歌声は恋を隠せない

三島 至

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レユシット邸④

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 夕食と言うより、晩餐と言う言葉が当てはまる、豪勢な食事である。

 リナリアは目を白黒させた。
 並べられた料理は、見るからに手間がかかっている。
 貴族が口にする料理など食べたこともない。
 どこから手をつけたらよいのだろう……そう不安に思うリナリアを見越して、オーキッドは言ってくれた。

「作法はあまり気にしなくていいよ。兄さんもそんなに煩く言わないから」

 オーキッドの気遣いは有り難いが、絶対嘘だと思った。
 グラジオラスに対しては安心できない。
 彼は、気位の高い、貴族の印象そのものに違いないと思う。というよりまさに、グラジオラス・レユシットは、指折りの貴族だ。
 グラジオラスに、良い印象が持てない。
 リナリアの行動に、何をどう文句を付けられるか分かったものではないと、憂鬱に思った。






 食事は、グラジオラス、ビオラ、オーキッド、リナリアの四人で席についた。
 グラジオラスは表面上、何ともないように装っていたが、やはり元気がないように見える。
 楽しい晩餐とはならず、気分の上がらないまま時間は過ぎた。
 グラジオラスも薄々気付いていたようだが、オーキッドは食事の前に予め、リナリアが喋れないことを伝えている。
 それもあってか、食事の際に、グラジオラスからリナリアへ声をかけることはなかった。






 沈んだ晩餐が終わる頃には、外はすっかり暗くなる。その後入浴やら着替えやら、何かにつけて世話を焼かれ、リナリアは気恥ずかしくて、まごついた。
 世話係の少女が、目を輝かせてリナリアを見つめてくるので、落ち着かない。
 首を傾げて見せて、視線の意図を探ろうとすると、少女は頬を染めてそわそわとしていた。

 何となく、既視感があった。
 それがなんなのかリナリアは分からなかった。

 実際には、昔も似たような事があったのを、リナリアは覚えていなかったのだ。
 綺麗なものに、人は憧れを懐く。






 少女はリナリアの美貌を近くで見られることを嬉しく思い、無口で可憐な彼女を好ましく思った。
 首を傾げた時など、あまりの愛らしさに、同性でありながら動悸がしたほどだ。
 舞台女優顔負け……いやそれ以上だと思った。
 素直な少女は美しさを妬むでもなく、純粋に、彼女に好意を持った。






 その日、リナリアとグラジオラスの間で会話の場などは設けられず、それぞれが眠りについた。

 グラジオラスはなかなか寝付けず、寝具に上がることさえしないで、昔のことを思い出していた。
 そして、愛する人の人生を思った。
 彼女は、何を考えて、生きてきて、そして死んだのか。
 少しでも知りたくて、彼女が遺したリナリアのことを、よく観察した。
 貴族的なことが分からないのは当たり前だったが、淑やかで、清潔感もあり、好ましい少女だと思えた。
 だが、アザレアの面影がない。
 あまりにもグラジオラスに似すぎているのだ。
 会いたい人に会えないもどかしさが募った。
 もう二度と会えないならば、自分には少しも似なければ良かったのに、と思う。
 そうすれば、彼女の面影に、触れることが出来たのに。
 アザレアは、グラジオラスに良く似た少女を、どんな気持ちで育ててきたのだろう。
 彼女は愛されていたのだろうか。
 だとしたら、グラジオラスは?
 嫌いな男とそっくりな子供に、愛情を持って接することが出来るだろうか。
 アザレアが、自分を嫌っていなければ……。
 そうであれば……。
 グラジオラスは、アザレアからの愛を期待した。
 既にこの世にいない人だと、分かってはいても。






 リナリアは眠る直前まで、考えないようにしていたことがある。
 大好きな母親のことだ。
 母だけは、何があっても、リナリアのことを一番に思ってくれた。
 リナリアは、固く目を閉じる。
 本当に?
 自分自身に問いかけた。
 嫌だ嫌だと思っても、考えるのをやめられない。
 初めて対面した、グラジオラス。
 もう、疑いようもないが、もし彼がリナリアの父親だとして、やはり二人は、似ている。
 そうなればオリジナルは、グラジオラスの方だ。
 彼がリナリアに似ているのではなく、リナリアの方が、彼に似ているのだ。
 リナリアは確かに愛されていた。
 ならば母が、グラジオラスを嫌いな筈がない。
 リナリアに向けられた愛情は、リナリアだけのものだったのか?
 記憶の蓋が開いて、過去の情景が浮かんでくる。

 母はいつも、遠くを見るような、ここではない何かを思っているような目をしていた。

 幼い頃は気付かなかった。
 愛しげな眼差しは、いつも遠くを見ていたのだ。
 母がリナリアを愛してくれたのは、叶わなかった恋の代わりではないと、どうして言えるだろう。

 グラジオラスが、本気で母と恋仲だったとは思わない。
 貴族の彼が、母を捨てたのだとしたら、失恋した母はきっと、心のよすがとして、リナリアを産んだのだ。
 そして、会えない彼を想った。

 そんな母に、グラジオラスは一度として会いに来なかった。
 母のことを思うなら、残酷な仕打ちである。
 リナリアの方がよっぽど好きなのに、あの男に勝てない。
 悔しくて、涙が出る。
 リナリアは到底、グラジオラスを父親だとは認められなかった。

 考えすぎだとも思う。
 しかし母のいない今、それを否定してくれる人もいないのだ……。


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