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血だらけの奴隷姫
しおりを挟む白石のオークション会場では二種類のオークションがある。
人身売買的な奴隷の売買と。
SMのM嬢が自分自身を売る、売買だ。
それを、セルフオーダーと白石は呼んでいた。
若い男性。
裏社会で生きているような顧客がオークション会場に入り、席についた。
「これより、セルフオーダーとなります」
意味の分からない彼は運営の人間に、その意味を尋ねた。
「おい、なんだセルフオーダーとは」
「ああ、ご心配なく。
これからしばらくは、M嬢。つまり、SMを好む愛好家たちのオークションになるのです。
彼女たち、M嬢は自分に自分で値段をつけて一年契約で新しいご主人様を探すのですよ」
SM?
M嬢?
自分で自分に値段をつけるからセルフオーダーか。
彼は面白いと感じてそのまま見ていることにした。
そして会場の照明が性的な嗜好をくすぐるようないやらしさを帯びたものに変わる。
これまでには無かった場を盛り上げるBGMまで流れて、セルフオーダーが始まった。
最初に輪を作って歩いていた時は裸だった女性たちは高級ブランドのドレスを身にまとっていた。
隷属し服従しその全ての才を以て奉仕するとばかりに、新しい主候補たちに向けて甘い視線を送っていた。
そのうちの一人と視線があったとき、いきなりなにかに囚われたような気に一瞬だがさせられた。
彼女たちにはそれだけ官能的で魅力的な何かがあり、その視線に囚われた者は心を揺さぶられた。
一年間、私を好きにしてみませんか、ご主人様。
そんなメッセージが込められた視線だった。
およそ十数人のM嬢たちの平均価格は二千万円で推移していた。
先ほど男と視線のあった彼女は三千万と一段と高い値段をつけていた。
もちろん、会場の群集の中には何人もがそれに対してピッドをしていた。
ただ、このオークションはM嬢側に選択権がある。
彼女は複数上がったどのピッドにも応じることはなかった。
「珍しいですね。いつもならすぐに決まるんですが……」
「そうなのか」
こんな体験が初めての男には何もわからない。
ただ、場の盛り上がりが高まる中で、一体だれを彼女が選ぶのか。
そういう雰囲気がそこかしこから上がっている。
男は壇上に視線を上げた。
紫にも青にも見える黒髪をショートにまとめ、高身長のM嬢たちが多い中に彼女はいた。
頭一つ身長の低い彼女は遠目にはスタイルの良い十代前半のように見えた。
こんな若い女性がここまで倒錯した、狂った世界にもいるのか。
未知の世界に住む住人たちは男の想像を越えた生き方をする生き物のように思えた。
と、スタッフが男に声をかける。
「お客様、彼女が……。
あなたを御指名しています」
「何を馬鹿なことを。
俺はピッドすらしてないー」
言って男も再び壇上を見て絶句した。
視線が彼女と合うと、なんと跪いて挨拶されたではないか。
「おい、これはどうしたらいいんだ?
俺はSMなんかに興味はないんだよ。断るとか出来ないのか?」
断るなんてとんでもない、とスタッフは首を振る。
「できますが……。
生きて帰れる保障は……ありません」
見ると周りの観客たちがまさか、断るのか? という顔をしている。
「お客様、ここはオークション会場です。
場を盛り上げることは歓迎されますが、盛り下げることは……」
「命に関わるってか?」
「そうです。
セルフオーダーオークションは彼女たちこそが正義なんです」
と、スタッフが男に助言した。
「わかった。買おう」
で、どうすればいいんだ?」
こうです、とスタッフが男に親指を立てて腕を上げる仕草をした。
こうか、と男は見よう見まねで親指を立てて腕を上げる。
その瞬間、これまで会場入りして聞いた事のないほどの歓声が上がる。
そして、それは場の盛り上がりが一気に高揚したことを男に教えた。
なんでそんなに盛り上がってるんだ……?
意味が分からず周囲を見渡すと、ピッド額を示す電光掲示板の金額が最初の三千万から七千万まで上がっていることにようやく気が付いた。
「お客様、史上最高額ですよ!!!!!」
まるで自分が競り落としたかのようにスタッフが誇らしげに言う。
「何より、タイムレス権利まで同時についてる」
「タイムレス?」
なんだその意味のない単語は。一年間の期間が短縮になるのか?
