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第五章
34.
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病院をでると空を見上げた。雲ひとつない夜空には星が沢山あって、月明かりが街を照らしている。
瑞穂さんはまだ家にいるのかな。本当にうちで暮らすのかな。
わからないことが沢山あって、考えることを投げだしたくなってきた。
だけどあたしは逃げずに前に進まなきゃ。
「ただいまぁ」
家に帰ると電気が消えていた。玄関に瑞穂さんの靴はない。
「……お兄ちゃん? いる?」
リビングの電気をつけるとそこには誰もいなくて、もしかしたらまだ柚留ちゃんの部屋にいるのかもしれないと思い、階段を上っていく。
「お兄ちゃん?」
ドアはきっちり閉まっていて、人のいる気配がしなかった。
あたしはドアをがちゃりと開けた。部屋は真っ暗でなにもみえない。電気をつけると、そこには誰もいなかった。
「お兄ちゃん……何処に行ったの……」
交番?
それとも柚留ちゃんを探しに行ってるの?
遅くても朝までには戻ってくるよね。
あたしは一旦、自分の部屋に戻ると、ベットに倒れ込むようにして深い眠りについていた。
夢はひとつもみなかった。次に目が覚めた時にはお兄ちゃんがいて、柚留ちゃんがいて、なにもかもが元通りになっているんだと信じてた。
だけど目を覚ますとやっぱり誰もいなくて、外はすっかり明るくなっていた。
お兄ちゃん、帰ってきてないんだ。
本当はお兄ちゃんを探しに行きたいけど、学校に行かないとだから探すならそのあとだ。
ああ、シャワーも浴びないと。なんでもいいからお腹に入れて、空腹を満たさなきゃ。
シャワーを浴びて、身体を拭いて、制服を着て、髪を乾かした。冷蔵庫の中は空っぽで、いますぐに空腹を満たすことはできなかった。
「……お弁当」
そっか。お兄ちゃんがいないから、今日はお弁当もないんだ。コンビニでおにぎりを買うにもお金がないしどうしよう。
ふと視線をソファに移すと、ソファの端にお兄ちゃんの黒い長財布があった。
お兄ちゃん、財布持っていかなかったんだ。
あたしは財布に手を伸ばすと、千円札を抜き取った。
「ごめんねお兄ちゃん。あたしが働くようになったらちゃんと返すから」
これは緊急を要することだからきっとお兄ちゃんも許してくれるよ。あたしは千円札をそっとスカートのポケットに仕舞うと、鞄を持って家をでた。
学校の下駄箱でいつものように靴から上履きに履き替えていると、高松が登校してきた。
「あ、た、高松、おはよう」
いつだってあたしの声なら聞こえるはずの高松が、あたしの声を素通りする。
「た、高松、ごめん!」
あたしがあたしじゃない間、あたしは高松に酷いことをした。流石の高松ももう、あたしに幻滅したのだろう。そんなのは当たり前だと頭ではわかっていても、高松に無視されることがこんなにもつらいなんて知らなかった。
「あ、あたし……高松に酷いこと言った。許してほしいとは思わないけど、どうしても高松に謝りたくて……ごめん」
ふと、あたしの数歩先で立ち止まっている高松がこちらに振り返る。
「……俺、坂上とキスしたんだ」
「……知ってる」
「きみにも嫌いだって言われたし、お望み通り、もうきみには近づかないから安心して」
もうあたしのこと、名前で呼んでくれないんだ。あんなにあたしに懐いてたのに、こうなる原因を作ったのはあたしなのに、泣いて縋って、お願いだからきみなんて言わないでと言えば、きっと高松ならまた名前で呼んでくれる。
だけどあたしはそんなキャラじゃないし、そんなことを言える立場ではない。あれはあたしじゃないとはいえ、こうなるのは自業自得。
「た、高松……」
あたしがいま、高松に嘘でも好きだよと言えばきもちが変わってくれるかもしれない。一瞬でもそう思ってしまうほど、いまのあたしは孤独だった。
だってもう、誰もいないの。柚留ちゃんがいつの間にか家をでて、お兄ちゃんが柚瑠ちゃんを探しに家をでて、加賀さんに告白したら拒絶されて、高松にも嫌われて。
鹿児島さんだって本当はあたしのこと、どう思ってるのかわからないし、流と小長井さんはなんかもうよくわかんないし。
