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雪に溶ける夜
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「彼女は、優しすぎたんですね」
「ええ……」
「不幸になって欲しい訳が無いですよね」
「もちろんです……」
「スノウさんは、俺が幸せにしますね」
会話の流れに乗じて、再度、嫁にもらう宣言をする。
やっぱり、娘はやらないと言われるかな、と思ったのだが、お義父様は鼻をすすって、掌で目尻を拭うと、小さな、しかしはっきりとした声で言った。
「……よろしくお願いいたします」
俺に向かって深く頭を下げたその人の許しを得た頃、馬車は俺の屋敷の前で停まった。
お義父様は、俺の屋敷を前にしても、動こうとはしなかった。
娘に会うつもりだと思ったのだが、彼は首を横に振って、「その資格はありませんから」と弱々しく言う。
その姿は、最初に彼を見た時よりも、さらに小さく見えた。
彼が実年齢より老いている理由が分かった気がする。
「……御者に送らせます」
俺は一人で馬車を降りると、御者に耳打ちして、スノウの待つ屋敷へと帰った。
※
「喜んでくれ、“スノウ”! 君との結婚を認めてもらえたんだ!」
俺が部屋へ戻ると、スノウは俺の前まで歩いてきて、「お、おかえりなさいませ」と慣れない様子で出迎えてくれた。
スノウは躊躇いがちに、俺の発言について尋ねてくる。
「あの、ウォルク様……どうしてその名前を……?」
「ああ、君の父から聞いたんだ」
「父に会ったのですか!?」
「さっきね。スノウにも会いたがっていたよ」
スノウの髪に手を伸ばして、その触り心地を堪能しつつ、髪を伸ばした姿も見てみたいな、なんて事を考えていた。
綺麗な黒髪だから、雪のように白い首筋に、きっと映える。
されるがままに、頭を撫でられているスノウが、また可愛い。
情報を処理しきれていないのか、スノウは黙り込んだ。
俺は背中を押すように付け加える。
「君は会いたくないの?」
スノウは、はっと顔を上げた。
言葉が出てこない様子だった。
彼女の吐露を聞けば、誰だって分かる。
あの時、確かに、父に愛されたいと泣いていたのだ。
俺はスノウの手を持ち上げて、甲に口付けると、そっと囁いた。
「屋敷の前に、馬車が停まっている。お義父様も来ているよ」
揺れていたスノウの瞳に、強い意志の光が宿る。
スノウは弾かれたように、俺の横をすり抜けて、鍛えた速さで駆け出した。
そのまま外へ向かうかと思ったら、彼女は急に、ピタリと立ち止まって、振り向いて俺を見た。
「ウォルク様、好きです」
耐えていたのだろう、瞳に涙が溜まって、今にも零れそうだった。
「きっと……きっと、私と、結婚してくださいね……!」
根雪が溶けて、春の花が芽を出すような。
温かな日差しを思わせる、可憐な笑顔を浮かべて、彼女はまた駆けていった。
「…………たまらないな」
俺の最高の騎士は、最高に可愛いお嫁さんだと思う。
やけに静かだと、窓の外を見たら、雪が降っていた。
夜の中、しんしんと、ただ積もってゆく。
月明かりに照らされた、一面の白銀に、ぽつんと黒い影が佇んでいた。
夜の闇色の髪が、風に煽られて、雪色の肌の上を滑る。
剣を携えた、美しい女性騎士だ。
騎士は、鞘に収めたままの剣を振り、白い世界を舞い始めた。
鍛錬をしているのだが、彼女のそれは、何度目にしても、見惚れてしまう。
俺は、雪に紛れたら、溶けたように見失ってしまいそうな、白い手袋を手に持った。
獣の皮を使った、ちょっと良い品だ。
もう少しだけ、この部屋の窓から、雪上の騎士を眺めていよう。
騎士が冷えた体で戻ってきたら、俺は妻を抱きしめるのだ。
そんな楽しい想像をしながら、俺の騎士のために誂えた手袋を撫でる。
部屋の明かりを反射して、窓に映る俺の顔。
