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土民街の高家令息
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「変わらずここから見える景色は王城が邪魔になっちまってら‥‥‥」
そう、呟いた男は20代半ば。
左頬に大きな刀傷を持つ長身の偉丈夫。
王都の北側。
陽当たりの悪く、スラム街にも通じる色街の一角。
『柳橋』
と銘打たれた看板を掲げた、船宿の二階で彼は酒を飲みながら王城に文句を垂れていた。
「そう王城に文句があるなら、僧門王様に文句を言えばよかろう、クロウ」
そう、同席していたアスランが嫌味を言う。
この従兄弟殿と来たら。
高家であり、直紋でもあるというのに。
陛下に、剣術を指南するという、アルドフェーゼン家に与えられた仕事を放り出して酒に女にとうつつをぬかす始末。
「まあ、そういうな。
あの程度の禄高では、家にいるだけで家族の食費を遣っちまう。
それなら、まだここでーー」
と、愛人か恋人かはわからないが。
グレイエルフの女が二人。
まあ、娼婦なのだろうが。
「こいつらに養われている方が、まだましってもんだ。
なあ、お前ら?」
と二人の娼婦(というには、それなりの美人だが)、がうなづき彼の手をとってそっと頬に当てる。
まるで、色男の仕草を見ているようでアスランは面白くない。
あの、アイニ。
盗賊だったが、まだ芯のある顔をしていた。
あの時ーー
抱かずに帰したのは、損だったかもしれない。
そう後悔を念じてみるが、過去のことだ。
また、次に北壁を訪れた時に誘えばいい。
そう思い、忘れることにした。
「で、アスラン
なんだって、おいらを訪ねてきたんだい?
もう、四年ほどは音沙汰すらなかったってのに」
とクロウ・アルドフェーゼンはアスラン・ウルスフェーゼンに言う。
自分も含めて高家直紋十六氏族の一人。
そして、王国でも五指に入る剣士。それは、クロウとここにいないもう一人の悪友であり、従兄弟もそうだ。
もっとも、あちらは文官で政治に外交にと忙しいようだが。
「まあーなんだ。
今日は従兄弟殿として会いにきたわけではない。
この王都の裏街を束ねる、顔役の一人。
左刀のクロウに、要があって来たのだ」
左頬の傷がそのまま、クロウの異名であり通り名となっている。
顔役とはつまり、暗黒街。
犯罪者組織などを束ねる、長のことを意味する。
クロウはこの王都に幾つかある裏組織の一つ、『銀闇』と呼ばれる風俗や水商売を斡旋する集団の長だった。
同時に、様々な情報を売り買いする紹介屋としての顔ももっていた。
通常であれば、アスランのような貴族が訪れる相手ではないのだ。
それを聞いて、クロウは女たちを、
「おめえたちは、あっちで、好きにやんな。
俺は従兄弟殿とお話だ」
と、追いやってしまった。
「おい、アスランよい。
王国貴族様が、銀闇に御用とは、これは頂けねえな」
「頂けないと言われてもな。
すでに、こう杯を、酒を重ねた上で、人払いをすると言うことは。
興味津々と言う顔つきではないか」
と、アスランは嫌味を言ってやる。
「ふん。
またぞろ、アッシュのやつでも呼び出して三人で暴れたいのかと思ってたぜ?」
アッシュ・スナルフェーゼン。
代々、外務官として国内外の諸外国とのやりとりをしてきたスナルフェーゼン家の跡取り息子。
三人の幼なじみであり、揃いも揃って、剣術の腕前だけは王国屈指である。
「まだ若い時は、この色町で暴れたこともあるがな。
もうそんな時分でもないだろう?
それよりもーー」
と、アスランは何かをクロウに手渡す。
「こいつぁーー」
怪訝な顔でそれを見ていたクロウは、そこに描かれた紋章に何かを思い出したらしい。
「どうやら、見覚えがあるようだな、従兄弟殿」
ふう、とため息をつくクロウ。
その目は王城のはるか先を観ていた。
「宵闇の旦那かーー」
それは短い鉄製の棒だった。
一部を捻れば中から、刃が飛び出す仕組みになっている。
持ち手になる部分には、三日月とその横に小さな円が一つ。
大盗賊、宵闇ウォルフラムの紋様。
「どこでこれを手に入れた、従兄弟殿?」
「北壁にな。
宵闇の残党というグレイエルフがいた。
その者に便宜を図るさいになーー」
変わらずあくどいことをやってやがるーー
そうクロウは言うと、柄を捻った。
「血糊も刃こぼれすらない。
まだ新品だ。で、これを持ってた奴はなんと‥‥‥?」
「女だ。
北壁にウォルフラムの仇がいると言ってなーー」
女??
ふと、クロウの手が止まる。
「おい、従兄弟殿。
それはおかしいぜ?」
アスランにはわけがわからない。
「なにがおかしいんだ?」
クロウのは飛び出た刃の先をアスランに向けていった。
「宵闇に、女はいねえんだよ、従兄弟殿。
引き込みも、誘いこみ役も含めて、あの旦那は女は使わなかった。
そいつは、偽物か。
そうでもなきゃー……」
「そうでもなければ?」
「旦那の女か、忘れ形見か。
売り飛ばした野郎だ!」
まさかそんな展開になるとはな。
アスランは嫌に背中に汗をかいている自分に気づいた。
これは踏み込むべき世界を間違えたかもしれない。
彼は、クロウにこの棒を渡した後にこう頼むつもりだったのだ。
アイニの身元を調べてくれーーと。
「さて、どうするかな、アスラン。
こいつぁ、詳しく聞く必要がありそうだな」
怒り半分に、クロウはアスランを見る。
「おい、おめえら。
なんか食うもん見繕ってきな。
今夜は長い酒になりそうだぜ‥‥‥」
それから、アスランはクロウに多くを話した。
もちろん、ウルスフェーゼン家がしている再興事業は省いたままに。
「てぇ、ことはなにかい?
