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第十二章
82.
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学校に着くと、途端に空気が重くなった。玄関で上履きに履き替えて階段を上る。一歩ずつ近づく教室。近づく度に、逃げだしたくなってくる。
教室の前に着くと、あたしの足は止まっていた。あとはドアを開けるだけなのに、それすらもできずにいた。
やっぱり今日は帰ろうかと考えていると、目の前のドアが開いてしまう。
「あっ」
「……なにしてんの?」
そこにいたのは鹿児島さんだった。久しぶりにみる鹿児島さんに、あたしは心の底から安堵した。
鹿児島さんがいる。あたしがいなくても鹿児島さんは、ちゃんと学校にきてたんだという安心感。
「お、おはっよう」
あたしの声は上擦っていた。
「おはよう」
クスリともせずに挨拶をする鹿児島さん。相変わらず声は小さいけど、いつもと変わらない鹿児島さんになんだか嬉しくなっちゃった。
「しばらく休んでたけどどうしたの?」
「えっぁ、あのね、車に轢かれて入院してた」
「また? 今度は覚えてるの?」
「う、うん! 忘れてない、忘れてないよ!」
教室に入ると、あの子きたんだとでも言いたげな視線が突き刺さる。だけどそんなのは、鹿児島さんといるお陰で気にならなかった。
いつものように授業を受ける。流は今日も欠席で、教室の隅に追いやられた流の机をみながら流のことを思いだしていた。
流。あたしの心の支えになってくれた人。親友と呼んでもいいくらい、あたしにとってかけがいのない友達。
流がいない間に色々あったんだよ。鹿児島さんが学校にくるようになって、加賀さんとお別れして、お兄ちゃんに彼女ができた。
時の流れって凄いよね。時間が経つと面白いくらい色々なことが変わっていく。いい方向に変わる関係もあれば、悪い方向に変わる関係も。
あたしのきもちは目まぐるしく変わる環境についていけなくて、それでも必死に追いかけていた。だけどそれももうおしまい。追いかけるものがなくなった。加賀さんもお兄ちゃんも、あたしをみてはくれなかった。
あたしは我儘だからさ、あたしをみてくれる人を大切にしたいんだ。だからあたしは二人を捨てるの。さようならって、笑顔で手を振るの。
二人とも本当に好きだった。本当に、好きだった。
ノートに丸い形のシミがつく。ひとつ、ふたつ。気づけば視界が滲んでいた。これじゃ黒板の文字がみえないよ。制服の袖で拭うとまた文字が滲む。
助けて、流。
流が一番つらいのわかってるけど、会いたいよ。
あたしはいつの間にか声をだして泣いていた。こんなあたしを、誰も止めはしなかった。
長かった一日がおわり、あたしはいま、鹿児島さんと喫茶店にいる。どうしてこうなったかと言えば長くなるので割愛するが、あたしはホットココアを頼んでいた。
「鹿児島さんあのね」
あたしは加賀さんのことをぶっちゃけた。もしかしたら鹿児島さんが傷ついちゃうかもと思ったけど、黙っている方が有罪だと思ったのだ。
加賀さんはあたしじゃなくて愛莉が好きなこと、加賀さんにプロポーズされたけど断ったこと、断ってしまったのを後悔して北海道まで会いに行ったけどしっかり振られたこと。
全部話しおえた頃には、あたしは息を上手く吸えてなかったようで、たっぷりと息を吸って呼吸を整えていた。
鹿児島さんは顔色ひとつ変えずにあたしをみつめると一言、「そう」と告げた。
「え、それだけ?」
「それだけだけど。他になにがあるの?」
「え、だ、だって、鹿児島さんって加賀さんが好きなんじゃ」
「まさかまだあんな嘘に騙されてたの?」
「えっ、ぇ」
「だからあれは嘘。私のタイプじゃないから」
本当に?
