまで、己が負傷していることすら忘れていた。痛みは感じるというのに、死の危機は感じなかった…………もう、分かっているんだ。
 傷や怪我を放置しても、我は死なないと。そしてそう考えてしまうのが、どれだけ残酷なことなのかも、我は痛いほど理解している……」

「魁蓮っ……」

「ありとあらゆる手を尽くした。恐怖すら感じぬほど、己の全てを切り捨ててきた。だというのに、残るのは忌々しい己の命だけ。
 我はもう、死ぬことすら許されぬというのか……」



 暗くなっていく話、段々と低くなっていく魁蓮の声。
 龍牙はたまらなくなり、そっと大広間の扉を少し開けて、その隙間から中を覗く。
 すると見えたのは、怪我の治療をほとんど終え、先程握りしめていたぐしゃぐしゃの蓮の花を、じとっと見下す魁蓮の姿。



「……ククッ……ハハッ……」



 魁蓮はその蓮の花を見つめると、力を無くしたような笑みを浮かべ、蓮の花を持つ手に段々と力が入る。
 もう崩れた蓮の花が、更に崩れていく。
 そして、絞り出すような声で話し始めた。





「違う……我が求めているのは、これでは無いっ……」

「っ………………」

「こんな薄汚れて、崩れてしまったみすぼらしいものでは無い…………。
 もっと……''白くて、青くて、綺麗な''なんだ。こんなもの、花でも何でも無いっ……」



 魁蓮の手に、ギュッと力が入る。
 もう崩れてしまった蓮の花は、魁蓮の手の中でぺたんこに潰れてしまった。
 クシャッと花が潰れる音が聞こえ、龍牙はゴクリと唾を飲み込む。
 そして魁蓮も、その崩れた蓮と同じように、せめてもの浮かべていた笑みが、段々と崩れていった。



「……何故、こうなってしまったのか……これだけの時を経ても、何一つ分からぬままではないかっ……望むものも得られず、取り戻したいものも得られず、ただ時の流れだけが過ぎていく。そんな日々など、もうこりごりだ……もう二度と、望むものが手に入らぬのならば……

 もういっそ、この場で……………………」





 魁蓮が言葉を言い終わる直前。
 目の前で聞いていた司雀が、魁蓮を包み込むようにして抱きしめる。
 両腕で、しっかりと。
 魁蓮が感じる絶望の全てを、受け止めるように。



「もう、辞めてください。自分を責めるのは……。
 そんな貴方を、私は見たくありませんっ……」

「……………………」

「貴方は戦った、全て守るために。それは皆が分かっています。のことだって、貴方はあんな結果になることを望んでいなかった。それなのに、噂と伝説だけが1人歩きして、誰も真実を知らないまま時間だけが過ぎていった…………。
 貴方は、1度だって誰かを傷つけるつもりなんて無かったはずなのに……それに、のことだって……!」

「それ以上何も言うな、司雀」

「っ!」



 震える司雀の声に、気分がどん底に落ちていた魁蓮は、いつの間にか普段通りの調子に戻っていた。
 いつもの、鬼の王としての雰囲気をまとい、自分を抱きしめる司雀を見上げる。



「すまなかった、少し気がおかしくなっていた。もう大丈夫だから心配はいらん。お前が気にする事はない」

「……ですがっ」

「結局は、全て過ぎ去ったこと。世間は結果しか目を向けぬ。それが例え間違っていたとしても、今も尚この世が動いているのならば、真実など知らぬままで良い。過程など、どうでもいいのだ」



 魁蓮は、司雀から視線を外して目を伏せる。
 その瞳には、少しばかりの淡い光が宿っていた。
 そして……優しい笑みを浮かべて、口を開く。





は、もうこのままで良い」





 その時、司雀の目から涙が溢れた。
 こんなにも近くで抱きしめているのに、魁蓮が抱えている苦しみの1割も、分かってあげられない。
 想像を絶する苦しみを、理解してあげられない。
 司雀は、それがとても悔しかった。