そのグレイエルフのアイニって女は、宵闇の旦那の一団の生き残りで。
旦那が断首台に送られた原因を作った奴を狙って北壁行きになるように捕まったーー」
と、盃をあおって考えるクロウ。
「出来過ぎた話だろ、そりゃ」
まあ、そう思うよな。
俺も思うよ、そうアスランは言いたかった。
ただ、あの時のイエニの瞳には嘘が無かった気がした。
「なんでぇ、従兄弟殿。
まだ、信じたいってえツラしてるじゃねぇけぇ」
土民街の、いや、グレイエルフの方言そのままのクロウをアスランは驚いたように見る。
「これが高家十六氏族でも指折りと言われたアルドフェーゼン家の末裔とはなあ……」
ご先祖様たちに顔向けができん、と少しばかり酒に酔ったアスランは呟いた。
「いまさら、何言ってやがんでぇ。
手前の家だって北壁でいろいろやってやがんじゃねえかょ」
と、クロウがボソっと漏らす。
「北壁?」
これにアスランが反応した。
しまった。そういった顔をクロウはするがときすでに遅い。
「どういうことだ、なぜ、それを知っている?」
アスランがクロウに詰め寄る。
クロウは正直者だ。
嘘はすぐに顔に出てしまう。
「何故ッてえ、そりゃあなあ。
石英板が裏市に出回る量が、こうも多くなり始めたらーーだろ?」
「なんで、裏市なんかに出回っている?
あれは、定量以外は国外にーー」
そこまで言ってアスランが口を閉じる。
「おや、従兄弟殿。
定量以上に製造なさってるんですかい?
北壁で?」
しまった。
酒の勢いでついーー
「安心しなよ、おいらはしゃべりゃしないよ。
だが、上の御方はーー」
と、クロウは王城を仰ぎ見る。
丁度、三日月がかかろうとしている頃だった。
「そろそろ、面白くなさそうな。
そんな噂も耳に入って来てるぜ、従兄弟殿」
アイニどころの騒ぎではなかったーー
まさか、隠密裏に運んできたことが、こうも簡単に。
こんな末端にまで露見しているなんて。
「まあ、気を付けるこったな。
だが、王様は高家の復活を嫌いじゃないとよ」
「え?
僧門王が‥‥‥。どういうことだ、クロウ」
だから、とクロウは新たに酒を注ぎながら言う。
「おいらもたまには、王様にもお目通り願うのさ。
一応、剣術指南役だからな。
王族の中での、権力闘争。
特にオルビオの妖精王派閥の第二王子と一の国、氷の女王の血縁の第四王女。
俺たち、僧門王家の古参が推していた第三王女は東の海へと島流しだとよ。
いま、王の力は弱ってる。
かつてのハイフの土民の王と、灰狼族、大樹の精霊族。
その復活を裏から手回しをしてる連中が、やらかしてるのさ。
ここの王宮で、代理戦争をなーー」
静かな怒りを称えてクロウはそう言う。
「呆れたもんだな、なら銀闇などやめて、宮仕いに戻るべきではないのか、従兄弟殿?」
そう、アスランは素直に思う。
「なあ、アスラン。
俺がどうしてここにいるかわかるか?」
理由?
家が、貴族が嫌になったからでは?
「ダル・エールって聞いたことはあるか?」
ダル・エール?
「おとぎ話だろ、ハイフのいや、僧門王家の裏を守る。
秘密組織。暗殺集団」
いや、とクロウは首を振る。
「あるんだよ、従兄弟殿。
それも、僧門王家の意向を気にしないほどに巨大になっている」
「おいおい、そんなー‥‥‥。
王家は、この国の国教、つまり宗教と政治その両方を統治する存在だぞ?
誰が歯向かうってーー」
そうか。
だから、土民にグレイエルフを据えたのか。
民族純粋主義者。
多種多様な種族の王族と血縁関係になり、この国の独立を外交で保ってきた。
そのやり方に異議を唱える連中がいる。
「王族から、他国の力を排斥しようとしてる、と?」
「それだけなら、まだいい。
やつらは、純血だのにこだわる気はないのさ。
初代僧門王の意思を、至高の行動原理としてやがる」
それは。
「いつか還らん、砂塵の舞う我が愛しきかの地へー‥‥‥」
央国イシュア。
初代僧門王の住んでいた土地は当時は緑豊かな、肥沃な大地だった。
運河が流れ、沼地も多種多様にある気候。
穏やかな文化がそこにはあったという。
現在のイシュアを支配する魔導国家に攻め込まれるまでは。
そして国土は砂塵と化し、運河は枯れ、国土は砂漠と化した。
「もう戻っても何もない大地だぞ、あそこは。
まあ、行ったこともない土地だがなーー」
そうだなあ、とクロウが言う。
「従兄弟殿には見えないのか、あいつらが?」
あいつら?
