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第9話 正論が届かない夜
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五回目の配信を終えた夜、蓮はなかなか眠れなかった。
配信自体は悪くなかった。コメントも盛り上がっていた。ノアとのやり取りも噛み合っていた。数字の上では問題ない。
でも。
配信中に一件だけ、目に入ってしまったコメントがあった。
『嫉妬男が復帰してて草』
流れが速かったから、他の視聴者はほとんど見ていないはずだ。すぐに別のコメントに埋もれた。でも蓮の目には入った。
嫉妬男。
その二文字が、夜になっても頭の隅に張りついていた。
ベッドの天井を見ながら、蓮は思った。慣れるはずだった。半年間、ずっとそう呼ばれていた。慣れていると思っていた。なのに今夜は、妙に剥がれない。
理由は分かっていた。
雫のことを考えていたからだ。
あの夜の配信を、蓮は今でも覚えている。画面の向こうで笑っていた雫が、ゲストの発言の後、一瞬だけ固まった。ほんの一秒にも満たない硬直だったが、蓮には分かった。想定外だったのだと。
その後、事務所から連絡が来た。謹慎処分。理由はゲストの推薦と企画の提案。どちらも身に覚えがなかった。でも証拠がなかった。言葉だけでは勝てなかった。
雫は、何も言わなかった。
タブレットの画面が光った。ノアからのメッセージだった。
『眠れていますか』
蓮は少し眉を上げた。ノアが睡眠を気にするのは珍しい。
『普通に起きてます』と返した。
すぐに通話の着信が来た。出た。
「何かありましたか」ノアが言った。
「別に」
「今夜の配信中、反応が数回遅れていました。気になっていることがあるなら、話した方が効率的です」
「……効率的」
「整理することで、気持ちの切り替えが早くなる場合があります」
蓮はため息をついた。天井を見たまま、タブレットを耳に当てた。
「配信中に変なコメント見ちゃっただけですよ。大したことじゃない」
「内容は」
「嫉妬男、って」
ノアは少し間を置いた。
「それは事実と異なります」
「知ってますよ」
「あなたに非はありません。ノアが確認したデータでも」
「分かってますって」
声が、少し硬くなった。
「……俺が嫉妬してないのは知ってる。証拠もある。ノアさんが調べてくれたのも分かってる。でもそういう話じゃないんですよ」
「どういう話ですか」
蓮は答えなかった。
どういう話か。うまく言葉にできない。データで証明できることと、夜中に張りついて剥がれないものは、別の話だ。でもそれをどう説明すればいいか分からない。
「……雫のこと、考えてたんですよ」
少しの間があった。
「夜星 雫さんのことですか」
「あの炎上のとき、あいつは何も言わなかった。一言もなかった」蓮は天井を見たまま言った。「誹謗中傷より、それの方がきつかった。分かりますか」
ノアは答えなかった。
珍しいことだった。いつもなら即座に何か返してくる。でも今夜は、沈黙が続いた。
「……分からないですか」蓮は言った。責めているわけではなく、ただ確認するように。
「正確には理解できていないと思います」ノアがゆっくり言った。「データとして把握することと、理解することは、同じではないかもしれません」
蓮は少し黙った。
「正直に言ってくれますね」
「嘘をついても意味がありません」
「……そうですね」
天井を見ていた目を閉じた。
「もういいです。寝ます」
「はい」ノアが言った。「おやすみなさい」
「……おやすみ」
通話を切った。
部屋が静かになった。
ノアに話して、すっきりしたわけではない。解決したわけでもない。でも声に出したら、少しだけ軽くなった気がした。
嫉妬男という言葉は、まだ頭の隅にある。
でも今夜はもう、それでいいと思った。
配信自体は悪くなかった。コメントも盛り上がっていた。ノアとのやり取りも噛み合っていた。数字の上では問題ない。
でも。
配信中に一件だけ、目に入ってしまったコメントがあった。
『嫉妬男が復帰してて草』
流れが速かったから、他の視聴者はほとんど見ていないはずだ。すぐに別のコメントに埋もれた。でも蓮の目には入った。
嫉妬男。
その二文字が、夜になっても頭の隅に張りついていた。
ベッドの天井を見ながら、蓮は思った。慣れるはずだった。半年間、ずっとそう呼ばれていた。慣れていると思っていた。なのに今夜は、妙に剥がれない。
理由は分かっていた。
雫のことを考えていたからだ。
あの夜の配信を、蓮は今でも覚えている。画面の向こうで笑っていた雫が、ゲストの発言の後、一瞬だけ固まった。ほんの一秒にも満たない硬直だったが、蓮には分かった。想定外だったのだと。
その後、事務所から連絡が来た。謹慎処分。理由はゲストの推薦と企画の提案。どちらも身に覚えがなかった。でも証拠がなかった。言葉だけでは勝てなかった。
雫は、何も言わなかった。
タブレットの画面が光った。ノアからのメッセージだった。
『眠れていますか』
蓮は少し眉を上げた。ノアが睡眠を気にするのは珍しい。
『普通に起きてます』と返した。
すぐに通話の着信が来た。出た。
「何かありましたか」ノアが言った。
「別に」
「今夜の配信中、反応が数回遅れていました。気になっていることがあるなら、話した方が効率的です」
「……効率的」
「整理することで、気持ちの切り替えが早くなる場合があります」
蓮はため息をついた。天井を見たまま、タブレットを耳に当てた。
「配信中に変なコメント見ちゃっただけですよ。大したことじゃない」
「内容は」
「嫉妬男、って」
ノアは少し間を置いた。
「それは事実と異なります」
「知ってますよ」
「あなたに非はありません。ノアが確認したデータでも」
「分かってますって」
声が、少し硬くなった。
「……俺が嫉妬してないのは知ってる。証拠もある。ノアさんが調べてくれたのも分かってる。でもそういう話じゃないんですよ」
「どういう話ですか」
蓮は答えなかった。
どういう話か。うまく言葉にできない。データで証明できることと、夜中に張りついて剥がれないものは、別の話だ。でもそれをどう説明すればいいか分からない。
「……雫のこと、考えてたんですよ」
少しの間があった。
「夜星 雫さんのことですか」
「あの炎上のとき、あいつは何も言わなかった。一言もなかった」蓮は天井を見たまま言った。「誹謗中傷より、それの方がきつかった。分かりますか」
ノアは答えなかった。
珍しいことだった。いつもなら即座に何か返してくる。でも今夜は、沈黙が続いた。
「……分からないですか」蓮は言った。責めているわけではなく、ただ確認するように。
「正確には理解できていないと思います」ノアがゆっくり言った。「データとして把握することと、理解することは、同じではないかもしれません」
蓮は少し黙った。
「正直に言ってくれますね」
「嘘をついても意味がありません」
「……そうですね」
天井を見ていた目を閉じた。
「もういいです。寝ます」
「はい」ノアが言った。「おやすみなさい」
「……おやすみ」
通話を切った。
部屋が静かになった。
ノアに話して、すっきりしたわけではない。解決したわけでもない。でも声に出したら、少しだけ軽くなった気がした。
嫉妬男という言葉は、まだ頭の隅にある。
でも今夜はもう、それでいいと思った。
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