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第二章 王女と海神の英雄
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その夜。
ロランがひっそりとマーシャの寝所を訪れたのは、月が中天に昇り切ったころだった。
普段から鍵などかけたことのない個室の入り口を少しばかり開けてやったのは、マーシャの気配りだった。
この神殿は建造からすでに一万年を越えるという。
いかに神の力でもっているとはいえ、いささか立て付けが悪い。
開け締めするたびにギィギィっ、と小刻みな音を立てると、深夜の出入りには耳ざとく感づかれる恐れがあった。
とはいえ、ここに来るまでにロランはすくなくとも――三人の女神官の部屋に立ち寄っているだろう。
そうなると、汗も体液も誰ものかとわかるほどに熟されていないとも限らない。
そんな彼の分身を口に含むのも、胎内に受け入れるのも、その腕に抱かれるのも‥‥‥マーシャにはまっぴらごめんだった。
年の功とはいうもので、十二歳からこの神殿にへと、南の大陸にある蒼狼族の国の一つから奉公にあがったマーシャはすでに三十手前。
その身分も神官長にはほど遠いものの、女官長補佐という立場を得て室内には手狭ながらも風呂がある。
「しょうのない人ね‥‥‥本当に」
彼の周囲をひそむような足音を耳にしてから、マーシャがまずしたのは張っていた水に心地よさを感じる程度の熱さに熱した火球を静かに沈めることだった。大きく水蒸気を立てないように静かに水中で分散させて湯気を出させていく。
やがてボコン、ボコボコ‥‥‥っと大きな気泡が底から泡立ち、水は湯へとその姿を変えている。
どうせ、あの人は自分だけでは入るのを嫌がるだろうから、とマーシャが先にその湯舟に足の先を入れようとした時だった。
「あっ‥‥‥!」
「まあ、遅い。
早く入ってくださいな、そっと閉めてね?
音が良く通る作りなんだから‥‥‥」
「いや、あの――うん‥‥‥」
ロランはどこか心ここにあらずのような顔で、そっと扉を閉じると室内に入ってきた。
その様は夜具というにはどことなく乱れていて、マーシャが予見した通り、人以上に効く彼女の鼻は数人の女官のさまざまな感情を含めたものを知ることが出来た。
「どうぞ、ロラン。
一人は嫌いでしょ?」
「ああ。
嫌いというか、これを見られたくない。
でも、君となら別にいいんだ」
さっさと服を小脇にあるイスにかけて、英雄は湯舟に入り込んでくる。
豊かなマーシャの胸にその身をゆだねたとき、ロランは初めて生きているといつも思えるのだが――この場でそれを言っても信じてもらえないと思い黙っていた。
これ、と彼が指差したそこには、あの夜に受けた一撃が傷跡を鮮明に遺していた。
「深い傷だったの?」
「そうだよ。まだ癒えない‥‥‥呪いがかかっている」
「でも、他の女の子たちには見せたのね?」
「いや、そこは幻覚でほら‥‥‥」
「ふうん‥‥‥。
エスト様の英雄が逃れられない呪い、ね。
強い女性だったの?」
「ああ‥‥‥強い、とても強い女性だった。
僕だけでは敵わなかっただろうね。
勇者殿は撃退され、魔王とその刃の先を交わし、帝国の精霊騎士たちは‥‥‥その名に似合わず弱い存在だった。いまはそうでもないが、あの時はまだ出来て間もなかったから弱かった。
僕は聖女様とその最後の一撃を交えたんだ」
「聖女様?」
「大地母神ラーディアナの聖女ハンナ様。
ハイエルフ、ダークエルフ、グレイエルフを従え、あの場で子供たちを守るようにして瀕死の重傷をユリウス様に負わされていたはずなのに」
「なのに? どうしたの、ロラン?
そんな相手に付けられた傷が治らないの?」
ロランの身についた他の女たちの残り香りを石鹸で洗い流しながら、マーシャはそっとロランのその傷口にキスをし、舌を這わす。
蒼狼族の舌には治癒の効果がある。
だが、その味はとてつもなく苦い、そして痛々しい感覚だった。
「っ‥‥‥!?
私まで??」
「そうだよ、マーシャ。
十三年も経過した今ですら、この傷口は大地母神ラーディアナの怒りに晒されているんだ。
信じれるかい?
