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第四章
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学校がおわるとあたしは走った。目指すは病院、鹿児島さんのいるところ。
「鹿児島さん、ごめんなさい!」
開口一番、あたしは鹿児島さんに謝罪をした。
「鹿児島さんの言う通りだった、流が嘘を吐いてたの。鹿児島さんはずっと此処にいた。それなのにあたし、鹿児島さんに酷いこと言った。だからごめんなさい」
「……もういいよ」
「で、でも」
「もういいから、帰って」
「……え?」
え、あたしの聞き間違え?
もしかしてもの凄く怒ってるの?
もういいよっていうのは、気にしてないから大丈夫だよの意味じゃなくて、いちいち謝らなくていいから早く帰れよって意味で言ってるの?
頭の中が一瞬で混乱する。
だって、もしそうなら全然よくないよ。鹿児島さんに許してもらえないままお別れなんてしたくない。
そりゃ、謝れば許してくれるだろうとは思ってないけどさ、だけどこんなお別れは嫌だよ。こんなの、一生後悔する。
「か、鹿児島さん、待って」
「帰って」
「お願い、聞いて」
「私に謝りたいんでしょう? もう聞いた。だから帰って」
「そ、そうだけど、鹿児島さん、怒ってるの? あたしが酷いことなんて言ったから許せないの? だから帰れなんて言うの?」
「記憶があろうとなかろうと、貴女は私を傷つける。もううんざり。あの子達もそう。私のことが嫌いなら放っておけばいいのに。馬鹿な人」
ああ、違う。鹿児島さんはあたしが嘘吐き呼ばわりしたから怒ってるんじゃなくて、最初からずっと軽蔑してたんだ。
皆の前であんなことをしたあたしを。いきなり事故で記憶をなくして親しくなろうとしたあたしを。毎日病院に通っていい人アピールするあたしを。鹿児島さんじゃなくて流を信じたあたしを。
「ご……ごめんなさい……」
あたしはもう立っていられなくて、その場でぺたんと座り込んでいた。身体の力が抜けるってこういうことなんだ。脱力っていうのかな。本当に指先ひとつ動かせなくて、ただぼんやりと鹿児島さんをみつめているだけ。
「私の傷も嘘だと思う? なんなら包帯、取ってみる?」
「……い、いいです……鹿児島さんは嘘なんて吐かないです……ごめんなさい……」
「言葉ばっかり。謝れば許してくれると思ってる。許してくれないとなんで? って思う。相手が謝ったら許しましょうねなんて通用するのは小学生までなのに」
どうしよう、どうすれば鹿児島さんは許してくれる?
あたし、鹿児島さんが怖い。小さな声で淡々と喋るこの感じが……怖い。
「ご、ごめ」
「言葉はもういいの」
「じゃ、じゃあどうすれば」
「可哀想に。頭が混乱して自分じゃ考えられないんだ。あのね、死ねばいいと思うよ。自分で自分の腕を傷つけてみるとか、屋上まで行って飛び降りてみるとか。そのくらいできるよね。私に許されたいと思うならそのくらい簡単だよね」
ああ、ああ。そうするしかないのなら、そうするしかないじゃないか。鹿児島さんがそう言うんだから間違いないよ。
あたしは部屋を飛びだすと、走って階段を駆け上がった。屋上への扉の鍵はかかっている。なら何処かの病室の窓から飛び降りればいい。
迷いなんてなかった。そうすることが当然だと信じて疑わなかった。お兄ちゃんのことすら思い浮かばなかった。死ぬことしか考えていなかった。
あたしは三階の病室に行くと、そのまま窓を開けて勢いよく飛び降りた。
そうだ、あの日お兄ちゃんは酔っていて、冷たい床に押し倒されたあたしはされるがままになっていた。せめてベットに移動したかったけど、そんな時間さえももったいなくて。
初めてのキスはお酒の味がした。唇が重なる度に、お兄ちゃんの味がした。お兄ちゃんに求められることが嬉しかった。柚留ちゃんが二階にいるのに、声がでてしまうのが堪らなくきもちよかった。
むしろ途中から我慢しなくなったと思う。聞かせてやりたいと思ったから。これであたしが妊娠すれば、あたしとお兄ちゃんは結婚できる。
だけどあたしは妊娠しなかった。神様が意地悪をしたんだと思った。妊娠検査薬を使用するまでもなく、普通に生理がきた。トイレで絶望したあたしは、これって悪阻かなと思った。
生理みたいに腰が重くて、生理みたいに血がでるんですう。
嘘だ。そんな悪阻は聞いたことがない。それはただの生理だ。妊娠なんてしていない。
あたしは自分のお腹を力いっぱい殴った。
なんで妊娠しなかった?
妊娠すれば、お兄ちゃんと結婚できたのに。妊娠すれば、お兄ちゃんだって仕方がないなと覚悟を決めてくれるのに。
生理なのにお腹を力いっぱい殴った所為で、あたしはお腹が痛くなって泣きながらトイレで倒れてた。それをお兄ちゃんがみつけて救急車を呼んでくれて、あたしはしばらく学校を休んでた。
そうだ、そんなことがあった。どうして忘れていたんだろう。柚留ちゃんは知っているのかな。あたしとお兄ちゃんがあの日、玄関先でしたことを。だから死ねって言われるのかな。
ごめんね、柚留ちゃん。だけどもう大丈夫だよ。あたしはもう、死んだから。
あたしは生きてるだけで人を傷つける。だから死ぬの。だから窓から飛び降りた。痛いなんて思うのは一瞬だけだった。多分、あたしの身体はぐちゃぐちゃで、血だらけだ。
ねぇお兄ちゃん。あたしがいなくなっても、たまには思いだしてくれる?
