魔女が経営する雑貨屋さんの事件簿 1 金毛猫耳の女騎士と帝国の亡霊編 

星ふくろう

文字の大きさ
12 / 13
第一章 春を買いませんか?

異世界は泳げても、流れる水はダメらしい?

しおりを挟む
「はっ!
 放してっ‥‥‥!!」
「放すわけないでしょ――!!!」
「ダメ――!!」

 何がダメなんだか。
 普段のエラそうなボクっ子口調はどこに行ったのやら。
 水に濡れた途端、エレノアはこの世の終わりのように水から抜け出そうと必死に抗いだした。
 大きな銀色のコウモリに変身し、片足を引っ張って水の中に放り込まれた私がそれを思いっきり引きずり込んで‥‥‥。
 二人、もとい、一人と一匹は暗くて底の見えない深海に‥‥‥しょっぱくはないから海ではない?
 でも、少し辛いような??
 足元、駄目だー足がつかないー。
 そうなると、ここは普段から自慢しているこの駄吸血姫様に頑張ってもらうしかない。
 と、思いきや――

「ダメなのー水は――、流れる水は‥‥‥吸血姫はだめなの‥‥‥」
「わざわざ、姫、なんてつけなくていいからー」

 だらしがないなあ。
 そう思いながら、立ち泳ぎでどうにか態勢を整えると、うん。
 泳げない水流の激しさじゃない。
 緩やかな感じで、どこかの小さい河か、それともゆったりと流れる大河か。
 まあ、アーハンルド周辺には大きな河しかないから、日本で言うとことの川が充てられるような小さなものは存在しない。
 市内の内堀に流れる河ですら、二級河川並みのひろさがあるから。

「ほらー、抱き上げてあげるから。
 頑張って飛びなさいよ!!」
「いや、だって、そんな!!?
 やめて、吸血姫殺し――!!!!」

 あ、逆に普段の恨みを込めて川底に押し込もうとしてた。
 だめだだめだ。
 恨みはまた、後から晴らすことにしよう。

「あはは、ごめんごめん。
 てかさーあんた、プールでも海でも、お風呂にだって温泉にだって浸かってるじゃない。
 川だって、田舎にいった時に‥‥‥下着姿で泳いでたでしょうが‥‥‥?」

 よいしょっと、浮力につられて重たいエレノア。
 そのコウモリの肉体を翼の根元をひっつかんで、引き揚げてやる。

「いだい、いだいっ!!」
「破れたってすぐに元に戻るでしょ!?
 ほらっ!!
 ごちゃごちゃ言わずにさっさと浮かべ!!」
「なんて人でなし、ああ、吸血姫虐めだ。
 こんな心の冷たい人間に育つなんてー」
「何言ってるのよ。
 地球では泳げて、エル・オルビスではダメなんてそんな話ないでしょ?
 呆れた。なんでそんなに慌ててるのよ?」
「世界が変われば、あれだよ!」

 銀色の大コウモリは私の両肩と頭の上でぜえっ、ぜえっ、なんて大袈裟に息をつきながら頭上高くにあがる三連の月を指? 翼の先で示して見せた。

「何よあれ、月?」
「そう、月!
 あの向こう側に、本物の銀色の月があるの!!
 三連の月が、ボクたちの魔力を奪うんだよ!!」
「へえ‥‥‥」
「まったく、意地悪な面だけ成長して、肝心なとこはまったく‥‥‥」

 なんだか、イラっとしたから、またコウモリの頭を両手で掴んで水の中に沈めてやる。
 あーなんか、ゴボゴボって言ってるわー。
 拷問ってこうやるんだ? SMってのもこんな感じ?
 エレノアがM嬢ならさぞ快楽なんだろうなあ、私も楽しいし。
 十数秒、そんな感じで彼女を浮き輪代わりにしていたら、

「ゴバ‥‥‥」
「あれ?
 断末魔?」

 そんな音と大きな水泡が出て来て‥‥‥ぐったりとした我が銀色のコウモリ。 もとい、吸血姫?
 もとい、ダメなエレノア様。
 誰よ、私がまだ半人前で魔法の姿勢制御をエレノアがしなきゃまともに異世界転移できないなんて言ったのは。

「コレ、確か不死身だったっけ?
 しばらくこうしとけば‥‥‥従順に?
 あ、そっか!」

 これはチャンスだ。
 いまが、下剋上のチャンス。
 うん、間違いない。

「よいしょっと、どうかなー?
 エレノア様ー??」
 
 先ほどと同じように翼を根本でまとめて引き上げてみる。
 うん、人間形態より、こっちの方が軽い。
 十数キロしかないわ。
 そして周囲を見渡すと‥‥‥。

「あれ?
 ここってあの河べり?
 ってことは、あじーろ‥‥‥!?」

 そうだ。
 ここは例の異世界ワニの生息地なのだ。
 異世界ワニとはいえども、デカさはクロコダイルとかと何も変わりがない。
 そして、ラーズは言っていた。
 河が東の大門付近、その地下に流れ込む辺りで‥‥‥。