これを打ち込んできた聖女は‥‥‥もう、いないというのにさ‥‥‥」
「負けた、の?
ロラン?」
他の女神官が口にすれば、この幼馴染は怒りをあらわにするだろう。
だが、さすがのつきあいというか。マーシャの言葉には、静かに怒りをもってうなづくだけだった。
「強かった。
距離でいえば、僕は見えないほどの遠距離にその差を広げていたはずなのに。
彼女の一撃は大地を裂き、山脈の一部を割った。
そして――」
「そして?
どうなったの??」
「‥‥‥子供を守って消滅したよ。
あとから聞いた話だが、魔王の息子と娘がいたという話だ。
そんなことを知っていれば、あの襲撃には参加しなかった。
王国に恥をかかせた国王の元婚約者を討て。
魔に加担した反逆者を滅ぼせ。
そういう話だった。僕は子供にまで手をかける恥知らずにはなりたくなかったよ」
悔いるようにそう呟く様を見て、マーシャはぎゅっとその頭を胸に抱いてやる。
そうね、ロラン。あなたは英雄。
勇者ではなく、人々の規範となるべき存在。
その栄光を汚してはならないわ。そう思いながら。
「子供たちは‥‥‥どうなったの、ロラン?」
「はるかに古代に滅んだ、氷炎竜の先祖返りをその息子のほうがしていたらしい。
姉は、ああ、彼は――王子は弟だったそうだ。
王女は王子の魔獣になろうとした暴走を止めて一命を散らしたとか。
あの場にいまでも封じられていると聞いている」
「いいの、そんなこと、私に教えてしまって?」
「まあ、うん。
マーシャだからね、誰かに話すわけで無いだろうし。
君はここから生涯、出ることはないだろう?」
ふんっ。
マーシャは寂し気に鼻を鳴らした。
そうね、女神官は生涯を神殿で過ごすのみ。それが――仕事だから。
「で、あなたはあとどれくらい、私に会いに来てくれるの?
その子供だけでも授けて下さるなら、私だって寂しさを忘れる慰みにできるのに」
「そう言わないでくれ、マーシャ。
僕はまだ、妻を迎えれる身ではないんだ。
それに君だって‥‥‥」
だろ?
そう言い含めるようにマーシャの頭にそっと手を回してロランは言う。
「あら、お湯がぬるくなってきたかしら?
いろいろな場所で夜を過ごして来たのねロラン?
でも、こっちはまだ元気なようす。
まだまだ、寝るには早いんじゃないの?」
「待っ、待てよマーシャ。
その爪先を伸ばして掴むのはやめろ‥‥‥ッ。
君のその爪は鋼鉄すらも裂くじゃないか、な??」
「焦る程度には、悪いって気持ちも生まれてくるのかしら?
どこかで子でもなしていたらー‥‥‥」
「ない、いないって。
いないから、しまえよ、そんなもの‥‥‥。
使い物にならなくなるだろう?」
まあ、そうなるとつまらないわね。
マーシャはそう思い、ロランを解放してやることにした。
彼も外見は美少年だが、中味は男だ。
二人では狭いその風呂の中でいつものように、ロランはマーシャを求めていた。
幾度かの思いを達して、ロランが少し休憩‥‥‥そうのぼせたように言ったとき。
マーシャの蒼い尾は不服そうにその先を立てて文句を述べていた。
「まだ、やるの?
元気だね、君は――」
「そりゃ、数か月ぶりですから。
それに、私は獣人。
あなたほどではないけれど、長い時間を生きる存在なのよ?
