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第四章
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お兄ちゃんが帰ってから数時間が経った頃。トイレに行きたくなったあたしは、ナースコールを押さずに自力で行こうと立ち上がった。立つだけなら楽ちんで、なんてことなかったのでそのまま歩きだす。
あとちょっとで室内にあるトイレに辿り着きそうだったのに、通りすがりの看護婦さんに、「トイレに行きたくなったらナースコールを押してくださいって言われたでしょう」と怒られた。
別に一人でも行けるのに。
思っても口にしてはいけないだろうと判断したあたしは、素直に看護婦さんの手を借りることにした。
だけどいざトイレのドアを開けてくれてもらうと、なんだか介護されてるみたいで恥ずかしいと思った。いくら女の人とはいえ、トイレしてるところをみられるなんて。
「あ、あの。おわったら呼ぶので、外で待っていてくれませんか?」
「だめよ。トイレ中に倒れたりしたら大変でしょ」
「そんな急に倒れたりしませんよ」
「いいから早く済ませちゃって」
なんとかトイレを済ませると、看護婦さんが車椅子を持ってきた。
「移動する時はこれを使って」
わ、凄い。これならナースコールを押さなくても自分で移動できそう。
「あ、ちなみにだけど、この車椅子は自分じゃ動かせられないようになってるから。使う時はナースコールで呼んでね」
なんだ、自分じゃ動かせられないのか。残念。
とはいえ、好きな時に好きなタイミングで移動できないのが嫌なくらいで、ご飯は問題なく食べれたし、スマホも使えるからそんなに生活には困らなかった。
消灯時間になると急に辺りが静かになって、いまなら勝手に動いてもばれないんじゃないかと思ってしまう。
夜の病院って幽霊とかでそうだよね。探検とかしてみたいな……。病院で寝泊まりするなんてそうそう経験できないだろうし、ちょっとだけその辺うろうろしたら戻ってこよう。
あたしはベットから足を下ろすと、スリッパを履いてゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりと一歩ずつ、廊下を目指して歩いていく。
ゆっくり、ゆっくり、着実に前へと進んでいると、廊下を誰かが歩いているみたいでドキリとした。
消灯時間になると患者さんは基本、病室からでないはずなので、看護婦さんか警備の人か。どちらにせよ、みつかったら厄介なのは間違いない。
どうしよう、戻ろうかな。いや、この位置ならまだトイレに行こうとしてただけにみえるよね。
幸い、あたしは部屋の真ん中にいる。万が一ばれたとしても言い訳は通用するはずだ。
「……なにやってんの?」
「ひぃっ」
思わず声がでた。よくよくみれば、目の前にいる人は看護婦さんでも警備の人でもない、此処にいるはずのない人だった。
「……か、鹿児島さん?」
そう、鹿児島さんだ。鹿児島さんがあたしの目の前にいる。
え、これは夢?
だって鹿児島さんは鍵のかかった部屋にいるはずでしょう。こんなところにいるはずがないよ。
あたしは右手で自分の頬を引っ張った。
「いてて」
「……なにやってんの?」
「い、いぁ。夢かとほもっへ」
「馬鹿ね。で、なんで貴女はこんなところにいるの?」
「あ、あたし、あのあと三階から飛び降りて……死に損ないました……」
理由はよくわからないけど、こうして鹿児島さんに会えてよかった。
「あ、あの……生きててごめんなさい」
鹿児島さんの目がじっとあたしをみつめている。鹿児島さんはいま、なにを考えているんだろう。全然わかんないや。
沈黙がきつい。そろそろなにか言ってくれないと、余計なことまで喋ってしまいそうで嫌だ。それに、そのうち看護婦さんがきちゃうかも。
「……じゃあ私、そろそろ部屋に戻るから」
「えっ」
「なに?」
「あ……えと……鹿児島さんって、どうやってあの部屋からでてきたの?」
てっきりなにか言ってくれるかと思ったのに、なにも言われなくて拍子抜けした。それに、どうやってあの部屋からでてきたのかも気になった。
「どうやってって?」
「だ、だってあの部屋、鍵がかかってるでしょ?」
「鍵なんてかかってなかったけど」
「え?」
そんな馬鹿な。鹿児島さんの部屋に行く時はいつも遠山さんが鍵を使って開けたり閉めたりしてるのに、今日に限って鍵がかかってないなんてことありえるのだろうか。むしろこんな時間だからこそ、鍵はかけとくべきなんじゃ。
「か、看護婦さんが部屋からでてもいいって言ったの?」
「言われてないけど」
「え、じゃ、じゃあ勝手に部屋からでてきちゃったの? だめだよ、早く戻らなきゃ」
「そうだね。貴女も早く戻らないと」
そうだった。あたしもこれから探検に行こうとしてたんだった。
「わ、わかったから鹿児島さんも早く戻って」
鹿児島さんはあたしのことをじっとみつめている。まだなにかあるのだろうか。
「か、鹿児島さん?」
「……生きててよかったね」
「え?」
「じゃ、おやすみ」
鹿児島さん、全然言葉が足りないよ。それってどういう意味で言ってるの?