「……ごめんなさいっ、何も出来なくてっ……貴方に着せられた無実の罪を、晴らしたいのにっ……
 貴方の力になりたいだけなのに、何も出来ずっ……」

「何を言っている、司雀……今、なっているだろ」



 司雀は、涙を流しながら魁蓮を抱きしめ続けた。
 そんな司雀に呆れながらも、魁蓮は自分を抱きしめてくれる司雀の背中を、ポンポンと軽く叩く。
 信頼しあっている2人の、意外な姿。
 龍牙は、隠れる意志などとうに忘れて、見た事がなかった2人の姿に、目が離せなかった。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈






 あの日のことは、龍牙の脳裏に焼き付いていた。
 感動とか、思い出とか、そんな優しいものでは無い。
 むしろあれは、龍牙はトラウマに感じたのだ。
 大好きな魁蓮の死を望んでいるような姿が、龍牙にとってはかなりショックなことで、嫌なほど鮮明に覚えることとなった記憶のひとつだった。
 そしてあの会話も、声音もそのまま記憶にある。



「……龍牙?どうしたん?」

「………………………………」



 遠くの方で、日向の声がした。
 でもそんな日向の声に返事するのを忘れるほど、龍牙の脳内は、乱れまくっていた。





 (そうだった……魁蓮は、昔……)





 思えば、龍牙の記憶の中にいる魁蓮は、いつも笑っていなかった。
 楽しそうにしている姿もなく、ただ過ぎていく日々に身を任せているだけ。
 初めから、前を向いて生きていこうとする意思は、全くと言っていいほど感じられなかった。
 むしろ、死を望んでいるようで……。

 忘れていた、1000年前の魁蓮の姿を。
 復活してきた今の生活が、1000年前の生活より楽しくて、無意識に上書きしていた。
 そうだ、魁蓮は1度だって笑っていなかった。
 笑みを浮かべることはあっても、心からの笑顔だったことなんて無い。
 いや、それ以前に……思い出せない。

 魁蓮はいつも、どんな表情をしていた?
 魁蓮はいつも、何を考えていた?
 魁蓮はいつも、何を望んでいた?
 本当は知らなかっただけで、魁蓮はいつも……

 死にたいと、思っていたのでは無いのか……?
 そう思った瞬間、龍牙はある考えが浮かぶ。





 (じゃあ……魁蓮が封印されたのって……)





 龍牙の頭の中が、ぐちゃぐちゃになっていく。
 ただ思い出されるのは、魁蓮の封印のこと。

 当時は考えもしなかった。
 魁蓮が封印されたことがショックで、何があったかなんて考える余裕は無かった。
 あれほど強い魁蓮が封印されるなんて、一体どこの誰が封印したのかと。
 いつもいつも、犯人を探していた。
 どれだけ途方に暮れようと、大好きな魁蓮に会うために、龍牙はずっと彼を探していた。
 何年も、何十年も、何百年も。

 でも、もし魁蓮が本当に死を望んでいたとしたら……
 その思いが、封印された日まで残っていたとしたら……





 (魁蓮は……封印を、受け入れた……?)




 
 龍牙が導き出した考えは……
 魁蓮は、封印されることに抵抗しなかったのでは。
 いや……むしろ誰かに封印されることを、望んでしまったのではないか。

 封印されれば生きることも無く、かといって死ぬこともないが、一時的に世界から消えることは出来る。
 そして復活しなければ、それは死んだも同然。
 魁蓮は、それを分かった上で……………………



 (…………魁、蓮……………)



 この考えが正しいとしたら……
 魁蓮が居なくなった理由が、彼の望みということになる。
 今まで1度も楽しそうじゃなかったのは、生きることを諦めていたから。
 魁蓮は初めから、龍牙たちと一緒に生きる未来なんて、一切考えていなかったのかもしれない。

 そう思った途端、龍牙は胸が苦しくなった。
 そして同時に、悲しくなった。
 ずっと見てきた、文字通り魁蓮を見てきた。
 だからこそ、ふつふつと思い出される。
 忘れていたことが、ブワッと。

 魁蓮が、今まで楽しそうだった時なんて……



 1度も、無かったのだ。
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