魔女が経営する雑貨屋さんの事件簿 1 金毛猫耳の女騎士と帝国の亡霊編 

星ふくろう

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第一章 春を買いませんか?

異世界転移? できますよ?

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 ラーズはその青みがかった瞳に鈍い陽光をうつしこんでふてきに笑いかけてくる。
 なんだ、魔女のくせにだらしがない。
 そう言いたそうなのは手に取るようにわかったけど、苦手なものは苦手なのだ。
 おまけに二本足が見えない幽霊なんて、どうにも和風で私が日本生まれだからってあわせて被せて来ているようで面白くないじゃない。

「怖いのか?
 魔女のくせに」
「こっ、怖くなんか‥‥‥。
 でもなによ、それ。
 二本足が見えない亡霊なんて、まるでー‥‥‥」
「まるで?
 なんだ??」
「こっ‥‥‥こっちの世界の幽霊はその、足があるものなの??」


 ラーズはなにを当たり前のことを聞くんだ、とばかりに不思議そうな顔になる。
 もしかしてと彼が口に出したのは――

「まさか、そっちでは‥‥‥ないのがいるのか?」
「いるというか‥‥‥数百年前からそれが主流になったというか。
 それでも私の国の文化は世界中のなかでも特殊だから、その。
 世界全部というよりは、一つの地域の中でだけ育まれた観念というか。
 そんな感じ」
「‥‥‥はあ?
 不思議なものを考えだすんだな、そのなんだ?
 ニホン、か?
 こっちよりもはるかに進んだ工業や商業のものがると思えば、不可思議な考えもあるんだな」
「まあ、世界が違うから、そりゃ色々変わってくる、わよ‥‥‥」

 怖いと思うのはこちらの、日本では一般常識なの。
 そう押し切ってみたものの、人に拠るんじゃないのか、とラーズは訝しんでいた。
 言えない、幼い頃の夏、親戚の兄たちに騙されて気絶したなんてトラウマがあるなんて‥‥‥絶対に、知られるわけにはいかない。
 いざとなったら、ラーズの記憶を改ざんしてやろう。
 そう私は密やかに誓うと問題の猫耳族の女騎士の話に戻ることにした。
 猫耳族の女騎士。しかも金色の鎧ねえ‥‥‥これで飛竜乗りでも目指していれば、某人気アニメのヒロインだわ。そんなどうでもいいことを考えて彼の話を聞くこと数分。
 この世界に詳しくないようにしようとしてきたのが裏目にでた。
 帝国、猫耳族の女騎士、金色の鎧。
 様々なことが理解が及ばずに、質問しまくる羽目になったのだから。

「ねえ、わからない。
 まず、帝国って何?
 旧時代って?」
「本気で‥‥‥言っているのか?
 子供でも親から習う歴史だぞ?」
「学校‥‥‥じゃないんだ?」
「学校は裕福な王族の子弟だけだな。
 貴族ですらも家庭教師をつけるのが良いところだろう?
 そちらではそうでもないのか?」
「日本では、義務教育があって六歳から九年間は誰でも通える学校があるわ。
 国の法律でそうなってて、文字を読める人間はほぼ、全員よ。
 この店ていどの計算なら誰でもできる」
「参ったな。
 そうとうに裕福で恐ろしいほどの軍事大国なんだな、お前の国は?」
「軍事?
 軍隊はないけど??
 世界でも豊かな部類ではあると思う。
 身分もないし、王もいない」
「王がいなくて誰が統治するんだ?
 軍隊がない?
 なら、金の力だけで近隣との軋轢を回避してるのか。
 大した国だ。
 この世界では、軍事力と国の豊かさは比例する。
 強い軍隊がいれば、戦争も容易くなる。
 戦争が一番、儲かるからな」
「はあ、でそれと帝国がどう繋がるの?」
「帝国はこの東の大陸で最も繁栄した国家だった。
 このアーハンルドは元々、内陸にあったんだ。
 それを、征服したこの大陸の南の地に、まるまる移築した。
 というか、転移させた。
 それほどの魔導大国だった」
「え!?
 この都市ごと?
 無理でしょ‥‥‥?」

 ラーズはさあな?
 そういう伝説だ、と言い帝国滅亡からすでに四百年。
 と四本の指を立てて教えてくれた。

「正確には、帝国はあるが西のシェス大河周辺だけになっている。
 いま、このアーハンルドは独立国家だ。
 こんな城塞都市が内陸、湾岸部に二十六ほどある。
 これは全部、四百年前の帝国衰退期に出来たものだ」
「へえー‥‥‥物知りね」
「だから、こちらでは常識なんだよ。
 魔法とその素材に関してはあれほど有能なのに、なぜこっちの歴史を知ろうとしないんだ?
 いつかは極東から来たはぐれもの、なんて設定は通じなくなるぞ?
 少しは下にいるあいつらのことも気にかけてやれよ。
 アヤカ‥‥‥」
「だって、いつかは去る立場だし。
 あまりどちらかにだけ関わると、世界からはじき出されるもの‥‥‥」
「異世界から来る大変さも分かるがなー。
 本当に、異世界転移なんて出来るのか?」
「なによその信じられないって顔は?」
「いや、信じてないわけではないが。
 しかし、信じがたい点はある。まあ、いい。
 話を戻すが、このアーハンルドは最初は内陸にあった。
 その時代の幽霊だとしたら、事情がだいぶ変わってくる」
「その事情以前に訊いておくのを忘れていたわ。
 その幽霊はなにを、要求したの?」