嫌味?
それとも褒めてるの?
それを聞いてあたしはどう感じたらいいの?
ていうか、鹿児島さんはなにしに此処にきたの?
鍵がかかってないなんてことある?
この時間だけ鍵がかかってないんだとして、その理由は?
ううん、やっぱりおかしいよ。鹿児島さんは嘘を吐いている。理由はわからないけど、こっそり鍵を開けて夜な夜な病院を徘徊してたりして。
だけどそんなことをすればすぐに警備の人がくるはずだし、それに監視カメラだって。
鍵のかかった部屋に監視カメラ。
このふたつの謎さえ解ければ……解けてしまったら、ひとつの疑問が生まれてしまう。
知らない方がいいかもしれない。今更知ったところでどうにもできない。鹿児島さんはあの日、学校にきたのかもしれないなんて、思いたくない。
でも、流の手首に傷なんてなかった。そうだよ。だから少なくとも流を傷つけてはいないんだ。だったらその仮説は成り立たない。
いまならまだ追いつける。鹿児島さんを追いかけて、本当に鍵がかかってないのか確かめて、それから。
確かめてどうするの?
鹿児島さんか流のどちらが嘘を吐いているのかを確かめて、どちらが嘘を吐いていたとしてもあたしはそれに傷ついて、失望して、その負のきもちを飲み込んで、なかったことにして。あたしが勝手に。勝手に。勝手に。
世の中には知らない方がいいこともあるよ。わかっていても、あたしの足は動いていた。
廊下をでると、鹿児島さんはまるであたしがくるのを待っていたかのように、廊下をゆっくりと歩いていた。あたしは壁際にある手摺りに捕まりながら、一歩ずつ鹿児島さんに近づいていく。もしも途中で誰かにみつかったら、鹿児島さんもいると言えばいい。
そんな悪知恵を使う場面もこないままようやく鹿児島さんの部屋の前まで行くと、鹿児島さんは普通にドアを開けて中へと入っていってしまった。
本当にドアが開いてたんだ。
ドアの前に立つと、あたしはドアノブに触れてみた。
いまならドアが開くのかな。緊張で心臓がドキドキする。
ドアノブを回してみると、カチッという音がした。
あれ、いまの音、なに。
あたしはもう一度ドアを開けてみようと試みた。
「……開かない」
もしかして鍵を閉められた?
それとも自動で鍵がかかったの?
とにかく鍵は開いていた。だから鹿児島さんは部屋からでれた。それで解決。これ以上深堀りはしない。
そう思っていたのに。
あとちょっとで室内にあるトイレに辿り着きそうだったのに、通りすがりの看護婦さんに、「トイレに行きたくなったらナースコールを押してくださいって言われたでしょう」と怒られた。
別に一人でも行けるのに。
思っても口にしてはいけないだろうと判断したあたしは、素直に看護婦さんの手を借りることにした。
だけどいざトイレのドアを開けてくれてもらうと、なんだか介護されてるみたいで恥ずかしいと思った。いくら女の人とはいえ、トイレしてるところをみられるなんて。
「あ、あの。おわったら呼ぶので、外で待っていてくれませんか?」
「だめよ。トイレ中に倒れたりしたら大変でしょ」
「そんな急に倒れたりしませんよ」
「いいから早く済ませちゃって」
なんとかトイレを済ませると、看護婦さんが車椅子を持ってきた。
「移動する時はこれを使って」
わ、凄い。これならナースコールを押さなくても自分で移動できそう。
「あ、ちなみにだけど、この車椅子は自分じゃ動かせられないようになってるから。使う時はナースコールで呼んでね」
なんだ、自分じゃ動かせられないのか。残念。
とはいえ、好きな時に好きなタイミングで移動できないのが嫌なくらいで、ご飯は問題なく食べれたし、スマホも使えるからそんなに生活には困らなかった。
消灯時間になると急に辺りが静かになって、いまなら勝手に動いてもばれないんじゃないかと思ってしまう。
夜の病院って幽霊とかでそうだよね。探検とかしてみたいな……。病院で寝泊まりするなんてそうそう経験できないだろうし、ちょっとだけその辺うろうろしたら戻ってこよう。
あたしはベットから足を下ろすと、スリッパを履いてゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりと一歩ずつ、廊下を目指して歩いていく。
ゆっくり、ゆっくり、着実に前へと進んでいると、廊下を誰かが歩いているみたいでドキリとした。
消灯時間になると患者さんは基本、病室からでないはずなので、看護婦さんか警備の人か。どちらにせよ、みつかったら厄介なのは間違いない。
どうしよう、戻ろうかな。いや、この位置ならまだトイレに行こうとしてただけにみえるよね。
幸い、あたしは部屋の真ん中にいる。万が一ばれたとしても言い訳は通用するはずだ。
「……なにやってんの?」
「ひぃっ」
思わず声がでた。よくよくみれば、目の前にいる人は看護婦さんでも警備の人でもない、此処にいるはずのない人だった。
「……か、鹿児島さん?」
そう、鹿児島さんだ。鹿児島さんがあたしの目の前にいる。
え、これは夢?
