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第五章
35.
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鷺沼先生の噂は一瞬にして広まった。先生はやっぱり先生だった。お陰であたしはお咎め無し。むしろ保護者代わりのお兄ちゃんがいなくなったことで、警察に捜索願いをだすらしい。これで無事にお兄ちゃんがみつかればいいんだけど。
とりあえず今日のところは鷺沼先生から頂いたお金で食費を賄ってくれとのことだった。
今日はなにを食べようかな。焼肉でもいいな。普段なかなか食べに行けないもんな。こうなったのはお兄ちゃんの所為なんだから、たまには贅沢しても罰は当たらないよね。
放課後。いまになってようやく流があたしに話しかけてきた。
「ねぇ、お兄さんがいなくなったってほんと?」
「……ほんとだよぉ? 嘘だと思った?」
無言は肯定の証。そんなに眉間に皺を寄せてどうするの?
可愛い顔が台無しだよ。
「その……大丈夫なの?」
「大丈夫って、なにが?」
「お兄さんがいなくなるとか初めてじゃん」
なにを今更。あたしの奇行をさっきまで黙ってみてたくせに。
「ああ、もしかして食費のこと? 食費ならさっき先生に貰ったお金があるし、それがなくなっても大人がなんとかしてくれるでしょ」
「そういうことじゃないんだけど」
「は?」
「だから……きもちの方は大丈夫なの? ってこと」
きもちの方は大丈夫かって?
そんなの、だめに決まってんじゃん。だめだからこんなふうにしか助けをだせないんだよ。
「……どうしたの急に? さっきまで他人事のようにみてたくせに」
本当に心配してくれてるなら、どうしてさっき声をかけてくれなかったの?
あたしは喉元まででかかった言葉をグッと飲み込んだ。
「あぁ……うん。さっきはちょっと、予想外過ぎてびっくりしたから」
そうだよね。逆の立場だったらあたしもきっとそうなると思う。
だけどあたしはそれでも声をかけてきてほしかったの。周りの目なんか気にしないで、殻を破ってほしかった。
そう感じるのはあたしの我儘なの?
「捜索願いもだしてくれるみたいだし大丈夫なんじゃない? もしかしたら今頃ふらっと帰ってきてるかもしれないし」
「……そう」
それに流はさ、小長井さんがいないからあたしに話しかけてくるんでしょ。もし此処に小長井さんがいたら、流はこんなふうに近づいてこないと思う。
本当にあたしのことを心配してくれるなら、小長井さんがいてもこうして声をかけてきてほしい。それができないなら中途半端に優しくしないで。中途半端が一番、心にくるの。振り切るなら全力で振り切ってくれないと、もしかしたらあたしを助けてくれるかもって淡い期待をしちゃうから。勝手に期待して裏切られるのはもう……嫌だ。
「まぁ、なんともないならよかったよ。じゃああたしは帰るから」
背中を向けて席に戻る流の右腕を、あたしは無意識のうちにそっと掴んでいた。
「……愛莉?」
「……い」
「え?」
「……全然平気じゃない……」
あたしの声は、鹿児島さん並に小さくなっていた。
「……愛莉、また元に戻ったでしょ」
あたしは黙って頷いた。
「いいよ。なら一緒に帰ろ」
流に助けを求めたのが正解かどうかはわからない。
だけど、このままなにもしないよりかはずっとマシだろう。
それにしてもまさかこうして流と肩を並べて歩く日がくるなんて夢にも思わなかったな。なんだか凄く変な感じ。
「……なんであたしが元に戻ったってわかったの?」
「愛莉は絶対に助けなんて求めないから」
「はは、確かにそうだ」
「で、いったいなにがあったの? ちゃんといちから説明して」
