歌声は恋を隠せない

三島 至

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聞き耳

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 リナリアは神様に愛されている。
 誰もが知る事実で、本人の口癖でもある。
 神様は一柱ではない。
 世界中に数多の神様が存在する。
 ある神様は、リナリアに加護を与えた。
 では、他の神様は?


 神仕え曰く。加護を与えている神様とは別の神様が、リナリアを呪った。
 何らかの理由でその神様の怒りを買ったため、声が出なくなったのだという。

「今朝から声が出ない、と言いましたよね。昨日は大丈夫だったんですね? なら昨日、何かあったはずです」

 確かに昨日は、普段と違った行動を取った。
 フリージアに絶交宣言したこと。
 教会に入らなかったこと。

 母も続けて問いかける。

「リナリア、昨日変わったことはなかった?」

 母はもちろん、フリージアとの一件を知らない。
 話の流れに、リナリアは焦った。

 神仕えは、「主に悪いことで」と言った。
 自分がフリージアにしたことに罪悪感はなかったが、ひどい言葉で責めるのは、悪いことになるだろう。
 だがフリージアを罵倒したことと、神様は関係ない。
 そう思ったリナリアは、悪事は知られないほうがいい、と思考を巡らせた。

 母の顔を見る。顔色が悪かった。
 心底心配そうな声と表情に、初めて、悪いことをしているような気持ちになる。
 母に嘘を吐きたくなかったのもあり、結局誤魔化すのは諦めた。
 包み隠さず、自分が感じていたこと、それによって起こした行動を紙に書いて見せた。

「……喧嘩をすれば、言葉で相手を傷付けることもあります。客観的に見れば、呪いを受けるほどの悪事とは言えません。何か、付加する事項がなければ」

 神仕えはリナリアを責めなかった。
 喧嘩という言葉に、そうか、あれは喧嘩だったのか、と納得する。
 リナリアに喧嘩を売る相手などいなかったので、言い争いなど全くと言っていいほどしたことが無かったのだ。
 フリージアを敵視するまでの話だが。

 フリージアからすれば、普段の応酬も言い争いとは思っていなかったのだが、彼女を嫌い抜いているリナリアが知る由もない。

「呪いを解く方法はあるんですよね……?」

「あるとは思いますが、はっきりとは……確実なのは、呪った神の怒りを鎮め、許しを得ることです」

 リナリアが紙に、「付加する事項って?」と書いて尋ねる。

「ただの喧嘩で終わらなかった、理由があるということです。あと考えられるとすれば、フリージアですね……」

 ペンを走らせる。「フリージアに何かあるの?」

「もしかすると、私達神仕えのように、能力があるのかもしれません。あくまでも可能性ですが」

 怪訝な顔をしていると、付け加えて言う。

「誤解してほしくないのですが、フリージアが悪意を持って何かしたと言うわけではないですよ。少し時間をください。フリージアに会ってみます」

 時間をください、の言葉に、この状態のリナリアをそのままにしてよいのかと母が不安な面持ちでいた。
 神仕えは安心させるように、母とリナリアに微笑んだ。

「命を奪う類いではありません。私も、リナリアの美しい声が戻るよう尽力します。今日は帰って、ゆっくりお休みなさい」

 神仕えは母を名指しして注意を向けた。

「貴女もです、アザレア」

 アザレアとは、母の名前である。
 リナリアも母を見上げて頷く。只でさえ体が弱いのに、心労まで重なれば、倒れてしまうのではないか。
 自分のことで煩わせたくないと思った。

 リナリアは母の袖を引っ張ると、帰ろう、と催促した。
 まだ日は沈んでいないが、早く休ませてあげたかった。






 リナリアと母が、教会に入って行くところを見ていた人物がいた。

(リナリアだ……今日は来てなかったのに)

 彼は午前中教会へ行ったが、リナリアが居なかったため、残念に思いながら一度家に帰っていた。
 だが彼は、日に一度はリナリアを眺めたいと思う、リナリア信者の一人である。午後に時間が空けば、足は自然と教会へ向かった。

 母親と二人で来ているのは珍しい。
 彼は好奇心に釣られて、二人に続いてこっそり教会の扉を開いた。
 気付かれないようにしたことに、深い意味はない。
 見つかったら、それでいいと思っていた。

 そっと体を滑り込ませた時に、リナリアと母親が神仕えと一緒に奥の個室へ入っていく様子が見えた。
 ますます興味を引かれる。

「あれ、ランスじゃない。どうしたの?」

 意識を個室の向こうへ集中させていたため、背後から人が寄ってきた事に気付かなかった。

「ちょ、声でかい!」

 よく通る声で名前を呼んだ相手を、小声で制止する。
 彼ーーランスの言葉に、名前を呼んだ少女は声を抑えて尋ねる。

「な、なによ。何かあるの?」

「今さ、リナリアが来ただろう?」

 小声で会話を続ける。

「え?来た……かな? 来たかも」

「見てないのかよ、リナリアだぞ? 気付くだろ普通」

 ランスの若干責めるような口調に、ミモザは面白くない、と言いたげな顔をした。彼女の物言いが若干きつくなる。

「何よ、リナリアに会いに来たの?皆が皆、リナリアばかり見ている訳じゃないのよ……」

 言葉尻は弱々しい。少し落ち込んだように見えた。

「あ~、悪い、つい」

 ランスは思春期の少年らしからぬ自然さで、少女の頭を優しく撫でる。

「悪かったって、ミモザ。べつに怒ってないだろ」

「……」

 ミモザは顔を赤らめて俯いた。
 機嫌は直ったようだ。

「ミモザも来いよ。今、神仕えさん達が奥の部屋に居るんだ。静かにな」

 ランスはミモザの手を引く。
 ミモザは繋がれた手をじっと見ていた。

「そこで何かあるの?」

「それを確かめに行くんだよ」


 二人は個室の前にしゃがみこむと、扉に耳を寄せて、室内の音を拾った。
「怒られるよ」不安げなミモザに、「大丈夫だって」とランスは根拠のない励ましをする。

「見つかったら、俺が怒られてやるから」

 言っていることは余り頼もしくない上、行動も褒められたものではない。だがランスの顔を見ていたミモザは、不安とは別の感情が勝ったようだった。
 彼女の頬がまた少し、赤くなった。



 ーー娘は、今朝から声が出ないのです……
 ーー貴女は、呪いを受けています……

 扉の向こうから聞こえた会話は、予想もしていないことだった。
 思った以上に重い内容に、二人は動揺する。

「呪いって……そんなことあんのかよ」

 先程よりさらに小声で、ランスが呟く。

「あ、まずい、椅子から立った! ミモザ、逃げるぞ」

 再びミモザの手を取ると、物音を立てないように立ち上がる。
 真剣な様子で神仕えの話に聞き入っていたミモザは、ランスに引っ張られるようにして歩きだす。
 二人はリナリア達に気付かれる前に教会を後にした。

 外に出たランスはもう声を殺しはしなかったが、ミモザは、暫く無言のままだった。


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