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第九章
63.
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部屋、真っ暗だ。当たり前か、誰もいないんだから。
此処にいたら加賀がくるかもしれない。鍵を閉めてチェーンもつけて、部屋の電気もつけないでいよう。そうすれば誰もいないと思うはず。もう誰にも会いたくない。あいつら皆、おかしいもん。
このままなにも食べずに死ぬのもありかもね。外にでたら誰に会うかわかんないし。学校なんてやめてやる。あたしはこのまま、独りで静かに死んでいくんだ。
そう思っていたのに、どうしてこの子はあたしを放っておいてくれないんだろう。
「……流」
しつこいインターフォン。ドアの穴から覗いてみれば、そこにいたのは流だった。
「やほー。遊びにきたよ!」
中に入れると、「電気くらいつけなよ」と言って勝手につけようとするので、あたしはその手をぱしんと叩く。
「いたぁ」
「電気はつけないで」
「はぁ?」
「文句あるなら帰って」
「なぁに? 節電でもしてんの?」
「この家にあたしがいると思われたくないの」
「はぁ。ね、ご飯まだでしょ? 色々買ってきたから一緒に食べようよ」
ああもう、あたしは独りで静かに死んでいくんだと思ったのに。
買い物袋の中を漁ると、野菜スティックにサンドイッチ、ハンバーグ弁当と菓子パンが入っていた。
「なにこのチョイス」
「どうせなにもないと思ったから、朝昼夜と買ってきたよ。食費は心配しないで!」
「……お兄ちゃん、生きてた」
「え?」
「生きてたの、お兄ちゃん。まだ柚留を探してた」
「え、そう……なの?」
「いまは知らない女の人の家にお世話になってるんだって」
「は?」
「意味わかんないよね。あたしも意味わかんなかった。人畜無害な大人にみえて、蓋を開けたら性悪だった。あんな女と同じ屋根の下にいるなんて反吐が出る。だけど、お兄ちゃんはあたしより柚留の方が大事だから。あたしはお兄ちゃんに振られたし、だから尻尾巻いて逃げてきたの」
お兄ちゃんが藍子さんと間違えてあたしとキスをしたとか、あたしがお兄ちゃんのそっくりさんとえっちしたとか、そういった類いの話は黙っておいた。そこまで話すとなるとかなり長くなるし、なによりも説明が面倒臭い。
「えっと、告白したんだ? お兄さんに」
「うん。ごめんって言われた」
「そっか」
「あと、あたし、戻ったから」
「え?」
「愛莉だから。善人ぶった偽物の愛莉はあたしの中で眠ってる」
「えっ」
「えっ、てなに? ああ、流はあたしが怖いんだっけ? 別になにもしないよ。いまはそういう気分じゃないし」
大人しくしていれば中身があたしだろうと愛莉だろうと、流には違いがわからないわけだ。友達なんてこんなもんだよね。わかる。
「あたしさ、お兄ちゃんがすべてなんだよね。柚留は変な男に引っかかってるし、鹿児島は相変わらずうざいし。ああ、果歩もいなくなっちゃったしね。あたしにはもう、なんもない。いや、違うな。流くらいしかいないんだ」
「高松がいるじゃん」
「高松? ああ、あいつか。あいつもよくわかんないよね。付き合ってるかどうかも微妙だし」
「ならちゃんと高松と付き合ってみたら? 意外と相性いいかもよ?」
「相性って? 身体の?」
「それもあるけど普通にさ」
「うーん……」
高松と身体を重ねる未来なんて考えたこともなかったな。誰でもいいから肌と肌で触れ合えば、少しは満たされるだろうか。それとも逆に虚しくなる?