と聞くのは野暮だろうか。
あの時の鹿児島さんはまるで別人のようで、いま思い返してみても信じられないくらい輝いていた気がするのだけど。
ああいう鹿児島さんも嫌いじゃないよ。
なんて、言えばきっと怒るだろうな。
「あたしね、車に轢かれて意識を失ってた時、愛莉と話したんだ。加賀さんに愛される愛莉は羨ましいと思ったし、途中参加だろうとあたしは消えたくないと思ったし、あんなに悩まされていた頭痛から解放されて、あたしはあたしの居場所を手に入れて、好きだった人を追いかけるのもやめて……本当に色々あった」
あたしの話している内容は支離滅裂で、なにを言っているのかわからないことばかりだっただろう。それでもあたしは伝えたくて、あたしの内側から噴水の如く湧きでるこの感情を誰かに聞いてもらいたかったんだ。
鹿児島さんは聞いてくれる。それが嬉しくてまた喋ってしまう。気づけば外は真っ暗になっていた。
「ごめんね遅くなっちゃって!」
こんなに長く付き合わせるつもりじゃなかったのに、文句も言わずに付き合ってくれた鹿児島さんにあたしは頭が下がる思いだった。
これだから鹿児島さんは好きなんだ。異性であれば、お付き合いを申し込みたいくらいに。
いや、世の中には同性であってもお付き合いする人達がいるのは知っているけれど、あたしは多分、同性愛者ではないだろう。
星のない夜空の下で、あたしは鹿児島さんと肩を並べて歩きだす。明日も学校だと思うと嬉しくて楽しみで、自然と笑みが零れていた。
「なににやけてんの」
「えっ、に、にやけてなんかないってぇ」
「にやけてんじゃん。きしょ」
「!」
きしょって、鹿児島さんが言った!
あたしは声を大にしておどけてみせる。聞けば誰かさんの真似だとか。
「流、早く学校にくるといいね!」
そんなのもう、期待するしかないじゃないか。夢なんだ。鹿児島さんと流とあたしの三人で肩を並べて歩く日が。
鹿児島さんには無視されたけど、こんなに楽しいと思えたのは久しぶりのことだった。
「鹿児島さん、また明日ね!」
「また明日」
あたしは大きく手を振りながら、また明日と言えばまた明日と返してくれる友達の存在の強さを噛み締めていた。
教室の前に着くと、あたしの足は止まっていた。あとはドアを開けるだけなのに、それすらもできずにいた。
やっぱり今日は帰ろうかと考えていると、目の前のドアが開いてしまう。
「あっ」
「……なにしてんの?」
そこにいたのは鹿児島さんだった。久しぶりにみる鹿児島さんに、あたしは心の底から安堵した。
鹿児島さんがいる。あたしがいなくても鹿児島さんは、ちゃんと学校にきてたんだという安心感。
「お、おはっよう」
あたしの声は上擦っていた。
「おはよう」
クスリともせずに挨拶をする鹿児島さん。相変わらず声は小さいけど、いつもと変わらない鹿児島さんになんだか嬉しくなっちゃった。
「しばらく休んでたけどどうしたの?」
「えっぁ、あのね、車に轢かれて入院してた」
「また? 今度は覚えてるの?」
「う、うん! 忘れてない、忘れてないよ!」
教室に入ると、あの子きたんだとでも言いたげな視線が突き刺さる。だけどそんなのは、鹿児島さんといるお陰で気にならなかった。
いつものように授業を受ける。流は今日も欠席で、教室の隅に追いやられた流の机をみながら流のことを思いだしていた。
流。あたしの心の支えになってくれた人。親友と呼んでもいいくらい、あたしにとってかけがいのない友達。
流がいない間に色々あったんだよ。鹿児島さんが学校にくるようになって、加賀さんとお別れして、お兄ちゃんに彼女ができた。
時の流れって凄いよね。時間が経つと面白いくらい色々なことが変わっていく。いい方向に変わる関係もあれば、悪い方向に変わる関係も。
あたしのきもちは目まぐるしく変わる環境についていけなくて、それでも必死に追いかけていた。だけどそれももうおしまい。追いかけるものがなくなった。加賀さんもお兄ちゃんも、あたしをみてはくれなかった。
