橋本愛莉というおんな

まなづるるい

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第九章

60.

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 朝になると、あたしはお兄ちゃんを探した。
 ドアというドアを全部開けてまで必死に探したけど、お兄ちゃんは何処にもいなかった。

「愛莉ちゃん、どうしたの?」
「お、お兄ちゃんがいなくて」
「橋本くんが?」
「どうしよう……お兄ちゃん、本当にあたしのことが嫌いなのかも」

 あたしの頭の中は真っ白だった。だって、なんのためにあたしは此処にいるの。そんなの、お兄ちゃんの傍にいたいからに決まってんじゃん。お兄ちゃんがいないならこんなところにいる必要ない。

「愛莉ちゃん、待って、何処に行くの?」
「お兄ちゃんが帰ってこないなら帰る! 早くお兄ちゃんを探さなきゃ!」

 頭の中がお兄ちゃんでいっぱいになる。あたしが柚留って言ったから。ごめんなさい、ごめんなさい。今度はもっと愛莉らしくするから。だからいなくならないで。

「愛莉ちゃん!」

 あたしは藍子さんから逃げるようにして家を飛びだした。
 息を切らして走った先は最寄りの駅。あたしは改札に着くなり駅員さんに、お兄ちゃんが此処にきたかどうかを問いただした。

「お、お兄ちゃん! きてませんか!」
「はい?」
「あたしのお兄ちゃん! 電車に乗って、ないですか!」

 いくら監視カメラをみせてと頼んでも一般の人はみれないようになっていてみせてはくれないし、警察がみるとなると、事件性がないといけない。
 事件性……あたしにとっては事件なのに、どうしてわかってくれないの。
 お兄ちゃんの写真をみせても知らないとしか言わなくて、電車に乗ってないなら何処に行ったっていうのよ。
 車が行き交う大通りも、誰も通らないような狭い路地も、電車に乗ることなく隈なく探したけどお兄ちゃんはみつからなくて、きもちばかりが焦ってしまう。
 もしかして柚留がみつかって家に帰ったとか?
 それか加賀に捕まって拉致られたとか?
 どちらに転がってもあたしにとっては最悪で、一分でも一秒でも早くお兄ちゃんに会いたくて仕方がなかった。

「お兄ちゃん、何処に行ったの……」

 あたしにはお兄ちゃんしかいないのに、お兄ちゃんさえいれば他にはなにもいらないのに。
 お兄ちゃんが望むなら、柚留にだって会わせてあげる。だからお願い。お兄ちゃん、でてきて。あたしから逃げていかないで……。
 いつの間にか雨が降っていた。傘なんて持ってないあたしは、あっという間に濡れていく。

「おにい、ちゃん」

 淋しいよ、苦しいよ、悲しいよ、つらいよ。お兄ちゃんのいない世界はこんなにも真っ暗で淋しいところなの。お兄ちゃん、会いにきて。あたしを独りにしないでよ。
 こんな時、漫画やアニメやドラマなら、目の前にお兄ちゃんがやってきてあたしを抱き締めてくれるんだけどな。あれはフィクションだから起こり得るんだろうな。
 その時、あたしの背後から声がした。それはとても優しい声で、あたしを地獄の底から引き上げてくれる声だった。

「……帰ろう」

 振り向くとそこには藍子さんがいて、あたしの手は力なく藍子さんの手に触れていた。
 もう、誰でもよかった。誰でもいいから助けてほしかった。藍子さんは傘を差していて、あたしの肩を抱き寄せながらゆっくりと歩いてくれた。
 気がつくとまたあたしは藍子さんの家にいて、お風呂に入るよう促されていた。
 もう下着までびちょ濡れだ。あたしは濡れて冷たくなった服を脱ぐと、軽く絞りもせずに洗濯機へと放り投げた。
 お風呂のお湯は温かかった。身体の芯まで温まる。狭い浴槽の中で膝を抱えると、視界がどんどんと歪んでいった。

「着替えとバスタオル、此処においとくね」

 ドア越しに藍子さんの声がした。
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