柚留ちゃんがいつの間にか家をでたこと、愛莉が高松を振ったこと、愛莉が鹿児島さんの首を絞めて殺そうとしたこと、愛莉が加賀さんに告白して振られたこと、お兄ちゃんが瑞穂さんと結婚すること、結婚して瑞穂さんがうちに住もうとしてること、柚留ちゃんが家にいないと知ってお兄ちゃんがいなくなったことを、あたしは流にいちから順を追って説明した。
「……まじか。ちょっと入れ替わってる間にそんなに色々あったんか」
「う、うん」
「そもそも疑問しかないんだけど。なんで愛莉は高松を振ったの? なんで鹿児島を殺そうとした? 加賀さんて誰? 愛莉はお兄さんのことが好きなんじゃなかったっけ?」
「高松を振ったのは多分、興味がなかったから。鹿児島さんを殺そうとしたのは完全に八つ当たりで、加賀さんはお兄ちゃんのバイト先の人。あたしはお兄ちゃんのことが好き」
「で、お兄さんのことが好きな愛莉はどうして加賀さんに告白したの?」
「愛莉はとにかく、あたしがいままで築き上げてきた関係を全部壊したいと思ったみたい。だから好きでもない加賀さんに告白して、あとからこっぴどく振るつもりだった」
「なるほどねぇ」
「高松にはさっき謝ったんだけど、もう近づかないって言われちゃった」
「へ、そうなん?」
「うん。ていうかあたし、流とキスさせちゃったよね……ごめん」
「ううん。それは全然いいんだけど」
「それに」
あたしはそっと流の頬に触れた。
「流のこと、叩いちゃってごめん」
「……うん」
「ああもう、今日は皆に謝らないと。鹿児島さんと高松と流には謝ったから、加賀さんと……そういえば、今日は小長井さんいないね?」
「ああ、まぁ果歩はいつものサボりだと思う」
「そっか」
「ていうかいつ元に戻ったの? 鷺沼からお金貰った時はまだ愛莉だったよね?」
「え、それはあたしだけど」
「まじ? 机にお菓子広げて食べてた時は?」
「それもあたし」
「まじか……愛莉ってああいうこともするんだねぇ」
「さっきはちょっと、自暴自棄になってたというか」
「ああそっか、そりゃそうなるよね」
「そうだ。お菓子はまだ余ってるし、流も一緒に食べようよ」
「え、あたしはいいよぉ」
「いいじゃんたまには。流なら食べるかなと思って買ったんだよ? だから一緒にお菓子パーティーしよ♡」
とりあえず今日のところは鷺沼先生から頂いたお金で食費を賄ってくれとのことだった。
今日はなにを食べようかな。焼肉でもいいな。普段なかなか食べに行けないもんな。こうなったのはお兄ちゃんの所為なんだから、たまには贅沢しても罰は当たらないよね。
放課後。いまになってようやく流があたしに話しかけてきた。
「ねぇ、お兄さんがいなくなったってほんと?」
「……ほんとだよぉ? 嘘だと思った?」
無言は肯定の証。そんなに眉間に皺を寄せてどうするの?
可愛い顔が台無しだよ。
「その……大丈夫なの?」
「大丈夫って、なにが?」
「お兄さんがいなくなるとか初めてじゃん」
なにを今更。あたしの奇行をさっきまで黙ってみてたくせに。
「ああ、もしかして食費のこと? 食費ならさっき先生に貰ったお金があるし、それがなくなっても大人がなんとかしてくれるでしょ」
「そういうことじゃないんだけど」
「は?」
「だから……きもちの方は大丈夫なの? ってこと」
きもちの方は大丈夫かって?
そんなの、だめに決まってんじゃん。だめだからこんなふうにしか助けをだせないんだよ。
「……どうしたの急に? さっきまで他人事のようにみてたくせに」
本当に心配してくれてるなら、どうしてさっき声をかけてくれなかったの?
あたしは喉元まででかかった言葉をグッと飲み込んだ。
「あぁ……うん。さっきはちょっと、予想外過ぎてびっくりしたから」
そうだよね。逆の立場だったらあたしもきっとそうなると思う。
だけどあたしはそれでも声をかけてきてほしかったの。周りの目なんか気にしないで、殻を破ってほしかった。
そう感じるのはあたしの我儘なの?
