歌声は恋を隠せない

三島 至

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相談・フリージア

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 王都は途方もなく広いが、隣街といえど「神様の恩恵を受ける街」は小さな所である。
 居住区は大きく二つに分かれている。
 裕福な家庭が多い場所と、どちらかと言えば貧しい家庭が多い場所の二つだ。
 カーネリアンの家と、フリージアの家は同じ居住区にある。

 富裕の居住区は、病院や学校、図書館が近い。
 貧しい居住区の方は、教会や、墓地が近く、少し離れれば騎士の屯所がある。
 フリージアは裕福な家庭の方だ。


 リナリアがフリージアに、「友人になりたくない」と言った日の事。
 フリージアの母は一人家事に勤しんでいた。
 この時間、家には彼女しか居ない。夫は仕事をするために朝から出掛け、娘はいつも友達に会いに教会へ向かう。
 干していた洗濯物を取り込み、二階の部屋で畳んでいると、玄関の扉が開く音がした。

 夫が帰るにはまだ早い時間である。
 娘が帰ってきたのだろうと思ったが、それにしては静かだ。
 フリージアは帰ってくると必ず、
「ただいま~! あのね! 今日リナリアがね!」と、二階まで聞こえるほど明るい声で喋り出す。
 母が「おかえり」と挨拶を返す前に言い募るのだ。
 話し始めはいつもリナリアのことである。というより、最後までリナリアのことと言った方が正しい。

 待ってみても声がしなかったので、もしや夫だろうかと思う。
 仕事が終わるには早すぎるので、何かあったのかもしれない。洗濯物を置いて、階下に降りた。

「フリージア?」

 夫ではない小柄な姿を目に留めて、名前を呼ぶ。
 娘が俯いて、玄関に立ち尽くしていた。
 フリージアは一言も発しない。その表情も窺えなかった。

「おかえり、フリージア。どうしたの、声もかけないで……」

 近づきながら言うと、やっと娘が動いた。少しだけ顔を上げるが、目線は落ちたままだ。

「何でもない……ただいま……」

 そのまま自分の部屋へ向かおうとする。
 明らかに様子がおかしい。

「フリージア、何かあったの……」

 覇気の無い顔をのぞきこむと、泣いた後のように、目が赤くなっていた。
 フリージアはまた俯き、もう一度「何でもない」と呟く。母の呼び止めも聞かずに、足早に部屋に入っていった。

 明るさが取り柄の娘が、あれほど落ち込む姿を見るのは初めてだった。
 そっとしておいたほうがいいのか、励ましたほうがいいのか分からない。
 フリージアは意外と頑固なところがあるので、少し迷って、結局前者を選んだ。
 フリージアが去った方向を見ながら、口からは「大丈夫かしら……」と声が漏れた。

 夕食の時間になっても、フリージアは部屋から出て来なかった。


 それから二日経った朝、まだフリージアは引きこもっている。
 異常な事態に夫婦そろって動揺していた。

「あのフリージアがこんなに落ち込むなんて、何があったのかしら……」

 昨日の夕食に呼びに行った時に、やんわり聞いてみたが、教えてもらえなかった。

「親友の、リナリアちゃんに聞いてみたらどうだ? 何か知っているかもしれん」

 夫の提案にも気が進まない。

「う~ん、あの子、綺麗過ぎて気が引けるのよね……」

「子供相手にか? いや、まあ、あの子なら仕方がないか……」

 取り合えず夫を仕事へ送り出し、フリージアに声をかけてから、買い出しに行く用意をする。
 何か、フリージアの好きな甘いものでも買ってあげようと思ったのだ。
 あまり足しにはならないだろうとも思っていたが。

 商店街に向かう途中の公園で、フリージアの母もよく話す、主婦達の小集団が目に入った。
 三、四人で何やら話込んでいる。

 少し混ざろうと、集団に近寄った。

「ええ? リナリアちゃんが、フリージアを?」

 聞こえてきた娘の名前に、自分と無関係な話ではないと悟る。
 無関係どころか、今まさに、求めている情報がありそうだ。
気が付けば挨拶も忘れて、質問を口にしていた。

「うちの娘の名前が聞こえたけれど……何かありました?」


 信じられないことを聞いた。
 フリージアが落ち込んだ原因は分かった。
 どうやら、大好きなリナリアと仲違いしたらしい。
 ただの喧嘩よりも深刻なようだ。
 情報源はミモザの母親である。
 もちろんフリージアのことは心配だが、それよりも、驚いたのは……。

「呪いを受けたって……あの、リナリアちゃんが……」

 フリージアが心酔しているため、リナリアの事は毎日聞かされていた。
 娘はいつもリナリアを褒め称える。彼女が呪いを受けるなど、半信半疑であった。
 神様に愛されている娘が、神様に呪われる。
 矛盾したような話だ。

 そして、フリージアの母は夫へ、それぞれの家庭が、家族に話を広めていく。
 噂が広まるのに時間はかからなかった。




 三日目の午後、フリージアは部屋を出た。
 引きこもってからも、リナリアとの事を考えては泣いていたので、目が腫れぼったい。

 部屋を出たのは、教会へ行くためだ。
 リナリアはいつも午前中に来るから、会わないように午後にした。

 フリージアは鈍いが、女性の噂好きな面はよく分かっていたので、たとえ母でも何があったのか言いたくなかった。
 母に知られ、父に知られ、何処まで知られるか分かったものではない。

 リナリアと仲が悪くなったなんて、思われたくなかった。
 フリージアはどうしても諦められない。
 自分はリナリアに嫌われている。
 親友だと思っていたのは自分だけだと知らしめられた。
 でも大好きなのだ。
 一生友人になれないなんて嫌だった。

 またリナリアと話せるようになるために、いくらでも努力できる。
 話すだけでは以前と変わらない、今度こそ、本当の友人になりたい。
 しかし、頭が良いとは言えないフリージアは、そこからどうすればいいか分からなかった。
 関係ない人、公平な人、秘密を漏らさない人に相談にのってほしいと思った時に、思い浮かんだのが、神仕えだった。


 外に出ると、心なしか近所の人の視線を強く感じた。
 引きこもっていたから、だらしなく思われただろうかと、両親に申し訳ない気持ちになる。

(駄目な娘でごめん……明日からちゃんとします……)

 心のなかで謝りながら、教会へ急いだ。



 教会は閑散としている。
 珍しく、全く人が見当たらない。リナリアも学校へ行っている時間なので居なかった。
 今会っても関係を修復するのは難しいので、姿が見えなかった事に初めて安堵する。
 見渡していると、奥から神仕えがやってくるのが見えた。
 目が合う。






 神仕えは、リナリアとアザレアが訪ねてきた時よりも驚いた。
 フリージアの顔を見た瞬間、全てを悟る。
 それなりに長く生きてきて、神仕えになれるだけの能力があり、様々な魔法と恩恵を目の当たりにしてきた。
 しかし、こんな稀有な出来事は、長く生きても、立ち合えるものではない。

(これも、巡り合わせか……)

 神様の恩恵を受ける街とは、本当にその通りだ。

「フリージア、お話ししませんか? 貴女に伝えるべきことがあるのです」

 気持ちを落ち着かせてから、穏やかに告げる。

「わたしも、相談したいことがあるんです。聞いてもらえますか……?」

 フリージアは神妙な面持ちで頼んできた。


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