【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】

十四話 錯綜

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 息を切らして三階まで上っても、怪物は何でもないようにふわりと後ろについてくる。
 このまま追いつかれることはなさそうだが、振り返れば必ず同じ距離にいるというのが心臓に悪かった。
 三年一組。オレが目覚めた二年一組のちょうど真上にあたる教室だ。
 下ではミイちゃんの母親が死に、ここでも女生徒が死んでいた。そこに何らかの作為を感じないでもない。
 死んでいた女生徒というのは、一体誰なんだろう。
 一歩先を走っているミオさんが、教室の扉を勢いよく開いた。そのままミオさんもオレも室内へ雪崩れ込む。
 教室の奥……机の一つに背中を凭れかけさせるような恰好で、絶命している少女がいた。
 彼女の体はまるで巨大な鉤爪で引っ掛かれたかのように、斜めに複数本の傷が走っていて、そこから血が溢れていた。
 とても人間の所業とは思えない。これは、他の怪物によって殺された証左なのではないだろうか。
 顔は見えない。けれど……その少女は、どうやらオレの知っている人ではないようだった。
 名前も知らない、上級生ということか。
 無論、こんな風に無残に殺されているのには心が痛むが……。

「水を振りかけ祈れば、きっと戻ってくれる筈」

 瓶の蓋を外しながら、ミオさんは言う。
 そして、少女の死体へ向かって、瓶の中の清めの水を振り撒いた。

「頼む――」

 ミオさんが固く目を閉じる。
 そこで、少女の体から眩い光が発せられた。
 歪められた心を浄化する光。
 それが、彼女の体を包んでいく。

「うッ……」

 目も眩む光に、両腕で顔を覆う。
 やがてその光が消え去ったとき、少女の死体の前には、同じ姿をした霊が立ち尽くしていた。
 悪霊は浄化され、本当の少女が戻ってきたのだ。

「……やった……のか?」

 オレとミオさんは、少女の霊と向かい合う。
 彼女は、眠りから覚めるようにゆっくりと目を開いた。

『……ここ、は……』

 言葉。
 自我を取り戻したゆえの、人の言葉だ。

「どうやら……治まったみたいだね。君は悪霊になってしまっていたんだよ」

 ミオさんが優しく、少女の霊に語り掛ける。夢見心地だった彼女も、ミオさんの言葉で少しずつ現実感を取り戻す。

『……そうだ、私……」』

 自分の手を見つめ、それが半透明であることに気付き。
 少女はようやく、自らの真実を思い出していく。

『あッ……!』

 そして彼女は、オレを見て驚愕の表情を浮かべ。
 どういうわけか、縋るようにオレの胸へ飛び込んできた。

『わ、私……ごめんね……!』
「え……えっと、君は……?」
『私よ、エイコ! 吉元詠子よしもとえいこよ!』

 彼女はオレのことを知っているようだが、オレの方は全く聞き覚えがない。
 それに、ごめんと謝られる理由も見当がつかなかった。
 それなりに友人がいるといっても、女の子の友人は少ない。
 ミイちゃんがいる手前遠慮しているというのもあったりするが、仲が良いと言える女の子はいないのだ。

『あの、ごめん。オレには覚えが……』

 素直にそう答えると、エイコと名乗った少女はハッとした様子で、慌ててオレの胸から離れる。
 その目は、また驚愕に見開かれていた。

『……そう、だった。…………』

 ブツブツと独り言を呟きながら、彼女はふらふらと後退っていく。

『そうよ……だってあのとき私……』
「えっと、吉元さん……? 君は一体――」
『私はッ!」

 ミオさんの言葉を遮って。
 彼女は何かに耐え切れなくなったかのように、突然教室から飛び出していった。

「あっ……」

 止めようと動くことすら出来ない、一瞬の出来事だった。
 ミオさんもオレも、手だけを伸ばしたままの状態で、しばらく呆然と立ち尽くすしかなかった。

「……なん、だったんだろう……」
「……ううん、分からない」

 ただ、とミオさんは呟く。

「成仏したわけじゃあなさそうだ」
「浄化はされたけれど、未練があるとか……?」
「かな……。ケイもどうやらそれでまだいるようだし……」

 ケイ、というのが何を示しているのかは分からなかったが、未練があるとこの世に留まったまま、というのはよくあることらしい。
 まあ、よくあると言っても実体験がそんなに多いわけではないだろうが。

