歌声は恋を隠せない

三島 至

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弁明

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 フリージアは焦って、頭が真っ白になった。
 目の前にいる男性は尾行に気付いた上で、此方の動きを探っていたのだろう。
 何も考えずに、口を出た言葉は、つい喧嘩腰になってしまう。

「あ、あなた、何なんですか! リナリアのこと聞きまわって……ストーカーですか!?」

 思いの外大きな声が出た。発言内容に、オーキッドはぎょっとして、辺りに目を配った。両手を挙げ、フリージアを制する。

「ちょっと、声を抑えて……あと、決してストーカーではな……」

「怪しいです! 何が目的ですか!」

 オーキッドが言い返そうとしてくるが、さらに言い募る声で遮った。
 緊張と興奮で、声も、握りしめた手も震えていた。






 彼女は半ば自棄になっている。
 大声につられた、周囲からの視線が痛い。
 若干人だかりができている。
 オーキッドはやや声を潜めて、フリージアを咎めた。

「君こそ、俺のこと探っていただろう? 」

 フリージアは、う、と言葉に詰まったが、すぐに言い返してくる。

「それは! 友達が狙われてたら、当然のことです!」

「狙うって……決めつけるなぁ……俺は怪しい者じゃないよ。街で有名な歌姫に興味があるんだ。よくいるうちの一人だと思うんだけど?」

 不審者だと決めつけてかかるフリージアに対し、オーキッドは幾分冷静だ。
 落ち着いた声音で、やんわりと宥めようとする。
 言い返せなくなったようで、口を噛み、むむむ、と唸ったフリージアは、まだ納得いかない様子である。
 オーキッドのなかに敵意は全く無い。街の人に尋ねた時と同じように、優しく問いかける。

「友達って言ってたけど……君はリナリアさんとは、仲が良いのかい?」

 深い意味は無かった。
 ただ会話の糸口として、何気なく聞いただけだ。
 てっきり肯定されると思ったのだが、オーキッドを恨めしげに見上げていた瞳が、弱々しく揺れた。
 急に落ち込んだフリージアに、オーキッドは意外に思う。
 てっきり、「リナリアとは親友なんです! 彼女に何かしたら許しませんから!」という内容の事を言われると思ったのだが、彼女は意気消沈してしまった。
 もしかして、喧嘩でもしているのだろうか。次に何と声をかけようかと考えていると、フリージアが先程より覇気の無い声で言った。

「……とにかく、リナリアに変なことしないで下さい」

 彼女は質問には答えず、念を押してきた。
 オーキッドとしては穏便に立ち去りたいのだが、如何せん目立ちすぎた。人だかりが消えていない。
 傍観されているだけで、悪意を向けられている訳ではないのだが、少女に不審者扱いされている手前、非常に居心地が悪い。
 この街には暫くいるつもりなので、妙な噂を流されてもこまる。面倒でも、誤解は解いておいた方がいいだろう。
 取り合えず場所を変えよう。
 オーキッドが、そう声をかける前に、誰かが人だかりを割って入って来た。

「フリージア、何をやっているんだ?」

 明らかに今オーキッドと話していた少女に向けられた言葉に、二人が知り合いだと分かる。オーキッドはここで初めて、彼女の名前がフリージアだと認識した。

「か、カーネリアン」

 フリージアの表情に違和感を覚えたオーキッドは、耳に入った名前にすぐ意識をそらされる。

(カーネリアンだって?)

 聞いた名前だ。
 リナリアといつも一緒にいるという、幼馴染。
 下手に誤解されて、悪い印象を持たれては、リナリアに会えなくなる。焦ったオーキッドは、カーネリアンに名乗ろうとしたのだが、カーネリアンの後ろに佇む亜麻色に、言いかけた言葉をのみ込んでしまう。
 リナリアが、やや険しい目付きで、オーキッドを見据えていた。
 やや、と表現したのは、あまり迫力がなかったからだ。
 美人は怒ると数段怖いとか、綺麗な人に睨まれると心の痛手が大きいとか、よく聞くのだが、彼女には当てはまらないようだ。
 恐らく睨んでいるつもりなのだろうが、背の高いオーキッドからすれば上目遣いになるので、有り体に言えば、ただ可愛いだけである。
 もっとも、大抵の男性はリナリアより背が高いだろうから、つまり誰から見てもそうなのだろうと思う。
 オーキッドにとってはそれ以外にも、彼女を見ると気が緩んでしまう理由があるのだが。

(近くで見ても……やっぱり似ているな……)

 リナリアの事をじっと見すぎていたらしい。
 フリージアが復活して、「リアン! この人ストーカーよ! リナリアの!」と言い出した。
 直後、はっとして口元を押さえ、そっとリナリアを窺い見るようなフリージアの仕草に、疑問を持った。
 深く考える前に、ストーカーと聞いたカーネリアンの目が剣呑なものになったので、オーキッドは思考を打ち消す。
 慌てて素性を明かした。

「誤解だよ、本当に俺は怪しい者じゃない! そちらのお嬢さんにはまだ名乗っていなかったけど、俺はオーキッド。レユシット家のオーキッドだ。商人をやっていて、王都から来たんだよ」

 家名を名乗ったことは効果があったらしく、疑う視線が少し和らいだ。
 カーネリアンの表情からは内心は読み取れないが、一言も発していなかった連れの男は分かりやすかった。

「貴族が、何で商人に?」

 言っている事と表情が一致しているので、彼の方は素直そうだと感じる。
 それに、友好的な感触だ。

「まあ、色々あって、俺は結構自由なんだ。ところで、君は?」

 詳しくは説明せず、ひとまず相手の名前を尋ねた。

「ランスって言います。何でストーカー呼ばわりされてたんですか?」

 ランスは、特にオーキッドを疑っている風でもなく、双方の話を聞く気があるようだ。
 話が分かるようで助かる。

「それについても説明するよ。取り合えず、皆さん、場所を変えないかい?」

 人だかりを見渡して、オーキッドはやっと言いたかった事を言えた。


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