歌声は恋を隠せない

三島 至

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嫉妬

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 十二歳のリナリアは、どうしようもなくカーネリアンのことが好きだった。
 カーネリアンは、他の子には優しいのに、リナリアに対しては少し素っ気ない。
 自分にも微笑んで欲しいと思いながら、他の子と同じ扱いでは嫌だと思った。
 彼の特別になりたかった。

 カーネリアンが、一家で王都旅行をすると言って、数日間街から居なくなることがあった。
 彼はこの街に引っ越して来る前は、王都に住んでいたらしい。
 王都と言っても隣街なので、そんなに遠くはない。
 それでも、リナリアは病弱な母と暮らしているので、隣街でさえ行ったことがなかった。
 彼が楽しんでいるといい。そう思いながら、見たこともない王都を想像した。

 薄々、カーネリアンに好かれていないのではないかと思い始めていた。
 そのことが、リナリアを不安にさせた。彼らが旅行にいっている間も不安だった。
 甘やかされ、人を気遣わないリナリアは、相手の感情の機微に疎かったが、カーネリアンにどう思われているかは、よく考えていた。

 王都にいるとき、カーネリアンは清々するだろうか。
 それとも、リナリアのことなんて頭の隅に追いやって、旅行を満喫しているだろうか。

 少しでもリナリアのことを考えていてほしかった。
 我が儘は鳴りを潜めて、生来の臆病な性格が顔をだす。
 帰ってきた時、出迎えたリナリアを見て、嫌そうな顔をされたらどうしようと、後ろ向きなことを考えては落ち込んだ。

 リナリアは四六時中ずっと、カーネリアンのことを考えていた。



「カーネリアンが帰ってきたって!」

 嬉しい知らせはすぐにリナリアに届けられた。
 友人の一人が教えに来てくれたとき、リナリアはまだ家にいた。

 普段は、カーネリアンとなるべく一緒に居たいため、朝早くから教会へ向かうのだが、この日は母の体調が悪かったのだ。

 すぐに教会へ行きたかったが、母の側を離れるのは躊躇われた。
 リナリアはカーネリアンに恋をしているが、母のことも大切だ。
 数年前から一向に回復しない母の体が心配だった。

 すぐに行くと言わないリナリアをみかねて、横たわる母はそっと娘の背を撫でた。

「リナリアは優しいわね」

 母はいつものように、穏やかな笑みを見せた。
 まだ心根が幼いリナリアは気づかない。
 母はいつも、遠くを見るような、ここではない何かを思っているような目をしていた。

 我が儘なリナリア。
 母に対しては、心優しいリナリア。

「行ってらっしゃい」

 リナリアは思った。
 母の感情がありありと分かる。
 今日は教会に行かずに、母の側に居よう。そう決めたことに気づいたのだろう。
 母は、心配されたことを嬉しく思ったようだった。
 その上で、リナリアのしたいことを我慢しなくてもいいと、気遣ってくれたのだ。

 リナリアは自分に都合がいいように解釈した。

「……うん。行ってきます、おかあさん」

 結局、やっぱり、早くカーネリアンに会いたかった。


 教会へ行くと、珍しくカーネリアンからリナリアに話しかけてきた。
 それだけでも嬉しいのだが、もっと嬉しいことがあった。

「リナリアの分。別に君だけじゃないから」

 手を出せ、という動きをされたので、リナリアは素直に手を出す。すると、手の平からはみ出さないくらいの、小さな紙袋を渡された。

「……?」

 それを不思議そうに見ていたリナリアは、周りの友人達も多少の違いはあれど、紙袋を手にしていることに気がついた。

「これ、なに?」

「王都で買った。旅行土産」

「え!」

 カーネリアンから何か貰えるとは期待していなかったので、意外に思う。

「どうせ君だけ渡さなかったら、あとからうるさいだろう」

 今まさに、「どうして私に一番に渡さないの! 常識でしょ!」と言いかけていた。
 リナリアは、本心ではそんなことを思っていなかった。
 嬉しくて、つい、照れ隠しで、いつものよう口が出そうになる。
 無性に恥ずかしくて、ありがとう、と言えなかった。

 あまり黙っていると、また「礼儀としてお礼ぐらい言えたほうがいいんじゃないの?」なんて言われそうだと思い、言葉を探す。

 何か言わないと。
 そう言えば挨拶をしていない。

(カーネリアン、)口を開く。

「リアン!! 早く戻ってきてよー!」

 リナリアが、お帰りなさい、と言うのを、少女の高い声が遮った。

 あまり馴染みの無い声である。
 一瞬で、リナリアの気分が黒く染まる。

 “リアン”  ……?
 “戻ってきて!”……?

 カーネリアンを愛称で呼ぶ少女の声は、リナリアに知らない感情を呼び起こさせた。
「戻ってきて」と言ったのは、さっきまで彼女と一緒だったからか。

(……この私を差し置いて!)

 高慢なリナリアが顔を出す。
 カーネリアンの一番は自分でなくてはならない。

 リナリアは、ゆっくりと声のしたほうへ向き直る。
 数人の子供がいたが、リナリアはカーネリアン以外眼中に無かったので、誰だかよく分からなかった。

 答えはカーネリアンが口にした。

「フリージアにも渡すよ。今そっちに行く」

 彼が少女の名前を呼ぶ声が、リナリアの心の奥底に沈んでいく。
 このことが、リナリアに初めて嫉妬の感情を自覚させた。

 たかが名前をよんだだけ。
 この時のリナリアにとってはその程度のことでも、自分の支配下に置きたかったのだ。



 それからは毎日、最悪の気分だった。

 顔も知らなかった少女は、フリージアという。
 リナリアが意識していなかっただけで、フリージアは昔から教会に通っていた。

 実をいうと、フリージアも、例に漏れず純粋にリナリアを慕っている信者の一人だった。
 その気持ちをリナリアが汲み取ることはなかったが。

 一度目につくと、兎に角目障りだった。
 カーネリアンと二人で話がしたいのに、フリージアは邪気の無い顔で割り込んでくる。
 カーネリアンはリナリアに向ける仏頂面ではなく、親しげな笑顔をフリージアに向ける。あまつさえ、声をあげて楽しそうに笑うのだ。あの、カーネリアンが。

 リナリアとカーネリアンと、他多数、といった普段の集団が、いつの間にか変わっていた。

 リナリアとカーネリアン、そしてフリージアの三人に。

 フリージアは不器量でもないが、華やかさもない少女だ。
 下がっている太めの眉毛は、毒気を抜かれる愛嬌がある。
 櫛が引っ掛かりそうなうねる髪は、肩を少し超すくらいで、彼女の和やかな雰囲気によく合っていた。
 性格も曲がってはいないが、空気の読めないところがあり、リナリアの悪感情には微塵も気付いていなかった。

 フリージアは、周りに受け入れられていた。
 リナリアは、自分がカーネリアンにとって主役ではないことが許せなかった。
 三人でいるのに、リナリア一人が取り残されている気分が続く。


 堪らなかった。

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