歌声は恋を隠せない

三島 至

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 隠さなければ。
 いつか気持ちを伝えたいと、リナリアは思っていたが、完全に心が折れてしまった。
 もう伝えられない。
 もう誰にも嫌われたくない。
 いや違う。カーネリアンにだけは、嫌われたくなかった。
 リナリアは恋心を押しとどめる準備を始めた。
 彼と距離を置くのだ。
 完全に疎遠になるわけではない。リナリアには、都合よく王都に行ける用事があるのだ。理由があれば離れる覚悟が出来る。
 少しの間彼から離れて、落ち着いて、絶対に彼を諦めようと思った。

「ほ、本当にいいの? リナリアさん!」

 リナリアが急に、兄と会うことに承諾の意を示したので、オーキッドは聞き返した。
 今は、珍しく二人で会いたいと、カーネリアンが仕事をしている時間帯に合わせて待ち合わせたのだ。

≪いつ向かえばいいですか?≫

「近々、俺の家から使いを出すよ! 旅費は全て俺が持つから! ああ……良かった……」

 オーキッドはリナリアの両手を握り、深く頭を下げる。

「ありがとう、リナリアさん」

 リナリアは戸惑う。

≪ただ、会うだけですよ≫

「それでもいいんだ。ありがとう……」

 そこまで感謝されるとは思わず、もっとはやく行ってあげれば良かったかなと、少しだけ思った。

 次は教会に向かい、神仕えを訪ねた。

「おや、リナリア。どうしましたか」

 リナリアの姿を見つけ、穏やかに声をかけてくる。
 あらかじめ、事情を手帳に書いておいたので、ページを開いて手渡した。
 どれ、と神仕えはその長い文章を読み始める。
 手帳には、オーキッドに会ってからのことと、王都に行きたいので数日間留守にすることを書いている。

「王都は初めてでしょう。リナリアが心配です。それに、このオーキッドさんという人は、信用できる人ですか?」

 神仕えは、リナリアのことを良く考えてくれている様子で、幾つか尋ねてきた。
 その度にリナリアは頷いたり、たまに手帳に書き込んだりする。
 大丈夫そうだと思ったのか、神仕えは一度質問を止めたが、釘を刺すように忠告してきた。

「リナリアは、自分の容姿に無頓着なようですが、貴女は非常に魅力的な女性なのですよ。いいですか、王都では、決して一人で行動しないでください」

 父親かもしれない人に会うとあってか、リナリアはふと、もしかして世の父親は、こんな風に娘の心配をしてくれるのだろうかと思った。
 思ったことをそのまま手帳に書いて見せれば、神仕えは一瞬言葉をつまらせ、「あまり嬉しいことを言わないでください」と、よく分からないことを言う。
 よく見ると、神仕えは涙目だった。

 一度オーキッドと話がしたいというので、後日そのことを本人に伝えると、彼は快く受け入れた。
 オーキッドに対面した神仕えは、「最近、よく教会にいらしているかたですよね」と目を見張る。
 実際に話してみて、オーキッドの人柄にも問題がないと分かったらしく、終わりには神仕えからも、オーキッドへ頼んでいた。

「どうか、リナリアのことをお願いします」

 オーキッドは、「もちろんです。しばらくリナリアさんをお借りします」と言って、教会を後にした。

「この街では、神仕えさんが、リナリアさんのお父さんみたいだね」

 すごくいい人だ、と朗らかに独りごちる。
 オーキッドと一緒に教会を出たリナリアは、彼の言葉に嬉しくなった。
 リナリアも、そうなんです、と心の中で呟く。
 父親を意識していなかったけれど、寂しくなかったのは、母だけではなく、神仕えの存在も大きかったのだろう。

 こうしてリナリアの王都行きが決まった。






 出発は数日後の朝になった。
 ちなみにオーキッドは、リナリアがカーネリアンの了承も得ているものだと思っていた。
 あとから聞かされたらしいカーネリアンは、いつの間に決めたんだ、と始終不満そうである。
 見送りの日、二人が、と言うより、何だかリナリアがカーネリアンに対して余所余所しくしているように見えたので、オーキッドはリナリアに耳打ちする。

「何かあった?」

 肩が揺れたので、何かあったんだな、と思ったが、リナリアは首を振って緩く否定した。
 書くのも億劫そうに、リナリアは唇だけを、オーキッドに見えるようにゆっくり動かした。
 なんでもないです、と。
 へらり、というような、リナリアには似つかわしくない下手な愛想笑いを浮かべていた。
 本当に何があったのかと気になったが、話したくないことには違いないだろうと、想像するに留めておいた。

(まさかカーネリアン君に告白でもされたのかな? だったらもっと嬉しそうにしているか。彼の態度も普通過ぎるし……)






 王都までは、レユシット家の馬車で行く。
 と言っても、あまり豪華なものではなく、一般的な質素な馬車だ。

「家紋とかついていたら目立って嫌だから、こっちにしたんだ。作りはしっかりしているから、大丈夫だよ」

 ほら、と言って馬車の扉を開くと、外側と反して豪華な内装。見るからに座り心地の良さそうな椅子は、数人がゆったり座ってもまだ余裕がありそうだ。

「じゃあ、行こうか」

 オーキッドに手を差し出され、リナリアは馬車に乗り込む。中に入ると、先に預けていた荷物が奥に積んであるのが見えた。
 思ったとおり、椅子は長時間座っても疲れなさそうな座り心地だ。
 オーキッドも続いて乗り込み、扉を閉める。
 向かい合う形で腰掛けた。
 リナリアは馬車の窓から、住み慣れた街を眺めようとすると、カーネリアンと目が合った。






 いつもは慌てて逸らすのに、今日はじっと見つめたまま、柔らかく微笑みかけてくるリナリア。
 瞬間、カーネリアンは心臓を鷲づかみにされた。
 リナリアの唇が、ゆっくりと動きだす。
 “いってきます”
 彼女は唇を閉じると、小さく手を振った。

 馬車が見えなくなるまで、カーネリアンは微動だにしなかった。
 そこにフリージアが声をかける。

「さっきのリナリア、すごく色っぽかったね……」

「……フリージア、一体どこから見てたんだ」

「だって、呼ばれてないのに行けないもの。こっそり様子を窺っていたのよ」

「そういうのはやめたんじゃ……」

「まだリナリアとの距離を縮められていないから、線引きが難しいのよね。ああ……しばらくリナリアに会えないのね、寂しいなあ……」

 フリージアは心底残念そうに、ため息をついた。

 口数の少ないカーネリアンの顔を、「おーい、どうしたの?」とフリージアが覗き込んでくる。途端、彼女は堪えず吹き出した。

「カーネリアン、珍しく真っ赤よ! そんなにドキドキしちゃったの?」

 まさしく図星であったから、「まあ、あの可愛さじゃ無理も無いわね」と言うフリージアに、反論など出来るはずも無かった。


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