橋本愛莉というおんな

まなづるるい

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第十一章

73.

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「映画、面白かったね」
「う、うん。そだねぇ」

 映画館から外へと続くエスカレーターを降りながら、あたしは高松に愛想笑いを浮かべていた。それもそのはず。視線を画面に向けていただけで、映画の内容などこれっぽっちも覚えていないのだから。
 でも、ばれてはいないみたい。あたしはほっと安堵する。
 なにも知らずに呑気な高松は、「このあとどうしよっか」なんて言っている。
 知らないよ。もう帰りたい。
 そう言えたらどんなに楽だろう。考えるだけで口にはしないけど。
 適当に相槌打ってたらご飯を食べに行くことになっちゃった。なにが食べたいか聞かれたから、「なんでもいいよ」って言ったら何故か焼肉になっちゃって、どうして昼間から焼肉なんて食べに行くんだろう。この人もしかして馬鹿なのかな。
 話半分で心ここに在らず。退屈な日曜日。
 ご飯を食べたら帰るかな。帰るよね。これ以上することないし。
 だからあたしはあたしをなんとか誤魔化して、本当はいますぐにでも帰りたいきもちを誤魔化して、味のしないただ焼いたお肉を一枚ずつ口の中へと詰め込んだ。
 それなのに高松は言ったんだ。お店をでてから言ったんだ、「このあとどうしよっか」って。
 え、まだ何処かに行く気なの?
 もう映画はみたし、ご飯を食べてお腹も満たされたし、他になにを満たしたいというの?
 あたしはもう帰りたいのに、一秒でも早く帰りたいのに、このお肉を食べれば帰れると思って食べたのに、酷いよ酷いよ酷いよ。いつまであたしを連れ回せば気が済むの?
 ねえ、ねえねえ、ねえねえねえねえねえ。
 あたしがさっき映画館であんなことしたから怒ったの?
 本当は映画なんてみてないって気づいているから怒ったの?
 家に帰してくれないなんて酷すぎるよぉ。
 ぐるぐる、頭の中で考えていた。自分のことしか考えてない。あたし、高松のこと、今日いちみりだって考えていない。

「あ、たし……そろそろ、帰らない、と」

 震える声でそう告げた。高松は一瞬、残念そうな顔をすると、初めてしゅんとした表情をみせた。

「えっ……そっか……うん、そうだよね」

 その顔はまるであたしに、「今日は楽しくなかったの?」とでも言いたげで、あたしはまたそれで心の奥底がもやもやと。
 曇る。

「……今日はありがとう。また、学校で」
「また、学校で」

 踵を返したあたしはいますぐに走りだしたいきもちを抑えて歩きだす。
 やった、やっと家に帰れるんだ。
 駅が近づくにつれて足早になる。改札を抜けると自然とホームに向かって走っていた。
 会いたい。加賀さんに会いたい。会ってなにも言わずに抱き締めてほしい。あたし、高松と映画館に行った。行ったけど加賀さんを思いだして自分で触った。
 ねえ、褒めて。映画館のあとに焼肉を食べに行ったけどなにもなかったの。帰りたいって言ったよ。自分からちゃんと、帰りたいって。
 電車から降りて改札をでると、あたしはまた走っていた。家の前には何故か加賀さんがいて、あたしは思わず笑顔になってしまう。

「加賀さん!」

 加賀さんに会えたことが嬉しくてすぐに抱きついた。加賀さんはあたしを抱き締めながら、「にこにこしてどうしたの?」と聞いてくる。

「会いたかった! あたし、加賀さんに会えたのが嬉しくて! だからにこにこしちゃうんだ!」

 高松はあのあと、あたしと何処に行きたかったんだろう。あたしと高松の関係は。
 そんなの、どうだっていいや。こうして加賀さんの腕の中にいるんだから。

「ねぇ、誰と会ってきたの?」
「えっ」
「誰と会ってきたの?」
「誰って……友達……だよ?」

 あたしを抱き締める力はこんなにも優しいのに、あたしを問い詰める声は冷たくて。

「ふうん」

 もしかして嫉妬してるのかな。それすらも愛おしくて堪らない。あたしは加賀さんに惚れている。どうしようもなく惚れている。




(背後注意)