何を言っている?
「その顔じゃ、見えてないようだな。
ま、俺とアッシュが見えときゃそれでいいかーー」
何を言っているんだ?
契約の精霊の話か?
「俺にもし空の精霊とやらの加護があるなら、もう少しまともな人生になってるだろうよ」
そう、アスランはぼやく。
「まあ、気を付けなぃよ、従兄弟殿。
ダル・エールは高家十六氏族の復活を望んではいないようだぜ?
直紋十二万騎とはいったもんだが。
さて、どれほどの貴族が従うことやら。
俺たちの力は頼りにはされてない。だが、北壁の件は知られているはずだ。
連中は簡単に消しにくるぜ?
宵闇の旦那のようになー‥‥‥」
「なぜ、そこに宵闇が関係してくる??」
「旦那は、貴族たちの金蔵をただ狙ってたわけじゃないんだぜ、従兄弟殿」
「どういうー‥‥‥ことだ」
「宵闇って名を考えなよ。
闇の精霊との契約。
他国に比べて発展の遅れていたこの国に、一条の光をもたらした賢識のーー」
「マキナ、か‥‥‥」
ああ、そうだぜ、従兄弟殿。
そう、クロウはニヤリと笑う。
「マキナの遺した技術は、数百あった。
なかにはそれを危険と感じて封じた貴族も、自ら秘密にした貴族もいた。
なんでかわかるけぇ?」
「いやーー」
「理由は二つさね。
一つは、早すぎた。
困るやつらがいたんだよ。いま戻られたら、あの約束の地へ、な」
砂漠に戻る意味などないだろう。
これだけ繁栄しているこの地を捨ててまで‥‥‥。
「二つ目、はー‥‥‥?」
「その時に、土民たちが力をつけたら困る連中がいた」
「それが、ダル・エールか」
正解さね、クロウは運ばれてきた魚などの焼き物の皿を摘まみだす。
「例えば、この箸、だ。
これもマキナがもたらしたものだ。
それまでは、手づかみか、こんなーー」
と、肉などを挟むようのトングを指差す。
「これで食事をしていたらしい。
扱いなれるまでは不便だが、慣れたら便利なもんだ」
まあ、これはどうでもいいか、とクロウは魚に舌鼓を打つ。
「食べないよ、うめえぜ?」
「あ、ああ‥‥‥マキナ、か。
その孫も、いまいるぞ。北壁に、な」
クロウの手が止まる。
「北壁に?
あの一族は、一夜にして消えたともっぱらの噂だぜ?」
いやいや、とアスランは手をふる。
「闇の魔獣とやらの呪いまでかけられる始末だ」
クロウが箸を落とした。
「会ったのか!?
闇の精霊に!?」
なぜ、そんなに驚くのか。
アスランは不思議そうな顔をした。
「ああ、会った。
と、いうか。ほれ、見えんが。
ここを噛まれた」
と、セッカが呪いをかけた場所を指差す。
「たまげたもんだ。
まさか、闇の精霊まで存在するとは、な」
「それがどうかしたのか?」
ああ、そうか。
こいつには見えないんだった。
クロウはそれを思い出す。
「従兄弟殿。
マキナと旅をした祖先たちが契約した、空・水・風の精霊は存在するんだ。
ほら、いまもおいらのほれーー」
と、クロウは傍にあった薄い布を天井に放り上げた。
「おいー‥‥‥嘘だろーー」
女性が上着として羽織るそれは、見えない何かがそこにいて、中空で羽織ったかのように。
その場に浮いていた。
「いるんだよ、従兄弟殿。
見えていないだけだ。従兄弟殿にも、アッシュにもいる。
アッシュのやろうは、その美しさにーー
ああ、どれも女性なのさ。その美しさにもう他の女など目に入らん。
そう抜かしてやがる」
と、クロウは笑いながら盃をあおる。
「守られてるんだよ、従兄弟殿。
なぜか、俺たち三人だけは、な。
しかし、そうか、マキナの孫にもいたか。
そうか、そうかーー」
「なあ、クロウ」
喜ぶ従兄弟を背に、アスランは疑問を口にした。
「宵闇とダル・エールと、マキナ。
どう、繋がるんだ?」
どうにもそこがわからない。
見えない精霊など言われても現実感がない。
それよりも、何か嫌な予感がする。
北壁に全てが集まり過ぎている。
「ダル・エールはマキナの技術をその仲間内で秘匿にしたのさ。
宵闇の旦那は精霊などはまったく、関係がないお人だった。
ただな、知ってしまったのさーー」
知ってしまった?
一体、何を?!
「なあ、従兄弟殿。
この国は北壁をみりゃわかるが。
氷河の国に近い。なのに、この王都は、いや、央国イシュア側だけは暖かい。
なぜだと思う?」
それは、なぜだ?
「大樹の精霊が育てたと言われている大森林。
あれももう半分がないが、大樹の精霊が滅んだと言われたいまでも残ってる。
なぜだと思う?」
「そんな問答をしに来たわけでは、無いんだがな‥‥‥」
わからん、そう言うしかアスランには答えが見つからない。
「犠牲、さ。
あの王都の地下に何があるか、知ってるかい?
俺たちの祖先は、知ったのさ。だから、マキナと精霊たちとの契約を求める旅にでたーー」
なんだ、なにを言ってる?
