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十一章 ワタル六日目
真実 ③'
しおりを挟む四日前の体育の時間、二人で仲良く隠れた土管。
その土管が置かれた河原に、俺は時間通りに向かった。
暖かな昼下がりの陽光の中、程なくしてツバサがやって来て、
「お待たせ、ワタルくん」
「ああ、おはよ、ツバサ」
そしてツバサは俺の隣に寄ってきて、土管にもたれかかる。
「話って、……何かな?」
「……大事な話なんだ」
「……大事な話」
それを聞いて、ツバサはきゅっと、口を真一文字に結んだ。
それが可愛らしくて、俺は彼女の頭を撫でる。
「も、もう。大事な話なんだよね?」
「ああ。……すごく大事な話だ」
俺は、改めてツバサを見つめる。
「明日……村がなくなることが、発表されると思う」
「え? ……どういうこと?」
「何でも、買収計画がちょっと前からあって、俺の父さんがそれに同意しているらしい。相手は強引な人で……反対が多くてもやり遂げるだろうって」
「で、でもそんな急な……」
「だから、なくなるのはまだ先なんじゃないかな。でも、決まってしまえばそのうち村はなくなる。俺たちが過ごしたこの鴇村は、なくなってしまうんだ」
「……信じられない……」
いきなりそんなことを言われても、信じられないのは当然だろう。それは俺も、分かっている。
だけど、信じてもらうしかない。
「村が無くなったら、きっと補填として、買収先の人が生活する場所をくれるだろう。そうしてくれそうだという話も、俺は聞いてる」
「……」
「だから……ツバサ。俺たちは、山を下りて暮らしていくことになるんだ。この村を出て……外の世界で」
「……ああ」
ツバサは、一分近く黙りこんでいた。
せめて、上手い返事ができるようにと、混乱する頭を整理しているのだろう。
やがて彼女は、顔を上げて、
「……やっぱり、ちょっと想像できないな。この村がなくなるなんて……」
「……俺も、実感は湧かないけどな」
それでも、嘘だとはもう思えない。
「でも、気持ちの整理がついたら、明日、この村を出て、ふもとの村まで一緒に来てほしいんだ。そこで待っていればいいと、言われたからさ」
「……どうして、ふもとの村に?」
「……実は、相手の人は俺の親族らしいんだ。佐渡一比十って人」
「……なんか、聞き覚えはある。村を出て行った人だって、お母さんが」
「その人だよ。……その人が、ちゃんと面倒を見てくれるっていうからさ。俺は……そこで待っていようと思う。きっと、一足先に、外の世界に連れて行ってくれるんじゃないかな」
「……ワタルくんは、この村を出たいの?」
ツバサは、悲しげな顔で俺に訊ねてくる。
彼女は、多分知らないのだ。
この村がある限り、俺たちは結ばれてはならないと、言われ続けることを。
他にも俺たちを苦しめる、多くの事情があることを。
俺だって、今までは平和な部分しか見ていなかったのだから。
「……俺は、出たいよ。自分の意思で、誰にも止められず、好きに生きていきたい」
俺は、素直な思いを伝えようと、決めていた。
「知らなかった頃に戻ることができないから。俺は……好きな人と生きていきたいんだ」
「……え?」
「……ツバサ。俺と一緒に、来てほしいんだ」
彼女の肩を掴んで、俺は告げる。
ずっと、はっきり口にすることができなかった、素直な思いを。
「俺は、……ツバサのことが、好きだから」
伝えるまでの、とても長かった道のり。それは最後には、このような流れの中で辿り着くことになってはしまったが。
それでも俺は、今しかないと思った。
今気持ちを伝えなければ、もう、二度とは言えないような気がしたから。
「あの、……え、えっと」
ツバサはもじもじと手を動かしながら、ためらいがちに、ちらちらと俺の方を見てくる。
それで俺が答えを待っているのだと知ると、
「……う、うー」
そんな風に呻いてから、
「……私も、好きだよ。ワタルくんのこと。それは……えへへ、それは私と同じで、もう、知ってたことだろうけど」
「……うん」
押し寄せてくるのは、とても心地の良い安堵感だった。
待ち望んだ答えを聞けたとき。人は重石が外れたような、こんな気持ちになれるのだろう。
「お前といられない未来が嫌なんだ。早く、お前と一緒に生きていきたいんだ。……なんて言うのはさ。まだこの年じゃあ、早すぎるのかな」
「……ううん、嬉しいよ。私も……一緒に生きたい」
ツバサの言葉が、声が、笑顔が、仕草が。
その全てが愛しくなって、
俺はそっと、彼女を抱き締める。
永遠に、こんな時間が続かないだろうかと、思いながら。
「……来てくれるか」
「……うん」
俺の腕の中で、ツバサはゆっくりと、頷いた。
「私は、一緒にいるよ。ずっと、ワタルくんのそばに……」
しばらくして、俺たちは惜しむようにゆっくりと、離れる。
それから照れたように服の乱れを直して、
「……で、でも。時間はほしいかな。私、お母さんも連れて行きたいよ。お母さん、体が弱いしさ」
「……そう、だな」
ツバサにとって、カエデさんは唯一の肉親だ。
村を離れるなら、彼女も一緒にでないと嫌だろう。
カズヒトさんが、あとの村人の住居についてどうするかも俺は知らないし、一緒に来てもらったほうがいいとは思う。
「ワタルくんは……お父さんとは、行かないの?」
「父さんは、父さんなりに……考えがありそうだからさ。気持ちに整理がついてから、ちゃんと来るって俺は思ってる。そこは大丈夫さ」
「……そっか。分かったよ」
ツバサは笑い、
「ちょっとまだ、本当は半信半疑だけれど。とりあえず、明日お母さんに話して、ふもとの村までは行くよ。時間はかかるかもしれないけど、多分私も大丈夫。一緒に、行こうね」
「……ああ」
それは、大切な約束だった。
大切な人と生きていくために交わした、一つの約束。
告げたかったことを告げられて。聞きたかったことを聞いて。そして、嬉しくなって俺たちは、指きりしあってその約束を交わした。
そして、いつものように、日記を交換して、
手を振り合って、別れた。
……どうして俺は、そのときおかしいと思わなかったのだろう。
どうして、何も疑おうとしなかったのだろう。
それは、思い返せばきっと、こういうことなんだと考えるしかなかった。
その決意をした者たちの目が、……とても澄み切った、真剣なものだったからだ、と。
そして、俺の六月八日が終わった。
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