誰でもいいから傍にいてほしかった。例えそれが瑞穂さんだとしても、いまのあたしなら簡単に依存してしまいそうで怖かった。
あたしの声が聞こえてるくせに踵を返して去っていく高松の背中をみつめながら、あたしの心は悲鳴を上げていた。
もう、どうにでもなれ。
あたしは教室に入ることなく学校をでると、家に帰らずコンビニに向かった。お兄ちゃんから借りた千円札でお菓子パーティーをしようと思ったのだ。
お菓子なら沢山買える。ほら、んまい棒なら十円で買える。種類も豊富だし、他にも色々。
お菓子パーティーなんて何年ぶりだろう。あの時は友達とにこにこ笑いながらやったのに、いまは一人でお菓子を選んでる。
買ったはいいけど何処でやろうかな。家で一人は淋しいな。いまからでも学校に行こうかな。流は一緒に食べてくれるかな。
とぼとぼと力ない足取りで、あたしはもう一度学校へと向かった。
一時間目がもうすぐおわる。いまはまだ授業中だろう。堂々と教室に入れば、先生に叱られるかもしれない。
ま、いっか。それならそれで。
あたしは再びローファーから上履きに履き替えると、教室を目指して歩き始めた。
ガラッと前側のドアを開けると、皆の視線が一斉にあたしを突き刺した。
「なんだぁ橋本。今頃きたのか」
「……遅くなりましたぁ」
へらりとわざとらしく笑ってみせると、数学の男性教師が面倒臭そうに大きな溜息を吐いた。
「早く席に着きなさい」
なんだ、叱ってもくれないんだ。
生徒だけでなく教師でさえもあたしに興味がないことに、あたしの心はまたちくりと痛む。
あんなに傷ついてきたはずなのにまだ心が痛むなんて滑稽ね。早く心がズタズタに壊れてなにも感じなくなってしまえばいいのに。そうすれば誰になにを言われてもいちいち傷ついたりしないはず。
愛莉のやってることは最低だけど、愛莉の考え方には憧れる。愛莉ならきっとなにがあっても傷つかない。一人でも前を向いて歩いていけるに違いない。
席に着くと、教科書も開かないままぼうっとしてた。それすらももう、誰にも注意されなくなった。
先生、こっちみてよ。黒板とばっか話してないで、あたしをみて。あたしに呆れないでよ先生。ねぇってば。
例えるなら構ってほしくて悪戯をする子供のようなきもちだった。こうして人はどんどん塞ぎ込んでいくんだね。
授業がおわるとあたしは机の上に買ってきたお菓子を並べ始めた。
まずはラムネを手に取ると、手のひらにだして口の中へと放り込む。
おいしい。ラムネとか久しぶりに食べた。
次はオレンジ味のグミを食べよう。噛みごたえがあってこれもおいしい。
あたしはひとつひとつ順番に口の中へと放り込んでいった。
甘い。おいしい。しょっぱい。甘い。おいしい。しょっぱい。
あたしの奇行に気づいてるくせに、ひそひそ話すだけで誰も止めてはくれないの。
つまんない。楽しくない。流も変な顔してないでこっちにくればいいのに。
そういえば今日は小長井さんいないみたい。ま、どうだっていいけど。
授業が始まってもあたしは黙々とお菓子を食べていた。
二時間目は国語。今度は女性の先生なので、きっとあたしの奇行を止めてくれるはず。早く止めてくれないと全部食べちゃうよ。いくら空腹とはいえ、この量を一気に食べるのは気が引ける。
「橋本さん、なにをしてるの?」
やった、先生があたしに声をかけてくれた。
あたしは嬉しくなって満面の笑みで答えていた。
「お腹が空いたのでお菓子を食べています」
「もう授業は始まっているのよ? どうしても食べたいならせめて授業がおわってからにしなさい」
「あたしのお兄ちゃん、昨日から帰ってきてないんです」
「え?」
「柚留ちゃんがいなくなっちゃって、お兄ちゃんもいなくなりました。だから昨日の夜からなにも食べてないんです」
ざわつく教室にあたしの心は弾む。もっともっと、あたしに注目してほしい。授業なんか手につかないくらいあたしでいっぱいになって。
「どうしても食べるなと言うのなら、先生があたしのお昼ご飯、奢ってくれませんか?」
「えっ……そ、そうしてあげたいのは山々なんだけど」
「山々なら、そうしてください。教師は生徒が困っていたら助けないと。そうですよね?」
楽しい。皆こっちをみてる。先生が困ってる。
愛莉もこんなきもちだったのかな?