王城の地下?
なにがあると‥‥‥
アスランには予想しがたいことばかりだ
「妖精王や氷の女王。
彼らには眷属を操り、天候の奇跡を起こす術がある。
同じことさ。
このハイフのグレイエルフの王にもあったんだよ。
大樹の精霊を束ね、溶岩の精霊たる灰狼族を操る力が」
「おい、まさか。
地下にあるのは、グレイエルフの王の遺骸か‥‥‥?」
いやいや、とクロウは首を振る。
「そんなもんじゃない。
死んでないんだ。グレイエルフの王族全員が、眠らされたまま、な。
大樹の精霊も、灰狼族の王もな。
初代僧門王は彼らを捕縛し、その力を以ってこの王都ナルシア以南の海岸に繋がる土地を肥沃な大地に変えたのさ」
侵略者ってやつはとんでもないことを思いつきやがる。
そうクロウは言う。
「ありゃ、人間のすることじゃないさな。
そして、宵闇の旦那はそれを管理する貴族の出だった。
旦那はマキナの遺した技術で、地下に眠る彼らから得ている恩恵に代わる何かを作ろうとしてたのさーー」
まあ、それはあらかた成功したようだがな。
クロウの言葉に、アスランは耳を疑う。
「成功して、なぜ捕まった!?」
「贖罪、だよ、従兄弟殿。
宵闇の旦那は、先祖の罪を自分たちの死で許しを願ったんだ。
届いたかどうかは、わからんがな。
旦那の仲間は全部、旦那の血筋だ。
女、子供はすでに四の国オルビオに逃れてる。
ま、第三王女派が負けたのもそこいらに理由があるのさ」
「だが、第三王女は古き高家の復活派だったはず!」
だからだよ、とクロウは言う。
「なんの後ろ盾もなくて、宵闇の旦那があそこまで好き勝手できるわけないだろ?
第三王女と宵闇の旦那な仲間だったのさ。
そして第二王子はオルビオの血筋。何を求めたか、理解できるだろ?」
「集めたマキナの‥‥‥技術か。
宵闇の家族と引き換えにーー」
正解と、箸を立ててクロウは言う。
「それを断ったから、第二王子派は反旗を翻したのか。
つまり、第二王子と第三王女は元々はーー」
「そう。仲間だった。
だが、宵闇の旦那が集めたものの提供を拒みーー」
オルビオの支援がなくなり、いまこの土地を失う訳にはいかないダル・エールに滅ぼされた。
多くの謎が。
点のように泡のように浮かんでいたそれらが、一つの輪となって周り出す。
「なら、なぜ祖先は。
精霊たちと契約した!?」
「知っていたからさーー」
知っていたから‥‥‥
「どういうー‥‥‥ことだ」
「ダル・エールはマキナの技術の全ては受け入れない。
そして、王城の地下には。
あの惨たらしい捕虜がいるから、各国は手を出せない。
各国の王たちは、婚姻関係を結ぶことでこの国を裏から支配し、同胞を救おうとした。
マキナは、いつかそれが成功した時にーー」
「せい‥‥‥こう?」
「僧門王ですら手に負えない状態になったダル・エールだ。
それは、マキナの時も同じだっただろうよ。
だからだ。
片方は時間をかけて同胞を救い出す。
片方はその後に、土地を追われた者たちが新たに生きれる土地を産み出す。
その為の、風・水・空だ。
土はそこにあるからな」
「まさか‥‥‥それがあの、言葉か」
いつか還らん、砂塵の舞う我が愛しきかの地へーー
「はは‥‥‥。
なんだそりゃ。
俺たちは、生きてきたんじゃない。
犠牲を利用して生きてきたのか‥‥‥」
最悪だなーー
「おい、従兄弟殿!?」
アスランは剣を手に取ると、クロウの言葉が聞こえないように。
その場を出て行ってしまう。
「なんだってんだ。
どうすんだよ、この料理ーー」
おい、おめえら。
一緒にやろうやな。
そうクロウが彼を慕う女性たちに声をかけるのを聞きながら、アスランは宿を後にする。
「いつか還らん、砂塵の舞う我が愛しきかの地へー‥‥‥。
ふざけんな、御先祖ども。
精霊と契約する暇があったならーー」
救いに行け。
高家の誇りにかけて。
狂ったこの国を正すのが高家十六氏族の。
王族の過ちを戒めるのが我らの役目ではないか。
先祖たちよ。
俺は許さんぞ。
例えマキナにどう諭されたとしてもーー
「俺たちは高家十六氏族だー‥‥‥」
おい、空の精霊。
そう、アスランは心の中で語り掛ける。
いるんだろ?
なぜ、見えないかはしらんがなーー
力を貸せ。
ダル・エールだと?
時間をかけて婚姻を行ない、同胞を助けるだと?
