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第十二章
79.
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(愛莉の夢の中)
『阿呆だねぇ、あんた』
煩いな。逆の立場ならあんただってそうしただろうよ。
『阿呆、阿呆。急に道路に飛びだしたりして、あたしが死んじゃったらどうすんのよ』
死んだら加賀さんに会えなくなるね。ざまぁみろ。
『それを言うならあんたもでしょ。たいして好きでもないくせに加賀さん加賀さんって、いい加減にしてよ』
しょうがないじゃん、好きになっちゃったんだもん。好きな人に好きって伝えてなにが悪いの?
『ねぇ、あんたっていったい何処からきたんだろうね』
知らないよ。ていうか話変えないでよ。
『何処からきて何処へ消えていくんだろうね』
勝手にあたしを消すな!
『あんたにも親とか友達とか好きな人とかいただろうに、なんにも覚えてないの?』
覚えてない。気がついたら此処にいて、あたしは橋本愛莉だって聞かされた。
『あんたの意識だけが空気中を彷徨ってあたしのところにきたんだとしたら、あんたは今頃何処かの病院で寝たきりになってんのかな。それともとっくに死んじゃって、帰るところがないのかも』
ちょっと、不吉なこと言わないでよ。
『だってそうでしょ。帰るところがないから帰りたくても帰れないんじゃないの?』
それはそうかもしれないけど。だとしたらあたしのこの頭痛はなに?
『あんたの身体が死んだ痛み。あんたの身体が燃やされた痛み。あんたの身体が灰になった痛み。もしくはただの風邪』
もう、適当なことばっかり言って!
『ま、これであんたの願いは叶えてやったんだから、約束通り消えなさいよ』
そ、それは……。
『なによ。この期に及んでまだ消えたくないとか思ってんの? 他人の身体に勝手に住みついといて、我儘言ってんじゃないわよ』
わ、わかってるけど、あんたがあたしだったら。
『あんたがあたしだったらって。そうやって現実から目を背けてんじゃねえって話。あたしは加賀をどうにかして連れ戻さないといけないんだから、こんなところで意識不明の重体になってる場合じゃないんだって』
そうだった。加賀さんの家から飛びだしたあと、あたしは無我夢中で走っていて、左右の確認もしないまま道路に飛びだして車に轢かれたんだ。
多分、宙を舞った。身体に強い衝撃が走ったと同時に意識が飛んで、気がついたら愛莉と一緒に真っ暗な闇の中にいた。
外がどうなっているのかはわからないけど、多分救急車で病院に搬送されたんじゃないかな。多分というか、そうであってほしいというあたしの願望なんだけど。
え、まさかあのまま死んでたりしないよね。実はこの真っ暗な闇の中が死後の世界で、あたしと道連れで愛莉も死んで、二人で永遠にこの世界に閉じ込められてしまったとか……そんなエンディングならいらないよ。
『おいこら聞いてんのかてめぇ』
そういえば小長井さん、あたしのことてめぇって呼んでたな。懐かしい……元気にしてるかな。
愛莉からの突然のてめぇ呼びに過去の記憶が蘇る。
あたしが無視したんだと思ったのか、隣から強めの舌打ちが聞こえた。
それからあたしはずっと愛莉と一緒にいた。真っ暗な闇の所為で時間の流れがちっともわからなかったけど、不思議と尿意や空腹は感じなかった。
いったいいつまでこんな生活が続くんだろう。寝るか愛莉と話すかくらいしかやることがないなんて、退屈で、退屈で、退屈だ。
もしかしたら本当に死んでしまったのかもしれない。だからいつまで経ってもこんな暗い世界に閉じ込められているんだ。
そんなふうに本気で考え始めた頃、遠くの方に小さな光をみつけた。
『愛莉?』
ねぇ、あれ、光ってるよ。
『本当だ。なんだろう』
もしかしてあそこから元の世界に帰れるんじゃない?
『あ、おい! あの世に続く道だったらどうすんだよ!』
あたしは愛莉の声を無視すると、光へ向かって走りだした。光は一本の線になっていて、線路のように果てしなく何処かへと続いている。夢中になって追いかけていくと、流れの激しい川がそこにあった。
『ほらね。こんな流れの激しい川、死ねって言ってるようなもんじゃん』
いつの間にか背後にいる愛莉に鼻で笑われたけど、あたしはむしろ正反対のことを思っていた。これに流されていけば、行き着く先は元の世界だと信じて疑わなかったのだ。
あたしは喜んで川にダイブした。川はとても冷たくて、あっという間に流されていく。まるでウォータースライダーだ。
流されて、流されて、川の冷たさにも慣れてきた頃、あたしは大海原に放りだされていた。
「ひゃっほーう!」
空高く舞うあたしの身体。このまま海に叩きつけられたらどうなるんだろう。恐怖心なんかいちみりもない。わくわくでいっぱいだ。
背中が海に叩きつけられると、痛いのはほんの一瞬で、海の中は川と違って温かく、あたしをまるごと包み込んでくれるような気がした。
早く、早く加賀さんに会いたい。会ってあたしのきもちを伝えたい。加賀さん、加賀さん、加賀さん。
あたしは大きく両手を広げたまま、海の深くへと沈んでいった。
『阿呆だねぇ、あんた』
煩いな。逆の立場ならあんただってそうしただろうよ。
『阿呆、阿呆。急に道路に飛びだしたりして、あたしが死んじゃったらどうすんのよ』
死んだら加賀さんに会えなくなるね。ざまぁみろ。
『それを言うならあんたもでしょ。たいして好きでもないくせに加賀さん加賀さんって、いい加減にしてよ』
しょうがないじゃん、好きになっちゃったんだもん。好きな人に好きって伝えてなにが悪いの?