突拍子もないことを言えば、皆が反応を示してくれる。わざわざ好かれる必要なんてない。悪い意味でも、人からの注目を浴びることができるんだ。
「は、橋本さん、ちょっとこっちに」
先生に呼ばれて廊下にでると、先生はこっそり財布を取りだしてあたしに万札を一枚握らせた。
「先生これは?」
「いま、手持ちがこれしかなくて……よかったらこれでおいしいものでも食べて?」
「え、いいんですかぁ? 流石先生! お金持ちぃ!」
「ちょ、ちょっと、声が大きい!」
「やっぱり困った時は先生に相談しなきゃですよねぇ。先生に相談してよかったぁ」
にっこにこの笑みでそう言うと、先生は教室を気にしながら困った表情で笑ってくれた。こいつ、これをきっかけに金蔓になってくれないかな。
あたしは教室に戻ると、貰ったばかりの万札をひらひらとさせながら大声で皆に報告した。
「皆ぁ! 可哀想なあたしに、先生がお金を恵んでくれたよぉ!」
「ちょ……っ、橋本さん、やめなさい!」
ざわつく教室。これは問題になるかもしれない。だけど問題になったところで罰せられるのはあたしじゃなくて先生だ。
あたしはむしろ被害者で、先生に対してお金をだせと脅したわけじゃない。あたしはただ、やむを得ない家の事情を先生に話して、お昼ご飯を奢ってほしいと頼んだだけ。お金をくれなんて言ってない。
先生は教師なんだから、あたしの所為にはしないよね?
教師なんだからあたしが悪いように言って、自分の非を晒さずに自分だけが救われようなんてしないよね?
教師なら生徒を守って当然だもん。ね、鷺沼先生。
瑞穂さんはまだ家にいるのかな。本当にうちで暮らすのかな。
わからないことが沢山あって、考えることを投げだしたくなってきた。
だけどあたしは逃げずに前に進まなきゃ。
「ただいまぁ」
家に帰ると電気が消えていた。玄関に瑞穂さんの靴はない。
「……お兄ちゃん? いる?」
リビングの電気をつけるとそこには誰もいなくて、もしかしたらまだ柚留ちゃんの部屋にいるのかもしれないと思い、階段を上っていく。
「お兄ちゃん?」
ドアはきっちり閉まっていて、人のいる気配がしなかった。
あたしはドアをがちゃりと開けた。部屋は真っ暗でなにもみえない。電気をつけると、そこには誰もいなかった。
「お兄ちゃん……何処に行ったの……」
交番?
それとも柚留ちゃんを探しに行ってるの?