笑わせるな。
先祖たちよ。
お前たちは恥知らずだ。
そしてーー
「何も知らずにのうのうと生きてきた俺も、恥知らずだ」
初代から残る高家十六氏族のうち、まともに家として血筋を残しているのはアスランの家を含む四氏族だけ。
そのうち、一氏族はもう高齢の老人だけが生き残るのみだ。
「皮肉なもんだ。
精霊と契約した三氏族だけが、生き残るとはなーー」
まずは北壁に戻ろう。
叔父と話し合い、反旗を掲げる準備をするのだ。
アスランの足は重たく、北壁へと向かっていた。
そう、呟いた男は20代半ば。
左頬に大きな刀傷を持つ長身の偉丈夫。
王都の北側。
陽当たりの悪く、スラム街にも通じる色街の一角。
『柳橋』
と銘打たれた看板を掲げた、船宿の二階で彼は酒を飲みながら王城に文句を垂れていた。
「そう王城に文句があるなら、僧門王様に文句を言えばよかろう、クロウ」
そう、同席していたアスランが嫌味を言う。
この従兄弟殿と来たら。
高家であり、直紋でもあるというのに。
陛下に、剣術を指南するという、アルドフェーゼン家に与えられた仕事を放り出して酒に女にとうつつをぬかす始末。
「まあ、そういうな。
あの程度の禄高では、家にいるだけで家族の食費を遣っちまう。
それなら、まだここでーー」
と、愛人か恋人かはわからないが。
グレイエルフの女が二人。
まあ、娼婦なのだろうが。
「こいつらに養われている方が、まだましってもんだ。
なあ、お前ら?」
と二人の娼婦(というには、それなりの美人だが)、がうなづき彼の手をとってそっと頬に当てる。
まるで、色男の仕草を見ているようでアスランは面白くない。
あの、アイニ。
盗賊だったが、まだ芯のある顔をしていた。
あの時ーー
抱かずに帰したのは、損だったかもしれない。
そう後悔を念じてみるが、過去のことだ。
また、次に北壁を訪れた時に誘えばいい。
そう思い、忘れることにした。
「で、アスラン
なんだって、おいらを訪ねてきたんだい?
もう、四年ほどは音沙汰すらなかったってのに」
とクロウ・アルドフェーゼンはアスラン・ウルスフェーゼンに言う。
自分も含めて高家直紋十六氏族の一人。
そして、王国でも五指に入る剣士。それは、クロウとここにいないもう一人の悪友であり、従兄弟もそうだ。
もっとも、あちらは文官で政治に外交にと忙しいようだが。
「まあーなんだ。
今日は従兄弟殿として会いにきたわけではない。
この王都の裏街を束ねる、顔役の一人。
左刀のクロウに、要があって来たのだ」
左頬の傷がそのまま、クロウの異名であり通り名となっている。
顔役とはつまり、暗黒街。
犯罪者組織などを束ねる、長のことを意味する。
クロウはこの王都に幾つかある裏組織の一つ、『銀闇』と呼ばれる風俗や水商売を斡旋する集団の長だった。
同時に、様々な情報を売り買いする紹介屋としての顔ももっていた。
通常であれば、アスランのような貴族が訪れる相手ではないのだ。
それを聞いて、クロウは女たちを、
「おめえたちは、あっちで、好きにやんな。
俺は従兄弟殿とお話だ」
と、追いやってしまった。
「おい、アスランよい。
王国貴族様が、銀闇に御用とは、これは頂けねえな」
「頂けないと言われてもな。
すでに、こう杯を、酒を重ねた上で、人払いをすると言うことは。
興味津々と言う顔つきではないか」
と、アスランは嫌味を言ってやる。
「ふん。
またぞろ、アッシュのやつでも呼び出して三人で暴れたいのかと思ってたぜ?」
アッシュ・スナルフェーゼン。
代々、外務官として国内外の諸外国とのやりとりをしてきたスナルフェーゼン家の跡取り息子。
三人の幼なじみであり、揃いも揃って、剣術の腕前だけは王国屈指である。
「まだ若い時は、この色町で暴れたこともあるがな。
もうそんな時分でもないだろう?
それよりもーー」
と、アスランは何かをクロウに手渡す。
「こいつぁーー」
怪訝な顔でそれを見ていたクロウは、そこに描かれた紋章に何かを思い出したらしい。
「どうやら、見覚えがあるようだな、従兄弟殿」
ふう、とため息をつくクロウ。
その目は王城のはるか先を観ていた。
「宵闇の旦那かーー」
それは短い鉄製の棒だった。
一部を捻れば中から、刃が飛び出す仕組みになっている。
持ち手になる部分には、三日月とその横に小さな円が一つ。
大盗賊、宵闇ウォルフラムの紋様。
「どこでこれを手に入れた、従兄弟殿?」
「北壁にな。
宵闇の残党というグレイエルフがいた。
その者に便宜を図るさいになーー」
変わらずあくどいことをやってやがるーー
そうクロウは言うと、柄を捻った。
「血糊も刃こぼれすらない。
まだ新品だ。で、これを持ってた奴はなんと‥‥‥?」
「女だ。
北壁にウォルフラムの仇がいると言ってなーー」
女??
ふと、クロウの手が止まる。
「おい、従兄弟殿。
それはおかしいぜ?」
アスランにはわけがわからない。
「なにがおかしいんだ?」
クロウのは飛び出た刃の先をアスランに向けていった。
「宵闇に、女はいねえんだよ、従兄弟殿。
引き込みも、誘いこみ役も含めて、あの旦那は女は使わなかった。
そいつは、偽物か。
そうでもなきゃー……」
「そうでもなければ?」
「旦那の女か、忘れ形見か。
売り飛ばした野郎だ!」
まさかそんな展開になるとはな。
アスランは嫌に背中に汗をかいている自分に気づいた。
これは踏み込むべき世界を間違えたかもしれない。
彼は、クロウにこの棒を渡した後にこう頼むつもりだったのだ。
アイニの身元を調べてくれーーと。
「さて、どうするかな、アスラン。
こいつぁ、詳しく聞く必要がありそうだな」
怒り半分に、クロウはアスランを見る。
「おい、おめえら。
なんか食うもん見繕ってきな。
今夜は長い酒になりそうだぜ‥‥‥」
それから、アスランはクロウに多くを話した。
もちろん、ウルスフェーゼン家がしている再興事業は省いたままに。
「てぇ、ことはなにかい?