『ねぇ、あんたっていったい何処からきたんだろうね』
知らないよ。ていうか話変えないでよ。
『何処からきて何処へ消えていくんだろうね』
勝手にあたしを消すな!
『あんたにも親とか友達とか好きな人とかいただろうに、なんにも覚えてないの?』
覚えてない。気がついたら此処にいて、あたしは橋本愛莉だって聞かされた。
『あんたの意識だけが空気中を彷徨ってあたしのところにきたんだとしたら、あんたは今頃何処かの病院で寝たきりになってんのかな。それともとっくに死んじゃって、帰るところがないのかも』
ちょっと、不吉なこと言わないでよ。
『だってそうでしょ。帰るところがないから帰りたくても帰れないんじゃないの?』
それはそうかもしれないけど。だとしたらあたしのこの頭痛はなに?
『あんたの身体が死んだ痛み。あんたの身体が燃やされた痛み。あんたの身体が灰になった痛み。もしくはただの風邪』
もう、適当なことばっかり言って!
『ま、これであんたの願いは叶えてやったんだから、約束通り消えなさいよ』
そ、それは……。
『なによ。この期に及んでまだ消えたくないとか思ってんの? 他人の身体に勝手に住みついといて、我儘言ってんじゃないわよ』
わ、わかってるけど、あんたがあたしだったら。
『あんたがあたしだったらって。そうやって現実から目を背けてんじゃねえって話。あたしは加賀をどうにかして連れ戻さないといけないんだから、こんなところで意識不明の重体になってる場合じゃないんだって』
そうだった。加賀さんの家から飛びだしたあと、あたしは無我夢中で走っていて、左右の確認もしないまま道路に飛びだして車に轢かれたんだ。
多分、宙を舞った。身体に強い衝撃が走ったと同時に意識が飛んで、気がついたら愛莉と一緒に真っ暗な闇の中にいた。
外がどうなっているのかはわからないけど、多分救急車で病院に搬送されたんじゃないかな。多分というか、そうであってほしいというあたしの願望なんだけど。
え、まさかあのまま死んでたりしないよね。実はこの真っ暗な闇の中が死後の世界で、あたしと道連れで愛莉も死んで、二人で永遠にこの世界に閉じ込められてしまったとか……そんなエンディングならいらないよ。
『おいこら聞いてんのかてめぇ』
そういえば小長井さん、あたしのことてめぇって呼んでたな。懐かしい……元気にしてるかな。
愛莉からの突然のてめぇ呼びに過去の記憶が蘇る。
あたしが無視したんだと思ったのか、隣から強めの舌打ちが聞こえた。
それからあたしはずっと愛莉と一緒にいた。真っ暗な闇の所為で時間の流れがちっともわからなかったけど、不思議と尿意や空腹は感じなかった。
いったいいつまでこんな生活が続くんだろう。寝るか愛莉と話すかくらいしかやることがないなんて、退屈で、退屈で、退屈だ。
もしかしたら本当に死んでしまったのかもしれない。だからいつまで経ってもこんな暗い世界に閉じ込められているんだ。
そんなふうに本気で考え始めた頃、遠くの方に小さな光をみつけた。
『愛莉?』
ねぇ、あれ、光ってるよ。
『本当だ。なんだろう』
もしかしてあそこから元の世界に帰れるんじゃない?
『あ、おい! あの世に続く道だったらどうすんだよ!』
あたしは愛莉の声を無視すると、光へ向かって走りだした。光は一本の線になっていて、線路のように果てしなく何処かへと続いている。夢中になって追いかけていくと、流れの激しい川がそこにあった。
『ほらね。こんな流れの激しい川、死ねって言ってるようなもんじゃん』
いつの間にか背後にいる愛莉に鼻で笑われたけど、あたしはむしろ正反対のことを思っていた。これに流されていけば、行き着く先は元の世界だと信じて疑わなかったのだ。
あたしは喜んで川にダイブした。川はとても冷たくて、あっという間に流されていく。まるでウォータースライダーだ。
流されて、流されて、川の冷たさにも慣れてきた頃、あたしは大海原に放りだされていた。
「ひゃっほーう!」
空高く舞うあたしの身体。このまま海に叩きつけられたらどうなるんだろう。恐怖心なんかいちみりもない。わくわくでいっぱいだ。
背中が海に叩きつけられると、痛いのはほんの一瞬で、海の中は川と違って温かく、あたしをまるごと包み込んでくれるような気がした。
早く、早く加賀さんに会いたい。会ってあたしのきもちを伝えたい。加賀さん、加賀さん、加賀さん。
あたしは大きく両手を広げたまま、海の深くへと沈んでいった。
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