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第4話 帰り道の一人
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外に出ると、昼の光が目に刺さった。
三月にしては珍しく、風のない穏やかな日だった。駅前のロータリーに人が流れていく。買い物袋を持った主婦、イヤホンをしたまま歩くサラリーマン、駆け足で改札に向かう学生。誰も蓮のことを見ていない。誰も知らない。
自転車の鍵を外して、ペダルにまたがった。
帰ろう、と思った。帰って、何か作って、寝る。それだけだ。今日のことは忘れる。断った。それでいい。
ペダルを踏んだ。
川沿いの道に入ると、人通りが少なくなった。桜の木が並んでいる。まだ蕾だ。あと二週間もすれば咲くだろう。去年の今頃、自分はどこで何をしていたか考えかけて、やめた。
スマホがポケットの中で鳴った。
通知だ。SNSのアプリ。
無視しようとして、できなかった。
止まって、スマホを取り出した。通知の内容を見る前から、何が来たか分かっていた。藤井から、先ほどのデータのURLが送られてきていた。一言だけ添えてある。
『よろしければ、ご覧ください』
それだけだ。返信を求めていない。来いとも言っていない。ただ、置いておく、という感じの送り方だった。
蓮はURLの上に、親指を止めた。
開くか、閉じるか。
五秒ほど迷って、タップした。
ブラウザが起動して、ページが読み込まれた。ノアがまとめたというSNSの投稿一覧だ。ファミレスで画面越しに見たものと同じ内容のはずだった。
最初の一件を読んだ。
次の一件を読んだ。
また次を読んだ。
川沿いの道に、自転車を停めたまま、蓮は画面をスクロールし続けた。
『烈くんが悪くないのは分かってる。でも何も言えなくてごめん』
『あの企画、おかしいって最初から思ってた。なんで誰も守ってくれなかったんだろう』
『また一緒にゲームしたい。それだけ』
『どこかで元気でいてくれてると信じてる』
『復帰したら絶対見るから。絶対だから』
文章が、画面の中でにじんだ。
蓮は自転車のハンドルを両手で握ったまま、下を向いた。泣かなかった。泣く気はなかった。ただ、喉の奥が詰まって、息を吐くのに少し時間がかかった。
知っていた。待っていてくれている人がいるのは、知っていた。
でも知っているのと、言葉で突きつけられるのは、全然違う話だった。
四千二百件。
ノアの声が頭の中で再生された。淡々とした、感情のない声。炎上から半年が経過してもこの数字が維持されているのは、統計的に見ても異例です。
異例、か。
蓮は顔を上げた。川の水面が光を反射してきらきらしている。橋の上を、トラックが一台通り過ぎた。
配信したい、と思ったのはいつ以来だろう。
思ってはいけないと、ずっと蓋をしてきた。思ったら負けだと思っていた。思い出したら、また傷つく場所に戻ることになる。だから考えないようにしていた。料理をして、掃除をして、バイトをして、それだけの毎日を続けていた。
でも。
また笑って配信したい、という気持ちが、今この瞬間だけは蓋を破って出てきた。
「……ちくしょう」
誰もいない川沿いで、蓮は小さく呟いた。
スマホをポケットにしまった。自転車のペダルを踏んだ。
家に帰って、ご飯を作って、寝る。明日もバイトがある。それは変わらない。
ただ、帰ったらもう一度だけ、あのページを開いてみようと思った。
アパートに着いて、鍵を開けた。靴を脱いで、台所の電気をつけた。冷蔵庫を開けて、食材を確認した。
それからスマホを取り出して、藤井へのDMの返信画面を開いた。
カーソルが点滅している。
長い間、画面を見つめた。
結局その夜は何も打たなかった。ただ、返信画面を閉じるとき、いつもより少しだけ時間がかかった。
三月にしては珍しく、風のない穏やかな日だった。駅前のロータリーに人が流れていく。買い物袋を持った主婦、イヤホンをしたまま歩くサラリーマン、駆け足で改札に向かう学生。誰も蓮のことを見ていない。誰も知らない。
自転車の鍵を外して、ペダルにまたがった。
帰ろう、と思った。帰って、何か作って、寝る。それだけだ。今日のことは忘れる。断った。それでいい。
ペダルを踏んだ。
川沿いの道に入ると、人通りが少なくなった。桜の木が並んでいる。まだ蕾だ。あと二週間もすれば咲くだろう。去年の今頃、自分はどこで何をしていたか考えかけて、やめた。
スマホがポケットの中で鳴った。
通知だ。SNSのアプリ。
無視しようとして、できなかった。
止まって、スマホを取り出した。通知の内容を見る前から、何が来たか分かっていた。藤井から、先ほどのデータのURLが送られてきていた。一言だけ添えてある。
『よろしければ、ご覧ください』
それだけだ。返信を求めていない。来いとも言っていない。ただ、置いておく、という感じの送り方だった。
蓮はURLの上に、親指を止めた。
開くか、閉じるか。
五秒ほど迷って、タップした。
ブラウザが起動して、ページが読み込まれた。ノアがまとめたというSNSの投稿一覧だ。ファミレスで画面越しに見たものと同じ内容のはずだった。
最初の一件を読んだ。
次の一件を読んだ。
また次を読んだ。
川沿いの道に、自転車を停めたまま、蓮は画面をスクロールし続けた。
『烈くんが悪くないのは分かってる。でも何も言えなくてごめん』
『あの企画、おかしいって最初から思ってた。なんで誰も守ってくれなかったんだろう』
『また一緒にゲームしたい。それだけ』
『どこかで元気でいてくれてると信じてる』
『復帰したら絶対見るから。絶対だから』
文章が、画面の中でにじんだ。
蓮は自転車のハンドルを両手で握ったまま、下を向いた。泣かなかった。泣く気はなかった。ただ、喉の奥が詰まって、息を吐くのに少し時間がかかった。
知っていた。待っていてくれている人がいるのは、知っていた。
でも知っているのと、言葉で突きつけられるのは、全然違う話だった。
四千二百件。
ノアの声が頭の中で再生された。淡々とした、感情のない声。炎上から半年が経過してもこの数字が維持されているのは、統計的に見ても異例です。
異例、か。
蓮は顔を上げた。川の水面が光を反射してきらきらしている。橋の上を、トラックが一台通り過ぎた。
配信したい、と思ったのはいつ以来だろう。
思ってはいけないと、ずっと蓋をしてきた。思ったら負けだと思っていた。思い出したら、また傷つく場所に戻ることになる。だから考えないようにしていた。料理をして、掃除をして、バイトをして、それだけの毎日を続けていた。
でも。
また笑って配信したい、という気持ちが、今この瞬間だけは蓋を破って出てきた。
「……ちくしょう」
誰もいない川沿いで、蓮は小さく呟いた。
スマホをポケットにしまった。自転車のペダルを踏んだ。
家に帰って、ご飯を作って、寝る。明日もバイトがある。それは変わらない。
ただ、帰ったらもう一度だけ、あのページを開いてみようと思った。
アパートに着いて、鍵を開けた。靴を脱いで、台所の電気をつけた。冷蔵庫を開けて、食材を確認した。
それからスマホを取り出して、藤井へのDMの返信画面を開いた。
カーソルが点滅している。
長い間、画面を見つめた。
結局その夜は何も打たなかった。ただ、返信画面を閉じるとき、いつもより少しだけ時間がかかった。
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