突然ですが、侯爵令息から婚約破棄された私は、皇太子殿下の求婚を受けることにしました!

星ふくろう

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番外編

聖者サユキとユニスの小話

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 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それは白い雪が夜半から降り降りて、野山を白銀の世界へと染め抜いたある朝のこと。
 行方知れずとされたグレンはエシャーナ公家にユニスと共にあり。
 あのエニシス半島を勝ち取った面々とささやかな披露宴を開いていたのが先週のこと。
 そして、同席した皇帝より、屋敷内から出ることを禁じられていた。
 ユニスはそんな夫が外に出れないまま、かつて愛した妻子の訃報を伝えるべきかどうか。
 王都からの伝達も魔導の連絡すらも。
 その一切を禁じられている世捨て人の様な夫は何も知らないはずだった。

 世間では多くの出来事が起きていた。
 グレン皇太子は世間では戦死と報じられ、しかし、帝国はその死を認めることも無く。
 ただ枢軸連邦との戦乱の最中に魔導の何かにより、その行方が知れなくなった。
 そう誰もが話すようになった頃。
 ハーベスト大公家を異母妹のエイシャ夫妻に爵位を譲渡し、ユニスは実家であるエシャーナ公家へと政治の第一線を退いていた。
 ここ最近では、ハーベスト女大公エイシャから不名誉にも離婚を宣言され追い出されていた、フレゲード侯爵令息シルドが再度の求愛を申し込み、その王国側の爵位などを投げ捨てて妻の愛を再度勝ち取ってみたり。
 ブルングド大公シェイルズと、ラズ高家第二王女ライナとの盛大な結婚式が上がったかと思えば、ライナ王女の双子の妹、ニーエ王女がその子エリオス公子と共にすべての爵位を放棄して逐電し、シェス大河にその遺体が数日後に上がり帝室には隠れた皇子がいたという事実が世間に明るみにでるなど。
 喜ばしいこともあれば、悲しいできごとも同時に起きたそんな日々の中に伝えられたこの訃報。
 あと十年はお前は世に出ることを禁ずる。
 その皇帝の一言が、ユニスの脳裏をよぎった。
 伝えれば、彼は会いに行くだろう。
 あの、自分が見捨てた妻子の墓の元へ。
 そしてなにをするか。
「あなたは、きっと死地を求めるでしょうね‥‥‥」
 寝起きの悪いグレンはまだ夢の中にいるだろう。
 その銀色の髪をそっと撫でて、ユニスはその訃報を報じた伝達書を暖炉の中へと投げ入れた。
「ごめんなさい‥‥‥」
 政治の道具として利用する形になり、そして死を決意させた。
 その原因は明らかに自分だ。
 彼らを利用してでも、グレンに帝位を捧げたかった。
 そう思い救われた命の恩返しにとした行為は、結果的に愛する男性の家族を死に追いやってしまった。
「イズバイア」
 そう離れたベッドに眠る夫に小声でささやいても、彼は起きる気配がない。
 これでいいのかもしれない。
 ユニスは寝室を出ると、伯爵令嬢時代にすべて自分でしていたように、冬用の乗馬服へと手早く着替える。
 そのまま、同じ階にある書斎へと赴き、夫への詫びとこの公爵家のすべてを彼に譲りたい。
 その旨をしたためた書類を封筒に入れ、蜜蝋で封をした。
 封筒の上にグレンから贈られたあのミスリル鉱石の指輪をそっと置くと、元女公爵はその屋敷を一人後にする。
 命には命の代価をもって償うべきだろう。
 しかし、その前に一度だけ。
 ユニスは訪れておきたい場所があった。
 屋敷より歩くこと一時間ほど。
 シルドが義姉上にだけ教えるのですよ?
 そう言い、作ってくれた扉がある。
 一見するとそこには何もない岩屋があるだけだが、ある手順を踏むと、奥の大きな岩が左右にずれた。
 その奥に入ると人一人がどうにか歩けるだけの穴がある。
 ユニスを飲み込むとその岩屋の扉は元通りに閉じてしまった。
 シルドが渡してくれた手順書を何度も試して、あの場所への行き方はもう慣れていた。
 光の渦がユニスを包みこみ、その中を迷うことなく進むと、その先にはあの場所。
