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第九章
59.
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「愛莉さん、みぃっけ♡」
「」
声なんかでなかった。どうしてこう、次から次へと面倒なのが降ってくるんだ。
「……加賀」
こいつには会いたくなかったな。なんとか逃げられないだろうか。
「んもぉ、探したぁよ! どーこ行ってたのぉ?」
なんだそのオカマみたいな喋り方。お前こそどうしたんだ。
全文、そのまま言ってやると、加賀はケタケタと笑って誤魔化した。
「キヒヒッ、いやぁ、愛莉さんに会いたくて会いたくて震えるっていうかぁ、愛莉さんに会えなくて淋しいきもちを橋本で埋めてたっていうかぁ」
そういえばこいつはお兄ちゃんが生きてたことをまだ知らないのか。だとしたら絶対に悟られないようにしないとな。ばれたら今度こそ、お兄ちゃんの身体が危ない。
「……柚留は?」
「柚留ぅ? いないけど? てかぁ、他の女の話しないでぇ! 浮気、めっ! めっ!」
あ?
浮気をしてんのはてめぇだろうが。あっちもこっちも手ぇだしやがって。ああもう、早く帰りたい。
「んねぇ愛莉さぁん、いんま此処からでてこなかったん? なぁに此処ぉ、病院? なんで?」
「……あんたには関係ないだろ」
「あっはぁ♡ うん♡ 関係ないい♡」
きしょ。こいつは死んでいいわ。地球のごみ。てかキャラ変えぐ。普段はもっと知的な喋り方してただろ。どうしてこうなった。
「喋り方きしょいから元に戻して」
「あ、うん。わかった」
いや戻るのかよ。てことはいまのは演技か?
きしょ。
「で、愛莉さんはこんなところでなにをしていたんですか?」
「だからあんたには関係ないって」
「もしかして誰かに会っていたんですか? 僕の知ってる人ですか?」
「いや、だから」
「うーん……僅かな恐怖の匂い。それと会っていたのは女性ですね?」
加賀はあたしの首元に顔を近づけると、許可もなく匂いを嗅いではそう言った。まさか匂いでそんなことまでわかるのか?
いよいよきしょいなこいつ。早く警察に捕まればいいのに。
「近い、離れろ」
「はい」
顔はいいのにもったいないな。こんな変人じゃなければ普通にモテていただろうに。
「ね、愛莉さん。僕とデートしてください」
「は?」
「変なことはしませんから。ね、ね」
「当たり前でしょ。ていうか、健全だとしても嫌」
「愛莉さん、僕と海に行きましょう」
「あたしはあんたと心中するつもりはないけど」
「嫌だなぁ、違いますってば。本当にただ海をみにいくだけですよ」
「……海をみたら帰るからな」
「はい。海をみたら帰りましょう」
本当かどうかはわからない。ただ、信じてみてもいいかと思えてしまったんだ。どうしてなのかは自分でもわからないけど。
結局、また車に乗ってしまった。本当に海に行くつもりなのだろうか。最初こそ疑っていたが、着いた先は本当に海だった。
車から降りると、加賀が海沿いを歩き始める。
「愛莉さん、海は久しぶりですか?」
「うん。ていうか、なんで海?」
「なんとなく。愛莉さん、一人になりたくなさそうだったから」
いや、あたしは早く帰りたかったんだけど。
海には誰もいなかった。あたしと加賀の二人だけ。風がいい感じに吹いていて心地が良い。こんな映えスポット、どうせならお兄ちゃんときたかったな。
「こないだは、すいませんでした」
「え?」
「橋本のこと、とても驚いたと思います。愛莉さんはもう橋本には会いたくないかもしれませんが、会いたくなったらいつでも会える距離にいるんだってこと、頭の隅にでもおいておいてくださいね」
「……うん」
あのお兄ちゃんは偽物なんだけどね。まぁ、こいつなりにあたしを慰めようとしてくれているのかな。なんて、不器用すぎるだろ。
「愛莉さん。僕は、愛莉さんが好きです。本来の僕は、まぁ、こないだ会った時の感じですが、愛莉さんを好きなきもちは本物なんです」
「でもあんたはお兄ちゃんが好きなんでしょ?」