「生涯彼女を所有できる権利を買ったんですよ、あなたは」
生涯? 一体このスタッフはなにを言ってるんだ。
大金だったとはいえ、一年間を二千万単位で売買してる彼女たちだ。
さっきみたいなある意味はした金で人生を売り渡すはずがないではないか。
いや待て、生涯?
死ぬまでだと?
周囲からの狂った声援に軽く答えながら、男の頭の中は少しパニックになりつつあった。
「これ、後から更に金を積めとか言われないんだろうな?」
さすがにそれはたまらんとスタッフに確認してしまう。
「そ、それはありませんが」
何となく歯切れが悪い返事が返ってきた。
「が、何だ?」
「多分、普通の生活はできなくなりますよ。
彼女はスターリム。つまり、この界隈の頂点にいるM嬢の一人ですから」
「スターリム?
頂点ってどういうことだ」
ですから、とスタッフが続ける。
「こんな会場、普通の裏組織が自前で作れますか?
ここはあまり言えませんが、世界中の暗部の金が集まる場所の一つなんですよ。
その中で、自分の意思で主人を決めれる彼女たちはそれだけで、特別な優良債権なんです。
その中でもトップアイドル並みに権力と人脈を持つのが、スターリム。語源は知りませんが。つまり」
「つまり?」
「あなたは、いまこの瞬間から、ある意味で裏世界の特権階級になったんですよ」
は? そんな声が出そうになる。
たかだか七千万でそんなことができてたまるか。
そう考えを巡らせていると、隣のスタッフがわき腹をつついて合図をしてきた。
考え事をしていて気づくのに遅れたが、誰かが目の前に立っている。
まさか……顔を上げたその前にいたのは、先ほど競り落とさされたM嬢ではないか。
「君が‥‥‥」
ここまで来ては仕方ない。
さっさと覚悟を決めて彼女と対峙することにした。
M嬢は床に膝をつき、男の片足を手で持ちあげると自身の頭の上にそれをおいて床に這いつくばった。
「せいらと申します、新しき愛しの君。
生涯にわたり、この身、この心の全てを以て隷従致します。
よろしくお願いいたします。ご主人様」
男は突然のことに絶句した。
そして自身がかつて若い頃に体験したあの時のことを思い出していた。
隷従だと。ご主人様だと。
俺はあいつと同じじゃない。
借金を返せずに金で買われた少女は死ぬまで、男の上役にいたぶられていた。
俺はケダモノと同じじゃない。
だが、ここで買うことを否定して死ぬのも困る。
男はとりあえず真似をすることにした。
記憶の中にある憎悪の対象でしかないあいつのやりかたを。
御主人様とはこうするんだと、まじまじと見せつけられたあのケダモノの振る舞いを。
「お前の髪で俺の靴が汚れた。
どうするつもりだ?」
それを聞いたスタッフが青い顔をして男に言う。
「お客様、一体、何を!?」
しかし、それはM嬢により遮られた。
「良いのです」
静かに通る声がスタッフを制止する。
「申し訳ございません。ご主人様。
私の髪は汚らわしい奴隷のものです。御靴を汚してしまい粗相を致しました。
お好きに処分下さいませ」
そう言い、せいらは地面に額を擦りつけるように頭を下げた。
「思いあがるなよ。処分して下さい?
お前にねだる口を与えた覚えはない」
そう言い、男は頭に置いたままの靴底に力をいれる。
いや、『力の限り』蹴りつけた。
このM嬢がどれほどの支配を求めているのかわからない。
なら、お前は意思のないモノだと示すのが一番伝わりやすいはずだ。
ゴッ。
骨が床を叩く鈍い重い音が会場内に響く。
いまこの瞬間、確か男は支配していた。
この狂った世界の一幕を。
椅子に腰かけたままとはいえ、それなりに体重を載せた一撃だった。
やりすぎたか?
そんな良心が咎める気もあるが、この際、行くところまで演じなければならなかった。
暴君という、人を人として扱わない狂心者を。
「おい、奴隷。
感謝の返事はどうした?」
地の底から、振り絞るような声で返事が返ってきた。
「あ……ありがとう……ございます」
「遅い」
ゴッ!
先ほどより更に威力を増して蹴りを叩きこむ。額が割れて出血しているのだろう、床が赤く染まり出していた。
「ありがとうございます!」
「うるさい、モノが返事をするな」
ゴッ!