「友達って、男でしょ」
「えっ」
「友達って、男だよねぇ」
「えっ」
「わざわざ性別を濁すなんて怪しいなぁ」
「えっ」
「もしかして愛莉ちゃん、彼氏いるの?」
「えっ」
「僕の好意を知りながら他の男に色目使うの?」
「えっ」
「ねぇ、そいつとはもうした?」
「えっ」
「僕とそいつ、どっちがよかった?」
「えっ」
「もしかして僕ってキープなのかな」
「えっ」
「それともそいつがキープなのかな」
「えっ」
「そっか、そいつがキープなんだ」
「えっ」
「愛莉さんてば変なの。僕が愛莉さんを嫌いになるわけないのに保険なんかかけちゃって」
「えっ」
「まぁ、そういうところも好きだからいいんだけど」
「えっ」
「ねぇ、愛莉さんは他に何人の男を誑かしているのかな?」
「えっ」
「もしかして女も誑かしているのかな?」
「えっ」
「愛莉さんは綺麗だから男女問わず魅了してしまうのはわかるけど、僕としては心配だなぁ」
「えっ」
「あんまり人を誑かしているとね、いつか刺されてしまうかもしれないからね」
「えっ」
「背後には気をつけた方がいいよ」
「えっ」
「まぁ、僕が前も後ろも守ってあげるから安心していいよ」
「えっ」
「前も後ろもだなんて言い方卑猥ぃ」
「えっ」
「ね、愛莉さんは前からされるのと後ろからされるの、どっちが好き?」
「えっ」
「僕は前からされる方が好きだけど、後ろからされるのも嫌いじゃないよ」
「えっ」
「今日は後ろからしてみよっか」
「えっ」
「ほら、四つん這いになって」
「えっ」
「後ろから触られるの、なんかいいよね」
「えっ」
「スカートをめくるとパンツが丸見えで」
「えっ」
「パンツの上からお尻を揉まれちゃう」
「えっ」
「僕はこのままパンツをずり下ろすことだってできちゃうし」
「えっ」
「後ろから厭らしく前の方を撫でることだってできる」
「あっ」
「ああ、愛莉さんは前の方が好きなんだ」
「あっ」
「まだパンツの上から優しく撫でているだけなのに」
「あっ」
「身体がこんなに反応してる」
「あっ」
「可愛いね」
「あっ」
「可愛いよ」
「あっ」
「世界で一番、愛莉さんが可愛いな」
「あっ」
「可愛い可愛い愛莉さん」
「あっ」
「そのままお尻を突き上げて」
「あっ」
「パンツの上なら舐めてあげる」
「あっ」
「愛莉さんのきもちいいところ舐めてあげる」
「あっ」
「愛莉さん、きもちいい?」
「あっ」
「愛莉さん、もっと?」
「あっ」
「パンツの上から舐められてるだけなのにだめになっちゃう?」
「あっ」
「愛莉さん、もう濡れてる」
「あっ」
「ほら、パンツの隙間から僕の指が入ってるよ」
「あっ」
「僕の指はおいしい?」
「あっ」
「パンツの上からじゃなくて直接舐めてほしくなっちゃった?」
「あっ」
「いいよ、いっぱい舐めてあげる」
「あっ」
「愛莉さんがだめになるまで舐めてあげる」
「あっ」
「もうパンツ下ろしちゃった」
「あっ」
「足を広げて僕にみせて」
「あっ」
「パンツの上から舐めただけでぐちょぐちょなところをもっとぐちょぐちょにしてあげるね」
「あっ」
「愛莉さん、きもちいい?」
「あっ」
「愛莉さん、もっと?」
「あっ」
「愛莉さん、だめになっちゃう?」
「あっ」
「だめ?」
「あっ」
「だめ?」
「あっ」
「だめになっていいよ」
「ああっ、あーーーーッ」

 もの凄く大きな声がでた。加賀さんの舌がきもちよすぎて、全身でこれが好きと叫んでいた。ただでさえぐちょぐちょなあたしのあれがまた濡れてさらにぐちょぐちょになって、加賀さんを迎え入れる準備は整ったと合図をする。

「加賀さん、ほしい」

 あたしは四つん這いでお尻を高く上げたまま、ぐちょぐちょなあれを大胆に開いてみせた。
 加賀さんのだってもう準備万端なはずだよ。加賀さんだってもう、我慢できないよね。
 加賀さんのひんやりとした手があたしのお尻に触れる。ギンギンにそそり立つそれを、あたしの奥深くへと入れていく。

「あっ」
「愛莉さん、濡れすぎ」
「あん」

 加賀さんが腰を揺らす度に、ベットの軋む音がした。あたしは枕に口元を埋めながら、加賀さんの動きに合わせて喘いでいた。
 後ろからだと感じ方が違うらしく、前からでは当たらないような場所に当たっている感じがする。後ろからされる快感を覚えてしまったら癖になりそう。
 そういえば、動画だとこういう時に男の人が女の人のお尻を叩いたりしてたっけ。ああいうの、されたことないけど実際はどうなんだろう。きもちいいって思うのかな。

「か、加賀さンッ、あたしのお尻、叩いてぇ」
「愛莉さんてば、してる最中にお尻を叩かれたい欲求がある人なの? いいよ、愛莉さんが望むのなら僕はなんだってしてあげる」

 加賀さんが言いおわると同時に、右側のお尻にジンジンとした痛みが走る。

「あンッ」

 ビリビリ、叩かれて痛いはずなのに、あたしは何故かゾクゾクしてしょうがなかった。
 あたし、こういうのが好きなんだ。加賀さんにお尻を叩かれて感じちゃう変態さんなんだ。

「愛莉さん、また濡れた? 僕にお尻を叩かれたから?」
「あっあっ、あ」
「そんなの変態すぎるよ愛莉さん。ほら、叩かれただけでこんなにぐちゅぐちゅいってる。聞こえる? ほら、ほら!」
「ああっ、き、きこぇ、りゅぅッ」
「ね、愛莉さん。僕と結婚しよっか」
「ふぇ?」
「このまま子供作ろうよ」
「あっ、あん」
「僕と愛莉さんとの子なら絶対可愛いよ」