「はい。まぁ、そうですけど、愛莉さんも同じくらい好きなんですよ。僕からすれば、どちらの方が好きかなんて選べない」
そりゃそうだ。これであたしの方が上なら、あんなのは作らないだろう。
「僕は本当に不器用で、こんな形でしか自分のきもちをぶつけることができないんです。変なのは、わかってるんです。だけど、愛莉さんならこんな僕でも受け入れてくれるんじゃないかって、勝手に思ってるだけなんです」
あんなことさえなければ。いや、傍からみればこれはただの告白にみえるだろう。だけどあたしにはどうしても裏があるようにしか思えなくて、この言葉すら嘘に聞こえてしまう。
「好きです、愛莉さん。だから愛莉さんにはいつだって堂々としてほしい」
そこは笑っていてほしいとかではないんだ。
「負けないでください。あんなのは、愛莉さんじゃないんだから」
あ、そうか。こいつは鹿児島と違って、愛莉じゃなくてあたしであってほしいと願ってるんだ。それはまぁ、嬉しいかな。
「……ありがとう」
「え、あ、愛莉さん!」
「え?」
「い、いま笑いました? か、かわっ、かわいっ、かわっ♡」
「ちょ、ちょっと! 全然笑ってないし! 気持ち悪いから近寄んな!」
そうだ、愛莉は消えろ。この身体はあたしのなんだ。消えるべきはお前だ。そんな当たり前のことを加賀から教わるなんてな。
散々海をみてまわったあと、加賀は本当にあたしを車で送ってくれた。絶対に変なことをされると思っていたのでなんだか拍子抜け……いや、本当にされなくてよかったと思う。
「じゃあね、愛莉さん。今日は本当に楽しかったです」
「はぁ」
満面の笑みで感想を述べる加賀をみてもちっともときめかなかった。そもそも本当にこれでおわりなのだろうか。なにか裏がある気がして怖いんだけど。
「……お元気で」
そんな急にしんみりされてもどう返せばいいのかわからない。まさかとは思うが、此処であたしが引き止めてくれるだろうなんて甘い考えはしないでしょ。
あたしは敢えて無言でいた。すると、加賀は本当に車を走らせて行ってしまったのだ。
別れはあっけないものだってあたしは知っている。知っているのに、どうしていい気がしないんだろう。あんな奴、視界にだって入れたくないはずなのに。
わかってる、これは愛莉のきもちだ。愛莉が加賀との別れを惜しんでる。加賀がどんな野郎か、あたしを通してみていたはずなのに、あんたはどんだけお人好しなのよ。
さて、あたしも帰らなきゃ。
藍子さんの家のインターフォンを押すと藍子さんが、「おかえりなさい」と言って笑ってくれた。
あたしはいつまで此処にいるんだろう。もう柚留なんていなくていいじゃん。これからはあたしとお兄ちゃんの二人で暮らしていけばいいよ。
それともお兄ちゃんは、あたしと二人じゃ嫌なのかな。あたしがお兄ちゃんに好意を抱いているから。
「……お兄ちゃんは?」
「まだ帰ってきてないの。愛莉ちゃん、お腹空いてる? 先にご飯食べてよっか」
なんであたしが藍子さんと二人でご飯食べるのよ。
喉元まででかかった言葉を飲み込むとあたしは、「そうだね」と言ってリビングのソファに腰を下ろした。
「今日は肉じゃがを作ってみたの。愛莉ちゃんのお口に合えばいいんだけど」
「……いただきます」
あたしの機嫌を取るように藍子さんがにこにこしてる。そうやって得意の料理であたしの胃袋を掴もうったって、そうはいかないんだから。
そうは思っていても、思ってた以上に肉じゃがはおいしくできていて、箸がどんどん進んでしまう。
「おかわりもあるからね」
まただ、またあたしを子供扱いしてる。あたしはあんたのそういうところが嫌なんだ。
「あの、今朝のことなら謝りませんから」
「そう」
ほら、そうやって涼しい顔して私は気にしてませんアピールする。あたしの言葉は鹿児島だけじゃなく、藍子さんにも刺さらない。どんどん下にみられて小さくなって、あいつらにぺしゃんこにされるんだ。
それがあたしは許せない。それがあたしはむかつく。ちょっとくらい動揺してくれたっていいじゃん。それすらないってどういうこと?