「ていうか、あいつ小さそう」
「ぶふっ」
ハンバーグを口に入れながら流とまったり雑談するこの時間は、なんとなく居心地がよかったように思える。
あたしは生きたかったのかな。生きてたってお兄ちゃんはもう、あたしをみてくれないのにね。
「果歩、元気かな」
「さぁ? あ、そういえば鹿児島が学校にきたよ」
「は? いつ?」
「今日」
「あいつなんか言ってた?」
「別になにも。愛莉も学校くればいいのに」
「なんで?」
「前みたいにむしゃくしゃしたきもちを鹿児島にぶつけたりすればいいじゃん」
「うーん」
「あれ、乗り気じゃない? そゆの飽きた?」
「あいつ、あたしのこと怖くないらしいよ」
「なにそれ誰情報?」
「鹿児島が言ってた」
「はは、冗談。ていうか、あたしがきてほしいんだよね。なんていうか、退屈でさ」
理由なんかどうだってよかった。誰でもいいから、あたしを必要としてほしくて。だからかな。流の言葉に流された。学校、行こうかなって、このあたしが思ったんだ。
「ちょっとトイレ借りるねぇ」
「電気つけんなよ」
「はぁい」
菓子パンもあるし、流にはそのままうちに泊まってもらった。
ボサボサの髪を整えて制服を着る。これで鹿児島がきてなかったら笑うけど。
「じゃ、行こっか♡」
あたしの前でぶりっこすんのやめたらいいのに。
思っても口にはしなかった。
学校に着くと本当に鹿児島がいた。制服姿の鹿児島をみるのは、何ヶ月ぶりだろう。
鹿児島はあたしの存在に気がつくと、顔色ひとつ変えることなく視線を逸らす。
ああ、きたんだ。
とでも言われたような気がしていらっとする。
あの澄ました顔を崩したくて、あたしは昔、鹿児島に突っかかっていたんだよね。
「ね、鹿児島になんもしなくていいの?」
「いまはいいかな。授業始まるし」
とりあえず今日は様子見……と思っていたら、昼休み。向こうからあたしに近づいてきたので驚いた。
「ねぇ」
「は?」
「今日はなにもしてこないの?」
なんだこいつ。そんなにあたしに虐めてほしいのかよ。
「どうして? 私が怖いから?」
「は、お前が怖いわけねぇだろ」
「怖いよね。怖いから近寄ってこないんだ」
「てめぇいい加減にしろよ」
「そっちがなにもしないならこっちからしてあげる」
「あ?」
近づく距離。鹿児島の手があたしの頬に。そう思った次の瞬間には、もう唇が触れていた。
「……っ」
唇が触れるだけの生温いもんじゃなくてもっと深い、大人のキス。
どうして?
こいつ、自分がなにをしているのかわかってんの?
「な、にして」
きしょいきしょいきしょい。この唇はお兄ちゃんのためにあるのに、どうしてあんたなんかに奪われなくちゃいけないの。
どんなに唇を手の甲で拭ったってだめ。一度穢れた部分は二度と元には戻らない。こんな唇でお兄ちゃんにキスなんて……できない。
「なにって……キスだけど」
「んなのはわかってんだよ! あたしが聞いてんのは、どうしてあんたがあたしにキスしたのかってこと!」
理由次第ではあんたをぶっ殺す。昔の仕返しだってんなら、このまま黙ってやられるわけにはいかないし。
「……貴女の中にいる子を引っ張りだそうと思って」
あたしの中にいる子って、愛莉のこと?
本当にこんなんで引っ張りだせると思ってんなら相当、頭の中がお花畑だよね。それにオンオフは自分じゃどうしようもできないからそれに関してはこっちだって困ってんのよ。自由に自分で操作できれば、愛莉を一生あたしの中に閉じ込めておけるのに。
「は、そんなのあんたなんかにできるわけないでしょ」
「でも貴女にもできない。だから困ってる」
図星を突かれて頭に血が上る。一番言われたくない人に言われる本音ほど、嫌なものはない。
「あたしが困る? どうして?」
なにも知らないくせに知ったような口聞くんじゃないわよ。
あたしは鹿児島をキッと睨みつけた。
「自分でコントロールできないんじゃ、いざという時困るもんね。いつかそういう時がきてもあの子に変わってしまったら意味がない。だから困る」
「いざという時? そういう時? あんたさっきからなにわけのわからないこと言ってんの?」
「わからないならいいけど。あんまり人前で公言しない方がいいかと思って」
「だからなんの話だよ」
「お兄さん、好きでしょう。いつかもしそういう雰囲気になった時、変わってしまったら困るでしょう」
そんなの当たり前だ。鹿児島なんかに言われなくてもわかってる。あたしはあたしの力で自分をコントロールしないといけないの。そうでなきゃいつまた愛莉がでてくるかわからないから。
「だから私が手伝ってあげる」
嘘。そんなこと言って、本当はあたしを奥に押し込みたいだけのくせに。鹿児島はあたしのことが嫌いだもんね。だからそうやって図星を突いてあたしの心を揺らしてくる。揺らした先に愛莉がいて、愛莉をこっちに引っ張ろうとする。
わかってんだから。言えばいいじゃん、あたしが邪魔だって。消えてほしいって。
「貴女が逃げたくなるように、貴女が嫌がることをする。貴女はあの子に守られているから」
いいじゃん別に守ってもらったって。勝手にあたしの中に入ってきたのは愛莉の方じゃん。それを盾にしてなにが悪いの?