この程度で満足させたと思われては困ります」
「いや、それは言わないけど。
でも‥‥‥」
「他の女神官の子はみんな人間だから仕方ないわ。
私がまだ満足していないの。
それと、何か話があるんじゃないの、ロラン?」
数日しか滞在できない中でたずねてきてくれたのは嬉しい。
しかし、この夜だけで数人の女性と関係を持つ彼のことだ。
英雄、色を好むというが、それはまさしくこのロランのためにあるような言葉だとマーシャはぼやいていた。
「あー、うん。
二つ、あるんだ。
一つはね、君ももうすぐ知ると思うんだけど。
魔王が崩御した。そして、新しい魔王が、ね‥‥‥あのリクトの後継者だよ」
背筋の毛がゾワっと逆立った。
ロランが過去に受けたあの傷の怒りを思い出したからだろう。
すさまじい覇気だった。
間近で浴びたマーシャは一瞬、たちくらみを起こしそうになる。
しかし、それをどうにかやり過ごした時。
彼女は再度、より深くめまいを起こしそうな発言をこの愛する英雄から聞いてしまったのだ。
「国王様が、第二王女アリス様の婚約者を新たな魔王カイルに決めた。
これは前から二国間の協議で決まっていたことだ。
そのアリス王女、敵国にはやらないとそう言いだされた」
「つまり‥‥‥どうなさるおつもりなの?」
「うん、僕に下賜されるらしい。
一度は魔王の妻になることが決まった女。
王族にはしておけないとして、下級貴族の元に養女に出して―――ね」
「‥‥‥そう。
ロラン?」
あなたは‥‥‥彼女を手に入れたいの?」
「それを聞くかい?
国王様の命とはいえ、僕は元々、下級貴族でもなんでもない、単なる孤児だ。
その孤児が英雄となり、王族から離れたとはいえ元王女を手にできる。
そして、それはあの魔王への意趣返しにもなる。
悪い話じゃないだろ?
君なら喜んで祝ってくれると思ったんだ」
軽快にその口から出てくる言葉を耳にするたびに、マーシャの心にどす黒いなにかが溜まっていく。
そろそろ口を閉じなさいよ‥‥‥彼女はそう思うと彼の名を口にしていた。
「ねえ‥‥‥ロラン?」
うん?
英雄はなんの気もなしに振り対面してその胸に埋めていた顔を上げたときはじめて見てしまった。
女の狂気。怒りにして恨みのこもった怨念の面構え。
その中に生まれたいたのはあの時、聖女につけられた左肩から首元にかけての傷を受けたのと同じ感情。
「マーシャ‥‥‥っ!?」
鉄をも噛み裂くその鋭い牙が、大地母神ラーディアナの聖女がつけた傷に深々と食い込み、大量の鮮血の華を咲かせたのはそのあとすぐのこと。
英雄は不老不死に近い存在だというのに‥‥‥愛した女性の恨みが勝ったのだろう。
その命の灯を、あっけなくかき消されてしまっていた。
ロランがひっそりとマーシャの寝所を訪れたのは、月が中天に昇り切ったころだった。
普段から鍵などかけたことのない個室の入り口を少しばかり開けてやったのは、マーシャの気配りだった。
この神殿は建造からすでに一万年を越えるという。
いかに神の力でもっているとはいえ、いささか立て付けが悪い。
開け締めするたびにギィギィっ、と小刻みな音を立てると、深夜の出入りには耳ざとく感づかれる恐れがあった。
とはいえ、ここに来るまでにロランはすくなくとも――三人の女神官の部屋に立ち寄っているだろう。
そうなると、汗も体液も誰ものかとわかるほどに熟されていないとも限らない。
そんな彼の分身を口に含むのも、胎内に受け入れるのも、その腕に抱かれるのも‥‥‥マーシャにはまっぴらごめんだった。
年の功とはいうもので、十二歳からこの神殿にへと、南の大陸にある蒼狼族の国の一つから奉公にあがったマーシャはすでに三十手前。
その身分も神官長にはほど遠いものの、女官長補佐という立場を得て室内には手狭ながらも風呂がある。
「しょうのない人ね‥‥‥本当に」
彼の周囲をひそむような足音を耳にしてから、マーシャがまずしたのは張っていた水に心地よさを感じる程度の熱さに熱した火球を静かに沈めることだった。大きく水蒸気を立てないように静かに水中で分散させて湯気を出させていく。
やがてボコン、ボコボコ‥‥‥っと大きな気泡が底から泡立ち、水は湯へとその姿を変えている。
どうせ、あの人は自分だけでは入るのを嫌がるだろうから、とマーシャが先にその湯舟に足の先を入れようとした時だった。
「あっ‥‥‥!」
「まあ、遅い。
早く入ってくださいな、そっと閉めてね?