あたしは我儘だからさ、あたしをみてくれる人を大切にしたいんだ。だからあたしは二人を捨てるの。さようならって、笑顔で手を振るの。
二人とも本当に好きだった。本当に、好きだった。
ノートに丸い形のシミがつく。ひとつ、ふたつ。気づけば視界が滲んでいた。これじゃ黒板の文字がみえないよ。制服の袖で拭うとまた文字が滲む。
助けて、流。
流が一番つらいのわかってるけど、会いたいよ。
あたしはいつの間にか声をだして泣いていた。こんなあたしを、誰も止めはしなかった。
長かった一日がおわり、あたしはいま、鹿児島さんと喫茶店にいる。どうしてこうなったかと言えば長くなるので割愛するが、あたしはホットココアを頼んでいた。
「鹿児島さんあのね」
あたしは加賀さんのことをぶっちゃけた。もしかしたら鹿児島さんが傷ついちゃうかもと思ったけど、黙っている方が有罪だと思ったのだ。
加賀さんはあたしじゃなくて愛莉が好きなこと、加賀さんにプロポーズされたけど断ったこと、断ってしまったのを後悔して北海道まで会いに行ったけどしっかり振られたこと。
全部話しおえた頃には、あたしは息を上手く吸えてなかったようで、たっぷりと息を吸って呼吸を整えていた。
鹿児島さんは顔色ひとつ変えずにあたしをみつめると一言、「そう」と告げた。
「え、それだけ?」
「それだけだけど。他になにがあるの?」
「え、だ、だって、鹿児島さんって加賀さんが好きなんじゃ」
「まさかまだあんな嘘に騙されてたの?」
「えっ、ぇ」
「だからあれは嘘。私のタイプじゃないから」
本当に?
と聞くのは野暮だろうか。
あの時の鹿児島さんはまるで別人のようで、いま思い返してみても信じられないくらい輝いていた気がするのだけど。
ああいう鹿児島さんも嫌いじゃないよ。
なんて、言えばきっと怒るだろうな。
「あたしね、車に轢かれて意識を失ってた時、愛莉と話したんだ。加賀さんに愛される愛莉は羨ましいと思ったし、途中参加だろうとあたしは消えたくないと思ったし、あんなに悩まされていた頭痛から解放されて、あたしはあたしの居場所を手に入れて、好きだった人を追いかけるのもやめて……本当に色々あった」
あたしの話している内容は支離滅裂で、なにを言っているのかわからないことばかりだっただろう。それでもあたしは伝えたくて、あたしの内側から噴水の如く湧きでるこの感情を誰かに聞いてもらいたかったんだ。
鹿児島さんは聞いてくれる。それが嬉しくてまた喋ってしまう。気づけば外は真っ暗になっていた。
「ごめんね遅くなっちゃって!」
こんなに長く付き合わせるつもりじゃなかったのに、文句も言わずに付き合ってくれた鹿児島さんにあたしは頭が下がる思いだった。
これだから鹿児島さんは好きなんだ。異性であれば、お付き合いを申し込みたいくらいに。
いや、世の中には同性であってもお付き合いする人達がいるのは知っているけれど、あたしは多分、同性愛者ではないだろう。
星のない夜空の下で、あたしは鹿児島さんと肩を並べて歩きだす。明日も学校だと思うと嬉しくて楽しみで、自然と笑みが零れていた。
「なににやけてんの」
「えっ、に、にやけてなんかないってぇ」
「にやけてんじゃん。きしょ」
「!」
きしょって、鹿児島さんが言った!
あたしは声を大にしておどけてみせる。聞けば誰かさんの真似だとか。
「流、早く学校にくるといいね!」
そんなのもう、期待するしかないじゃないか。夢なんだ。鹿児島さんと流とあたしの三人で肩を並べて歩く日が。
鹿児島さんには無視されたけど、こんなに楽しいと思えたのは久しぶりのことだった。
「鹿児島さん、また明日ね!」
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あたしは大きく手を振りながら、また明日と言えばまた明日と返してくれる友達の存在の強さを噛み締めていた。
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