「……なんなの」
「え?」
「なんでいつもそうやってへらへらと……あたしに此処まで言われてむかつかないの? むかつくでしょう? 生意気だって、謝れよって、はっきり言ったらいいじゃん! 言われっ放しで悔しくないのかよ!」
「……悔しいよ? 悔しいけど、だからって感情に任せて好き勝手に言うのは違うよね。言われた方は傷つくし、いつまで経っても埒が明かないよ」
「埒が明かないからなに? だからいいこでいるの? は? 我慢するだけ無駄だって、言いたいことは言わなきゃわかんないし!」
「じゃあ、言うけど。橋本くんが探してる柚留ちゃんって、本当に存在するの? いつまで経ってもみつからないなんて変じゃない?」
それは変化球だった。まさか藍子さんがそんなふうに感じていたなんて、いちみりも思っていなかったのだ。
てっきりあたしへの不満や不快感を吐露するもんだと思ってたし、話の流れからしてもあたしに対する意見だとばかり。
「柚留は存在するよ……そりゃ、一時期部屋に引きこもってたけど、何度も会って会話してる」
「そうなんだ、じゃあどうしてみつからないのかな。警察にも捜索願いをだしているのにね。もしかして誘拐されてたりして。でもそれだと事件になりそうだよね。警察はただの家出だと思ってるし、そもそもどうして橋本くんはわざわざうちを拠点にして探しに行くんだろう」
それはあたしも思ったよ。どうしてわざわざ藍子さんの家に泊まってるんだろうって。柚留を探すなら家にいたっていいじゃん。なのになんでずっと此処にいるんだろうって。
お兄ちゃんも家に帰りたくないのかな。でもなんで?
「家にいると柚瑠ちゃんを思いだしちゃうのかな。それとも、愛莉ちゃんといたくないのかな」
「……あたしといたくないんじゃない?」
あたしがお兄ちゃんを好きだから。
「もう戻ってこなかったりして。ま、これは私の憶測だけど」
もしもお兄ちゃんがあたしに気づいたら。お兄ちゃんはまたあたしから離れていく?
あたし、柚留って呼んじゃった。お兄ちゃんにばれたかな。あたしがこっちにでてきてるって、ばれたかな。
憶測だって言ったのに、お兄ちゃんは朝になっても戻ってこなかった。
「」
声なんかでなかった。どうしてこう、次から次へと面倒なのが降ってくるんだ。
「……加賀」
こいつには会いたくなかったな。なんとか逃げられないだろうか。
「んもぉ、探したぁよ! どーこ行ってたのぉ?」
なんだそのオカマみたいな喋り方。お前こそどうしたんだ。
全文、そのまま言ってやると、加賀はケタケタと笑って誤魔化した。
「キヒヒッ、いやぁ、愛莉さんに会いたくて会いたくて震えるっていうかぁ、愛莉さんに会えなくて淋しいきもちを橋本で埋めてたっていうかぁ」
そういえばこいつはお兄ちゃんが生きてたことをまだ知らないのか。だとしたら絶対に悟られないようにしないとな。ばれたら今度こそ、お兄ちゃんの身体が危ない。
「……柚留は?」
「柚留ぅ? いないけど? てかぁ、他の女の話しないでぇ! 浮気、めっ! めっ!」
あ?
浮気をしてんのはてめぇだろうが。あっちもこっちも手ぇだしやがって。ああもう、早く帰りたい。
「んねぇ愛莉さぁん、いんま此処からでてこなかったん? なぁに此処ぉ、病院? なんで?」
「……あんたには関係ないだろ」
「あっはぁ♡ うん♡ 関係ないい♡」
きしょ。こいつは死んでいいわ。地球のごみ。てかキャラ変えぐ。普段はもっと知的な喋り方してただろ。どうしてこうなった。
「喋り方きしょいから元に戻して」
「あ、うん。わかった」
いや戻るのかよ。てことはいまのは演技か?
きしょ。
「で、愛莉さんはこんなところでなにをしていたんですか?」
「だからあんたには関係ないって」
「もしかして誰かに会っていたんですか? 僕の知ってる人ですか?」
「いや、だから」
「うーん……僅かな恐怖の匂い。それと会っていたのは女性ですね?」
加賀はあたしの首元に顔を近づけると、許可もなく匂いを嗅いではそう言った。まさか匂いでそんなことまでわかるのか?
