43 / 91
雑談
しおりを挟むカーネリアンの怪我は、一度意識を失いはしたが、重傷ではなかった。
とはいえ、数日入院しなければならない。
今日帰ってくるはずのリナリアのことが気にかかり、一人になった病室で、カーネリアンは一人呟く。
「別に、約束しているわけじゃないけどさ……」
約束が無くても、リナリアならいつものように、隣に並んでくれただろう。
父親のことはどうだったのか、行った先で嫌な目にはあわなかったか。聞きたいことはあったが、何はともあれ、カーネリアンはリナリアに会いたかった。
もうとっくに家に着いている時間だ。自分は運が悪かったとしか言えない。
フリージアはもう病室にはいない。彼女が一通り落ち込んだ後、カーネリアンが適当に励まして帰したのだ。
始終申し訳なさそうにしていたが、本当にフリージアのせいだとは思っていない。ただの事故だ。
フリージアは最近、やたらとカーネリアンの世話を焼く。主に恋愛面で。
リナリアが王都に行く前、フリージアの助言に従い、リナリアへの態度を少し変えてみた。効果はあまり無いようだったが、カーネリアンも、人に言われるうちに、少し前向きになっていた。
リナリアとの距離を、少しでも縮められたらいい。
だがそう思った矢先、実父かもしれない人に会いに、リナリアは七日も留守にしてしまった。
(フリージアの言うことに左右されるようになるとはなあ)
フリージアはお世辞にも頭がよくはない。
カーネリアンからすれば、自分の気を少し変えさせたのが、彼女の発言だったというのが、意外である。
フリージアがリナリアのことを本当に好いているのは、十分伝わってくる。
そのフリージアに、リナリアにふさわしいのはカーネリアンだ、と太鼓判を押されれば、少しはやる気も出るというものだ。
他の誰かに取られるくらいならば、自分が、という気にもなる。
リナリアに、親しげに話しかけるオーキッドの姿が目に浮かぶ。
面白くなかった。
それに、リナリアの隣に、自分以外の男が並ぶところなど、想像するのも嫌だ。
玉砕覚悟で、本気でリナリアと向き合ってみようと思う。
嫌われるかもしれない。
でもいつかは、振り向いてくれるかもしれない。
なるべく早く、リナリアに会いに行かなければ。
一縷の望みにかける思いで、カーネリアンは目を閉じた。
ミモザと買い物を楽しみ、カーネリアンへの恋心を手帳に綴った後、二人はまた別の雑談を始めた。
リナリアの話の中で、知らなかった事実に気付いたミモザは、意外そうな声を上げた。
「え、例の素敵な商人さん、リナリアの親戚だったの?」
王都へ行っていたことと、オーキッドのことに軽く触れた折、ミモザはオーキッドのことをそう呼んだ。
彼を知っているのか、とリナリアが尋ねると、ミモザは「フリージアと一緒に歩いていた、って前に聞いたことが……あ、でもこれ、フリージアは否定していたわね」と自分で訂正する。
「それでリナリアは、一週間くらい居なかったのね……詳しいことは知らなかったから、驚いたわ」
フリージアやランスは、リナリアの過去の事があるので、あまり人に話を広めない。
カーネリアンも積極的に噂話をするわけではなく、誰も事実を話す人が居なければ、事情通のミモザでも、オーキッドのことは良く知らないようだった。
ただ、見たままを噂する人はいるので、オーキッドがリナリア達に接触していたことは分かっていたらしい。
しきりに驚くミモザに対して、リナリアは、父が貴族であったことは、あえて言わなくてもいいだろうと思った。
さらに驚かせることになりそうだ。
それに、リナリア自身は貴族ではない。父が貴族だからといって、暮らしぶりや自分の扱いが変わるわけではないので、リナリアはこの話を広めたくなかった。
ミモザの関心が落ち着いたところで、父かもしれない人に会って、文通の約束をしたことを伝える。
「いい人そうなの? リナリアのお父さん」
お父さん、という響きに、リナリアは頬を緩ませて頷いた。
文通しようと言われた時の、グラジオラスの様子を思い出し、嬉しい気持ちになる。
グラジオラスは、リナリアに対しては、分かりやすく愛情を示してくれるようだった。
レユシット家にいた人々の反応を見るに、彼はオーキッド以外に対して、素直ではない人だということで、とても意外な事らしい。
「……お父さんも、娘がこんなに可愛かったら、メロメロでしょうね」
ミモザは頬杖をついて低くなった目線から、リナリアを見上げて言ってくる。
何度目かになるどこか呆れを含んだような、納得しきったような、何とも言えない表情を見せていた。
リナリア自身の容姿はともかく、グラジオラスは確かに優しかったので、彼とはこれから良い関係を築いていけると思っている。
リナリアが、そのような内容を書くと、ミモザは「リナリアって、自分の容姿が可愛いとか、綺麗だとか、思わないの? いや、思っていても言わないかもしれないけど」と今度は完全に呆れていた。
少なくとも友人は、自分の容姿を好ましく思ってくれているようだと、リナリアは面映ゆく思う。
「リナリアの話し声、あんまり覚えていないわ」
文字を見ながら、ミモザがぽつりと言葉を零した。
リナリアは手を止めて、顔を上げる。
「歌はよく聞くけど、昔は親しくしていなかったし、話している所はあまり聞いていないから、リナリアが喋ったらどんな風だったか、思い出せないのよね」
ミモザがこう言うのは、グラジオラスが呪いを解く方法を探してくれることを、リナリアが教えたからだ。
リナリアが再び自分の声で話すところを、ミモザも想像したのだろう。
「声、戻るといいわね」
ミモザの声はしんみりとしていて、どこか落ち込んだ様子に見えたので、リナリアは申し訳なく思った。
「色々な事、たくさん教えてくれて嬉しかった。だから私、リナリアに信頼してもらえる友達になる。信用無いかもしれないけど、一応言っておくわね。私、今日リナリアに聞いた事、他の人に話したりしないわ。もちろん母さんにもね。ねえ、声が戻ったら、リナリアの話、また聞かせて。それまでは、筆談になるけれど」
今度こそ、秘密は守ろうと固く心に誓う言葉だ。
ミモザは、昔諦めた友情を手放したくないと思った。
嫉妬の目で見なければ、リナリアは見た目も中味も、とても可愛らしいのだ。
フリージアのように盲目的ではないが、ミモザは確実に、リナリアに惹かれていた。
ミモザが殊更親しく接して、友人として扱ってくれることが、リナリアの気持ちを上向かせる。
これから先も、長く付き合っていくことを予感させるミモザの言葉が、リナリアの心に沁みこんでいった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです
しーしび
恋愛
「結婚しよう」
アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。
しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。
それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる