22 / 91
詮索と尾行
しおりを挟む教会を出たオーキッドは、リナリアのことをさらに聞いて回っていた。
リナリアの暮らしぶりについて、新たな情報がいくつか手にはいる。
彼女は今、教会の近くに一人で住んでいるらしい。
家族は母親だけで、以前は二人で暮らしていたが、二年程前に亡くなっている。
(母親は死んだのか)
その事実に、落胆を禁じ得ない。
母親が生きていれば、一番の証人になったはずだからだ。
リナリアが真相を知っているかは分からないが、残る手掛かりは、本人達だけである。
後で家を尋ねることにするが、そのために、リナリアの住所を聞き出さなければならない。
住人に声をかけようと、住宅地や公園に入って行った。
何処に行っても、ちらほらと人がいる。道の端に寄って、井戸端会議をしている主婦たち。
公園に設置された椅子にかける老人や、若い友人同士で連れ立つ人々。
オーキッドはそれらを見渡し、適当に当たりをつける。
怪しまれない言い回しを考えながら、立ち止まって話している主婦達へ丁寧に話しかけた。
警戒されるかもしれない、という懸念は杞憂におわった。
会う人々は、殆どが穏やかな気性だった。
リナリアのことを聞くと、誰でもすんなり教えてくれたので、オーキッドは安堵する。
特に若い女性だと、オーキッドがひとつ微笑めば、聞いた以上のことも喋ってくれた。
彼は商人として、交渉はそれなりにできるつもりだが、労せずして情報は集まりそうである。
住人は言う。
「カーネリアン? ああ、気さくでいいやつだよ。あいつ、騎士になったってのに、結局地元に配属されてさあ。王都勤務したいよなあ、誰だって」
「昔ちょっと……リナリアが周りと喧嘩した時にね、ぎくしゃくしてたんだけど……カーネリアンの態度は変わらなかったわね。彼、優しすぎる所があるのよ。それで色々損してそうね」
「何、リナリアのファンなの? リナリアなら、よくカーネリアンとつるんでいるけど、恋人じゃないっぽいよ」
リナリアの事を知ろうとすると、カーネリアンという名前が頻繁に出てきた。
リナリアの幼馴染だという。
カーネリアンなる人物は、気さくで、愛想がよく、付き合いやすい印象を持たれている。
一方で、気弱に見える、誰にでも優しい、と、頼りなく思えてしまう面もあるのだが、同世代の中では中心的な人物で、発言力も大きいそうだ。
騎士の採用試験に通ったことで、さらに一目おかれるようになったらしい。
彼は、リナリアの用心棒のような役割を担っているのだろうか、とオーキッドは考えた。
何せリナリアは、あの美貌だ。
あれ程の美しさならば、よからぬ輩が寄ってくることも多いだろう。
オーキッドも、本人に会おうとすれば、門前払いされるかもしれない。
もし難しいようなら、幼馴染のカーネリアンを当たってみようと思う。
「リナリアはね、幼馴染のカーネリアンがお気に入りなのよ」
一人の若い女性は、リナリアとは特別交流もないが、親しみを持っていると言った。
「昔は結構、リナリアと喋ったんだけど、今はさっぱり。でもあの子、分かりやすくて何だか可愛いと思うの」
何が分かりやすいのだろうと聞き返すと、女性はくすりと笑った。
過去に思いを馳せるように、目を細めている。
「昔の話なんだけどね? リナリアって、我が儘なようで、何が好きとか、欲しいとか、あまり言わないの。でも、カーネリアンが選んだ物は、リナリアも選んでいたわ。本とか、食べ物とかね。分かりやすいでしょう?」
カーネリアンと同じものを欲しがるリナリア。
女性の話から、オーキッドはリナリアの性格を想像した。
彼女に近い人ほど、昔の話をしてくれたが、以前の彼女は、控えめとは言い難かったようだ。
半ばこじつけるように、ある人物との類似点を探していく。
会話の中では、皆一様に何かを言わないようにしている印象を受けた。
勘でしかなく、些細な違和感だったが、リナリアには、街の人々が知る、言わば公然の秘密があると感じた。
余所者のオーキッドには知らせない何かが。
その何かは、もしかしたら、リナリアの父親の事かもしれない。
十中八九そうだろうと、情報収集が順調に進んでいる事を認識した。
足取りも軽く声をかけていくオーキッドは、自分のほうも見られていることに気づかなかった。
リナリアの事を探る彼に、向けられる視線は一つ。
その一人は、警戒の眼差しでオーキッドの様子を窺っていた。
若い女性がオーキッドの後をつけていくのを、気にとめる人はいない。
(怪しいわね……)
オーキッドを見張るフリージアは、内心で呟いた。
公園で会った同性の友人達が、「カッコいい人に声をかけられたの!」と色めきだっていたことがきっかけだ。
商人風の格好だが、華やかで洗練された雰囲気の美丈夫だったという。
巧みな話術でつい長く話こんでしまったとも言っていた。