「まあ、とにかく。危険の一つは去ったと言えるんじゃないかな」
「これで全部去ってほしかったですけどねー……」

 一人を浄化しただけでは、この異空間は消え去らないようだ。ミオさんも最初、複数人が降霊術を行ったら暴走が起きると言っていたし、最低でも後一人は浄化しないといけない霊がいるのだろう。
 ……つまり、そこには死体があって然るべきと考えていいのだろうか。

「それにしても、吉元詠子ちゃんか。一体彼女にはどんな未練が……」

 吉元詠子……その名前には、全く聞き覚えが無い筈だ。
 それでもなお、彼女がオレを見て何かを謝ってきたのは、どういうことなのだろう。
 オレは何か、忘れているのか?
 ドールによって気絶させられた間に、記憶がおかしくなってしまったとでもいうのだろうか……?

「……うッ!?」

 ズキリと、鋭い痛みが頭を襲った。
 頭蓋が割れてしまいそうなほどの痛みだったが、それは思索を止めた途端に消える。

「……どうかした、ユウサクくん?」
「い、いえ。何でも……」

 ……何でもない、わけではない。
 まるで、考えることを止めろと命じられているかのようだ。
 何者かの意思によって、記憶を封印されているかのよう……。
 ……ドールに、なのだろうか。

「……あれ」

 痛みで下を向いたおかげで気付けたのだが、吉元さんの近くには鍵が落ちていた。
 ネームホルダーには、屋上と記されている。
 どうして彼女の近くに屋上の鍵が落ちているのかは不明だが……これでようやく屋上を調べられそうだ。

「リク……」

 屋上に、リクはいるのだろうか。いるとしたら、オレと同じように気を失っているだけなのか、それとも。
 生きていてほしいと、そう思うのだが……現状が現状なだけに、不安の方が確実に大きかった。

「屋上の鍵、か。早速行ってみるかい?」
「ええ。ドールの手掛かりも、あいつの手掛かりも……探さなくちゃ」
「……そうだね」

 きっと何かがある。そう思いながら、今は進むしかない。
 気持ちが萎えては、何も上手くいかないだろうから。

「……おや?」

 今度はミオさんが気付く番だった。
 暗い室内に、微弱な光を放つ不思議なものが漂っていたのだ。

「……あれは」
「何だろう……弱々しく光ってるね」

 ふわふわと漂う、光の玉。
 不規則に明滅を繰り返すそれは、明らかにこの世のものではない。

「魂、なのかもしれないね。消えかけの……小さな魂」
「魂……ですか」

 なるほど、言われてみればそう思えなくもない。この光にはある種、生命力のようなものが感じられる。
 明滅しているのなら、かなり危険な状態なのかもしれないが……まだこの魂は、消滅せずにこの世界に留まれているのだ。

「どうも、このままじゃ消えちゃいそうですし……保護してあげるべきでしょうか?」
「んー、そうだなあ。無害そうには見えるし、いいんじゃないかな。傷ついた霊をそのままにしておくのも、確かに忍びない」

 悪霊とは違い、この魂は今にも消えそうなか弱い存在だ。
 魂が消滅する、というのがどのような意味を持つのかは分からないが、少なくとも肉体的な死以上の意味はあるだろう。
 完全な消滅。もしそうだとすれば、見捨てるのはあまりにも薄情だ。
 ミオさんは、清めの水が入っていたビンを再利用し、弱った魂をその中へ誘導する。光は何らの拒絶反応を示すこともなく、すんなりとビンの中へ入ってくれた。

「オレが持ちます。怪物に出くわしたとき、ミオさんが水を持ってる方がいいでしょうから」
「そうかい? じゃあ、お願いしようかな」

 オレとミオさんは、互いのビンを交換する。安全面から考えて、こうした方がいいだろう。
 明らかに、ミオさんはオレなんかより場慣れしているのだから。
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