それは、かつて冷然と言われたのが疑わしいくらい、嬉しそうに微笑んでいるのだった。
「ええ……」
「不幸になって欲しい訳が無いですよね」
「もちろんです……」
「スノウさんは、俺が幸せにしますね」
会話の流れに乗じて、再度、嫁にもらう宣言をする。
やっぱり、娘はやらないと言われるかな、と思ったのだが、お義父様は鼻をすすって、掌で目尻を拭うと、小さな、しかしはっきりとした声で言った。
「……よろしくお願いいたします」
俺に向かって深く頭を下げたその人の許しを得た頃、馬車は俺の屋敷の前で停まった。
お義父様は、俺の屋敷を前にしても、動こうとはしなかった。
娘に会うつもりだと思ったのだが、彼は首を横に振って、「その資格はありませんから」と弱々しく言う。
その姿は、最初に彼を見た時よりも、さらに小さく見えた。
彼が実年齢より老いている理由が分かった気がする。
「……御者に送らせます」
俺は一人で馬車を降りると、御者に耳打ちして、スノウの待つ屋敷へと帰った。
※
「喜んでくれ、“スノウ”! 君との結婚を認めてもらえたんだ!」
俺が部屋へ戻ると、スノウは俺の前まで歩いてきて、「お、おかえりなさいませ」と慣れない様子で出迎えてくれた。
スノウは躊躇いがちに、俺の発言について尋ねてくる。
「あの、ウォルク様……どうしてその名前を……?」
「ああ、君の父から聞いたんだ」
「父に会ったのですか!?」
「さっきね。スノウにも会いたがっていたよ」
スノウの髪に手を伸ばして、その触り心地を堪能しつつ、髪を伸ばした姿も見てみたいな、なんて事を考えていた。
綺麗な黒髪だから、雪のように白い首筋に、きっと映える。
されるがままに、頭を撫でられているスノウが、また可愛い。
情報を処理しきれていないのか、スノウは黙り込んだ。
俺は背中を押すように付け加える。
「君は会いたくないの?」
スノウは、はっと顔を上げた。
言葉が出てこない様子だった。
彼女の吐露を聞けば、誰だって分かる。
あの時、確かに、父に愛されたいと泣いていたのだ。
俺はスノウの手を持ち上げて、甲に口付けると、そっと囁いた。
「屋敷の前に、馬車が停まっている。お義父様も来ているよ」
揺れていたスノウの瞳に、強い意志の光が宿る。
スノウは弾かれたように、俺の横をすり抜けて、鍛えた速さで駆け出した。
そのまま外へ向かうかと思ったら、彼女は急に、ピタリと立ち止まって、振り向いて俺を見た。
「ウォルク様、好きです」
耐えていたのだろう、瞳に涙が溜まって、今にも零れそうだった。
「きっと……きっと、私と、結婚してくださいね……!」
根雪が溶けて、春の花が芽を出すような。
温かな日差しを思わせる、可憐な笑顔を浮かべて、彼女はまた駆けていった。
「…………たまらないな」
俺の最高の騎士は、最高に可愛いお嫁さんだと思う。
やけに静かだと、窓の外を見たら、雪が降っていた。
夜の中、しんしんと、ただ積もってゆく。
月明かりに照らされた、一面の白銀に、ぽつんと黒い影が佇んでいた。
夜の闇色の髪が、風に煽られて、雪色の肌の上を滑る。
剣を携えた、美しい女性騎士だ。
騎士は、鞘に収めたままの剣を振り、白い世界を舞い始めた。
鍛錬をしているのだが、彼女のそれは、何度目にしても、見惚れてしまう。
俺は、雪に紛れたら、溶けたように見失ってしまいそうな、白い手袋を手に持った。
獣の皮を使った、ちょっと良い品だ。
もう少しだけ、この部屋の窓から、雪上の騎士を眺めていよう。
騎士が冷えた体で戻ってきたら、俺は妻を抱きしめるのだ。
そんな楽しい想像をしながら、俺の騎士のために誂えた手袋を撫でる。
部屋の明かりを反射して、窓に映る俺の顔。
それは、かつて冷然と言われたのが疑わしいくらい、嬉しそうに微笑んでいるのだった。
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