 法王庁のはるか天空へとそびえたつ、聖者の塔の中にユニスはいた。
 当時の法王は数週間前に代替わりをし、次代の法王がこの頂点にある聖者の部屋を訪れるのは数十年後になるだろう。
 それまでの間。
 その扉の前で、懺悔をしながらあの二人の死後の世界での幸せを祈り、ただ静かに死を待とう。
 ここなら、誰も邪魔が入らないだろうと。
 そう思っての行動だった。
 回廊の中央に立つとゆっくりとユニスの体は上昇し、途中でグレンとシェイルズが階段を上るのに疲れて座り込んでいた場所を見たときは思わず微笑んでしまった。
 あの時のような時間がもう一度、戻れないいのに。
 そう思いながら塔の頂点へとたどり着いた時。
 ユニスはそこに人影を目にしていた。
「これは‥‥‥法王猊下?」
 それにしてはまだ若い。
 そして、黒髪の美しい、小柄な少女がそこにはいた。
 彼女はユニスを目の端に見つけると、ようやく来たわね?
 そんな目をして、微笑んで見せた。
「あの、あなたは一体?」
 法王庁の侍女がこの聖者の部屋の掃除でも言い付けられたのだろうか?
 ユニスは最初、そう思ったが彼女が着ている衣装を見てその認識を改めた。
 真紅のドレスに、黒の紋様の入った代々の法王が肩からかける袈裟のようなものを彼女はかけていた。
「こんにちは、女公爵殿?
 いえ、もう元かしら?
 いつ来てくれるかと思って待っていたの」
 聖者の部屋には興味はない?
 少女がそう言い、片手を掲げると開くはずのないその扉がおごそかに開いていく。
「まさか‥‥‥聖者サユキ‥‥‥様!?」
 そのユニスの問いかけに、少女はまあ、そんな言われ方もしたかなあ?
 と小首をかしげながらユニスの手を引いて、聖者の部屋へと案内した。
 しかしユニスにしてみればその場所は神聖なものであり、自分が入れる場所ではない。
 そう思っていたから尻ごみをしてしまう。
「ああ、いいのよ。
 どうせ、もう使わない部屋だから。
 最後に少しだけ、誰かと話をしたかったの。
 多分、ユニス様ならそのうち来るだろうなあってね?
 待ってたのよ。サユキはここから出れないから」
 少女、いや、ユニスとほぼ歳の変わらない聖者はどこから取り出したのか。
「あはは、もしかしたら下の侍女の誰かが怒られるかもしれないから。
 後でこれを持ちだしたこと、謝って貰えません?」
 そう言い、ユニスの前に二客のティーカップとポット。
 そしていくつかのお菓子を取り出した。
「どうぞ、そこに腰かけて、ユニス様」
 気づくと何もなかった空間に二つの椅子とテーブルまで用意されている。
 本当にその言葉に従っていいものか。
 迷いながら、恐る恐るユニスはそこに腰かけた。
「あの、ユニス、と。
 聖者様に、そのような過分なお言葉を頂けるなんてー」
 ユニスはそう信徒の礼を取ろうとすると素っ気なく止められた。
「ああ、ダメですよ?
 そんな偉いものじゃないんですから、サユキは」
 聖者はそう言い、まあ、どうぞ。
 と、紅茶を差し出した。
「し、しかし‥‥‥」
「うーん、堅苦しいのは苦手なんだよね。
 もう時間もないし」
 彼女は腕にまいた何かを見て空を見上げていた。
 その部屋には天上がなく、そのまま天空を映し出す不思議な空間だった。
「時間がない、とは?
 どういうことでしょうか?
 あの暗黒神の復活と、いうお話が真実だと。
 そういうことですか、聖者様?」
 ううん、違うよ。
 そう、聖者は首をふる。
「アギトもゲフェトも何も悪いことはしてないの。
 アギトはこの大陸が大地震で割れるのを防ぎ、ゲフェトは地下に潜り大陸の流れを止めた。
 その時に噴出した大量の魔力を利用して、ミレイアがあんな暴虐を繰り返してたから戦争になっただけ。
 ユニスー‥‥‥は、エルフやドラゴン、魔女やドワーフ。
 そう言った人間以外の者たちにあったことはありますか?」
 え?
 突然の問いにそんな体験自体がないとユニスは答えてしまう。
「そうよね、でも彼らはこの枢軸の奥地にはいるんだけど。
 まあ、人間が増えすぎたからからあまり表にはでないんだよね‥‥‥。
 あのグレン皇太子の起こした雪崩のおかげで、サユキが目覚める前に彼らが転送魔法で軍を戻したりしたし」