遅くても朝までには戻ってくるよね。
あたしは一旦、自分の部屋に戻ると、ベットに倒れ込むようにして深い眠りについていた。
夢はひとつもみなかった。次に目が覚めた時にはお兄ちゃんがいて、柚留ちゃんがいて、なにもかもが元通りになっているんだと信じてた。
だけど目を覚ますとやっぱり誰もいなくて、外はすっかり明るくなっていた。
お兄ちゃん、帰ってきてないんだ。
本当はお兄ちゃんを探しに行きたいけど、学校に行かないとだから探すならそのあとだ。
ああ、シャワーも浴びないと。なんでもいいからお腹に入れて、空腹を満たさなきゃ。
シャワーを浴びて、身体を拭いて、制服を着て、髪を乾かした。冷蔵庫の中は空っぽで、いますぐに空腹を満たすことはできなかった。
「……お弁当」
そっか。お兄ちゃんがいないから、今日はお弁当もないんだ。コンビニでおにぎりを買うにもお金がないしどうしよう。
ふと視線をソファに移すと、ソファの端にお兄ちゃんの黒い長財布があった。
お兄ちゃん、財布持っていかなかったんだ。
あたしは財布に手を伸ばすと、千円札を抜き取った。
「ごめんねお兄ちゃん。あたしが働くようになったらちゃんと返すから」
これは緊急を要することだからきっとお兄ちゃんも許してくれるよ。あたしは千円札をそっとスカートのポケットに仕舞うと、鞄を持って家をでた。
学校の下駄箱でいつものように靴から上履きに履き替えていると、高松が登校してきた。
「あ、た、高松、おはよう」
いつだってあたしの声なら聞こえるはずの高松が、あたしの声を素通りする。
「た、高松、ごめん!」
あたしがあたしじゃない間、あたしは高松に酷いことをした。流石の高松ももう、あたしに幻滅したのだろう。そんなのは当たり前だと頭ではわかっていても、高松に無視されることがこんなにもつらいなんて知らなかった。
「あ、あたし……高松に酷いこと言った。許してほしいとは思わないけど、どうしても高松に謝りたくて……ごめん」
ふと、あたしの数歩先で立ち止まっている高松がこちらに振り返る。
「……俺、坂上とキスしたんだ」
「……知ってる」
「きみにも嫌いだって言われたし、お望み通り、もうきみには近づかないから安心して」
もうあたしのこと、名前で呼んでくれないんだ。あんなにあたしに懐いてたのに、こうなる原因を作ったのはあたしなのに、泣いて縋って、お願いだからきみなんて言わないでと言えば、きっと高松ならまた名前で呼んでくれる。
だけどあたしはそんなキャラじゃないし、そんなことを言える立場ではない。あれはあたしじゃないとはいえ、こうなるのは自業自得。
「た、高松……」
あたしがいま、高松に嘘でも好きだよと言えばきもちが変わってくれるかもしれない。一瞬でもそう思ってしまうほど、いまのあたしは孤独だった。
だってもう、誰もいないの。柚留ちゃんがいつの間にか家をでて、お兄ちゃんが柚瑠ちゃんを探しに家をでて、加賀さんに告白したら拒絶されて、高松にも嫌われて。
鹿児島さんだって本当はあたしのこと、どう思ってるのかわからないし、流と小長井さんはなんかもうよくわかんないし。
誰でもいいから傍にいてほしかった。例えそれが瑞穂さんだとしても、いまのあたしなら簡単に依存してしまいそうで怖かった。
あたしの声が聞こえてるくせに踵を返して去っていく高松の背中をみつめながら、あたしの心は悲鳴を上げていた。
もう、どうにでもなれ。
あたしは教室に入ることなく学校をでると、家に帰らずコンビニに向かった。お兄ちゃんから借りた千円札でお菓子パーティーをしようと思ったのだ。
お菓子なら沢山買える。ほら、んまい棒なら十円で買える。種類も豊富だし、他にも色々。
お菓子パーティーなんて何年ぶりだろう。あの時は友達とにこにこ笑いながらやったのに、いまは一人でお菓子を選んでる。
買ったはいいけど何処でやろうかな。家で一人は淋しいな。いまからでも学校に行こうかな。流は一緒に食べてくれるかな。
とぼとぼと力ない足取りで、あたしはもう一度学校へと向かった。
一時間目がもうすぐおわる。いまはまだ授業中だろう。堂々と教室に入れば、先生に叱られるかもしれない。
ま、いっか。それならそれで。
あたしは再びローファーから上履きに履き替えると、教室を目指して歩き始めた。
ガラッと前側のドアを開けると、皆の視線が一斉にあたしを突き刺した。
「なんだぁ橋本。今頃きたのか」
「……遅くなりましたぁ」