音が良く通る作りなんだから‥‥‥」
「いや、あの――うん‥‥‥」
ロランはどこか心ここにあらずのような顔で、そっと扉を閉じると室内に入ってきた。
その様は夜具というにはどことなく乱れていて、マーシャが予見した通り、人以上に効く彼女の鼻は数人の女官のさまざまな感情を含めたものを知ることが出来た。
「どうぞ、ロラン。
一人は嫌いでしょ?」
「ああ。
嫌いというか、これを見られたくない。
でも、君となら別にいいんだ」
さっさと服を小脇にあるイスにかけて、英雄は湯舟に入り込んでくる。
豊かなマーシャの胸にその身をゆだねたとき、ロランは初めて生きているといつも思えるのだが――この場でそれを言っても信じてもらえないと思い黙っていた。
これ、と彼が指差したそこには、あの夜に受けた一撃が傷跡を鮮明に遺していた。
「深い傷だったの?」
「そうだよ。まだ癒えない‥‥‥呪いがかかっている」
「でも、他の女の子たちには見せたのね?」
「いや、そこは幻覚でほら‥‥‥」
「ふうん‥‥‥。
エスト様の英雄が逃れられない呪い、ね。
強い女性だったの?」
「ああ‥‥‥強い、とても強い女性だった。
僕だけでは敵わなかっただろうね。
勇者殿は撃退され、魔王とその刃の先を交わし、帝国の精霊騎士たちは‥‥‥その名に似合わず弱い存在だった。いまはそうでもないが、あの時はまだ出来て間もなかったから弱かった。
僕は聖女様とその最後の一撃を交えたんだ」
「聖女様?」
「大地母神ラーディアナの聖女ハンナ様。
ハイエルフ、ダークエルフ、グレイエルフを従え、あの場で子供たちを守るようにして瀕死の重傷をユリウス様に負わされていたはずなのに」
「なのに? どうしたの、ロラン?
そんな相手に付けられた傷が治らないの?」
ロランの身についた他の女たちの残り香りを石鹸で洗い流しながら、マーシャはそっとロランのその傷口にキスをし、舌を這わす。
蒼狼族の舌には治癒の効果がある。
だが、その味はとてつもなく苦い、そして痛々しい感覚だった。
「っ‥‥‥!?
私まで??」
「そうだよ、マーシャ。
十三年も経過した今ですら、この傷口は大地母神ラーディアナの怒りに晒されているんだ。
信じれるかい?
これを打ち込んできた聖女は‥‥‥もう、いないというのにさ‥‥‥」
「負けた、の?
ロラン?」
他の女神官が口にすれば、この幼馴染は怒りをあらわにするだろう。
だが、さすがのつきあいというか。マーシャの言葉には、静かに怒りをもってうなづくだけだった。
「強かった。
距離でいえば、僕は見えないほどの遠距離にその差を広げていたはずなのに。
彼女の一撃は大地を裂き、山脈の一部を割った。
そして――」
「そして?
どうなったの??」
「‥‥‥子供を守って消滅したよ。
あとから聞いた話だが、魔王の息子と娘がいたという話だ。
そんなことを知っていれば、あの襲撃には参加しなかった。
王国に恥をかかせた国王の元婚約者を討て。
魔に加担した反逆者を滅ぼせ。
そういう話だった。僕は子供にまで手をかける恥知らずにはなりたくなかったよ」
悔いるようにそう呟く様を見て、マーシャはぎゅっとその頭を胸に抱いてやる。
そうね、ロラン。あなたは英雄。
勇者ではなく、人々の規範となるべき存在。
その栄光を汚してはならないわ。そう思いながら。
「子供たちは‥‥‥どうなったの、ロラン?」
「はるかに古代に滅んだ、氷炎竜の先祖返りをその息子のほうがしていたらしい。
姉は、ああ、彼は――王子は弟だったそうだ。
王女は王子の魔獣になろうとした暴走を止めて一命を散らしたとか。
あの場にいまでも封じられていると聞いている」
「いいの、そんなこと、私に教えてしまって?」
「まあ、うん。
マーシャだからね、誰かに話すわけで無いだろうし。
君はここから生涯、出ることはないだろう?」
ふんっ。
マーシャは寂し気に鼻を鳴らした。
そうね、女神官は生涯を神殿で過ごすのみ。それが――仕事だから。
「で、あなたはあとどれくらい、私に会いに来てくれるの?
