公爵令嬢は逃げ出した!

百目鬼笑太

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第三章 海を渡る公爵令嬢

海賊

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 酒場の陽気な音楽と雰囲気に飲み込まれ、何をしようとしていたのか忘れていた。
 そもそも酒場に行きたかったのはオズへ行く手段を探すためなのだ。
 お腹が満たされ、多少の眠気を抱えながら話を聞けそうな人を探すため展開を見渡した。

「あれ、他の客いない?」
「今日は俺らの貸切だよ」
「あっ、ふーん……」
「何かあんのか」

 小さく呟いたつもりがディヴィスに聞き咎められた。
 店に私たちが到着した時点ですでに何杯も飲んでいそうだったディヴィスだが、今も右手には顔よりも大きなジョッキが握られ、並々とビールが注がれている。
 一体何杯目なのだろう。
 私が来てからも度々おかわりを頼んでいたけれど、特に酔った様子もなく顔が赤らんでいるなんてこともない。
 酒に強いのか?
 私よりも幼く見えるのに海賊だからだろうか。
 ふとディヴィスについて何も知らないことに気づく。単なる海賊と捕虜? な関係だから知らなくても当たり前だけど。
 相手の目的を知るのは信用するには重要だった。

「私がお前の船に乗るか乗らないかって話だったよね」
「あんだ? やっと仲間になる気になったかよ?」
「ううん、それはちっとも」
「チッ……んだよ、期待させやがって。で? なんだって?」

 ディヴィスがテーブルに頬杖をつき私の方を覗き込む。
 片方の目は眼帯で覆われているが、露わになっている青い目はほんの少しばかりの不満の色を見せていた。
 いい加減ディヴィスもうんざりとしてきているのだ。
 問題はそれなのに何故、勧誘をやめないのかという話になってくる。

「どうしてお前は私を海賊に誘うんだ?」
「前に言ったろ……」
「根性のある魔術師が欲しかったんだろ。でもそれだけじゃないんじゃない?」

 ここで誤魔化してもしょうがない。
 真正面から改めて問いただすことにした。

「お前の仲間が言ったように少し大きな街にいけば魔術師なんていくらでもいるんだ。嫌がっている相手をわざわざ時間をかけて誘い続ける理由を教えてくれ」
「……理由によっちゃあ、乗ることも考えるって?」
「それは、言い切れないけど……流されてここにいるけど、私にだって旅の目的があるからさ」

 私の目的はお祖母様の暮らすオズへ行くことだ。
 アフラ大陸の近海で海賊をしているような暇はない。
 それに即位式に現れる龍のこともある。

 正直、龍のことを忘れたと思ってたって?
 いやだなあ、そんなことないですよ?

 ラウルスとジンジャーの顔が頭に浮かぶ。
 私以外の2人が逆行している時点で完全に以前と同じにならないだろうことは分かる。
 それでもあの2人は即位式の龍に対してそれぞれが何かしらの対策を講じるだろうし、私も出来るなら2人に手を貸したいのだ。
 それが産まれから逃げ出した私に出来る唯一のことだと思うから。

「ふぅん? ならテメエが旅の目的を話したら俺もテメエを誘う理由を話すっつー交換条件はどうだよ、悪かねえだろ?」

 歌うような口ぶりだった。
 ディヴィスの方を向けば、澄んだブルーの瞳がキラキラと店の照明を反射させて見えた。
 目元を縁取る白いまつ毛が青く輝いているようにも……本当に顔だけは文句なしの美少年なのだ。
 口を開けば海賊そのもののような荒くれ具合だが。

「私はオズの国に行きたいの。初めはエル・デルスター王国から出発する貿易船に乗るつもりだったんだけど」
「貿易船はテメエを置いて出航しちまったっつーわけだな? そんで奴隷商人に目ェつけられて拐われたと」
「分かってるんじゃないか」
「いーや、オズの国にっつーのは聞かなきゃ分かりゃしなかった。聞けてよかった……あぁ、次は俺がテメエを誘う理由の番か」

 ディヴィスが頬杖をやめて居住まいを正す。
 テーブルに置かれたままだったジョッキを手にして、それを一気に煽った。

 ごくごくと、ディヴィスの白い喉仏が動く。一気飲みだ……。
 ガンッ。
 空になったジョッキをテーブルへと叩きつけた。
 そしてディヴィスはビール大盛りの一気飲みで微かに赤くなった頬のまま私を睨んでくる。

「テメエに惚れたからだ!」

 ディヴィスが叫んだ。

 ……?

