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第一章 闇の聖女と魔王の誕生
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しおりを挟む「遅いぞ、お前たち‥‥‥」
カイルの視線は、そんな静かな怒りを含んで二人に向けられた。
新たな魔王の誕生に、その立会人がいなければ意味がないからだ。
グレム魔王国の最高幹部の内の二人がここにいる。
その意味を生かさなければ、カイルが魔王に駆け上がる階段はあっけなく崩れ去ってしまう。
侍従長に八家ある属領王家の一家の女王がいる。
これはいい舞台だった。
「殿下っ!
まさか‥‥‥陛下を――??」
「うるさいぞ、アイニス。
前魔王陛下はみまかられた。
自身の手によって、だ。
そうだろう、ラミア?」
カイルはもう一人の証人に問いかける。
アイニスはその意味を知っていた。アーゲイン族は人間やエルフの目に見えない可視能力を持つ。
それはアイニスの耳と等しく、人にはないもの。
そして、この場での行為の一部始終を見ていたはず。
ここはラミアの城。
彼女が知り得ないことなど、あり得ないはず。
カイルはそう推測し、アイニスはそれを知っていた。
「はい、陛下。
リクト王はその御自身の意思により、己の手ずから命を絶たれました。
‥‥‥が」
「声までは聞こえなかった。
そう言いたいのか?
女王?」
「良く、物事をお知りでいらっしゃる‥‥‥」
ラミアの頬に、つと汗が走る。
アイニスや前魔王が知らないことを、この新魔王は知っている気がした。
何をどこまで感づいていることやら。
女王はカイルにリクトにはなかった魔の恐怖を感じ始めていた。
それは知らない恐怖。知られたくないことを知られている恐怖。
つくりものの笑みを浮かべて、彼女は新魔王を歓待する。
これからは、魔王国の歩き方を変えなければいけないかもしれない。そう思いながら。
「ラミアがそう言うのであれば、視ていたということでしょうか、殿下。
しかし、陛下の勅令は未だ受けてはおりません‥‥‥」
「かたくなだな、アイニス。
いいや、侍従長。
かつての御主人様の死はそれほどに衝撃か?
グレイエルフ。その名の真の意味など、考えたことはなかったな‥‥‥」
灰色の奴隷、か。
カイルのつぶやきにアイニスの肩が震える。
その少女のような容姿はどれだけの年数を耐えてきた? 侍従長?
最高幹部の二人を断罪するように、涼の取る態度は冷ややかだった。
「ええ、殿下。
この身は、三百年ほどのものですがその主はただ一人。
後にも先にも、奴隷としての我が身の所有者は‥‥‥魔王リクト様のみにございます」
「侍従長!?
その返事はどういう意味だ??」
まずいぞ、アイニス。
そんな意図を含んで仲間にかけられるラミア女王の叫びは詰問ではなく、心配の色合いが濃かった。
その返答は‥‥‥グレム魔王国の新政権への反乱と捉えることもできたからだ。
「そのままの意味ですわ、女王。
そして、カイル殿下」
「アイニス!?
まだ遅くない、謝罪を‥‥‥っ」
「いいえ、ラミア。
あなたも知っているでしょう?
わたしと陛下がどんな間柄だったかを。
どこかに在しているかもしれませんよ、殿下?
あなた様の御兄弟が」
やめろアイニス。
そんなありもしない戯言で陛下を惑わすのは――ラミアはそう叫ぼうとして、ふと気づいた。
リクト王ならば部下にここまで好き勝手に言われれば、即、断罪だった。
だからアイニスも蒼白にはならないが‥‥‥その心境で必死にアイニスを止めている。
もし、カイル王子、いや新魔王がより残忍で残虐非道だとしたら?
これはその予兆かもしれない。
荒々しい暴風は去り、今度は静かな死を招く大病の闇がやってくるのかもしれない。
そう思うと、いまはただ黙って二人のやり取りを見守るのが賢明に思えたラミアは口出しを止めていた。
「それもいいな、アイニス。
いまからでも遅くない。
この国のために子を持つのもな‥‥‥」
「殿下?
おっしゃる意味が?
殿下はまだ、八王議会の信任を得ていらっしゃいません。
その半数以上の王家の賛同が、陛下への着任に必要です。
公的な立場は、私の方がまだ――」
「そうだな。
ここはグレム魔王国。
八王家の忠誠が最も必要な国。
ラミア、ハイエルフの王家を従えるお前は俺を陛下と呼んだな?
つまり、二王家はこれで賛同した。そういうことだ。
王は美味かったか、女王?」
「‥‥‥陛下、それについての返答はお許しください‥‥‥」
恥じらうように女王はその身をよじり、顔を伏せてしまう。
これも女、か。
種族は違っても思うところは似通っているらしい。
不思議なものだとカイルは思ってしまった。
「次は我が王家の子でも孕むか、女王?
あいにくと、この身はやれんがな――」
「グレム王家の?
それはどのような意味が‥‥‥???」
カイルはリクトの亡骸がら魔剣を引き抜こうとして、逡巡する。
もう、死後硬直が始まっているのか?
早すぎる。
それが、人間の涼の感覚だった。
魔族は死ねば‥‥‥心臓に当たる魔石を残してその身は粒子に戻るはずだ。
なぜ、そうならない?
不思議に思い、アイニスを見るとその謎があっけなく解けた。
「侍従長。
蘇生の魔法はもう効果を成さないぞ?」
「しかし、陛下はまだその御身がこの世に存在しております!
なら、魂だけが戻れないだけのはず。
まだ陛下はこの国に必要な存在‥‥‥失うわけには参りません」
「魂はもう無いのだ、侍従長。
この魔剣の力で、父上のたましいは魔神様の元に向かった。
仲間を救いに行くそうだ。
なんとも、無責任な最後だな」
その蔑んだカイルの口調に、アイニスが普段は滅多に見せない怒りをあらわにして見せた。
愛するべき存在を間違うなと言いたそうに睨みつけるグレイエルフを、カイルは一笑する。
「侍従長、その魔法を続けることを命じる。
好きなだけそうするがいい。
だが、お前が父上に立てることを許された、グレイエルフの王家は俺に賛同したとみなすぞ?」
「カイル殿下?
なぜそんな交換条件を??」
「簡単だ。
ラミア、リクト前魔王陛下の肉体はまだ生きているぞ。
その子をこの場で成すがいい。
アイニスの気が済むまでだ。時間がないかもな。
だが、その身を食することは許さん。
するなら、そう――」
カイルは蘇生の魔法を供給し続ける、青い透明なような髪のエルフを指差した。
ラミアはその命令に絶句する。
「まさか、陛下‥‥‥?
親友を、食せ‥‥‥、と??」
「アーゲイン族はエルフと戦い、それを奴隷にしていたらしいじゃないか。
ラミア女王。
元に戻るだけだろう?
ああ、そうか。
子を産むまでは時間があるな?」
絶句し、恐怖する二人の女王をカイルはゆっくりと見渡した。
「アイニスには夫がいない。
ただの女王だけの王家も味気が無いな。
時間をやる、アイニス。そしてラミア両女王。
父上の子を孕むのも、このまま埋葬するのも自由だ。だが、子を求めるならばその子とアイニス、お前は夫婦になれ。
そうすれば、父上の血は存続する。
ああ、そうか‥‥‥この場で二人が子をなすのもありかもな?」
好きにしろ、二人の女王。
これまでのグレム魔王家への忠誠に命じてこの場での件は不問にしてやる。
カイルはそう言うと、魔剣を引き抜き、日本刀を片手にして歩き出した。
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