愛莉になんて変わりたくない。あたしはあたしのままでいたい。
そう思うのは自然なことでしょう?
それなのにどうしてあたしが悪者みたいに言うんだよ。あたしがあたしのままでいてなにがいけないの?
あたしは思ったことを言っただけ。やりたいことをやっただけ。
それで誰がどれだけ傷つこうが関係ない。
だってそうでしょう。あたしはあたしなんだから。
嫌がらせ?
上等だよ。例え虫を食べろと言われたってあたしは逃げない。愛莉にお兄ちゃんは渡さない。絶対に。
「やれるもんならやってみろ、ブス。なにされたってあたしは愛莉と交代しない。もう二度と」
「……そう。じゃあ、まずはなにをしてもらおうかな」
心做しか鹿児島の表情が柔らかくなったように感じた。
わかるよ。これからどうやってあたしに嫌がらせをしようか、考えてるだけでわくわくするんだ。あたしもそうだったから凄くわかる。実行するよりも計画を練っている時の方が楽しいんだってこと。
粗方、いますぐ此処で死んでみてとか言う気だろう。そうやって普通の人なら躊躇するようなことをやらせようとする。試してるんだ、あたしを。
悪いけどあたしはその程度でびびったりしないよ。愛莉にお兄ちゃんを盗られるくらいなら、あたしは喜んで死んでみせる。あたしの好きはそれくらいの好き。
「なんだっていいよ。早くしなよ」
本当に残念だったわね。鹿児島はあたしの弱みを握った気でいたかもしれないけど、あたしにとってはこんなもの痛くも痒くもないんだわ。
鹿児島はしばらくの間じっとあたしをみつめると、じゃあ……と遠慮がちに提案をした。
「加賀と最後までシテ」
「は?」
どうして鹿児島が加賀の存在を知ってるの?
藍子さんだってそうだった。知らないはずの情報をいくつも知っていた。もう誰が誰と繋がっているのかわからない。それよりも。
「どうしてあたしが加賀としなくちゃいけないわけ?」
「なんだっていいんでしょ。文句言わない」
涼しい顔して人を見下したような言い方をする。それが鹿児島のむかつくところでもあり、人を苛立たせる天才でもあると思う。
だけどあたしは鹿児島に対して天才だとスタンディングオベーションするつもりはない。あたしと鹿児島のように、どうしたって相容れないと感じる関係はあるものだ。
「……嫌だ」
「え、なに? 聞こえない」
あたしの声は鹿児島よりもずっと小さかった。
「まさか嫌だなんて言わないよね。なんだっていいって自分から言ってたし」
鹿児島、てめぇ、殺す。
心の中で何度も鹿児島を呪いながら、あたしは頭の中で別のことを考えていた。
ただでさえ、お兄ちゃん擬きとしてしまったばかりなのに。もう二度とお兄ちゃん以外となんてしたくないのに。選りに選って加賀としろだなんて……地獄。
あんなのとやったらあいつは調子に乗るんだから。でも、あんなのとやったらお兄ちゃんと間接的にしたということになるんじゃない?
