【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】

終章に代わる二つの光景 —冬の独白—

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 窓を叩く風雪。
 その音をぼんやりと聞きながら、少年は硬いベッドに寝転んでいた。
 昔に比べれば、自分の部屋はとても狭くなってしまった。しかし、それに文句を言うようなことはない。むしろ個室であるだけありがたいとすら感じていた。
 恵まれた環境の中で、自分は罪を償えている。
 彼——マヤは、ゆっくりと起き上がり、小さく息を吐いた。

「……もう冬か」

 霧夏邸で起きた事件から三年が経つ。
 マヤが少年院に入ってから、三度目の冬だった。
 施設内でも、テレビのニュースや新聞記事などで外の世界について知る機会は多くあったが、彼らが関わった事件については一ヶ月もしないうちに報道が断たれ、以降触れられることはなかった。
 力本——つまりタカキに罪のほとんどが着せられてしまったことは辛い。しかし、この世の常識で事件を説明するならば、そのような結論にならざるを得なかったのだろうとマヤも理解はしていた。
 霧夏邸幻想。
 事件はメディアの手から離れ、今では町の人々からそう呼ばれているそうだ。全てを人の手によるものと説明出来ていないこと、隠された負の遺産があることなどを考えれば、幻想という怪しい名が付いたことも頷けた。
 自分たちが閉じ込められたあの日。
 霧夏邸ではあまりにも多くの超常現象が起きたものだ。
 それはもちろん、大半が霊によるものに相違ない。
 だが、霊によってすら意図的には起こせないであろう、数々の事象もあった。
 偶然、と呼ぶしかないのか、それとも。
 ……未だに、恐らく永遠に解の出ない謎だろう。
 復讐を誓うミツヤの強い意志。
 未練に焦がれるナツノの強い怨念。
 そして霧夏邸に眠る霊たちの力がそれを作り上げたのだろうと。
 彼はそう思っておくしかなかった。
 机の上には、読みかけの本が置かれている。
 栞代わりに使っている紙には、随分前に解読したとあるメッセージがあった。
 作ったのはミツヤだ。

「……あの時のミツヤは、本当に怖かったな」

 何食わぬ顔をしながら、その実復讐のために全てを操っていた少年。
 マヤ一人を徹底的に追い込み殺すべく、彼は周到な計画を練っていたのだ。
 そのために、霧夏邸を訪れることになるメンバーの過去を細かく調べ上げてまで。
 マヤは、本に挟まれた紙を引っ張り出す。
 そこには、御福揺れしは……から始まる、ミツヤの詩が書かれていた。
 この詩を最初に見せられたのが他ならぬマヤであり、その奇怪さゆえソウシやハルナに詩のことを話したこともあった。
 でも、これを解いた後だとよく分かる。
 これは自分にだけ提示したかったメッセージなのだと。
 詩が書かれたノートには、麻雀牌の字牌が並んでいた。東、南、西、北、白、發、中。規則正しい並び方だ。
 彼はそれについて、麻雀の勉強中などとうそぶいて見せたが、実際はこの字牌こそメッセージを読み解くカギになっていた。
 霧夏邸へ忍び込んだ七人は、各々個室を割り当てられることになったが、どの部屋に誰が泊まるかはタロットカードで決めようと提案された。カードの持ち主はサツキだったが、あのとき提案したのはミツヤだ。誰もおかしいと感じていなかったものの、それは彼の策略だったのである。
 マジックで、フォースと呼ばれる技術がある。マジシャンの思い通りのカードを相手に引かせる技術だ。ミツヤもその技を駆使してマヤたちにカードを配ったのに違いなかった。ちなみに、彼にとって重要だったのは数字の大小、つまり部屋割りだったのだが、そこは彼の遊び心かはたまた偶然か、配られたタロットは悉くその人物の運命を言い当てるものだった。
 タカキは隠者。素性を隠していた。
 サツキは戦車。暴走し、タカキを殺した。
 ユリカは女司祭。タカキを疑い、最期は孤立して死んだ。
 ソウシは恋人。ユリカへ愛を貫いて死んだ。
 ハルナは魔術師。降霊術の術者となった。
 マヤは皇帝。激しい思い込みにより、ナツノへの支配欲を抑えきれずに殺した。
 そしてミツヤは審判。マヤに審判を下そうとした……。
 その符合にも驚きだが、ミツヤが予め計画していたことはまた別だ。彼は部屋割りを特定の形にすることで、自らのメッセージを完成させようとしていたのである。
 ミツヤは、メンバーの過去や秘密を事前に知っていた。
 ゆえに、メンバーの本当の名前や、いずれそうなるであろう名前を知っていた。
 そしてその名前に……字牌と同じ漢字が入ることを知っていたのだ。
 たとえばハルナなら『東』、ユリカなら取り違えられなければ月白家であったために『白』。
 その法則で部屋割りの順に漢字を抜き出すと、東、白、中、南、西、發、北となる。
 後はこの順番通りに、ミツヤの詩を並べ替えれば、メッセージが完成するのだ。

 東南西北白発中   東白中南西発北

 おふくゆれしは   おれはふくしゆ
 うるなやをかす   うをするなかや
 しやにいきさま → しきまやにさい
 あじよいいせの   あいのじよせい
 とくしたがしな   とがなくしした
 かよきおのりじ   かのじよきりお
 かののめなたつ   かなつののため

 俺は復讐をする
 中屋敷麻耶に
 最愛の女性
 咎無く死した彼女 
 霧岡夏乃のため。

 ……湯越郁斗も生前、事故で死んだ娘である留美を思い、メッセージを込めたいろは歌を作っていた。ソウシはそれを、狂気が込められた詩だと評していたが、マヤからするとミツヤの詩も狂気的なものではあった。
 それほどに、マヤは怨まれていたのだ。

「……でも」

 そんなミツヤの目論見すら、数ある符合の一つでしかなく。
 マヤを最も驚嘆せしめたのはやはり……名前と部屋割りの悪魔的な暗合なのだった。
 湯越郁斗の詩は、最初と最後の文字を抜き出すと『我の子留美は咎無くて死す』というメッセージが現れる仕組みになっていた。それと同じように、全員の名前が変わった部屋割りで最初と最後の文字を抜き出すと、そこには『霧岡夏乃』と『中屋敷麻耶』の名前が現れるのである。
 あの日——何気なく確認した部屋割りで、その恐るべき暗合に気付いたとき。マヤは心臓を鷲掴みされるような恐怖に襲われたのだった。
 名前が犯人を告発する。それはまるで、運命そのものがマヤに牙を剥いたような恐ろしさなのだった。
 ……霧夏邸。
 自分たちが閉じ込められたあの日のあの場所では。
 本当に多くの意志と暗合とが入り混じり、悲劇を飾り立てた。
 その中で自分たちはただ怯え惑うばかりだったが。
 舞台の最後が絶望的なバッドエンドでなかったことだけは、きっと救いなのだろう……。

「……春はいつ来るかな」

 マヤの心には未だ、溶けきらない氷塊が残り続けているけれど。
 外の世界で暮らす彼らには幸せを。自身が奪った幸せの代わりに、新たな幸せを。
 そう思わずにはいられなかった。
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