それだけなら、興味は引かれるが、恐らく王都から来た人なのだろう、と納得して終わりだ。
しかし男が訊ねた内容は、リナリアについてだったと聞いて、一気に不信感を持つ。
また良くない噂が出回るのではないかと、直感した。
リナリアが、呪い持ちだと言われ、孤立した時の様子を思い出す。
フリージアはリナリアに傷ついてほしくなかった。
めっきり話さなくなってしまったが、リナリアへの友愛の感情は消えてはいない。
彼女を害する者なら許せないと、使命感を燃やし、フリージアは男を監視し始めたのだ。
行く先々で、男に声をかけられた人に話を聞くと、やはり全員がリナリアについて尋ねられていた。
ますますもって怪しい。
フリージアでなければ、単純に、街の美しい歌姫を取材しているのだと考えるところだ。
しかしフリージアには、男は悪巧みでもしているように見えて仕方がない。
(リナリアはあんなに綺麗だもの。付け狙われてもおかしくない……)
オーキッドの姿を捉えながら、一定の距離を保ち尾行する。
オーキッドは商店街に入って行った。
人通りが多くなったため、気付かれずに距離を詰めることができそうだ。
フリージアは店を見て回るふりをしながら、注意深く動向を探る。
少しずつ近づいていき、オーキッドの顔立ちが分かる距離まできた。
確かに、女性に騒がれそうな容姿だと思った。
王都から来たと言われても納得する。
(でも、目立ちすぎね。密偵には向かないわ。私のことも気付いた様子はないし)
オーキッドが何処まで向かうのか、考えずについてきてしまった。
目的地が分からないため、フリージアはいつまでこうしていればいいか、少し迷う。
特に決定的な瞬間を目撃したわけではない。
商店街をずっと進めば、街の外まで出てしまう。
来た道を戻るのではないなら、オーキッドがそのままいなくなる可能性もある。フリージアも、流石に街の外まで行くつもりはなく、もしそうなれば、何も分からないで終わりそうだ。
いっそ声をかけてしまおうかと悩んでいると、オーキッドのいる場所より先の店に、知っている顔が見えた。
(カーネリアンだわ)
声の聞こえる距離ではないが、会話をしているのが分かった。
丈夫そうな布袋に、何やら沢山買い込んでいる。カーネリアンは果物を手に取り、呼掛けに答える素振りで顔の向きを変えた。その拍子に、カーネリアンと一緒にいる人物も見える。
カーネリアンが見た方には、フリージアも知るランスがいた。
二人で買い物なんて、珍しい組み合わせだ。オーキッドから意識を反らし、意外な光景に目をとめる。
すると、さらりとした長い髪が、カーネリアンとランスの間から覗く。
見覚えのある亜麻色に、釘付けになった。
予期した瞬間、リナリアが顔を出す。
(リナリアとお買い物……! うらやましい……!)
自分はリナリアに話しかけづらいこともあり、カーネリアンばかりずるい、と思ってしまう。
(八つ当たりだってわかっているけど、でも……そもそもカーネリアンが……)
カーネリアンが、リナリアの好きな人でなければ。
あんなに、リナリアがフリージアを邪魔にすることもなかったかもしれない。
フリージアは加護持ちになってから、リナリアの内面を考えた。
よく見ていれば、リナリアが、カーネリアンのことを好きだなんて、すぐ分かることだった。
好きな人と仲良くされたら、面白くないだろう。
フリージアがカーネリアンに対して、全く恋愛感情を持っていなくても。
(私は、リナリアと仲良くしたかっただけなのに)
どれ程人より容姿が優れていても、リナリアは普通の女の子なのだ。
外見や歌にばかり気がいって、内面を知ろうとしていなかった。
二年の間に、フリージアは落ち着いて物事を考えた。
気持ちの整理が出来ても、勇気が出ない。
フリージアの中心は、今も昔もリナリアだった。
「お嬢さん、少し話を聞いてもいいかな?」
唐突に、横から知らない声で呼び掛けられた。
驚いて見ると、今の今まで尾行していた男が、笑顔で立っていた。
不気味と言う他ない。
隙のない立ち姿のオーキッドに、思わず、フリージアの目付きが鋭くなる。
「急に余所見したみたいだったから。ずっと俺のことつけてたよね?」
俺も気付いたのは途中からだけどね、と続いた言葉に、フリージアは総毛立った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです
しーしび
恋愛
「結婚しよう」
アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。
しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。
それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる