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第21話

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 車のエンジンを掛けると、助手席の赤松が「寒っ」と声を漏らし身震いをした。
「ちょい待ってくださいよ。こう寒いと車が温まるまで多少時間かかるんで」
「ああ。わーってるよ」
 赤松が尚も寒そうに身体をこわばらせる。
「なんか、若干アテられましたね」
「そだな。つうか、お前来る前だって青ちゃんの話振ると、あいつの顔緩みっぱなしだったわ」
「妬けた?」
「や。意外と平気なもんだぞ。黒川のあんな顔久々で逆に胸熱くなったわ」
 分かっていたことだが、まだまだ黒川には勝てそうにない。
「けど。満足っつうか。ありきたりな言葉だけど、すげぇ嬉しい」
 そう呟いた赤松の横顔が意外なほどすっきりとして見えたことに安堵した。
 今はまだ勝てなくとも、いつか──そう思う、思えるだけで真也自身も満たされた。
「さぁて、帰りますか!」
 そう言って真也がハンドルに手を掛けギアをドライブに入れると、ギアを握った手の上に赤松の手が重なった。
「な……」
「手ぇ冷たいだろうから温めてやってんだよ」
「はは。何事かと思って危うくトキメキかけましたよ」
「遠慮せず、ときめけよ」
 たかが、好きな男の手が重なっただけで顔がにやけるとか重症だ。
 気長に待てばいい。この男の気持ちが自分に向いてくれる日が来るまで。
 もし、本当にそんな日が来るのなら、それはできるだけ早い方がいいなーと願いつつ、真也はゆっくりと車を走らせた。
「今日。おまえ、泊まってけや」
 赤松がこちらを見もせずにボソと言った。いまだ真也の手に赤松の手が重ねられたまま。 
 赤松がこんな事を言いだすのはとても珍しいというか、初めてのことだった。真也が赤松の部屋に止まるのは翌日仕事ではない週末に限られている。今夜はまだ週の半ばだ。
「珍しいこと言いますね。やっぱ、妬けちゃったんじゃないすか? んで、寂しくなっちゃったとか」
「や。どっちかっつーと、逆だな」
「は?」
「寂しいとかじゃなくて。むしろ気分いい」
 どんな理由でもいい。赤松が自分を必要とするなら。
 もう少しだけでも、傍にいて欲しいと思ってくれるのなら。
「あー、でも。やっぱ泊まんのダリぃな。明日仕事だしなぁ」
 赤松の申し出は真也にとって嬉しいことだが、明日仕事となると、翌朝がキツイというのは現実。
「着替えのシャツなら俺の貸してやるし」
「え。赤松さんのじゃ、だいぶデカイじゃないすか」
「……ごちゃごちゃ細かい事言うなや。イケメンのくせに小っさい男だな」
「うーわー。ディスったよ。ますます泊まりたくねぇ」
 そりゃあ。赤松が泊まれと言ってくれるのは顔がにやける程度には嬉しいが。もっと、こう。熱望されたいというか。
 欲を言えば、もっともっと嬉しくなるような理由が欲しい。とか思うのはさすがに調子に乗り過ぎか?
「もう一声」
「……んじゃ、いいわ。もう」
「ヤダっつってるわけじゃないんすよ。俺だってあんたと一緒にいたいんで」
 自分ばかりが好きだと伝えて、未だその返事ははぐらかされたままの状態。
 好きだと言われなくても、少しくらい赤松からの好意に自惚れたいのが本心。
 信号が赤になり、静かに車を停車させる。この信号を越え、例のファミレスの横道を入ればもう赤松のマンションだ。 
「面倒くせぇ奴だな」
 赤松が窓の外を見ながら言った。
「はぁ!? どっちが!」
 そう喰ってかかろうとした瞬間、グイと赤松に顎を掴まれ強引に唇を塞がれる。でもそれはほんの一瞬の事で、何事もなかったように前を見た赤松が「あ。青だぜ」と信号を指さした。
「──っ」
 不意打ちとか! くっそ、完全にときめいたじゃねえか。
 赤松を睨み手の甲で唇を押さえる。 
「なあ。泊まってくだろ?」
 赤松がニヤと笑いながら訊ねたのを、真也はなんとも悔しい気持ちで見つめ返す。
 結局、真也に対しては余裕なのだ、この男は。
「泊まるよ! くっそ、そっちが火ィ点けたんだから最後まで責任取ってくださいよ?」
「ああ。言われなくとも」
「つうか、面倒臭いのどっちだよ。あの夜以来徹底的に“飲み友”としてしか扱ってくれなかったくせに」
 あの夜以降、赤松は真也を抱かなくなった。
 飲みに行って、赤松の部屋に泊まることはあっても、身体の関係はおろかスキンシップすらなくなった。その間赤松が何を考えていたのかは知らない。それでもいいと、傍にいると決めたのは自分自身だ。
 なのに。これじゃ、
「──何なんすか、一体」
「何だろな。心境の……変化?」
 赤松が静かに答えた。
 そうして車はいつの間にか赤松のマンションに着いていた。
 赤松の心境は結局何がどのように変化したのか。
 いつもの場所に車を駐車し、エンジンを切ってシートベルトを外す。隣の赤松も同じようにシートベルトを外した。
「誘われたら──期待、すんでしょうが」
「すりゃ、いいんじゃねぇの」
「……」
「察しのいいおまえの事だ。本当は、分かってんだろ?」
「──もし、そうだとしても。あんたの口から安心できる言葉聞きたいんですよ」
 そう言うと、赤松が「らしいな」と言って笑った。
  
