歌声は恋を隠せない

三島 至

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可愛い姪

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 グラジオラスへの苦手意識は、もうほとんど消えていた。
 リナリアは腕を弛め、顔をあげる。
 グラジオラスはまだ濡れている瞳で、リナリアを見つめていた。






(思わず抱き締めてしまった……)

 そう思ったグラジオラスは、次にどうすればいいか分からないでいた。
 意外にもリナリアは離れようとしなかったので、今も至近距離で見つめあったままだ。

 グラジオラスの戸惑いを感じ取ったらしいリナリアは、控え目に微笑んでくれた。
 それだけで良かった。

 会話が無くても、二人の心の距離は同じだと、お互いが理解できたから。






「アザレアは、どんな母親だった?」

 ガラス張りの部屋にある椅子に、二人で並んで腰掛ける。
 グラジオラスから、ぽつりと、母の事を聞いてきた。
 一度聞きだすと、とめどなく溢れてくるようだった。
 彼の知らない、リナリアが知る、母親としてのアザレアの事。
 彼に乞われるがまま、母の事を話した。
 とはいえ、リナリアは筆談なので、普通に喋るよりも時間がかかる。
 それでも父は、根気強く、いつまででも待っていてくれた。
 グラジオラスは、母の事だけではなく、リナリア自身がどう過ごしてきたのかも知りたがった。
 自分自身を見てもらえることを、リナリアは嬉しく思う。
 彼の話も少しずつ聞いた。
 しかし、グラジオラスは自分のことを話すよりも、リナリアの話を優先させたので、まだ多くは知ることが出来なかった。


 それからは、驚くほど早く、日は過ぎた。
 既にリナリアは、グラジオラスを父と認め、家族として心を開いている。
 とても温かい気持ちだった。

 瞬く間に滞在最終日がやってきて、その頃には屋敷の人達とも随分親しくなっていた。
 グラジオラスは言わずもがな、世話係の少女は特に、リナリアが帰るのを惜しんでくれた。

「リナリア様! また、すぐ戻って来て下さいね!!」

 すぐには無理だと思ったが、気持ちは嬉しい。
 意外だったのが、グラジオラスの妹の、ビオラの反応だ。

「ジオ兄様のあんな笑顔、かつてないわよ? 貴女って本当にすごいわ、リナリア!」

 リナリアのことを、大変好意的に捉えてくれていたようである。
 初対面の時は、オーキッドの婚約者だと誤解されたこともあり、騒がしかった。仲良く出来ないかもしれない……と密かに思っていたのは秘密だ。
 ビオラの様子に、オーキッドは、「俺が彼女と打ち解けた時と、パターンが似ているよ」とリナリアにだけ呟いた。
 一緒に育った兄妹なのに、打ち解けたとはどういうことかと、少し疑問に思ったが、オーキッドは含みのある笑みを見せただけだった。

 隣街に戻る際は、オーキッドが同行する。
 父は名残惜しげに、馬車に乗り込むリナリアの手を握った。

「リナリア、文通しよう」

 父があまりに真剣に告げるものだから、何だか可笑しくて、笑ってしまった。
 リナリアは笑顔のまま頷く。
 そして、沢山の人に見送られながら、レユシット邸を後にした。


 馬車に揺られながら、行きとは違い、リナリアは窓の景色を眺めた。

(楽しかった……)

 後ろ向きな気持ちで行ったにも関わらず、楽しい旅行になってしまった。
 呪われた身であることを、忘れそうになる。
 今回のことで色々と考えたリナリアは、決心していた。

(近いうち、あの街を出よう)


 帰りは街まで眠らずに過ごしたので、時間が長く感じた。
 馬車が止まり、見慣れた景色が窓の外に広がる。
 神様の恩恵を受ける街に、帰ってきた。

「俺はこのまま、王都に戻るよ」

 御者が扉を開けた際、オーキッドが言う。
 御者に手を貸され、頭を下げたリナリアは、オーキッドを振り返る。馬車から降りたのはリナリアだけだった。
 オーキッドは真面目な顔で、感謝の言葉を告げてきた。

「本当にありがとう、リナリアさん。いつでも歓迎するから、是非また、レユシット邸へ」

 オーキッドを見つめながら、リナリアは思う。
 彼とも沢山話をして、随分親しくなったのに、謎が多いままだ。
 まだまだ、言い足りないのだ。
 リナリアは言いたい事を急いで手帳に書きはじめた。オーキッドは律儀に待っている。
 少ししてオーキッドに見せると、彼はそれを受け取った。
 こう書いてある。

≪今度は、オーキッドさんのことも沢山教えてください。 ビオラさんとのこととかも≫

 オーキッドは僅かに目を丸くして、何処か複雑そうに、苦笑した。

「そうだね。俺も、リナリアさんに聞いてほしいかな」

 オーキッドには、感謝の気持ちで一杯だった。
 リナリアは背伸びして、オーキッドの体に、軽く腕を回した。
 グラジオラスが父ならば、オーキッドも家族だ。これくらいは許されるだろう。
 一度、ぎゅっと力を入れて抱き締める。
 大人しく、されるがままの彼が呟いた。

「……可愛い姪だなあ」

 オーキッドも一度抱擁を返してから、体を離した。
 リナリアと顔を合わせて、彼は破顔する。
 それから、少し眉を下げた。

「別れが惜しまれるよ……」

 オーキッドは囁くように言うので、心底寂しげに聞こえる。
 でも本当は、またすぐに会えると思っているようにも感じる。
 今度はリナリアが満面の笑みを見せた。

 "ありがとう"
 "またね"

 リナリアの唇の動きを正確に読みとったオーキッドは、全く同じ言葉を告げて、今度こそ二人は笑顔で別れた。


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