「捜索願いもだしてくれるみたいだし大丈夫なんじゃない? もしかしたら今頃ふらっと帰ってきてるかもしれないし」
「……そう」
それに流はさ、小長井さんがいないからあたしに話しかけてくるんでしょ。もし此処に小長井さんがいたら、流はこんなふうに近づいてこないと思う。
本当にあたしのことを心配してくれるなら、小長井さんがいてもこうして声をかけてきてほしい。それができないなら中途半端に優しくしないで。中途半端が一番、心にくるの。振り切るなら全力で振り切ってくれないと、もしかしたらあたしを助けてくれるかもって淡い期待をしちゃうから。勝手に期待して裏切られるのはもう……嫌だ。
「まぁ、なんともないならよかったよ。じゃああたしは帰るから」
背中を向けて席に戻る流の右腕を、あたしは無意識のうちにそっと掴んでいた。
「……愛莉?」
「……い」
「え?」
「……全然平気じゃない……」
あたしの声は、鹿児島さん並に小さくなっていた。
「……愛莉、また元に戻ったでしょ」
あたしは黙って頷いた。
「いいよ。なら一緒に帰ろ」
流に助けを求めたのが正解かどうかはわからない。
だけど、このままなにもしないよりかはずっとマシだろう。
それにしてもまさかこうして流と肩を並べて歩く日がくるなんて夢にも思わなかったな。なんだか凄く変な感じ。
「……なんであたしが元に戻ったってわかったの?」
「愛莉は絶対に助けなんて求めないから」
「はは、確かにそうだ」
「で、いったいなにがあったの? ちゃんといちから説明して」
柚留ちゃんがいつの間にか家をでたこと、愛莉が高松を振ったこと、愛莉が鹿児島さんの首を絞めて殺そうとしたこと、愛莉が加賀さんに告白して振られたこと、お兄ちゃんが瑞穂さんと結婚すること、結婚して瑞穂さんがうちに住もうとしてること、柚留ちゃんが家にいないと知ってお兄ちゃんがいなくなったことを、あたしは流にいちから順を追って説明した。
「……まじか。ちょっと入れ替わってる間にそんなに色々あったんか」
「う、うん」
「そもそも疑問しかないんだけど。なんで愛莉は高松を振ったの? なんで鹿児島を殺そうとした? 加賀さんて誰? 愛莉はお兄さんのことが好きなんじゃなかったっけ?」
「高松を振ったのは多分、興味がなかったから。鹿児島さんを殺そうとしたのは完全に八つ当たりで、加賀さんはお兄ちゃんのバイト先の人。あたしはお兄ちゃんのことが好き」
「で、お兄さんのことが好きな愛莉はどうして加賀さんに告白したの?」
「愛莉はとにかく、あたしがいままで築き上げてきた関係を全部壊したいと思ったみたい。だから好きでもない加賀さんに告白して、あとからこっぴどく振るつもりだった」
「なるほどねぇ」
「高松にはさっき謝ったんだけど、もう近づかないって言われちゃった」
「へ、そうなん?」
「うん。ていうかあたし、流とキスさせちゃったよね……ごめん」
「ううん。それは全然いいんだけど」
「それに」
あたしはそっと流の頬に触れた。
「流のこと、叩いちゃってごめん」
「……うん」
「ああもう、今日は皆に謝らないと。鹿児島さんと高松と流には謝ったから、加賀さんと……そういえば、今日は小長井さんいないね?」
「ああ、まぁ果歩はいつものサボりだと思う」
「そっか」
「ていうかいつ元に戻ったの? 鷺沼からお金貰った時はまだ愛莉だったよね?」
「え、それはあたしだけど」
「まじ? 机にお菓子広げて食べてた時は?」
「それもあたし」
「まじか……愛莉ってああいうこともするんだねぇ」
「さっきはちょっと、自暴自棄になってたというか」
「ああそっか、そりゃそうなるよね」
「そうだ。お菓子はまだ余ってるし、流も一緒に食べようよ」
「え、あたしはいいよぉ」
「いいじゃんたまには。流なら食べるかなと思って買ったんだよ? だから一緒にお菓子パーティーしよ♡」
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