いよいよきしょいなこいつ。早く警察に捕まればいいのに。
「近い、離れろ」
「はい」
顔はいいのにもったいないな。こんな変人じゃなければ普通にモテていただろうに。
「ね、愛莉さん。僕とデートしてください」
「は?」
「変なことはしませんから。ね、ね」
「当たり前でしょ。ていうか、健全だとしても嫌」
「愛莉さん、僕と海に行きましょう」
「あたしはあんたと心中するつもりはないけど」
「嫌だなぁ、違いますってば。本当にただ海をみにいくだけですよ」
「……海をみたら帰るからな」
「はい。海をみたら帰りましょう」
本当かどうかはわからない。ただ、信じてみてもいいかと思えてしまったんだ。どうしてなのかは自分でもわからないけど。
結局、また車に乗ってしまった。本当に海に行くつもりなのだろうか。最初こそ疑っていたが、着いた先は本当に海だった。
車から降りると、加賀が海沿いを歩き始める。
「愛莉さん、海は久しぶりですか?」
「うん。ていうか、なんで海?」
「なんとなく。愛莉さん、一人になりたくなさそうだったから」
いや、あたしは早く帰りたかったんだけど。
海には誰もいなかった。あたしと加賀の二人だけ。風がいい感じに吹いていて心地が良い。こんな映えスポット、どうせならお兄ちゃんときたかったな。
「こないだは、すいませんでした」
「え?」
「橋本のこと、とても驚いたと思います。愛莉さんはもう橋本には会いたくないかもしれませんが、会いたくなったらいつでも会える距離にいるんだってこと、頭の隅にでもおいておいてくださいね」
「……うん」
あのお兄ちゃんは偽物なんだけどね。まぁ、こいつなりにあたしを慰めようとしてくれているのかな。なんて、不器用すぎるだろ。
「愛莉さん。僕は、愛莉さんが好きです。本来の僕は、まぁ、こないだ会った時の感じですが、愛莉さんを好きなきもちは本物なんです」
「でもあんたはお兄ちゃんが好きなんでしょ?」
「はい。まぁ、そうですけど、愛莉さんも同じくらい好きなんですよ。僕からすれば、どちらの方が好きかなんて選べない」
そりゃそうだ。これであたしの方が上なら、あんなのは作らないだろう。
「僕は本当に不器用で、こんな形でしか自分のきもちをぶつけることができないんです。変なのは、わかってるんです。だけど、愛莉さんならこんな僕でも受け入れてくれるんじゃないかって、勝手に思ってるだけなんです」
あんなことさえなければ。いや、傍からみればこれはただの告白にみえるだろう。だけどあたしにはどうしても裏があるようにしか思えなくて、この言葉すら嘘に聞こえてしまう。
「好きです、愛莉さん。だから愛莉さんにはいつだって堂々としてほしい」
そこは笑っていてほしいとかではないんだ。
「負けないでください。あんなのは、愛莉さんじゃないんだから」
あ、そうか。こいつは鹿児島と違って、愛莉じゃなくてあたしであってほしいと願ってるんだ。それはまぁ、嬉しいかな。
「……ありがとう」
「え、あ、愛莉さん!」
「え?」
「い、いま笑いました? か、かわっ、かわいっ、かわっ♡」
「ちょ、ちょっと! 全然笑ってないし! 気持ち悪いから近寄んな!」
そうだ、愛莉は消えろ。この身体はあたしのなんだ。消えるべきはお前だ。そんな当たり前のことを加賀から教わるなんてな。
散々海をみてまわったあと、加賀は本当にあたしを車で送ってくれた。絶対に変なことをされると思っていたのでなんだか拍子抜け……いや、本当にされなくてよかったと思う。
「じゃあね、愛莉さん。今日は本当に楽しかったです」
「はぁ」
満面の笑みで感想を述べる加賀をみてもちっともときめかなかった。そもそも本当にこれでおわりなのだろうか。なにか裏がある気がして怖いんだけど。
「……お元気で」
そんな急にしんみりされてもどう返せばいいのかわからない。まさかとは思うが、此処であたしが引き止めてくれるだろうなんて甘い考えはしないでしょ。
あたしは敢えて無言でいた。すると、加賀は本当に車を走らせて行ってしまったのだ。
別れはあっけないものだってあたしは知っている。知っているのに、どうしていい気がしないんだろう。あんな奴、視界にだって入れたくないはずなのに。