へらりとわざとらしく笑ってみせると、数学の男性教師が面倒臭そうに大きな溜息を吐いた。
「早く席に着きなさい」
なんだ、叱ってもくれないんだ。
生徒だけでなく教師でさえもあたしに興味がないことに、あたしの心はまたちくりと痛む。
あんなに傷ついてきたはずなのにまだ心が痛むなんて滑稽ね。早く心がズタズタに壊れてなにも感じなくなってしまえばいいのに。そうすれば誰になにを言われてもいちいち傷ついたりしないはず。
愛莉のやってることは最低だけど、愛莉の考え方には憧れる。愛莉ならきっとなにがあっても傷つかない。一人でも前を向いて歩いていけるに違いない。
席に着くと、教科書も開かないままぼうっとしてた。それすらももう、誰にも注意されなくなった。
先生、こっちみてよ。黒板とばっか話してないで、あたしをみて。あたしに呆れないでよ先生。ねぇってば。
例えるなら構ってほしくて悪戯をする子供のようなきもちだった。こうして人はどんどん塞ぎ込んでいくんだね。
授業がおわるとあたしは机の上に買ってきたお菓子を並べ始めた。
まずはラムネを手に取ると、手のひらにだして口の中へと放り込む。
おいしい。ラムネとか久しぶりに食べた。
次はオレンジ味のグミを食べよう。噛みごたえがあってこれもおいしい。
あたしはひとつひとつ順番に口の中へと放り込んでいった。
甘い。おいしい。しょっぱい。甘い。おいしい。しょっぱい。
あたしの奇行に気づいてるくせに、ひそひそ話すだけで誰も止めてはくれないの。
つまんない。楽しくない。流も変な顔してないでこっちにくればいいのに。
そういえば今日は小長井さんいないみたい。ま、どうだっていいけど。
授業が始まってもあたしは黙々とお菓子を食べていた。
二時間目は国語。今度は女性の先生なので、きっとあたしの奇行を止めてくれるはず。早く止めてくれないと全部食べちゃうよ。いくら空腹とはいえ、この量を一気に食べるのは気が引ける。
「橋本さん、なにをしてるの?」
やった、先生があたしに声をかけてくれた。
あたしは嬉しくなって満面の笑みで答えていた。
「お腹が空いたのでお菓子を食べています」
「もう授業は始まっているのよ? どうしても食べたいならせめて授業がおわってからにしなさい」
「あたしのお兄ちゃん、昨日から帰ってきてないんです」
「え?」
「柚留ちゃんがいなくなっちゃって、お兄ちゃんもいなくなりました。だから昨日の夜からなにも食べてないんです」
ざわつく教室にあたしの心は弾む。もっともっと、あたしに注目してほしい。授業なんか手につかないくらいあたしでいっぱいになって。
「どうしても食べるなと言うのなら、先生があたしのお昼ご飯、奢ってくれませんか?」
「えっ……そ、そうしてあげたいのは山々なんだけど」
「山々なら、そうしてください。教師は生徒が困っていたら助けないと。そうですよね?」
楽しい。皆こっちをみてる。先生が困ってる。
愛莉もこんなきもちだったのかな?
突拍子もないことを言えば、皆が反応を示してくれる。わざわざ好かれる必要なんてない。悪い意味でも、人からの注目を浴びることができるんだ。
「は、橋本さん、ちょっとこっちに」
先生に呼ばれて廊下にでると、先生はこっそり財布を取りだしてあたしに万札を一枚握らせた。
「先生これは?」
「いま、手持ちがこれしかなくて……よかったらこれでおいしいものでも食べて?」
「え、いいんですかぁ? 流石先生! お金持ちぃ!」
「ちょ、ちょっと、声が大きい!」
「やっぱり困った時は先生に相談しなきゃですよねぇ。先生に相談してよかったぁ」
にっこにこの笑みでそう言うと、先生は教室を気にしながら困った表情で笑ってくれた。こいつ、これをきっかけに金蔓になってくれないかな。
あたしは教室に戻ると、貰ったばかりの万札をひらひらとさせながら大声で皆に報告した。
「皆ぁ! 可哀想なあたしに、先生がお金を恵んでくれたよぉ!」
「ちょ……っ、橋本さん、やめなさい!」
ざわつく教室。これは問題になるかもしれない。だけど問題になったところで罰せられるのはあたしじゃなくて先生だ。
あたしはむしろ被害者で、先生に対してお金をだせと脅したわけじゃない。あたしはただ、やむを得ない家の事情を先生に話して、お昼ご飯を奢ってほしいと頼んだだけ。お金をくれなんて言ってない。
先生は教師なんだから、あたしの所為にはしないよね?
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