 おや?
 少しは考えているようだな?
 そんな目をするラーズはやっぱり気に入らない。
 だって考えたら分かりそうなものじゃない? 警邏の役人だって、単なる幽霊ならラーズの役目。
 つまり魔を払う退魔師のところで止まる案件のはずだからだ。
 それ以上の要求があるから‥‥‥来たのよねえ、ここに。
 あーあ、幽霊なんて。
 また気絶したら、奴隷の猫耳族たちからは威厳すらも失うことになる。
 笑われて下剋上なんてされた日には‥‥‥笑えない。

「頭がすこしは回りだしたようだな、アヤカ。
 帝国の歴史はさておき。ここが帝国領になったのか、元々、このアーハンルドが移築される前の時代の存在だったのかで話が変わってくる。
 なにせ、猫耳族は元々が南方大陸の更に奥地に住んでいた獣人だ。
 それが帝国領に移り住んだ。つまり、この東の大陸全土を帝国が席巻していた時代となると、更にさかのぼることになる。そう、千年程、だな」
「千年‥‥‥気の遠くなるような過去に生きていたということ?」
「そうだ。
 その時代に、更に鎧を着ていたとなると帝国直下の騎士団にいたことになる。
 獣人が騎士になれたのは、近衛騎士か各地に駐留していた皇帝のお抱えの騎士団だけだ。
 そして金色の鎧。
 これが曲者だな‥‥‥」
「なにか特別な師団だったってこと?
 まさか‥‥‥飛竜を騎馬代わりにした騎竜とか操っていたとか??」

 ふん?
 ラーズの片方の眉がピクン、と跳ね上がった。
 あ、あれ?
 まさかの‥‥‥正解?

「良い線を行っているがすこし違う。
 金色の鎧は、金翼の竜、という名前の騎士団だった。
 ただし、乗っていたのは竜じゃない。
 ルバーブ。つまり、現代ではあれだな」
「あれ?
 え、あの移動用の??」
「そう、あれだ」

 ラーズの指先が示したのは上空を行き来する、船のようなそうでないような。
 つまり、飛ぶ船? 飛行船じゃないけど、飛空艇とでも言うべきか。
 そんな、ボートのサイズから大型船のサイズまであるそれらが、このアーハンルドの上空を行き来していた。

「あれって‥‥‥そんなに昔からあったの‥‥‥??」
「原型は、な?
 発明したのは、時の皇帝とその臣下にいた大魔導士たちだっていうからなあ。
 まあ、このアーハンルドにもいたに違いない。
 千年昔でなくても、この都がここに来たのが六百年前。
 そう考えると、衰退期かもしれんな?」
「つまり、その猫耳族の女騎士は魔導士で、要求も魔導士?
 もしくは、魔法を使える存在に限る、そういうこと???」
「まあ、そんなとこだ。
 だが、詳しい要求はされていない」
「‥‥‥は?
 なら、なんで私に来るのよ??」

 ラーズはそれ、食べないならくれよ、と私の手元から紅い包み紙にくるまれた弁当をさっとかすめとっていった。
 ひどい男だ、そう思いながら彼はニヤリ、と笑いかけてくる。

「だから言っただろ?
 しゃべる幽霊なんて、普通はいないんだよ。
 それが警邏の役人に言ったのはな?」
「言った‥‥‥のは?」
「旦那、わたしが望む方を連れて来て下さいな。
 この鎧と、この姿を見ておわかりでしょう?
 だ、そうだ」
「はーああ???!」

 まあ、魔法使いしか理解できないだろうから押し付けてしまえ。
 そうあいつらは考えたんだろう、な。
 ラーズはそう言い、更に悪戯好きな瞳で私を見てとんでもないことを言いだしたのだった。

「な、俺も連れて行ってくれんか?
 その日本とやらに。
 見返りに、退魔師の秘伝である影の世界を行き来する方法を教えるからさ。
 どうだ?」
「‥‥‥本気?」
「もちろん」

 どうせ、この大陸のどこかにある国から来たんだろ?
 異世界なんて嘘なんだろ?、と。彼の目はニヤニヤしていた。
 面白いじゃない‥‥‥世界と世界を素人が渡ればどれだけ目まいや吐き気に襲われるか。
 教えてやろうじゃないの、この遊び人に!!
 私は不敵な笑みで、もちろんいいわよ、と宣言してやったのだった。

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