そのグレイエルフのアイニって女は、宵闇の旦那の一団の生き残りで。
旦那が断首台に送られた原因を作った奴を狙って北壁行きになるように捕まったーー」
と、盃をあおって考えるクロウ。
「出来過ぎた話だろ、そりゃ」
まあ、そう思うよな。
俺も思うよ、そうアスランは言いたかった。
ただ、あの時のイエニの瞳には嘘が無かった気がした。
「なんでぇ、従兄弟殿。
まだ、信じたいってえツラしてるじゃねぇけぇ」
土民街の、いや、グレイエルフの方言そのままのクロウをアスランは驚いたように見る。
「これが高家十六氏族でも指折りと言われたアルドフェーゼン家の末裔とはなあ……」
ご先祖様たちに顔向けができん、と少しばかり酒に酔ったアスランは呟いた。
「いまさら、何言ってやがんでぇ。
手前の家だって北壁でいろいろやってやがんじゃねえかょ」
と、クロウがボソっと漏らす。
「北壁?」
これにアスランが反応した。
しまった。そういった顔をクロウはするがときすでに遅い。
「どういうことだ、なぜ、それを知っている?」
アスランがクロウに詰め寄る。
クロウは正直者だ。
嘘はすぐに顔に出てしまう。
「何故ッてえ、そりゃあなあ。
石英板が裏市に出回る量が、こうも多くなり始めたらーーだろ?」
「なんで、裏市なんかに出回っている?
あれは、定量以外は国外にーー」
そこまで言ってアスランが口を閉じる。
「おや、従兄弟殿。
定量以上に製造なさってるんですかい?
北壁で?」
しまった。
酒の勢いでついーー
「安心しなよ、おいらはしゃべりゃしないよ。
だが、上の御方はーー」
と、クロウは王城を仰ぎ見る。
丁度、三日月がかかろうとしている頃だった。
「そろそろ、面白くなさそうな。
そんな噂も耳に入って来てるぜ、従兄弟殿」
アイニどころの騒ぎではなかったーー
まさか、隠密裏に運んできたことが、こうも簡単に。
こんな末端にまで露見しているなんて。
「まあ、気を付けるこったな。
だが、王様は高家の復活を嫌いじゃないとよ」
「え?
僧門王が‥‥‥。どういうことだ、クロウ」
だから、とクロウは新たに酒を注ぎながら言う。
「おいらもたまには、王様にもお目通り願うのさ。
一応、剣術指南役だからな。
王族の中での、権力闘争。
特にオルビオの妖精王派閥の第二王子と一の国、氷の女王の血縁の第四王女。
俺たち、僧門王家の古参が推していた第三王女は東の海へと島流しだとよ。
いま、王の力は弱ってる。
かつてのハイフの土民の王と、灰狼族、大樹の精霊族。
その復活を裏から手回しをしてる連中が、やらかしてるのさ。
ここの王宮で、代理戦争をなーー」
静かな怒りを称えてクロウはそう言う。
「呆れたもんだな、なら銀闇などやめて、宮仕いに戻るべきではないのか、従兄弟殿?」
そう、アスランは素直に思う。
「なあ、アスラン。
俺がどうしてここにいるかわかるか?」
理由?
家が、貴族が嫌になったからでは?
「ダル・エールって聞いたことはあるか?」
ダル・エール?
「おとぎ話だろ、ハイフのいや、僧門王家の裏を守る。
秘密組織。暗殺集団」
いや、とクロウは首を振る。
「あるんだよ、従兄弟殿。
それも、僧門王家の意向を気にしないほどに巨大になっている」
「おいおい、そんなー‥‥‥。
王家は、この国の国教、つまり宗教と政治その両方を統治する存在だぞ?
誰が歯向かうってーー」
そうか。
だから、土民にグレイエルフを据えたのか。
民族純粋主義者。
多種多様な種族の王族と血縁関係になり、この国の独立を外交で保ってきた。
そのやり方に異議を唱える連中がいる。
「王族から、他国の力を排斥しようとしてる、と?」
「それだけなら、まだいい。
やつらは、純血だのにこだわる気はないのさ。
初代僧門王の意思を、至高の行動原理としてやがる」
それは。
「いつか還らん、砂塵の舞う我が愛しきかの地へー‥‥‥」
央国イシュア。
初代僧門王の住んでいた土地は当時は緑豊かな、肥沃な大地だった。
運河が流れ、沼地も多種多様にある気候。
穏やかな文化がそこにはあったという。
現在のイシュアを支配する魔導国家に攻め込まれるまでは。
そして国土は砂塵と化し、運河は枯れ、国土は砂漠と化した。
「もう戻っても何もない大地だぞ、あそこは。
まあ、行ったこともない土地だがなーー」
そうだなあ、とクロウが言う。
「従兄弟殿には見えないのか、あいつらが?」
あいつら?