わかってる、これは愛莉のきもちだ。愛莉が加賀との別れを惜しんでる。加賀がどんな野郎か、あたしを通してみていたはずなのに、あんたはどんだけお人好しなのよ。
さて、あたしも帰らなきゃ。
藍子さんの家のインターフォンを押すと藍子さんが、「おかえりなさい」と言って笑ってくれた。
あたしはいつまで此処にいるんだろう。もう柚留なんていなくていいじゃん。これからはあたしとお兄ちゃんの二人で暮らしていけばいいよ。
それともお兄ちゃんは、あたしと二人じゃ嫌なのかな。あたしがお兄ちゃんに好意を抱いているから。
「……お兄ちゃんは?」
「まだ帰ってきてないの。愛莉ちゃん、お腹空いてる? 先にご飯食べてよっか」
なんであたしが藍子さんと二人でご飯食べるのよ。
喉元まででかかった言葉を飲み込むとあたしは、「そうだね」と言ってリビングのソファに腰を下ろした。
「今日は肉じゃがを作ってみたの。愛莉ちゃんのお口に合えばいいんだけど」
「……いただきます」
あたしの機嫌を取るように藍子さんがにこにこしてる。そうやって得意の料理であたしの胃袋を掴もうったって、そうはいかないんだから。
そうは思っていても、思ってた以上に肉じゃがはおいしくできていて、箸がどんどん進んでしまう。
「おかわりもあるからね」
まただ、またあたしを子供扱いしてる。あたしはあんたのそういうところが嫌なんだ。
「あの、今朝のことなら謝りませんから」
「そう」
ほら、そうやって涼しい顔して私は気にしてませんアピールする。あたしの言葉は鹿児島だけじゃなく、藍子さんにも刺さらない。どんどん下にみられて小さくなって、あいつらにぺしゃんこにされるんだ。
それがあたしは許せない。それがあたしはむかつく。ちょっとくらい動揺してくれたっていいじゃん。それすらないってどういうこと?
「……なんなの」
「え?」
「なんでいつもそうやってへらへらと……あたしに此処まで言われてむかつかないの? むかつくでしょう? 生意気だって、謝れよって、はっきり言ったらいいじゃん! 言われっ放しで悔しくないのかよ!」
「……悔しいよ? 悔しいけど、だからって感情に任せて好き勝手に言うのは違うよね。言われた方は傷つくし、いつまで経っても埒が明かないよ」
「埒が明かないからなに? だからいいこでいるの? は? 我慢するだけ無駄だって、言いたいことは言わなきゃわかんないし!」
「じゃあ、言うけど。橋本くんが探してる柚留ちゃんって、本当に存在するの? いつまで経ってもみつからないなんて変じゃない?」
それは変化球だった。まさか藍子さんがそんなふうに感じていたなんて、いちみりも思っていなかったのだ。
てっきりあたしへの不満や不快感を吐露するもんだと思ってたし、話の流れからしてもあたしに対する意見だとばかり。
「柚留は存在するよ……そりゃ、一時期部屋に引きこもってたけど、何度も会って会話してる」
「そうなんだ、じゃあどうしてみつからないのかな。警察にも捜索願いをだしているのにね。もしかして誘拐されてたりして。でもそれだと事件になりそうだよね。警察はただの家出だと思ってるし、そもそもどうして橋本くんはわざわざうちを拠点にして探しに行くんだろう」
それはあたしも思ったよ。どうしてわざわざ藍子さんの家に泊まってるんだろうって。柚留を探すなら家にいたっていいじゃん。なのになんでずっと此処にいるんだろうって。
お兄ちゃんも家に帰りたくないのかな。でもなんで?
「家にいると柚瑠ちゃんを思いだしちゃうのかな。それとも、愛莉ちゃんといたくないのかな」
「……あたしといたくないんじゃない?」
あたしがお兄ちゃんを好きだから。
「もう戻ってこなかったりして。ま、これは私の憶測だけど」
もしもお兄ちゃんがあたしに気づいたら。お兄ちゃんはまたあたしから離れていく?
あたし、柚留って呼んじゃった。お兄ちゃんにばれたかな。あたしがこっちにでてきてるって、ばれたかな。
憶測だって言ったのに、お兄ちゃんは朝になっても戻ってこなかった。
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