ならないか、ならないよね。
なんだっていいよと自分から言ったからにはなんだって受け入れないと。せめて加賀以外の人となんて頼もうものなら、鹿児島はあたしを鼻で笑うだろう。なら、首を縦に振るしかないじゃないか。
此処にいたら加賀がくるかもしれない。鍵を閉めてチェーンもつけて、部屋の電気もつけないでいよう。そうすれば誰もいないと思うはず。もう誰にも会いたくない。あいつら皆、おかしいもん。
このままなにも食べずに死ぬのもありかもね。外にでたら誰に会うかわかんないし。学校なんてやめてやる。あたしはこのまま、独りで静かに死んでいくんだ。
そう思っていたのに、どうしてこの子はあたしを放っておいてくれないんだろう。
「……流」
しつこいインターフォン。ドアの穴から覗いてみれば、そこにいたのは流だった。
「やほー。遊びにきたよ!」
中に入れると、「電気くらいつけなよ」と言って勝手につけようとするので、あたしはその手をぱしんと叩く。
「いたぁ」
「電気はつけないで」
「はぁ?」
「文句あるなら帰って」
「なぁに? 節電でもしてんの?」
「この家にあたしがいると思われたくないの」
「はぁ。ね、ご飯まだでしょ? 色々買ってきたから一緒に食べようよ」
ああもう、あたしは独りで静かに死んでいくんだと思ったのに。
買い物袋の中を漁ると、野菜スティックにサンドイッチ、ハンバーグ弁当と菓子パンが入っていた。
「なにこのチョイス」
「どうせなにもないと思ったから、朝昼夜と買ってきたよ。食費は心配しないで!」
「……お兄ちゃん、生きてた」
「え?」
「生きてたの、お兄ちゃん。まだ柚留を探してた」
「え、そう……なの?」
「いまは知らない女の人の家にお世話になってるんだって」
「は?」
「意味わかんないよね。あたしも意味わかんなかった。人畜無害な大人にみえて、蓋を開けたら性悪だった。あんな女と同じ屋根の下にいるなんて反吐が出る。だけど、お兄ちゃんはあたしより柚留の方が大事だから。あたしはお兄ちゃんに振られたし、だから尻尾巻いて逃げてきたの」
お兄ちゃんが藍子さんと間違えてあたしとキスをしたとか、あたしがお兄ちゃんのそっくりさんとえっちしたとか、そういった類いの話は黙っておいた。そこまで話すとなるとかなり長くなるし、なによりも説明が面倒臭い。
「えっと、告白したんだ? お兄さんに」
「うん。ごめんって言われた」
「そっか」
「あと、あたし、戻ったから」
「え?」
「愛莉だから。善人ぶった偽物の愛莉はあたしの中で眠ってる」
「えっ」
「えっ、てなに? ああ、流はあたしが怖いんだっけ? 別になにもしないよ。いまはそういう気分じゃないし」
大人しくしていれば中身があたしだろうと愛莉だろうと、流には違いがわからないわけだ。友達なんてこんなもんだよね。わかる。
「あたしさ、お兄ちゃんがすべてなんだよね。柚留は変な男に引っかかってるし、鹿児島は相変わらずうざいし。ああ、果歩もいなくなっちゃったしね。あたしにはもう、なんもない。いや、違うな。流くらいしかいないんだ」
「高松がいるじゃん」
「高松? ああ、あいつか。あいつもよくわかんないよね。付き合ってるかどうかも微妙だし」
「ならちゃんと高松と付き合ってみたら? 意外と相性いいかもよ?」
「相性って? 身体の?」
「それもあるけど普通にさ」
「うーん……」
高松と身体を重ねる未来なんて考えたこともなかったな。誰でもいいから肌と肌で触れ合えば、少しは満たされるだろうか。それとも逆に虚しくなる?