何を言っている?
「その顔じゃ、見えてないようだな。
ま、俺とアッシュが見えときゃそれでいいかーー」
何を言っているんだ?
契約の精霊の話か?
「俺にもし空の精霊とやらの加護があるなら、もう少しまともな人生になってるだろうよ」
そう、アスランはぼやく。
「まあ、気を付けなぃよ、従兄弟殿。
ダル・エールは高家十六氏族の復活を望んではいないようだぜ?
直紋十二万騎とはいったもんだが。
さて、どれほどの貴族が従うことやら。
俺たちの力は頼りにはされてない。だが、北壁の件は知られているはずだ。
連中は簡単に消しにくるぜ?
宵闇の旦那のようになー‥‥‥」
「なぜ、そこに宵闇が関係してくる??」
「旦那は、貴族たちの金蔵をただ狙ってたわけじゃないんだぜ、従兄弟殿」
「どういうー‥‥‥ことだ」
「宵闇って名を考えなよ。
闇の精霊との契約。
他国に比べて発展の遅れていたこの国に、一条の光をもたらした賢識のーー」
「マキナ、か‥‥‥」
ああ、そうだぜ、従兄弟殿。
そう、クロウはニヤリと笑う。
「マキナの遺した技術は、数百あった。
なかにはそれを危険と感じて封じた貴族も、自ら秘密にした貴族もいた。
なんでかわかるけぇ?」
「いやーー」
「理由は二つさね。
一つは、早すぎた。
困るやつらがいたんだよ。いま戻られたら、あの約束の地へ、な」
砂漠に戻る意味などないだろう。
これだけ繁栄しているこの地を捨ててまで‥‥‥。
「二つ目、はー‥‥‥?」
「その時に、土民たちが力をつけたら困る連中がいた」
「それが、ダル・エールか」
正解さね、クロウは運ばれてきた魚などの焼き物の皿を摘まみだす。
「例えば、この箸、だ。
これもマキナがもたらしたものだ。
それまでは、手づかみか、こんなーー」
と、肉などを挟むようのトングを指差す。
「これで食事をしていたらしい。
扱いなれるまでは不便だが、慣れたら便利なもんだ」
まあ、これはどうでもいいか、とクロウは魚に舌鼓を打つ。
「食べないよ、うめえぜ?」
「あ、ああ‥‥‥マキナ、か。
その孫も、いまいるぞ。北壁に、な」
クロウの手が止まる。
「北壁に?
あの一族は、一夜にして消えたともっぱらの噂だぜ?」
いやいや、とアスランは手をふる。
「闇の魔獣とやらの呪いまでかけられる始末だ」
クロウが箸を落とした。
「会ったのか!?
闇の精霊に!?」
なぜ、そんなに驚くのか。
アスランは不思議そうな顔をした。
「ああ、会った。
と、いうか。ほれ、見えんが。
ここを噛まれた」
と、セッカが呪いをかけた場所を指差す。
「たまげたもんだ。
まさか、闇の精霊まで存在するとは、な」
「それがどうかしたのか?」
ああ、そうか。
こいつには見えないんだった。
クロウはそれを思い出す。
「従兄弟殿。
マキナと旅をした祖先たちが契約した、空・水・風の精霊は存在するんだ。
ほら、いまもおいらのほれーー」
と、クロウは傍にあった薄い布を天井に放り上げた。
「おいー‥‥‥嘘だろーー」
女性が上着として羽織るそれは、見えない何かがそこにいて、中空で羽織ったかのように。
その場に浮いていた。
「いるんだよ、従兄弟殿。
見えていないだけだ。従兄弟殿にも、アッシュにもいる。
アッシュのやろうは、その美しさにーー
ああ、どれも女性なのさ。その美しさにもう他の女など目に入らん。
そう抜かしてやがる」
と、クロウは笑いながら盃をあおる。
「守られてるんだよ、従兄弟殿。
なぜか、俺たち三人だけは、な。
しかし、そうか、マキナの孫にもいたか。
そうか、そうかーー」
「なあ、クロウ」
喜ぶ従兄弟を背に、アスランは疑問を口にした。
「宵闇とダル・エールと、マキナ。
どう、繋がるんだ?」
どうにもそこがわからない。
見えない精霊など言われても現実感がない。
それよりも、何か嫌な予感がする。
北壁に全てが集まり過ぎている。
「ダル・エールはマキナの技術をその仲間内で秘匿にしたのさ。
宵闇の旦那は精霊などはまったく、関係がないお人だった。
ただな、知ってしまったのさーー」
知ってしまった?
一体、何を?!
「なあ、従兄弟殿。
この国は北壁をみりゃわかるが。
氷河の国に近い。なのに、この王都は、いや、央国イシュア側だけは暖かい。
なぜだと思う?」
それは、なぜだ?
「大樹の精霊が育てたと言われている大森林。
あれももう半分がないが、大樹の精霊が滅んだと言われたいまでも残ってる。
なぜだと思う?」
「そんな問答をしに来たわけでは、無いんだがな‥‥‥」
わからん、そう言うしかアスランには答えが見つからない。
「犠牲、さ。
あの王都の地下に何があるか、知ってるかい?
俺たちの祖先は、知ったのさ。だから、マキナと精霊たちとの契約を求める旅にでたーー」
なんだ、なにを言ってる?
王城の地下?