あたしがお兄ちゃんを好きだったこと、忘れちゃだめだからね、お兄ちゃん。
「鹿児島さん、ごめんなさい!」
開口一番、あたしは鹿児島さんに謝罪をした。
「鹿児島さんの言う通りだった、流が嘘を吐いてたの。鹿児島さんはずっと此処にいた。それなのにあたし、鹿児島さんに酷いこと言った。だからごめんなさい」
「……もういいよ」
「で、でも」
「もういいから、帰って」
「……え?」
え、あたしの聞き間違え?
もしかしてもの凄く怒ってるの?
もういいよっていうのは、気にしてないから大丈夫だよの意味じゃなくて、いちいち謝らなくていいから早く帰れよって意味で言ってるの?
頭の中が一瞬で混乱する。
だって、もしそうなら全然よくないよ。鹿児島さんに許してもらえないままお別れなんてしたくない。
そりゃ、謝れば許してくれるだろうとは思ってないけどさ、だけどこんなお別れは嫌だよ。こんなの、一生後悔する。
「か、鹿児島さん、待って」
「帰って」
「お願い、聞いて」
「私に謝りたいんでしょう? もう聞いた。だから帰って」
「そ、そうだけど、鹿児島さん、怒ってるの? あたしが酷いことなんて言ったから許せないの? だから帰れなんて言うの?」
「記憶があろうとなかろうと、貴女は私を傷つける。もううんざり。あの子達もそう。私のことが嫌いなら放っておけばいいのに。馬鹿な人」
ああ、違う。鹿児島さんはあたしが嘘吐き呼ばわりしたから怒ってるんじゃなくて、最初からずっと軽蔑してたんだ。
皆の前であんなことをしたあたしを。いきなり事故で記憶をなくして親しくなろうとしたあたしを。毎日病院に通っていい人アピールするあたしを。鹿児島さんじゃなくて流を信じたあたしを。
「ご……ごめんなさい……」
あたしはもう立っていられなくて、その場でぺたんと座り込んでいた。身体の力が抜けるってこういうことなんだ。脱力っていうのかな。本当に指先ひとつ動かせなくて、ただぼんやりと鹿児島さんをみつめているだけ。
「私の傷も嘘だと思う? なんなら包帯、取ってみる?」
「……い、いいです……鹿児島さんは嘘なんて吐かないです……ごめんなさい……」
「言葉ばっかり。謝れば許してくれると思ってる。許してくれないとなんで? って思う。相手が謝ったら許しましょうねなんて通用するのは小学生までなのに」
どうしよう、どうすれば鹿児島さんは許してくれる?
あたし、鹿児島さんが怖い。小さな声で淡々と喋るこの感じが……怖い。
「ご、ごめ」
「言葉はもういいの」
「じゃ、じゃあどうすれば」
「可哀想に。頭が混乱して自分じゃ考えられないんだ。あのね、死ねばいいと思うよ。自分で自分の腕を傷つけてみるとか、屋上まで行って飛び降りてみるとか。そのくらいできるよね。私に許されたいと思うならそのくらい簡単だよね」
ああ、ああ。そうするしかないのなら、そうするしかないじゃないか。鹿児島さんがそう言うんだから間違いないよ。
あたしは部屋を飛びだすと、走って階段を駆け上がった。屋上への扉の鍵はかかっている。なら何処かの病室の窓から飛び降りればいい。
迷いなんてなかった。そうすることが当然だと信じて疑わなかった。お兄ちゃんのことすら思い浮かばなかった。死ぬことしか考えていなかった。
あたしは三階の病室に行くと、そのまま窓を開けて勢いよく飛び降りた。
そうだ、あの日お兄ちゃんは酔っていて、冷たい床に押し倒されたあたしはされるがままになっていた。せめてベットに移動したかったけど、そんな時間さえももったいなくて。
初めてのキスはお酒の味がした。唇が重なる度に、お兄ちゃんの味がした。お兄ちゃんに求められることが嬉しかった。柚留ちゃんが二階にいるのに、声がでてしまうのが堪らなくきもちよかった。
むしろ途中から我慢しなくなったと思う。聞かせてやりたいと思ったから。これであたしが妊娠すれば、あたしとお兄ちゃんは結婚できる。
だけどあたしは妊娠しなかった。神様が意地悪をしたんだと思った。妊娠検査薬を使用するまでもなく、普通に生理がきた。トイレで絶望したあたしは、これって悪阻かなと思った。
生理みたいに腰が重くて、生理みたいに血がでるんですう。
嘘だ。そんな悪阻は聞いたことがない。それはただの生理だ。妊娠なんてしていない。
あたしは自分のお腹を力いっぱい殴った。
なんで妊娠しなかった?
妊娠すれば、お兄ちゃんと結婚できたのに。妊娠すれば、お兄ちゃんだって仕方がないなと覚悟を決めてくれるのに。
生理なのにお腹を力いっぱい殴った所為で、あたしはお腹が痛くなって泣きながらトイレで倒れてた。それをお兄ちゃんがみつけて救急車を呼んでくれて、あたしはしばらく学校を休んでた。
そうだ、そんなことがあった。どうして忘れていたんだろう。柚留ちゃんは知っているのかな。あたしとお兄ちゃんがあの日、玄関先でしたことを。だから死ねって言われるのかな。
ごめんね、柚留ちゃん。だけどもう大丈夫だよ。あたしはもう、死んだから。
あたしは生きてるだけで人を傷つける。だから死ぬの。だから窓から飛び降りた。痛いなんて思うのは一瞬だけだった。多分、あたしの身体はぐちゃぐちゃで、血だらけだ。
ねぇお兄ちゃん。あたしがいなくなっても、たまには思いだしてくれる?
あたしがお兄ちゃんを好きだったこと、忘れちゃだめだからね、お兄ちゃん。
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