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第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】
三十六話 恋人たちの秘密②
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町内にある、三神院というそれなりの規模の診療病院。
伊吹という医師に呼び出され、ソウシは訳も分からないままその病院に訪れ、指示された診察室へやって来ていた。
最近健康診断をしたわけでもなく、心当たりが全くないソウシは伊吹医師と対面するなり理由を尋ねた。すると彼は沈痛な表情を浮かべ、丁寧にその理由を語っていったのだった。
「それって……どういう、ことですか……?」
全てを聞いたあとのソウシは、ただただそう聞き返すことしか出来なかった。
語られた事実は、あまりにも想定外のことだったからだ。
この現代日本において、そんなことが起こり得るのかと。
彼は怒るのではなく驚愕していた。
「……本当にすまないと思っている。しかし、事実そういうことが起きてしまったんだ」
伊吹医師は二つのカルテを見つめながら、もう一度告げる。
「十五年前、ここで働いていた医師たちが犯した大きな過ち。……君たちは、取り違えられてしまっていたんだよ」
「そんな馬鹿な……」
取り違え。
言葉では理解出来る。
でも、他ならぬ自分自身がそんな運命を背負っていたなんてことは、理解出来るはずもなかった。
「ほとんど有り得ないほどの偶然……いや、悲劇の連鎖だった。性別を告知していなかったこと、帝王切開で意識がなかったこと、忙しさで特定の担当者がいなかったこと……いや、全て言い訳にしかならんから、やめておこう。とにかく君たちは、病院の手違いで別々の家族の元へ返されてしまった。双方のご両親には話をさせてもらってね。君のお父さん――私にとっては同窓だが、彼から息子にもきちんと事実を伝えてほしいと言われてしまった。だから、病院を代表する形でこうして謝罪の場を作らせてもらったんだ」
気付かれることなく。
今に至るまで、判明することもなく。
十数年間を、彼らは生きてきたのだ。
それぞれの家庭で。
「君は、月白家の子どもではなく。……河南家の子どもだった」
「……ユリカの家の……」
それが、ソウシとユリカの数奇な運命だった。
生まれたときから彼らを縛り付けていた、運命の悪戯なのだった。
「だから、本来なら君は河南荘司であり、ユリカちゃんは月白百合香であることになる。……このような過ちを起こしてしまって、本当に申し訳ない。今になってこの事実を明らかにしたところで、どうしようもないかもしれないが……両家にとって最も良い解決ができるよう、私も尽力させてもらうつもりだ」
「でも、それは伊吹さんのせいじゃないでしょう。なのに……」
ソウシが言うのに、伊吹医師は首を横に振る。
「それでも、私と君のお父さんは友人なのでね。その友人や周囲の者たちが苦しむようなことを、ただ黙って見ていなくはなかったんだよ」
「……ありがとうございます。伊吹さん」
「礼など。……これから辛いことがあったら、何でも言ってきてほしい。出来る限りのことはさせてもらうつもりだ」
申し訳なさそうに頭を下げる伊吹医師の姿とその声が。
ソウシの心の中に、いつまでも残り続けた。
伊吹という医師に呼び出され、ソウシは訳も分からないままその病院に訪れ、指示された診察室へやって来ていた。
最近健康診断をしたわけでもなく、心当たりが全くないソウシは伊吹医師と対面するなり理由を尋ねた。すると彼は沈痛な表情を浮かべ、丁寧にその理由を語っていったのだった。
「それって……どういう、ことですか……?」
全てを聞いたあとのソウシは、ただただそう聞き返すことしか出来なかった。
語られた事実は、あまりにも想定外のことだったからだ。
この現代日本において、そんなことが起こり得るのかと。
彼は怒るのではなく驚愕していた。
「……本当にすまないと思っている。しかし、事実そういうことが起きてしまったんだ」
伊吹医師は二つのカルテを見つめながら、もう一度告げる。
「十五年前、ここで働いていた医師たちが犯した大きな過ち。……君たちは、取り違えられてしまっていたんだよ」
「そんな馬鹿な……」
取り違え。
言葉では理解出来る。
でも、他ならぬ自分自身がそんな運命を背負っていたなんてことは、理解出来るはずもなかった。
「ほとんど有り得ないほどの偶然……いや、悲劇の連鎖だった。性別を告知していなかったこと、帝王切開で意識がなかったこと、忙しさで特定の担当者がいなかったこと……いや、全て言い訳にしかならんから、やめておこう。とにかく君たちは、病院の手違いで別々の家族の元へ返されてしまった。双方のご両親には話をさせてもらってね。君のお父さん――私にとっては同窓だが、彼から息子にもきちんと事実を伝えてほしいと言われてしまった。だから、病院を代表する形でこうして謝罪の場を作らせてもらったんだ」
気付かれることなく。
今に至るまで、判明することもなく。
十数年間を、彼らは生きてきたのだ。
それぞれの家庭で。
「君は、月白家の子どもではなく。……河南家の子どもだった」
「……ユリカの家の……」
それが、ソウシとユリカの数奇な運命だった。
生まれたときから彼らを縛り付けていた、運命の悪戯なのだった。
「だから、本来なら君は河南荘司であり、ユリカちゃんは月白百合香であることになる。……このような過ちを起こしてしまって、本当に申し訳ない。今になってこの事実を明らかにしたところで、どうしようもないかもしれないが……両家にとって最も良い解決ができるよう、私も尽力させてもらうつもりだ」
「でも、それは伊吹さんのせいじゃないでしょう。なのに……」
ソウシが言うのに、伊吹医師は首を横に振る。
「それでも、私と君のお父さんは友人なのでね。その友人や周囲の者たちが苦しむようなことを、ただ黙って見ていなくはなかったんだよ」
「……ありがとうございます。伊吹さん」
「礼など。……これから辛いことがあったら、何でも言ってきてほしい。出来る限りのことはさせてもらうつもりだ」
申し訳なさそうに頭を下げる伊吹医師の姿とその声が。
ソウシの心の中に、いつまでも残り続けた。
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