なにがあると‥‥‥
アスランには予想しがたいことばかりだ
「妖精王や氷の女王。
彼らには眷属を操り、天候の奇跡を起こす術がある。
同じことさ。
このハイフのグレイエルフの王にもあったんだよ。
大樹の精霊を束ね、溶岩の精霊たる灰狼族を操る力が」
「おい、まさか。
地下にあるのは、グレイエルフの王の遺骸か‥‥‥?」
いやいや、とクロウは首を振る。
「そんなもんじゃない。
死んでないんだ。グレイエルフの王族全員が、眠らされたまま、な。
大樹の精霊も、灰狼族の王もな。
初代僧門王は彼らを捕縛し、その力を以ってこの王都ナルシア以南の海岸に繋がる土地を肥沃な大地に変えたのさ」
侵略者ってやつはとんでもないことを思いつきやがる。
そうクロウは言う。
「ありゃ、人間のすることじゃないさな。
そして、宵闇の旦那はそれを管理する貴族の出だった。
旦那はマキナの遺した技術で、地下に眠る彼らから得ている恩恵に代わる何かを作ろうとしてたのさーー」
まあ、それはあらかた成功したようだがな。
クロウの言葉に、アスランは耳を疑う。
「成功して、なぜ捕まった!?」
「贖罪、だよ、従兄弟殿。
宵闇の旦那は、先祖の罪を自分たちの死で許しを願ったんだ。
届いたかどうかは、わからんがな。
旦那の仲間は全部、旦那の血筋だ。
女、子供はすでに四の国オルビオに逃れてる。
ま、第三王女派が負けたのもそこいらに理由があるのさ」
「だが、第三王女は古き高家の復活派だったはず!」
だからだよ、とクロウは言う。
「なんの後ろ盾もなくて、宵闇の旦那があそこまで好き勝手できるわけないだろ?
第三王女と宵闇の旦那な仲間だったのさ。
そして第二王子はオルビオの血筋。何を求めたか、理解できるだろ?」
「集めたマキナの‥‥‥技術か。
宵闇の家族と引き換えにーー」
正解と、箸を立ててクロウは言う。
「それを断ったから、第二王子派は反旗を翻したのか。
つまり、第二王子と第三王女は元々はーー」
「そう。仲間だった。
だが、宵闇の旦那が集めたものの提供を拒みーー」
オルビオの支援がなくなり、いまこの土地を失う訳にはいかないダル・エールに滅ぼされた。
多くの謎が。
点のように泡のように浮かんでいたそれらが、一つの輪となって周り出す。
「なら、なぜ祖先は。
精霊たちと契約した!?」
「知っていたからさーー」
知っていたから‥‥‥
「どういうー‥‥‥ことだ」
「ダル・エールはマキナの技術の全ては受け入れない。
そして、王城の地下には。
あの惨たらしい捕虜がいるから、各国は手を出せない。
各国の王たちは、婚姻関係を結ぶことでこの国を裏から支配し、同胞を救おうとした。
マキナは、いつかそれが成功した時にーー」
「せい‥‥‥こう?」
「僧門王ですら手に負えない状態になったダル・エールだ。
それは、マキナの時も同じだっただろうよ。
だからだ。
片方は時間をかけて同胞を救い出す。
片方はその後に、土地を追われた者たちが新たに生きれる土地を産み出す。
その為の、風・水・空だ。
土はそこにあるからな」
「まさか‥‥‥それがあの、言葉か」
いつか還らん、砂塵の舞う我が愛しきかの地へーー
「はは‥‥‥。
なんだそりゃ。
俺たちは、生きてきたんじゃない。
犠牲を利用して生きてきたのか‥‥‥」
最悪だなーー
「おい、従兄弟殿!?」
アスランは剣を手に取ると、クロウの言葉が聞こえないように。
その場を出て行ってしまう。
「なんだってんだ。
どうすんだよ、この料理ーー」
おい、おめえら。
一緒にやろうやな。
そうクロウが彼を慕う女性たちに声をかけるのを聞きながら、アスランは宿を後にする。
「いつか還らん、砂塵の舞う我が愛しきかの地へー‥‥‥。
ふざけんな、御先祖ども。
精霊と契約する暇があったならーー」
救いに行け。
高家の誇りにかけて。
狂ったこの国を正すのが高家十六氏族の。
王族の過ちを戒めるのが我らの役目ではないか。
先祖たちよ。
俺は許さんぞ。
例えマキナにどう諭されたとしてもーー
「俺たちは高家十六氏族だー‥‥‥」
おい、空の精霊。
そう、アスランは心の中で語り掛ける。
いるんだろ?
なぜ、見えないかはしらんがなーー
力を貸せ。
ダル・エールだと?
時間をかけて婚姻を行ない、同胞を助けるだと?
笑わせるな。
先祖たちよ。
お前たちは恥知らずだ。
そしてーー
「何も知らずにのうのうと生きてきた俺も、恥知らずだ」
初代から残る高家十六氏族のうち、まともに家として血筋を残しているのはアスランの家を含む四氏族だけ。
そのうち、一氏族はもう高齢の老人だけが生き残るのみだ。
「皮肉なもんだ。
精霊と契約した三氏族だけが、生き残るとはなーー」
まずは北壁に戻ろう。
叔父と話し合い、反旗を掲げる準備をするのだ。
アスランの足は重たく、北壁へと向かっていた。
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