「ていうか、あいつ小さそう」
「ぶふっ」
ハンバーグを口に入れながら流とまったり雑談するこの時間は、なんとなく居心地がよかったように思える。
あたしは生きたかったのかな。生きてたってお兄ちゃんはもう、あたしをみてくれないのにね。
「果歩、元気かな」
「さぁ? あ、そういえば鹿児島が学校にきたよ」
「は? いつ?」
「今日」
「あいつなんか言ってた?」
「別になにも。愛莉も学校くればいいのに」
「なんで?」
「前みたいにむしゃくしゃしたきもちを鹿児島にぶつけたりすればいいじゃん」
「うーん」
「あれ、乗り気じゃない? そゆの飽きた?」
「あいつ、あたしのこと怖くないらしいよ」
「なにそれ誰情報?」
「鹿児島が言ってた」
「はは、冗談。ていうか、あたしがきてほしいんだよね。なんていうか、退屈でさ」
理由なんかどうだってよかった。誰でもいいから、あたしを必要としてほしくて。だからかな。流の言葉に流された。学校、行こうかなって、このあたしが思ったんだ。
「ちょっとトイレ借りるねぇ」
「電気つけんなよ」
「はぁい」
菓子パンもあるし、流にはそのままうちに泊まってもらった。
ボサボサの髪を整えて制服を着る。これで鹿児島がきてなかったら笑うけど。
「じゃ、行こっか♡」
あたしの前でぶりっこすんのやめたらいいのに。
思っても口にはしなかった。
学校に着くと本当に鹿児島がいた。制服姿の鹿児島をみるのは、何ヶ月ぶりだろう。
鹿児島はあたしの存在に気がつくと、顔色ひとつ変えることなく視線を逸らす。
ああ、きたんだ。
とでも言われたような気がしていらっとする。
あの澄ました顔を崩したくて、あたしは昔、鹿児島に突っかかっていたんだよね。
「ね、鹿児島になんもしなくていいの?」
「いまはいいかな。授業始まるし」
とりあえず今日は様子見……と思っていたら、昼休み。向こうからあたしに近づいてきたので驚いた。
「ねぇ」
「は?」
「今日はなにもしてこないの?」
なんだこいつ。そんなにあたしに虐めてほしいのかよ。
「どうして? 私が怖いから?」
「は、お前が怖いわけねぇだろ」
「怖いよね。怖いから近寄ってこないんだ」
「てめぇいい加減にしろよ」
「そっちがなにもしないならこっちからしてあげる」
「あ?」
近づく距離。鹿児島の手があたしの頬に。そう思った次の瞬間には、もう唇が触れていた。
「……っ」
唇が触れるだけの生温いもんじゃなくてもっと深い、大人のキス。
どうして?
こいつ、自分がなにをしているのかわかってんの?
「な、にして」
きしょいきしょいきしょい。この唇はお兄ちゃんのためにあるのに、どうしてあんたなんかに奪われなくちゃいけないの。
どんなに唇を手の甲で拭ったってだめ。一度穢れた部分は二度と元には戻らない。こんな唇でお兄ちゃんにキスなんて……できない。
「なにって……キスだけど」
「んなのはわかってんだよ! あたしが聞いてんのは、どうしてあんたがあたしにキスしたのかってこと!」
理由次第ではあんたをぶっ殺す。昔の仕返しだってんなら、このまま黙ってやられるわけにはいかないし。
「……貴女の中にいる子を引っ張りだそうと思って」
あたしの中にいる子って、愛莉のこと?