 それは多分、シェイルズが言っていたあの神話にも近い大魔法のことを言っているのだろう。
 ユニスはそう思った。
「では、あのような大魔法を使える種族が、枢軸の奥にはいる、と?」
 聖者は返事に悩んでいた。
「あのね、ユニス様。
 サユキなら、あれくらいは普通にできるの。
 でも、あの時はドラゴンやエルフや魔女たち。かなりの人数とミスリル鉱石を使用したから‥‥‥。
 まあ、ユニスの旦那様や、この塔によく来ていたシルド様、シェイルズ様とあまり変わらないわ?」
「聖者様、なぜ、彼らの名をお知りに?」
 ユニスには何もかもが理解を越えていて話についていけなかった。
「ああ、それ?
 サユキは寝ていた間、千年くらいかな?
 この世界のできごとはほとんど、夢の中で見ていたから」
 聖者とはまさしく神である。
 そうユニスは思った。
「では‥‥‥あの母娘のことも、ですか?」
 思わず、ニーエたちのことが口をついて出ていた。
「うーん。うん、まあ。
 知っているし、浮かべたのはあれは模造品だし」
 模造品?
 それはどういう意味?
 この聖者はなにを言いたいのだろう?
 ユニスには悪戯心が多いような笑顔を浮かべるサユキの心がまるで読めなかった。
「まあ簡単に言うと、身体を二つ作って。
 似たやつをね?
 それを浮かべたの。今頃、皇帝の元で二人はいると思います。
 送り届けておいたから。だから、ユニス様も死ぬことはないんです。
 サユキが旅立つ日に、死なれても後味悪いから」
「聖者様‥‥‥ユニスはもう、あの世で神様と会話をしている気分です」
 あの世?
 面白い表現ね、ユニス様。
 聖者はそう言って笑った。
「あの、旅立ちとは?」
 ああ、それか。
 サユキは少しだけ考えて勘単に説明した。
「あのね、サユキはこの世界の人間じゃないの。
 異世界というか、あの天空のはるかかなたにある星から来たと言うか。
 まあ、そんなところ。
 それで、この世界にはもう二千年ほどいるんだけど。
 一度目は竜族の旅立ちに、二度目はアギトとゲフェトの手伝いとミレイアの戦争に。
 蓄えていた力の少しを使ってしまってですねー‥‥‥ようやく。
 ようやく帰れるの。
 時間を遡って、愛したあの人の元へ」
「愛した‥‥‥その御方も同じく、聖者様なのですか?
 それとも、神に近い御方?」
 ううん、そうサユキは首をふる。
 そして、傍らに置いていた、棒のような、槍のような。
 何かをその手にした。
「いまはまだ、というか、サユキがこれを届ければ、まあそうなるかなあ?
 でも、帰りつける保証もないんだけど。
 行くしかないの。会いたいから」
 そろそろ時間かな?
 聖者はそう言い、ユニスに手を差し出す。
「最後に、お手を。
 ユニス様?」
「は、はい‥‥‥!?」
 その手を取ると、ユニスの体内にサユキが。
 聖者がこの地で見つけそして蓄えてきた知識のほんの一部だけが。
 ユニスへの贈り物としてその体内に宿った。
「これは‥‥‥どうせよと?
 魔導だけでなく、治水にその他にも算術、いえわたしには理解ができないものまで」
 聖者は円満の笑みを浮かべる。
「正しく使えばいいよ? 
 あなたなら出来る。そう思うから。
 では、ユニス様。
 ありがとうございました。最後に話せて良かった。
 ああ、もう死のうなんて思わないでね?」
 その言葉を最後に、ユニスの記憶は途切れた。

 次に目覚めた時、ユニスはグレンと共にベッドの中にいた。
 あれは夢だったのかと、寝起きの悪い夫を起こし、政務をするために書斎に向かう。
 そのテーブルの上に置かれた自分が書いた封筒と指輪を見た時、ユニスは夢ではなかったのだと。
 そして、この脳裏に過ぎる様々な知識を正しく使うために、これからの十年を過ごすのだと。
 そう理解した。
 そして、ニーエ母娘は無事であることに深い感謝をサユキに捧げた。
「どうか愛する御方の元へ、戻れますように。サユキ様‥‥‥」

 それから数日後、法王庁の聖者の塔が崩壊したとの知らせがシルドから届いた時。
 ユニスはそっと微笑んだのだった。

 
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