更に蹴りつける。
せいらはまた、感謝の言葉を口にするがその都度、何某かの理由をつけて男はこの喋るモノの頭蓋を蹴りつけた。
「お客様、いけません。
死んでしましまいます!!!」
スタッフが悲鳴に似た声を上げて制止しようとするが、男は遠慮なしに蹴り続けた。
十数回繰り返し、黙った方が助かる、という選択肢を与えず、意識を失うま男は奴隷を蹴り続けた。
タイムレスの権利は彼が購入しているのだ。
もし、ここで死んでくれるのなら、今後のことを考えた時、それはある意味幸いなことだった。
せいらの声が聞こえなくなり、明らかに全身の力が抜けていく。
意識がなくなったとわかっても男は蹴り続けた。
そろそろ後頭部を狙いが外れたと見せかけて延髄を蹴り折るか。
そう思い一段高く足を上げた時、血まみれになった男の靴に白い布がかけられた。
仮面のオークショマニアだった。
深々と頭を下げると、靴の血糊を拭き取りながら彼は男に言う。
「奴隷がご不興を買いました。
どうかそろそろご容赦を」
来たな。
男は心の中でほくそ笑む。
「そうだな。
だが、俺が買ったものだ。オークション会社が異議を唱えるならそれは筋が違わないか?」
オークショマニアは部下を呼びよせる。
「確かにその通りでございます。
では、なにをお望みでしょうか、お客様」
ああ、ようやく交渉できる。
男は安堵したような顔をした。
「この奴隷の返品と、俺がここから無事にでる保証だ」
オークショニアは仮面の下で意外そうな顔をする。
「そんなにお気に召しませんか?」
「そんなことはない。
だが、俺はこの女が気に入らん。
もう、会場は満足しただろう?
違うか?」
自分の狂気じみた行為に、会場が満足しただろうそう男は告げる。
確かに、その場に集まっていた観衆はこの余興を楽しんでいた。
「かしこまりました。
ではそのように計らいます」
そう、オークショニアは男に告げ、せいらは担架で運ばれて行ったーー
「で、ここに来た、と。
ねえ、白石、どーすんのよこの子。
レントゲンとか必要なもん全部検査したけど」
と、ゆきは責任者の白石を睨みつけた。
「あーで、どうなんだ。
治るのか?」
白石は彼女が特別な優良債権だと言う。
なんとしても復帰させたいと。
だが、ゆきの返事は冷たかった。
「無理ね。
まず、前頭葉前の頭蓋に損傷。
頸椎捻挫なんてもんじゃないわ。
下手したら、障害が出る。
歩けないとかるかもね。
意識不明。
おまけにこの顔の傷ーー」
可哀想に‥‥‥
器具で固定された彼女の首から上の顔。
額部分には何針も縫われた後もある。
「これで、復帰なんて無理よ。
この子スターリムだっけ?
幾らで売れたの???」
無理か、と肩を落とし白石は悲しそうに言う。
「7000万だ。
だが、いまじゃ、200万の価値もない……」
「その場合、どうすんのよ?」
どうするって‥‥‥
白石は言いづらそうに、辺りのゆきの奴隷たちを見た。
「廃棄、だ」
「廃棄?」
「解体屋行きだ。
意識も戻らんのじゃあ、どうしようもない」
「あんた、薄情ね。
あれだけ人助けとか言っておきながら!
いいわ、わたしが買う」
「は?
こんな重傷患者をか???」
「いいでしょ?
あとから請求書回してよ。
支払い、めんどくさいな。
わたしの口座から引き落としといて。
200万だからね!?」
「わかったよ、先生」
信じられんという顔で白石が帰って行く。
それを見届けると、ゆきはイライアを呼んだ。
「ねえ、イライア。
あんた、魔法とかなんとか。使えるって言ってたわよね?」
最近、薬物が抜け、ようやくまともな会話が出来るようになったメス犬にゆきは問う。
「はい、御主人様。
あの程度の怪我でしたら、時間はかかりますが‥‥‥」
「うん、いい子ね。
なら、時間をかけていいから治しなさい」
「はい、かしこまりました、御主人様」
こうして、せいらはゆきの所有物になった。
「さて、この子をこんなにしたやつ。
ケリつけないとねー‥‥‥」
そう言うと、白石へとゆきは電話をかけ始める。
その時の、あまりにも冷酷な笑顔をみたリオやさやかは、心の底から恐怖したのだった。
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