本当にこんなんで引っ張りだせると思ってんなら相当、頭の中がお花畑だよね。それにオンオフは自分じゃどうしようもできないからそれに関してはこっちだって困ってんのよ。自由に自分で操作できれば、愛莉を一生あたしの中に閉じ込めておけるのに。
「は、そんなのあんたなんかにできるわけないでしょ」
「でも貴女にもできない。だから困ってる」
図星を突かれて頭に血が上る。一番言われたくない人に言われる本音ほど、嫌なものはない。
「あたしが困る? どうして?」
なにも知らないくせに知ったような口聞くんじゃないわよ。
あたしは鹿児島をキッと睨みつけた。
「自分でコントロールできないんじゃ、いざという時困るもんね。いつかそういう時がきてもあの子に変わってしまったら意味がない。だから困る」
「いざという時? そういう時? あんたさっきからなにわけのわからないこと言ってんの?」
「わからないならいいけど。あんまり人前で公言しない方がいいかと思って」
「だからなんの話だよ」
「お兄さん、好きでしょう。いつかもしそういう雰囲気になった時、変わってしまったら困るでしょう」
そんなの当たり前だ。鹿児島なんかに言われなくてもわかってる。あたしはあたしの力で自分をコントロールしないといけないの。そうでなきゃいつまた愛莉がでてくるかわからないから。
「だから私が手伝ってあげる」
嘘。そんなこと言って、本当はあたしを奥に押し込みたいだけのくせに。鹿児島はあたしのことが嫌いだもんね。だからそうやって図星を突いてあたしの心を揺らしてくる。揺らした先に愛莉がいて、愛莉をこっちに引っ張ろうとする。
わかってんだから。言えばいいじゃん、あたしが邪魔だって。消えてほしいって。
「貴女が逃げたくなるように、貴女が嫌がることをする。貴女はあの子に守られているから」
いいじゃん別に守ってもらったって。勝手にあたしの中に入ってきたのは愛莉の方じゃん。それを盾にしてなにが悪いの?
愛莉になんて変わりたくない。あたしはあたしのままでいたい。
そう思うのは自然なことでしょう?
それなのにどうしてあたしが悪者みたいに言うんだよ。あたしがあたしのままでいてなにがいけないの?
あたしは思ったことを言っただけ。やりたいことをやっただけ。
それで誰がどれだけ傷つこうが関係ない。
だってそうでしょう。あたしはあたしなんだから。
嫌がらせ?
上等だよ。例え虫を食べろと言われたってあたしは逃げない。愛莉にお兄ちゃんは渡さない。絶対に。
「やれるもんならやってみろ、ブス。なにされたってあたしは愛莉と交代しない。もう二度と」
「……そう。じゃあ、まずはなにをしてもらおうかな」
心做しか鹿児島の表情が柔らかくなったように感じた。
わかるよ。これからどうやってあたしに嫌がらせをしようか、考えてるだけでわくわくするんだ。あたしもそうだったから凄くわかる。実行するよりも計画を練っている時の方が楽しいんだってこと。
粗方、いますぐ此処で死んでみてとか言う気だろう。そうやって普通の人なら躊躇するようなことをやらせようとする。試してるんだ、あたしを。
悪いけどあたしはその程度でびびったりしないよ。愛莉にお兄ちゃんを盗られるくらいなら、あたしは喜んで死んでみせる。あたしの好きはそれくらいの好き。
「なんだっていいよ。早くしなよ」
本当に残念だったわね。鹿児島はあたしの弱みを握った気でいたかもしれないけど、あたしにとってはこんなもの痛くも痒くもないんだわ。
鹿児島はしばらくの間じっとあたしをみつめると、じゃあ……と遠慮がちに提案をした。
「加賀と最後までシテ」
「は?」
どうして鹿児島が加賀の存在を知ってるの?
藍子さんだってそうだった。知らないはずの情報をいくつも知っていた。もう誰が誰と繋がっているのかわからない。それよりも。
「どうしてあたしが加賀としなくちゃいけないわけ?」
「なんだっていいんでしょ。文句言わない」
涼しい顔して人を見下したような言い方をする。それが鹿児島のむかつくところでもあり、人を苛立たせる天才でもあると思う。
だけどあたしは鹿児島に対して天才だとスタンディングオベーションするつもりはない。あたしと鹿児島のように、どうしたって相容れないと感じる関係はあるものだ。
「……嫌だ」
「え、なに? 聞こえない」
あたしの声は鹿児島よりもずっと小さかった。
「まさか嫌だなんて言わないよね。なんだっていいって自分から言ってたし」
鹿児島、てめぇ、殺す。
心の中で何度も鹿児島を呪いながら、あたしは頭の中で別のことを考えていた。
ただでさえ、お兄ちゃん擬きとしてしまったばかりなのに。もう二度とお兄ちゃん以外となんてしたくないのに。選りに選って加賀としろだなんて……地獄。
あんなのとやったらあいつは調子に乗るんだから。でも、あんなのとやったらお兄ちゃんと間接的にしたということになるんじゃない?
ならないか、ならないよね。
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