 どうしてだろう、加賀さんに結婚しようと言われて嬉しいはずなのに。

「けっ……こん……」

 どうしてだろう、即答ができないのは。もう、あんなに結婚したかったお兄ちゃんは何処にもいないのに。もう、あたしに結婚を申し込んでくれるような人は加賀さん以外、何処にもいないのに。
 どうして。
 どうして。
 どうして。

「できっ……ない……できないッよぉ……」

 お兄ちゃんはもう何処にもいないのに、あたしの中のお兄ちゃんがいつまでも消えてくれないの。
 あんなに饒舌だった加賀さんは、それから黙って腰を振っていた。てっきりこのままおわらせるんだと思っていたけど、うんともすんとも言わないまま、あたしのお尻にかけた。
 空気を悪くしてしまっただろうか。あたしが結婚の申し出を断ったから。
 あれは加賀さんでこんなに濡れているのに、あたしの心の中にはまだお兄ちゃんがいた。その事実に気づいてしまった。
 あたしはお尻丸出しのまま、ベットにうつ伏せになっている。
 無言が続く。加賀さんはまだそこにいるのだろうか。それすらもわからない。
 違う。確認するのが怖いんだ。大好きな加賀さんと此処まで関係を積み上げてきたのに、あんな一言で簡単に壊れてしまったんじゃないかって、確認するのが怖いんだ。怖くて顔が上げられない。

「愛莉さん」

 いた。まだ加賀さんがいたことに安堵する。あたしはようやく顔を上げた。

「まだ、橋本が好き?」

 好きと答えたらどうなるんだろう。好きじゃないと答えたらどうなるんだろう。
 あたしの答え次第で未来が変わるなんて嫌だ。そんな重大な選択、あたしにはできないよ。
 あたしは無言で首を横に振る。まるで浮気がばれた女のように、何度も何度も首を振る。
 どうすれば加賀さんを繋ぎ止められる?
 どうすれば加賀さんに誤解されなくて済む?
 どうすれば加賀さんが好きだってわかってもらえる?
 どうすれば加賀さんが悲しまなくて済む?
 どうすれば。
 どうすれば。
 どうすれば。
 自然と視界が歪んでいく。鼻が詰まって苦しくなる。
 違うのに、違うのに。あたしが好きなのは加賀さんなのに。お願いわかって。誤解しないで。そこで一線を引かないで。あたしはお飾りでいい。いつものように、愛莉が好きだと言って。

「泣かないで、愛莉さん。僕は愛莉さんの涙に弱いんだ」

 困らせるつもりじゃなかったの。

「ご、ごめんなさっ、傷つけるつもりで言ったんじゃっ」
「わかってる。わかってるから」

 いったいなにをわかってるの?
 本当にわかってる?

「僕はね、愛莉さんとなら橋本の死を受け入れられると思ったんだ。愛莉さんとなら、きっと寄り添っていける」
「お兄ちゃんは、死んでるの?」
「僕はもうどれが本物の橋本かなんてわからないし、こうしている間にもどっかの橋本が死んでいるかもしれないんだ。まだ何処かで生きているかもしれないけど、いつまで経っても帰ってこないんだ。こうなってしまっては僕達が好きだった橋本は、死んだも同然だよ」

 好きな人が同じだった。あたしも加賀さんも、ただお兄ちゃんが好きなだけだった。
 この先お兄ちゃんがいなくて淋しさに潰れそうになる日もくるだろう。そんな時に誰よりもきもちに寄り添えるのが加賀さんであって、加賀さんだけで。
 だから加賀さんはあたしに結婚しようと言ったんだ。子供を作ろうと言ったんだ。
 それなのにあたしはその申し出を断った。
 拒絶した。
 最低だ、あたし。
 最低、死ねばいいのに。

「僕は橋本を沢山作ってしまうくらい橋本のことが好きだけど、それと同時に本当に愛莉さんのことが好きなんだ。愛莉さんとなら結婚してもいい。愛莉さんと結婚できるなんて夢みたいだ。そのくらいのきもちで言ったんだ。ああ、プロポーズだよ。僕の生涯一度きりのプロポーズだったんだ。結婚しようだなんて他の人には言うもんか。僕の人生は愛莉さんにしか捧げない。だけど……きみの言う好きは、僕と結婚したいくらいの好きではないんだよ。橋本と結婚したいと思っていたきみが、僕を好きだと言いながら繋がって、きもちよくなって、僕を傷つけてしまったんじゃないかと不安になって涙を流してくれるきみが、僕と結婚したいと思えるほどに、僕を愛せはしなかったんだ」

 ああ、加賀さんは怒っている。こんなあたしに怒っている。

「ごめん……なさい……」

 加賀さん、大好き。ずっと一緒にいれると思ってた。
 あたしの視界はまたぐちゃぐちゃになって、あたしはまた、大切な人を失った。
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