 バシャン、バシャン‥‥‥。
 と、数度の水面をはねる音が背後でしたかと思うと、

「へ?
 いや、待ちなさいよ!?」

 待てと言われても待つハンターはいないもので。
 アジーロではないそれは、まるでサメのようにせびれを水面に立てて数頭がゆるりと流れに逆らいやって来る。そして、私の進行方向にある、そう。
 あれだ、橋がかかったその下には深ーい、暗闇の入り口が口を開けて待っていた。

「ひえええっ!?
 これって、あの場所!?
 ラーズが退治に使ったっていう??!」

 これはまずい。
 ええい、起きろ駄吸血姫!!
 頬をはたくがまったく反応なし! 使えない使い魔なんて、本当に役立たず!!!
 素晴らしく気絶されていらっしゃる。あ、させたのは私か。
 まあ、仕方ない。
 こうなれば、魔女の汚名返上。
 とりあえず、元の部屋に戻ろう。
 そう思い、普段使っている結界を召喚‥‥‥発動するじゃん。
 脳内で必要な演算を行って、そのまま魔法を構成する魔素を必要な要素に変換し――


「何よ、これ。
 誰が異世界転移一人じゃできないって?
 エレノアー、えれのあー?
 ばか吸血姫ー???」
「うーん‥‥‥」

 よし、気づいてない。
 なんの問題もなく、元の部屋に移動していた私と無能の吸血姫、と金色の‥‥‥?
 金色?
 はて。
 転移の魔法陣に何か巻き込んだ??

 ズルっと何やら重たそうな、しかし、それは子犬程度の小さな気配がしていて??
 よくよく見たら、目を回しているエレノアのお尻の辺りに、頑張って食らいついている一匹のワニ。
 
「金色、なんだ‥‥‥。
 お前、それは食べ物じゃないからだめだよ?
 お腹壊すからね?」

 まあ、そう言ってきくようなモンスターはいないのだ。
 これも絶好の機会!
 さて、作動させるのは使い魔契約の魔法陣。
 エレノアを、逃げれないように魔法を封じる縄でぐるぐる巻きにしてその陣の中に放り込む。
 アジーロの方も、同じく。
 口元を縛り上げて、もう一つの小さな魔法陣に。
 さて、アジーロの方でお試しお試し。

「血を使うのは痛いから嫌いなんだけど‥‥‥」

 小さな短剣を指先に突き刺して、一滴の血をアジーロの方の魔法陣にしたたらせる。
 これで呪文を詠唱して、アジーロの魂に私の名を刻みこめばOK。

「ふん、まあ‥‥‥これはいいかな?
 名前‥‥‥お前はなんだろ?
 陸の生物だから、リク?
 にでもしておくか」

 そう言うと、アジーロは理解したのか、グア、とまあ可愛げがないような声で鳴いてみせた。
 さて、問題はエレノアだ。
 仮にも純粋な魔族。
 おばあ様との契約があるなら、二重契約になるから二つに魂が引き裂かれても可哀想だし‥‥‥。

「まあ、まずはおばあ様との契約を解除してーあれ?」

 契約の紋様がどこにもない。
 身につけているモノといえば、エレノアは耳にピアスが一つあるけど。
 それすらも、何やら違う感じで‥‥‥あ、そうか。
 思いついて引き出したのは、舌。
 口をあんぐりと開けているから、まあ見つけやすかった。

「口腔内の上顎にしてるんだ?
 へえーさすがおばあ様。
 生け捕りにされてもこれならわからない」

 あいにくと、幸田式の呪術はそのすべてをマスターしている。
 それは解呪の方法も同じで‥‥‥まあ、バレるだろうなあ。
 後からおばあ様から連絡が来ることを覚悟して、解呪解呪。
 さて、成功したようですね。
 そうなると、どこに――新たな服従の呪文を描いてやるか。
 見えなくて自分で溶けそうにないとこがいい。

「となると、胎内。
 ふむ。埋め込むか‥‥‥」

 エレノアも腐っても女子。
 女性の身体をしているので、あるものは私と同じ。
 魂だけでなく、その身体も支配してやろう。そうすれば、永遠に若さも保てる。
 我ながら悪いことを考えて、魔法陣を空中に描く。その中心点に血を滴らせ‥‥‥下腹部に消えて行くそれは綺麗に消えて収まった。

「ふふん、これで私が永遠にこの子の主、よね」

 そこまで言って、私は室内に存在するもう一つの視線に向き直る。
 付いて来た?
 いや、移動の魔法陣に飛び込んできた彼女は、ラーズから聞いた通りの恰好をしていた。

「さて、あなたはどなた?」
「これはどうも。
 気づいていたのか。
 わたしはリーゼと言うが‥‥‥しかし、魔女殿におかれましては、なかなかに非道ぶりだな?」
「私は綾香。
 非道なんて言わないでいただきたいわ?
 猫耳族の女騎士様?」

 そう言うと、リーゼと名乗った女騎士は不敵に微笑んだのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

処理中です...