 陽気な音楽と騒々しい笑い声で溢れていた店内が突然時間が止まったかのように静まり返ったような気がした。

 ディヴィスの言葉の意味を理解できずに離れたテーブルで飲み始めてしばらく経っているジョンたち海賊、ディヴィスの部下を振り返る。
 海賊たちはそれぞれニヤニヤと笑みを浮かべたり、微笑ましく見守っていたり、不安そうにオロオロとしていたりとそれぞれだ。

 そんな中、微笑ましそうにジョッキを片手に持っていたジョンが私へ無言で頷いた。
 視線をディヴィスへ戻す。

「ぐぅ……」
「寝てる!? このタイミングで!? 嘘だろお前!!」

 顔を赤らめたままディヴィスはテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
 肩を揺さぶるも起きる気配がしない。
 マジかよ……海賊船長……。

 それはそれとして、そんなフラグあったっけ?




 ▲▲▲



 つまりディヴィスが私をしつこく海賊に勧誘してきていたのは、私に惚れていたからだと?

 惚れたと聞くと恋愛感情か……? なんて思いがちだけど、人柄に惚れるみたいな恋愛感情の含まれない言い回しもあるわけだしな。
 つまり実際のところを本心に確かめないと反応しづらいというわけである。


「すまない、我々の船長が」
「いや、お前は狙ってやってただろ。ジョン」
「まあ、否定はしないね」
「ディヴィスの惚れた、は恋愛感情ではない感じ?」

 結局、どういう意味での惚れたなのか気になったのとお開きにするという海賊たちと別れる機会を見失い私も船へと戻ることになってしまった。
 眠ったままのディヴィスをジョンが背負っている。

 背の高いジョンがおぶっているからなのか、普段に増してディヴィスの姿は幼く見えた。

「それを私に聞くのは卑怯では?」
「うっ……それはそうだけどさ」
「彼の本心は我らが船長、コックス本人に聞いてやってくれ」

 ジョンが言う。

「なんだか、ディヴィスもジョンも海賊らしくないよね。どうしてジョンは海賊になったの?」

 関わるうちに何度か思っていたことを正直に聞く。
 見た目が幼く口が悪くても何だかんだと気を使ってくれるディヴィスと、穏やかな物腰で常に落ち着いた雰囲気のジョン。
 海賊船にいて、特に2人は海賊らしくなかった。

 他の海賊たちがディヴィスを慕いながらも荒っぽい海賊らしい海賊であるから、なおさらそう感じた。


「……それを話せるほど我々はまだ親しいとは言えないね。奴隷商人に拐われた君が、拐われた場所であるラビ大陸に戻らない理由と似たようなものさ」


 つまりお互いに信用が足りないのだ、とジョンは告げていた。
 それはそうだ。
 私だって全てを話しているわけじゃないし話すつもりもない。
 空を見上げるとビラーディの夜空には砂粒を溢したような満天の星々が広がっていた。

「随分遠くに来たと思っていたけど夜空は帝国と変わらないんだ」
「そうだね。どの海でも朝には日が昇り、夜には星が瞬くものだからね。空だけは何一つ変わらない」

 ジョンも同じように夜空を見上げていた。
 群青の、夜空の色をした瞳に天の星がいくつも映り込む。
 その横顔を見上げていれば、ジョンが視線に気づいて私へ微笑んだ。


「一つだけ教えておこう。ディヴィスは私の恩人なんだ、だから私は彼の願いなら何でも叶えてやりたいと考えている」

 口の端がひきつる。
 ジョンの目が笑っていなかったからだ。

「それ、ディヴィスの誘いを断ったら何をするか分からないぞって脅しに聞こえるけど」
「おや、そのつもりはなかったのだが。君がそう思うのならそうなのかもしれない」



 …………。
 その後、何事もなく船の部屋に戻った。
 ベッドに飛び込んで声もなく叫ぶ。


 物腰穏やかに見えてもやっぱり海賊は海賊なんだなあ!!!


 こわいよ!!!!!!
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