貧乏メイド、官能作家に身体を資料として提供することになりました~資料のために抱かれ続けた私、いつの間にか彼の最愛に~

蜜井蜂

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第二部

嬉しい報せ

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昼下がり。
予定にない訪問者が屋敷のドアベルを鳴らした。

「……はーい」


扉を開けると、きちんとした身なりの男性がひとり。


「よっ」

「エイル!」

彼は出版局で働く友人だ。
そして私にこの屋敷での仕事をあっせんしてくれた当人でもある。
いわば命の恩人。

「屋敷での仕事はどうだ?もう慣れたか?」

「うん。旦那様には本当によくしてもらっているし……エイルには感謝しかないよ」

「そっか。それならあっせんした甲斐があったってもんだ」

エイルがわざとらしく胸を張って見せる。


「……おっと。今日はリズの顔を見に来たわけじゃねーんだった」
「?」

「フェイ先生、いる?」

その言葉に、心臓が跳ねた。

「うん、ちょっと待ってて」



書斎の扉をノックすると、フェイは少し不思議そうな顔で出てくる。
「どうしたんだいリズ?そんなに慌てて……」
「出版局の方が、フェイに会いたいって」
「……僕に?」



「――どーも先生。ご無沙汰しております」
「……エイル君!久しぶりだね」


ふたりのあいさつを聞き終えて、私は自分の仕事に戻る。


……とはいえ、二人が何を話しているのか、気になる。
盗み聞きは悪いこと、と思いつつ、つい応接室の前でこっそり聞き耳を立てる。


「……前回の短編、出版局内でも回し読みでしたよ。あれは反則です」
「反則?」
「読後に甘い余韻が残りすぎる。あれ、仕事中に読むものじゃないですね」

クスッとフェイが笑う。

「読者からの感想もすごかったんです。「続きはないんですか?」って問い合わせが何十件も」

「そんなに……?」

「ええ。年齢層も幅広い。若いご婦人だけじゃなく、意外と紳士層にも刺さってまして」

「……それは意外だな」

「いい作品は年齢も性別も越えますからね」
エイルがにやりと笑う。

「君は本当に褒めるのが上手だな」



一拍置いて、エイルが声の調子を変える。

「――それで、本題なんですが」

紙の擦れる音。

「先生に新聞での連載をぜひお願いしたいと」

「……連載?」

フェイの声がわずかに揺れた。

「週一回でまずは三ヶ月。反響次第で延長。先生の“等身大の恋”を、継続して届けたい」

「僕に……出来るだろうか」

珍しく弱気な声。

「出来ます」

即答だった。

「先生の物語は読者を置いていかない。派手ではないけど確実に届く」

フェイは黙り込む。

「それに、先生はもう短編作家じゃない。読者が“次”を待っている作家です」

静寂。



「……夢だったんだ」

ぽつりと漏れる。

「新聞に、自分の小説が載るのが」

エイルは少しだけ真顔になる。

「では、今から僕と叶えましょう」

その言葉を聞いた瞬間、扉の隙間から見えるフェイの顔が、ふっと崩れた。

嬉しそうで。
安心したようで。
少し、泣きそうにも見える顔。

「……ぜひやらせてほしい」

「ありがとうございます。後悔はさせません」


二人が立ち上がり、固く握手を交わした。






「――それでは、細かい話はまた後日」
そう言ってエイルは屋敷を後にした。

私は夢を見ているような、ふわふわした気持ちで彼の背中を見送る。
それはフェイも同じみたいで、ぼーっと視線を宙に漂わせている。


「……リズ」

ぽつり、とフェイが言う。

「新聞での連載が、決まった。……初めての、連載だよ」

「……おめでとう、フェイ」

声が少し震えて視界が霞む。
それを見て、フェイは嬉しそうに目を細めた。

「ありがとう。君がいなかったら……ここまで来られなかった」

フェイの指が頬に触れる。
そのまま顎のラインをなぞられ――
「……んっ」
唇が重なった。

最初は触れるだけの、確かめるような口づけ。
けれど次第に、抑えきれない感情が滲むように、少しずつ深くなる。

あたたかい。
柔らかい。
それだけで胸がいっぱいになる。

フェイの息が、少し震えているのが分かる。
きっと私も同じだ。


そっと離れかけた唇を、今度は私のほうから追いかけた。

かすかに目を見開く気配。
けれどすぐに、優しく受け止められる。
ゆっくりと唇の角度を変える。
触れ合うたびに、甘さが増していく。

彼の手が頬から首筋へと滑り、ゆっくりと背中に回る。
私も、フェイの気持ちに応えるように彼の背中に手を回した。

胸の奥で、何かが弾ける。

嬉しい。
誇らしい。
やっとここまで来たんだと、実感が込み上げる。


あの日。
フェイが父親から「あと一年」と告げられたあの日から。
どれだけ不安を抱えて、必死に書いてきたか。
思い返して胸が詰まる。


唇が離れたとき、フェイの額が私の額に軽く触れた。

「……夢じゃないよね」

熱っぽい声で、彼が言う。

「うん。現実だよ」

そう言った瞬間、また抱き寄せられキスの雨が降り注ぐ。

今度は、さっきよりも柔らかくて、優しい。
喜びを分け合うみたいに。
「ありがとう」と何度も言う代わりのように。




「連載が始まったら忙しくなるね」
「うん。でも……怖くない」

「え?」

「リズが、隣にいてくれるから」

その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。



「……ようやく、光が見えてきた気がする」
「うん」

私は静かに頷く。

まだ、すべてが解決したわけじゃない。
先のことだって、分からない。

それでも。

「一歩、前に進めたね」

その言葉に、フェイはゆっくりと頷いた。

「……ああ」



不安に揺れた日々の先で、確かに掴んだ、小さくて確かな希望。

それを二人で分かち合えることが、今はただ、嬉しかった。
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