歌声は恋を隠せない

三島 至

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オーキッド・レユシット

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 オーキッド・レユシットは、生まれながらの貴族ではない。
 彼は子供の頃、貴族であるレユシット家に養子として入った。
 レユシット家嫡男の我が儘が発端だ。
 跡継ぎとなる子供は、孤児院で見かけたオーキッドを、弟にしたいとごり押しし、本当に実現させてしまったのである。

 義理の兄となる子供の名前は、グラジオラスという。
 オーキッドはレユシット家において、グラジオラス以外には歓迎されていなかった。
 レユシット家では肩身の狭い思いをしたため、引き取られた当時は、グラジオラスを恨みたい気持ちも芽生えた。
 だがオーキッドの味方はグラジオラスだけだったので、頼れるのも彼しかいない。

 孤児であったオーキッドは、確かに良い里親を探していたが、何もこんな、貴族の名門でなくても良かった。
 むしろ平凡な一般家庭を望んでいた。
 自分が引き取られた理由はなんなのだろう、といつも考えていたが、自分のどこを気に入られたのかは分からなかった。
 いらない存在だと周りから思われるのも、それを自分で認めてしまうのも嫌だった。

 グラジオラスは常に偉そうな態度で、家の者は皆、彼の言いなりのようだった。
 ただそこに嫌悪感はなく、彼の我が儘に、好きで付き合っているように見える。
 彼が家族に愛され、使用人にも慕われていることを物語っていた。

 横柄な態度の彼も、オーキッドにだけは優しく接した。
 これも謎だったが、グラジオラスは、オーキッドと一緒にいるときは、素直に自分の気持ちを伝えてくれていたように思う。
 オーキッドを弟というよりは、大切な友人のように扱うので、悪い気はしなかった。
 彼の態度は、オーキッドに依存しているかのようだった。オーキッドはそれを、段々と心地よく感じるようになっていた。
 グラジオラスの貴族然とした態度は建前で、根は優しいのではないかと思うようになった。
 そのように少年の頃をレユシット家で過ごすうち、グラジオラスに親しみを覚えるようになる。
 いつの間にか、二人は親友と言って良いほど、打ち解けていた。

 仲よく過ごす兄弟を見て、レユシット家の人達もオーキッドに親切にしてくれるようになった。
 ゆっくりと、確実に、オーキッドの居場所ができていく。
 グラジオラスを兄と呼ぶことに抵抗はない。
 ただひとつ違和感があるとすれば、オーキッドもそれなりに目鼻の整った顔立ちをしているが、グラジオラスは桁違いということだった。
 グラジオラスは誰から見ても美形である。
 成人するまで、オーキッドはレユシット家で過ごしたが、大抵一緒にいたグラジオラスは、大層もてた。
 中性的で美しい顔立ちは、青年の頃には一層魅力を増す。
 見合いの話も山ほどあったはずだが、グラジオラスは誰も選ばなかった。
 オーキッドが家を出る時も、グラジオラスは独身のままだったはずだ。

 彼には妹も一人いるのだが、彼女も気後れしてしまうらしく、曰く、「ジオ兄様は綺麗すぎるから、鑑賞用なの」とのこと。
 彼女は兄の次に、オーキッドを受け入れてくれた人だ。
 最初は遠巻きにしていたのだが、グラジオラスが居ないときに、オーキッドに寄ってきた。

「あの兄様と普通に話せるなんて、すごいわ」

 と、こっそり話しかけてくれたのがきっかけである。
 レユシット家が居心地の良い場所に変わって、何も不満は無かったが、オーキッドは追い詰められた気持ちになっていた。
 時間が過ぎて、何もかもが終わって、諦めがつくまで、妹とは会いたくないと思う。
 あってはならない欲を自覚してしまったからだ。
 オーキッドが成人してすぐに家を出たのは、それが理由だった。




 過去に思いを馳せていたオーキッドは、歌が終わったことで、意識を現実に引き戻した。
 素晴らしい歌声だった。
 これなら、王都でも通用するだろうとも思った。
 しかし、オーキッドの中で、ある疑惑が消えない。
 あり得ない話、とは言い切れないのだ。
 グラジオラスと、リナリアは、似ている。
 赤の他人とは思えないほどに。

 ふと、以前、行き先も告げずに兄が長期の旅行に行ったことを思い出した。
 ちゃんと帰ってきたが、行き先も、目的も、詳細は教えてもらえなかったのだ。
 あれは、何年前のことだ?
 自分のなかで、じわじわと、疑念が広がっていく。
 確か、あれからではなかったか。
 兄が、恋愛事に拒否を示すようになったのは。
 グラジオラスは、頑なに結婚しない。
 だが一度だけ、彼はオーキッドにこぼしたことがある。
 たった一言、失恋した、と。
 その時のことが、ずっと頭に引っ掛かっている。
 オーキッドは、疑いながらも、ほとんど確信していた。
 気になるのは、その過程だ。
 このリナリアという少女のことを知りたいと思う。
 深く考えずに教会まできたが、予想外の出来事に出会した。

 この街には、暫く留まることになりそうだ。

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