その子供だけでも授けて下さるなら、私だって寂しさを忘れる慰みにできるのに」
「そう言わないでくれ、マーシャ。
僕はまだ、妻を迎えれる身ではないんだ。
それに君だって‥‥‥」
だろ?
そう言い含めるようにマーシャの頭にそっと手を回してロランは言う。
「あら、お湯がぬるくなってきたかしら?
いろいろな場所で夜を過ごして来たのねロラン?
でも、こっちはまだ元気なようす。
まだまだ、寝るには早いんじゃないの?」
「待っ、待てよマーシャ。
その爪先を伸ばして掴むのはやめろ‥‥‥ッ。
君のその爪は鋼鉄すらも裂くじゃないか、な??」
「焦る程度には、悪いって気持ちも生まれてくるのかしら?
どこかで子でもなしていたらー‥‥‥」
「ない、いないって。
いないから、しまえよ、そんなもの‥‥‥。
使い物にならなくなるだろう?」
まあ、そうなるとつまらないわね。
マーシャはそう思い、ロランを解放してやることにした。
彼も外見は美少年だが、中味は男だ。
二人では狭いその風呂の中でいつものように、ロランはマーシャを求めていた。
幾度かの思いを達して、ロランが少し休憩‥‥‥そうのぼせたように言ったとき。
マーシャの蒼い尾は不服そうにその先を立てて文句を述べていた。
「まだ、やるの?
元気だね、君は――」
「そりゃ、数か月ぶりですから。
それに、私は獣人。
あなたほどではないけれど、長い時間を生きる存在なのよ?
この程度で満足させたと思われては困ります」
「いや、それは言わないけど。
でも‥‥‥」
「他の女神官の子はみんな人間だから仕方ないわ。
私がまだ満足していないの。
それと、何か話があるんじゃないの、ロラン?」
数日しか滞在できない中でたずねてきてくれたのは嬉しい。
しかし、この夜だけで数人の女性と関係を持つ彼のことだ。
英雄、色を好むというが、それはまさしくこのロランのためにあるような言葉だとマーシャはぼやいていた。
「あー、うん。
二つ、あるんだ。
一つはね、君ももうすぐ知ると思うんだけど。
魔王が崩御した。そして、新しい魔王が、ね‥‥‥あのリクトの後継者だよ」
背筋の毛がゾワっと逆立った。
ロランが過去に受けたあの傷の怒りを思い出したからだろう。
すさまじい覇気だった。
間近で浴びたマーシャは一瞬、たちくらみを起こしそうになる。
しかし、それをどうにかやり過ごした時。
彼女は再度、より深くめまいを起こしそうな発言をこの愛する英雄から聞いてしまったのだ。
「国王様が、第二王女アリス様の婚約者を新たな魔王カイルに決めた。
これは前から二国間の協議で決まっていたことだ。
そのアリス王女、敵国にはやらないとそう言いだされた」
「つまり‥‥‥どうなさるおつもりなの?」
「うん、僕に下賜されるらしい。
一度は魔王の妻になることが決まった女。
王族にはしておけないとして、下級貴族の元に養女に出して―――ね」
「‥‥‥そう。
ロラン?」
あなたは‥‥‥彼女を手に入れたいの?」
「それを聞くかい?
国王様の命とはいえ、僕は元々、下級貴族でもなんでもない、単なる孤児だ。
その孤児が英雄となり、王族から離れたとはいえ元王女を手にできる。
そして、それはあの魔王への意趣返しにもなる。
悪い話じゃないだろ?
君なら喜んで祝ってくれると思ったんだ」
軽快にその口から出てくる言葉を耳にするたびに、マーシャの心にどす黒いなにかが溜まっていく。
そろそろ口を閉じなさいよ‥‥‥彼女はそう思うと彼の名を口にしていた。
「ねえ‥‥‥ロラン?」
うん?
英雄はなんの気もなしに振り対面してその胸に埋めていた顔を上げたときはじめて見てしまった。
女の狂気。怒りにして恨みのこもった怨念の面構え。
その中に生まれたいたのはあの時、聖女につけられた左肩から首元にかけての傷を受けたのと同じ感情。
「マーシャ‥‥‥っ!?」
鉄をも噛み裂くその鋭い牙が、大地母神ラーディアナの聖女がつけた傷に深々と食い込み、大量の鮮血の華を咲かせたのはそのあとすぐのこと。
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