 部屋に着くなり、どちらからともなく抱き合って唇を寄せた。
 言葉より、何より、目の前の熱のほうが正直だ。さっきの不意討ちキスといい少なくとも赤松からこの手のことを仕掛けてくることは今までなかった。相変わらずこの男は優しいキスをする。
 玄関先で何度も何度もキスを交わしながら、ふと二人して我に帰る。
「つか。ここ寒くね?」
「ここどころか、たぶん部屋もクソ寒いです」
「とりあえず。部屋あっためて、その間に風呂でも入るか」
「いいすね、それ」
 赤松の部屋の風呂は、一人では何度も入ったことがあるが、男二人で入るのは流石に狭かった。浴槽いっぱいにみちっと収まる男二人のシュールな図。
「ちょ、……狭っ」
「おまえさっきから文句ばっかなー」
「結局、誤魔化されてばっかりだ、俺」
「何がよ」
「さっき言ったでしょ。くださいよ、安心できる言葉。今どき古いですからね、言わなくてもわかるだろ的な昭和の匂いプンプンなやつ」
「仕方ねぇだろ。昭和男だし」
「俺、平成男なんで」
「ああ。ゆとりか」
「何でもかんでもその一言で片付けんなっつうんですよ」
 真也の言葉に赤松がふっと吹き出した。それから何がツボに入ったのか分からないがクスクスと笑い続ける。
「……本当ラクだな。おまえといると」
 笑いながら楽しそうに目を細めた赤松の表情が湯気に曇る。
「気付けよ、灰原」
「あ?」
「俺も、どうでもいい奴を頻繁に呼び出して飯付き合わせるほど暇じゃねぇの」
 赤松が入浴剤で白く濁った湯船の中で真也の手を握った。それを静かに引き上げ自分の口元にあてがう。
「多分、好きなんだろうな。おまえのこと」
 そう言った赤松が真也の指を口に含んだ。物凄く大事なことを言われている気がするのに熱くぬるりとした舌の感触に感覚を奪われて言われた言葉が霞んでしまう。
「……ちょ、…え?」
「自分で言わせといて狼狽えんなよ」
「いま、何て」
「忘れたわ」
 ふっと目の前で笑った赤松の顔がゆっくりと近づき、真也の額にコツンとその額をぶつけた。
「楽しいよ。おまえといると」
「……はは」
 白く煙る浴室のいっぱいに立ち込める湯気の中。今聞いた言葉が夢じゃなければいい──と真也は思った。
 目を閉じると唇に触れるのは柔らかな赤松の唇。
 温かく優しく包み込むようなキスを真也はただ幸せな気持ちで受け止めた。



-end-




*こちらの作品は本編「love*colors」のスピンオフ作品です。
 
 そのサイドストーリーという関係上、
 本編の流れに沿ってのストーリー運びになっておりましたので、
 多少読み辛い点もあったかと思いますが
 最後までお付き合いいただきまして
 本当にありがとうございました。

 もしNLも大丈夫な方は、本編のほうも掲載中ですのでよろしければ~!
 赤松&灰原も出てきます♪




涼暮つき


 

 
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