歌声は恋を隠せない

三島 至

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レユシット邸⑤

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 翌日。リナリアがレユシット邸に滞在して、二日目の朝である。

「リナリアを引き取りたいと思う」

 グラジオラスは、オーキッドを呼び出してそう言った。
 半ば予想していたために、オーキッドは驚かなかったが、一応リナリアにその気がないことも伝えておく。

「リナリアさんには、何も強要しないと言って来てもらったんだ。レユシット家の一員になることを、彼女が望まないなら無理強いはできないよ?」

 言いながら、リナリアから良い返事はもらえないだろうなと思った。
 彼女は、あの街に好きな人を残して来ているのだから。
 レユシット家に入れば、彼との結婚は難しくなるかもしれない。

「……リナリアは、間違いなく私の娘だ」

「まあ……それは疑ってないよ」

「あの街にいて、呪いは解けると思うか?」

 リナリアが喋れない件について、呪いや加護のことも説明してある。
 グラジオラスは、リナリアの呪いを解いてやりたいと思っているのだ。

「昨日、色々と調べてみた。呪いを解く方法について」

「え、一晩で!?」

「いや、うちにあるだけだと、資料が足りない。だが不可能ではなさそうだ」

「流石としか……」

 頼もしすぎるグラジオラスの発言に、そういえばこの兄は、見かけ倒しではなく優秀なのだと、改めて思い出す。

「アザレアが、大切に育てた娘だ。今まで何もしてやれなかったが……リナリアには、幸せになってほしい」

 グラジオラスがこういった本心を素直に言えるのは、相手がオーキッドだからだ。
 リナリアを前にすれば、また仏頂面になるんだろうな、と、オーキッドは苦く笑った。

 昼頃、オーキッドはまたもや呼び出される。
 今度もグラジオラスだ。
 何か進展があったのかと、勇んで行ってみれば、彼は少し落ち込んだ様子だった。何事だろうと思う。

「リナリアが、私に対して冷たい気がするんだが……」

 これはまた、父親らしいことを言い出したなと、ほのぼのとして気が抜けた。

「兄さんも人のこと言えないと思うよ?」

 皆分かってはいるが、グラジオラスの場合、つい上から目線というか、偉そうな態度をとってしまうので、誤解されやすい。
 リナリアに対してもそうだった。

「今朝から目つきが……違った……」

 グラジオラスによると、まだ昨日は大して話してもいないのに、今朝顔を合わせた時から、既に態度が硬化していたのだという。

「嫌われたんじゃない? 何かしたんだよ、きっと」

「簡単に言うな、何もしてない。オーキッド、お前面白がってないか」

 面白がっていた。
 グラジオラスが思いのほか大丈夫そうなので、安心したのだ。
 娘のことで一喜一憂する兄の姿を見ることになるとは、考えたこともなかった。
 結婚はしていないが、まさに父親である。

「兄さんって、良い人なんだけど、何て言うか、愛情表現が下手だよね」

 グラジオラスはむっとして黙りこむ。
 自覚はあるらしい。

「兄さんがいくら美形でも、もう良い歳なんだからさ、リナリアさんが滞在している間、うんと優しくしてみなよ。彼女良い子だから、気持ちはちゃんと伝わると思うよ」

「……努力はしよう」

「うん、そうして」

 優しくしたい父と、受けいれ難い娘の攻防が始まった。

 今までのグラジオラスを知る人間からすれば、「やればできるじゃないですか!」と言いたいぐらい、グラジオラスは上手くやっているようだった。
 ただ、グラジオラスの言った通り、リナリアが彼を拒否しているように見える。
 彼女の態度はかたくなで、愛想笑いの一つさえ浮かべることはなかった。
 それによって、使用人達からのリナリアの評価が下がるということはなかったが、一体どうしたのだろうと、彼らの戸惑いは大きいようだった。
 だが使用人達はグラジオラスをよく理解しているので、恐らくまた冷たくあしらう癖が出て、誤解を受けているのだろう、と結論づけた。






 リナリアは、グラジオラスがやたらと構ってくるので、戸惑いを隠すのに必死だ。
 昨日から頭を悩ませる事が多くて、当初の目的は果たせそうではあるが。
 別の事で忙しくしていれば、カーネリアンの事を考えなくて済む。
 そうなればいいと思う。

 リナリアはあてがわれた部屋で、机につっぷした。
 溜息を聞いた世話係の少女が、「リナリア様?」と心配そうに声をかけてくる。
 様付けはやめてほしいと頼んだのだが、「リナリア様は、リナリア様です!」とまた瞳に星をのせて断言するので、押し負けた。
 慕ってくれているのが分かりやすいので、嬉しいのは否定できない。
 真っ直ぐに好意を示してくれる少女に、重かった気持ちが浮上し、穏やかな気持ちになる。

「何かあったんですか……?」

 友達と呼べるのは、カーネリアンくらいしかいなかったので、歳の近い少女が親しげに話しかけてくれることに、多少浮かれる気持ちが芽生えた。
 リナリアも歳相応に、「ねえ、聞いて聞いて?」と愚痴をこぼしてみたくなる。
 声は出せないので、例の手帳だ。
 さほど待たせずに文字を書き込んで、少女に見せる。
 少女は興味深そうに手帳を覗きこんだ。

「えっと……グラジオラスさんが、優しくしてきて嫌だ?」

 少女は読み上げた後、変な顔をした。

「え、何でですか?」

 心底不思議そうである。
 リナリアは続きを書いた。
 横から、一緒に文字を追い、読み上げる声が聞こえる。

「だって、冷たくしてくれないと、嫌いに、なれない……」

 少女は沈黙した後、「よく分からないんですけど……」と、自信が無さそうに確認してくる。

「グラジオラス様のこと、好きになりたくないってことですか?」

 言ってしまえば、その通りである。
 リナリアは複雑な心境だったので、渋い顔で頷いた。
 グラジオラスは親切なのだ。
 リナリアの性格では、優しくしてくれる人を嫌いでい続けるのは、難しい。
 でもそれだと悔しいと思う。
 母が亡くなったのは誰のせいでもないのだが、グラジオラスが冷酷な人間でないのなら、理不尽に感じてしまう。
 自分に良くしてくれるなら、何故母にもそうしてくれなかったのかと。
 母は、きっとリナリアを愛してくれたほど、グラジオラスを想っていたはずなのに。

「リナリア様は、何だか拗ねているみたいですね?」

 世話係の少女は、くすりと笑う。
 嫌な感じはしなかった。
 それもそうかもしれない。

「グラジオラス様は、きちんと話を聞いてくれる人ですよ。不満があったら、伝えた方がいいです! 悪いことにはなりませんから!」

 にこにこと、見るものを和ませる、邪気のない笑顔だ。
 その顔を見たリナリアは、背中を押された気分になった。
 つまらない意地をはるのは止めなさいと、優しく宥められているようだった。


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