歌声は恋を隠せない

三島 至

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怪我

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 リナリアはオーキッドを見送った後、もう用はないのに、暫くその場に留まっていた。
 道の端によって、壁に背をあずけると、空をぼんやりと見上げる。
 リナリアは心のなかで、まだかな……と呟いた。
 ふと、無意識にカーネリアンを待っていたことに気付いて、愕然とした。
 約束など何もしていないのに、当たり前のように、カーネリアンが出迎えてくれるような気でいた。
 それだけ、一緒にいる時間が多かったのだ。

 リナリアは、気持ちを切り替えるように頭を振る。
 決心したばかりだ。
 カーネリアンに甘えてはいけない。

(帰る前に、神仕え様に挨拶していこう……)

 リナリアは一人で歩き出す。
 隣にカーネリアンがいないと、道のりはひどく遠く感じた。


 七日ぶりに街を歩くリナリアは、やはり本人の自覚なく、人々の視線を集める。
 流れる髪も、憂いげな横顔も、はっとするほど美しい。
 どことなく気分が優れないようだと、気にかける者も中にはいたが、声をかける事はなかった。


 商店街を一人で通るのは気不味い。
 リナリアは以前、店の人に冷たい対応をされたことがあるので、買い物に行くことにもあまり積極的にはなれない。
 カーネリアンについていくのは良いが、声を出せなくなってから、リナリアが個人で買い物を楽しんだ記憶はなかった。

(カーネリアンがいないと、何も出来ないの?)

 自分が情けなくなる。
 憂鬱な気持ちのまま、随分時間をかけて教会についた頃には、リナリアはすっかり疲弊していた。



「リナリア!」

 神仕えがリナリアを見た途端、駆け寄ってきた。
 温厚で冷静な彼らしくもない。
 何かあったようだと、緊張して次の言葉を待った。

「カーネリアンが――」

 神仕えの説明を聞くやいなや、リナリアは走り出した。
 向かう先は、病院だ。

 ――カーネリアンが、リナリアを迎えに行こうとしていたのですが、向かう途中怪我をして、病院に運ばれたのです。
 事故でした。
 店の屋根の修理中に剥がれた板が、誤って落下したようです。
 一緒にいたフリージアを庇ったため、打ち所が悪く……

 神仕えの話だと、病院に運ばれたカーネリアンは、意識がなかったらしい。
 何の前触れもなかった。
 虫の知らせも、嫌な予感も、何も。
 神様は何も教えてくれない。
 走りながら、リナリアは考えてしまう。
 それでも……その瞬間カーネリアンは、フリージアといたのだ、ということを。

 息が切れる。
 いちいち文字を書かなければならないため、カーネリアンの病室を聞くのももどかしかった。
 しかし、受付の人は、リナリアの顔を見て、「カーネリアン君のところ?」と聞いてくれた。

 リナリアは、勢いよく首を縦に振る。
 受付は、カーネリアンの部屋を教えて、リナリアに注意する。

「命に別状はないから。廊下は走らないで、ゆっくり行くんだよ」


 街でリナリアを知らない人はいない。
 そして、いつもリナリアと一緒にいるカーネリアンも知られている。
 カーネリアンが運ばれて、リナリアが血相を変えて駆け込んできたとなれば、自ずと目的は知れることだ。
 受付は、仲がいいね、と思ったが、わざわざ口には出さなかった。


 リナリアは頭を下げて、感謝を伝える。
 小走りにならないように気を付けながら、カーネリアンのいる病室へ向かった。

 教えられた病室の側に行くと、既に扉が開いていた。
 近づくと部屋の中が見える。
 息を整えながら、様子を窺うと、聞きたかった声が聞こえた。

「一瞬気を失っていただけだから、心配いらないよ」

 穏やかなカーネリアンの声。
 意識が戻っていたようだ。
 リナリアは安堵して気が緩んだため、泣きそうになる。

 距離を置こうと思ったことなど忘れて、病室に入ろうとした。
 早く顔が見たかった。
 カーネリアンの会話の相手が分かった瞬間、すんでのところで踏みとどまったが。

「そんなに泣かないでよ、フリージア」

 失念していた。
 彼はフリージアを庇って怪我をしたのだ。
 フリージアが付き添わないはずがない。
 リナリアは気付かれないように、そっと病室のなかを見た。
 カーネリアンの側では、フリージアがぐずぐずと鼻をならして泣いていた。
 擦りすぎたのか、彼女の目元は真っ赤に腫れている。

「ご、ごめん……りあん……」

 フリージアは、ずっ、と鼻をすすった。

「リナリアを、迎えに行こうと、してたのに、私の、せいで」

 カーネリアンは咎めずに、優しく否定する。

「フリージアのせいじゃないって。事故なんだから。ほら、もう泣き止みなよ」

 そう言うと、カーネリアンはフリージアの頭を、ぽん、と、軽く撫でた。

「ううううぅ、カーネリアンが優しい……」

 リナリアはそこまで見るのが限界だった。
 嫉妬して、思い知るのは、何度目だろう。
 いい加減、学習しない自分に呆れる。
 リナリアはぐっと堪えた。
 一刻も早く、病室から離れたい。
 速足で歩き出したリナリアは、前をよく見ていなかった。
 勢いよく、何かに体当たりしてしまう。

「きゃあっ!」

 勢いよくぶつかったものは女性のようだと、声で分かった。
 悲鳴をあげたのは相手の方だが、倒れたのはリナリアだった。
 リナリアは転んで、体を床に強く打ち付けた。

「やだ! 大丈夫!?」

 まだ病室の前なので、あまり大声を出さないでほしいと思う。
 今ので気付かれたかもしれない。
 相手はリナリアに手を貸そうと、体を屈めた。
 リナリアは咄嗟に顔を反らしたが、遅かった。
 もう、ぼろぼろの泣き顔を見られてしまっただろう。

「……り、リナリア?」

 相手の戸惑う声が聞こえる。泣き顔もそうだが、リナリアだということに今気づいたようだ。

「ちょ、え、あの……痛かったの? そんなに? ほら……」

 目元に布をあてられ、優しい手付きで、顔を正面に向けられる。
 気恥ずかしかったが、リナリアはおそるおそる、相手の顔を見た。
 リナリアは交遊関係が狭すぎて、あまり人の顔と名前を覚えていない。
 だが、今目の前にいる人は、朧気ながら、記憶にあった。

 ミモザだった。




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