歌声は恋を隠せない

三島 至

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説得と立ち聞き

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(あんまりしつこいと嫌われるよなあ……)

 今日もオーキッドは、是非兄と会って欲しいと、リナリアを説得中だ。
 仕事もしつつなので、あまり長い時間は取れていない。
 いつリナリアが頷いてくれるとも限らないので、兄には、近々紹介したい人がいる、と手紙を書いた。
 オーキッドは断られても、その日は引き下がるが、諦めるつもりは無い。

 交換条件として、リナリアが望むものはないか、それとなく仄めかしてみるのだが、今の所リナリアを困らせているだけだ。
 これといった方法も浮かばず、根気強く待つしかない。
 リナリアは断るたび、迷惑そうにするでもなく、申し訳なさそうにしている。

(いい子だよな……)

 リナリアがどういう風に育てられたのか、少し気になった。
 リナリアの歌う歌は、誰もが知っている、神様を称える曲が比較的多い。
 だがたまに、オーキッドも知らない歌を歌うことがあったので、教会で隣合わせたフリージアに、何の歌か聞くと、彼女も分からないようだった。
 学校もあるようなので、そこで歌を習うのかと問えば、本格的に教わることはまず無いと言う。
 王都であれば、いくらでも方法はありそうだが、この小さな街で、あれほどの歌声をどうやって身につけたのだろう。
 独学だとすれば、天性の才能としか言いようがない。
 リナリアはまだ十六歳だ。オーキッドは商売に関わる者として、少し惜しくもある。あれほどの才能を埋もれさせるのは、もったいない。
 しかし、小さな街で愛されてこそ、リナリアらしくあれるのかもしれない。
 彼女は歌で生計を立てようとは思っていないようだ。

 リナリアと会うことが出来た日に、歌はどこで習ったのか聞いてみた。
 リナリアは前にも見た手帳をいつも持ち歩いているらしく、それにせっせと返事を書いてくれる。

≪母に教わりました≫

 母親はプロだったのかと、驚いて問えば、そんなことはないと否定する。
 人前で歌うことはなく、母親が我が子に聞かせる程度の、他愛無いやり取りで、母がリナリアのためだけに歌を作ってくれたのだと言う。
 母親はもちろん歌の素人で、ただ趣味でよく自作の歌を口ずさんでいたらしい。
 ただし、素人の作った歌でも、リナリアが歌えば天上の音楽だ。
 自作の歌なら、誰も知らないのも無理は無い。
 リナリアは、こんなことを聞かれたことは無かったので、教えたのはオーキッドが初めてだと、昔を懐かしむように微笑んでいる。
 それを見てオーキッドは、悪印象をもたれてはいないのかなと、少し安心した。
 しかし二人のやり取りを側で見ている、カーネリアンの視線が怖い。
 リナリアからは死角になっているが、どう見ても嫉妬する男のそれだ。
 カーネリアンは最初こそ普通に振舞っていたが、会う回数が増えるにつれ、隠すことをあえてやめたようだった。

(はいはい、君の大事な人に悪いことはしないよ)

 文字でいっぱいになる手帳を見ながら、オーキッドは肩を竦めた。

 オーキッドも頭の切れるほうだが、それとは関係なく、一緒にいれば嫌でも気付く。
 リナリアも、カーネリアンに好意を持っているようだ。
 青春だなあ、と年寄りじみたことを考える。同時に、そろそろ妹の結婚も決まっただろうかと、自分の恋愛についても想いを馳せた。
 妹のことは、兄が何とかしてくれるだろう。
 もっと時間を置いてから実家に行きたかったが、リナリアのことはあまり時間をかけたくない。
 正直、さらに綺麗になった妹の姿を見るのは辛いが、もしかしたら兄の娘かも知れないリナリアと、ここで別れたくなかった。






 オーキッドは人の懐に入りこむのが上手い。
 リナリアも、毎度断ってはいるが、ついつい関係ない話をしてしまう。
 オーキッドは怪しいものではないと、分かっているが、最初に言った言葉を気にしてか、「カーネリアン君も一緒にどうかな」と言って、よく三人でいる。
 リナリアとしては嬉しいのだが、カーネリアンは毎回付き合わされて迷惑していないだろうか。
 リナリアの不安を他所に、カーネリアンは何かとリナリアを気遣ってくれる。
 元からカーネリアンは優しいが、何だか最近はさらに優しい気がして、リナリアは度々、無性に彼を愛しいと思った。

 しかし数時間後、持ち前の後ろ向きな思考で、リナリアはまた落ち込むことになる。
 どうやらカーネリアンがいつに無く優しいのは、機嫌が良かったからで、リナリアはその理由を知ってしまったのだ。
 運悪く、カーネリアンが急な仕事の呼び出しで居なくなり、一人になった時だった。

「フリージアってば、毎日カーネリアンの家に通っているの? やるじゃない!」

 居住区の分かれ目で聞こえた会話に、思わず隠れる場所を探して、身を潜めた。
 首元まで脈うち、緊張しながら耳をすませ、続く声を待つ。

「いや、そういうんじゃないから! 前も言ったでしょ、ミモザ! あなたお母さんに似てきたんじゃない?」

 会話をしているのはフリージアとミモザの二人で、今さっき偶然居合わせたようだ。

「あ、そっか隠しているのよね。ごめんごめん。でも、ちゃんと頑張っているのね、私も見習わないと」

「言っておくけど、ミモザが思っているようなことじゃないって」

「カーネリアンいいやつだし、上手くいったら教えてね!」

「もう! 人の話きかないなあ!!」

 ミモザに言い返すフリージアだが、険悪な様子は無く、リナリアには楽しげにさえ聞こえた。
 二人の話し声が段々遠ざかるとともに、リナリアも状況を理解する。
 服の裾を握り締め、暫く動かなかった。

(何を浮かれていたんだろう……)

 まだ付き合っているわけではないにしろ、カーネリアンとフリージアは確実に想い合っている。
 リナリアの方が長く一緒にいたのに、自分はフリージアのように、気軽に家に行ける仲ではないのだ。
 リナリアは放心状態でとぼとぼと歩き出す。
 初めて、確実に失恋をしたと感じた。

  その場に、誤解を解くカーネリアンは居ない。
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