だって鹿児島さんは鍵のかかった部屋にいるはずでしょう。こんなところにいるはずがないよ。
あたしは右手で自分の頬を引っ張った。
「いてて」
「……なにやってんの?」
「い、いぁ。夢かとほもっへ」
「馬鹿ね。で、なんで貴女はこんなところにいるの?」
「あ、あたし、あのあと三階から飛び降りて……死に損ないました……」
理由はよくわからないけど、こうして鹿児島さんに会えてよかった。
「あ、あの……生きててごめんなさい」
鹿児島さんの目がじっとあたしをみつめている。鹿児島さんはいま、なにを考えているんだろう。全然わかんないや。
沈黙がきつい。そろそろなにか言ってくれないと、余計なことまで喋ってしまいそうで嫌だ。それに、そのうち看護婦さんがきちゃうかも。
「……じゃあ私、そろそろ部屋に戻るから」
「えっ」
「なに?」
「あ……えと……鹿児島さんって、どうやってあの部屋からでてきたの?」
てっきりなにか言ってくれるかと思ったのに、なにも言われなくて拍子抜けした。それに、どうやってあの部屋からでてきたのかも気になった。
「どうやってって?」
「だ、だってあの部屋、鍵がかかってるでしょ?」
「鍵なんてかかってなかったけど」
「え?」
そんな馬鹿な。鹿児島さんの部屋に行く時はいつも遠山さんが鍵を使って開けたり閉めたりしてるのに、今日に限って鍵がかかってないなんてことありえるのだろうか。むしろこんな時間だからこそ、鍵はかけとくべきなんじゃ。
「か、看護婦さんが部屋からでてもいいって言ったの?」
「言われてないけど」
「え、じゃ、じゃあ勝手に部屋からでてきちゃったの? だめだよ、早く戻らなきゃ」
「そうだね。貴女も早く戻らないと」
そうだった。あたしもこれから探検に行こうとしてたんだった。
「わ、わかったから鹿児島さんも早く戻って」
鹿児島さんはあたしのことをじっとみつめている。まだなにかあるのだろうか。
「か、鹿児島さん?」
「……生きててよかったね」
「え?」
「じゃ、おやすみ」
鹿児島さん、全然言葉が足りないよ。それってどういう意味で言ってるの?
嫌味?
それとも褒めてるの?
それを聞いてあたしはどう感じたらいいの?
ていうか、鹿児島さんはなにしに此処にきたの?
鍵がかかってないなんてことある?
この時間だけ鍵がかかってないんだとして、その理由は?
ううん、やっぱりおかしいよ。鹿児島さんは嘘を吐いている。理由はわからないけど、こっそり鍵を開けて夜な夜な病院を徘徊してたりして。
だけどそんなことをすればすぐに警備の人がくるはずだし、それに監視カメラだって。
鍵のかかった部屋に監視カメラ。
このふたつの謎さえ解ければ……解けてしまったら、ひとつの疑問が生まれてしまう。
知らない方がいいかもしれない。今更知ったところでどうにもできない。鹿児島さんはあの日、学校にきたのかもしれないなんて、思いたくない。
でも、流の手首に傷なんてなかった。そうだよ。だから少なくとも流を傷つけてはいないんだ。だったらその仮説は成り立たない。
いまならまだ追いつける。鹿児島さんを追いかけて、本当に鍵がかかってないのか確かめて、それから。
確かめてどうするの?
鹿児島さんか流のどちらが嘘を吐いているのかを確かめて、どちらが嘘を吐いていたとしてもあたしはそれに傷ついて、失望して、その負のきもちを飲み込んで、なかったことにして。あたしが勝手に。勝手に。勝手に。
世の中には知らない方がいいこともあるよ。わかっていても、あたしの足は動いていた。
廊下をでると、鹿児島さんはまるであたしがくるのを待っていたかのように、廊下をゆっくりと歩いていた。あたしは壁際にある手摺りに捕まりながら、一歩ずつ鹿児島さんに近づいていく。もしも途中で誰かにみつかったら、鹿児島さんもいると言えばいい。
そんな悪知恵を使う場面もこないままようやく鹿児島さんの部屋の前まで行くと、鹿児島さんは普通にドアを開けて中へと入っていってしまった。
本当にドアが開いてたんだ。
ドアの前に立つと、あたしはドアノブに触れてみた。
いまならドアが開くのかな。緊張で心臓がドキドキする。
ドアノブを回してみると、カチッという音がした。
あれ、いまの音、なに。
あたしはもう一度ドアを開けてみようと試みた。
「……開かない」
もしかして鍵を閉められた?
それとも自動で鍵がかかったの?
とにかく鍵は開いていた。だから鹿児島さんは部屋からでれた。それで解決。これ以上深堀りはしない。
そう思っていたのに。
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