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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~
第五十話 真紅の魔女ミレイアの微笑 7
しおりを挟むさあ、どうかしら?
アルメンヌはこういうのを女神の微笑というのか。
それとも不敵な笑みと言えばいいのか。
アルアドル卿には前者のように見えたが他の者からトラブルのもとになる笑みに見えたかもしれない。
「そう‥‥‥」
アルアドル卿の宣言を聞いてアルメンヌはどうかな?
そう、首を傾げていた。
子爵邸で彼の視線が自分にずっと向いていたことを知っていたからだ。
「もし、わたしが抱いてって頼んだら?」
アルメンヌはゆっくりと青年になりきらない少年騎士に歩を進める。
アルアドル卿はその場から退けずにいた。
それは彼の、逃げないという姿勢のようにアルメンヌには見えた。
「それは‥‥‥」
眼前まで迫る彼女は、やはり、美しい。
外見もあるが、その心の中で叫んでいるのがアルアドル卿には聞こえていた。
誰か、引き上げてくれ、と。
この地獄のような虚無の中から、共に歩いて欲しい。
そう言っているように、その瞳の奥になにかを彼は見ていた。
「それは、なに?
アルアドル卿?
知ってるのよ、わたし‥‥‥」
アルメンヌはアルアドル卿の耳元で囁く。
子爵邸で、わたしの身体を見ていたでしょ?
あんな情熱的な瞳で、と。
「そっ、それはー‥‥‥!?」
まさか、気付かれていたなんて。
大公閣下を見るフリをしていたのに――
「シルド様がわたしの胸を揉んだり、腰を抱いたり。
この――」
アルメンヌはちらりと、長いスリットの入ったその衣装の裾をめくり上げて見せた。
「足を見せた時なんて、あなた、とっっても‥‥‥怒った顔をしていたわよ?」
覚えがないなんて、言わないわよね?
意地悪く微笑み、アルアドル卿の肩に手をまわるその様は、さながら妖婦のようでもあった。
アルアドル卿はアルメンヌの瞳に吸い込まれていきそうで恐ろしくなる。
理性が、遠のいていく感覚はさながら、悪戯?
いや、許されない浮気をしているかのようでー‥‥‥。
「それに気付いたからといって、あなたは‥‥‥」
「なあに?
アルアドル卿?」
目を見てはいけないのか?
それとも、逃げるべきではないのか?
自分は、どうしたい?
心の素直な欲求は――
「僕は、そうですね。
ええ、見ていました。
あの大公閣下のやり様に怒りすら感じましたよ。
あなたを――あなたから、目が離せない」
それは確かな本音だ。
彼女を抱きしめたい。
出来るなら、自分だけのアルメンヌ。
そう呼んでしまいたい。
だが――
「そんなに情熱的なセリフにその視線でわたしを見ていて。
それでまだ、抱けないって言うの?」
ああ、それは本当に言われたくない言葉だ。
あなたにだけは、言わせたくない言葉だ。
アルアドル卿は不意に、動き出す。
「失礼」
「え、なに!?」
ちょっと、とアルメンヌが悲鳴を上げる暇もなく彼は腕の中から抜け出すとアルメンヌを抱えあげた。
そのまま、傍らにあるベッドの上に放り出すようにして置いてしまう。
「ひどいじゃない、こんな扱い!」
もう少し優しく――
そう抗議の声を上げる暇もなく、その上にはまだ若いががっしりとしたアルアドル卿が‥‥‥彼女の両腕を抑え込んでいた。
思わず心の底から浮き上がるあの虐待の衝動。
それへの恐怖。
それらが、アルメンヌの瞳の奥に、揺れ動いて現れているのをアルアドル卿は見ていた。
「ルイ、です」
へ?
いきなりの言葉に、アルメンヌは間抜けな返事をしてしまう。
「ルイ・アルアドルです。
卿などと言われていますが、実家は商人。
貴族ではありません。
あなたに見合う、身分でもありません」
「だから抱けない、と?
なら、なんでこんな真似――」
「違いますよ、アルメンヌ。
抱こうと思えば、身分なんて関係ない。
そう言っているんです」
しまった。
藪をつついて蛇を出してしまった?
彼なら――拒否してくれるとそう踏んでの演技だったのに。
アルメンヌは焦り出す。
彼の身分を聞いてしまった。
自分の元の身分は貴族だ。
騎士とはいえ、単なる最下位の貴族位。
もし、大公閣下の妾を手に犯したなどとなればー‥‥‥。
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